小説
二十一話



 斬り。
 斬れ。
 斬らる。
 斬りれ。
 ――斬る。
 飢えていた。
 潔志は飢えていたのだ。
 そこへ飛び込んできたのは紛れもないご馳走であった。
 刃を交わすごとに垣間見える悲劇。
 朱牡丹の根源。
 なんて酷いのだろう。
 平和な現代日本で生きていた潔志にはとても想像しきれない過去を持っている朱牡丹。
 魔族にとって、この世界はどれだけ辛いものだろう。自ら命を絶った魔族もいるのではないだろうか。
 それなのに朱牡丹は絶望もせず、強い意志で全身を貫き立っている。
 それはなに?
 絶望や虚無を跳ね除け、朱牡丹の心を満たしているその眩いものに潔志は惹かれる。
 なんて、なんて美しいのだろう。
 それが斬りたい。
 その真っ直ぐに伸びる美しいものを斬りたい。
 朱牡丹という人間を貫き支えるものを斬りたいのだ。
 黒髪振り乱し、這ってでも逃げようとする朱牡丹には既に斬気による一閃浴びせている。
 ぱたぱたと溢れる赤色が雪の上に映えて、紅椿が落ちているようだ。
 でも、もっと美しいものを持っているのを知っている。見つけている。
 欲しい。
 欲しい。
 欲しい欲しい欲しい欲しい斬って暴いて抉り出して斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って!!!
 だから、斬る。

「斬った」

 厚い氷壁ごと一閃。
 斬気によって血華咲かせていた白い肌へ、氷片が新たに降り注いだ。
 倒れゆく朱牡丹。
 氷片と混ざって紅蓮となった血華から零れていく雫は、斬り散らされた赤い花びらにも似ている。
 確かな手応えに全身がジン、と痺れて潔志は「ん……」とこみ上げるものを堪えるような声を上げた。
 ぱさ、と雪の上に落ちた朱牡丹の腕。
 熱を湛えていた双眸が乾いたまま、きらきらと眩い残滓と果てた氷片を見上げていた。
 朱牡丹の姿は暴漢に陵辱の限りを尽くされた乙女によく、とてもよく似ていたし、きっと根底の意味合いにおいては同じとすら言えるのかもしれない。
 焦がれて焦がれて幸福とともに抱きしめていた朱牡丹の「恋情」は、潔志によって斬って捨てられたのだ。
 魔族にとって生まれことが不幸でしかないこの世界で、唯一の輝きともいえる尊いものが、無惨にも斬り捨てられた。
 そして、潔志は笑うのだ。
 斬った、斬れた。
 斬りたいものをを斬れたとはしゃぐのだ。
 潔志は朱牡丹の髪ひと筋にも触れなかった神剣を一振りして余韻を楽しむと、満面の笑みを浮かべて満足し、フェートたちを追いかけるべく歩き出そうとした。
 瞬間に、その場を飛び退る。
 今まさに潔志が立っていた場所へ幾つも突き刺さる氷柱。

「は? えっ、ちょっと!」

 避けても、避けても、避けても、氷柱は潔志を串刺しにせんと突き立つ。
 ナイフのように鋭い氷柱が飛んできて、潔志はそれを斬り裂いた。
 繰り返す光景。
 氷片の向こうに立つ朱牡丹は、しかし生々しい衝動が一切感じられない。
 凍てついた眼差し、堅固とした立ち姿は氷像を思わせる。
 潔志は困惑した。
 自身は確かに斬ったはずである。
 斬ったことによる結果に興味などない潔志であるが、斬ったにも関わらず斬れていないのであればじっとしてなどいられない。
 だが、朱牡丹は斬れていないのだろうか?
 潔志が今まで斬ってきた人間は、潔志が惹かれて焦がれて求めて欲望のままに斬り捨ててきた人間は、その人生、魂の輝きを刻まれ散らして失って、そのひととして終わってしまうのが常であった。
 ツァーレはあれほど抱いていた神への盲愛を、もう一片足りとも持ち得ていない。
 朱牡丹は?
 今、この瞬間にも両の手に氷刃携える朱牡丹はなにを以って自身に迫ってくるのか、潔志には分からなかった。
 魔族が「聖上」と呼び敬う暗惡帝。
 朱牡丹は暗惡帝に並々ならぬ感情があったからこそ、潔志へ向かってきたのだと思っていたのに、その感情を斬っても尚、いいや、斬る前よりも遥かに彼の凍てついた殺意は鋭く尖っている。
 魔族にとって暗惡帝は救いなのかもしれない。
 だから、たとえ恋慕の情失くしたとしても神子への害意が失せるわけではないだろう。
 暗惡帝という拠り所をなくせば、増々魔族を排するバリオルの勢いが増すという恐怖は、潔志の斬ったものとは別の問題だ。
 理性的であれば、冷静であれば恐怖から身を守るために執るべき行動を判断できるかもしれないが、己を支える最も大切なものを斬られた直後にどうしてここまで動くことができるのか。
 嘆く間もなく錯乱する間もなく、朱牡丹は神子の抹殺へ即行した。
 より容赦なく、より苛烈に、比べ物にならない冷徹さで。
 まるで、私情など一切持たない機械のようであった。

「……はは、参ったな」

 酷い虚脱感に見舞われながら、潔志は朱牡丹と相対する。

「ねえ、朱牡丹くん」

 重なる神剣と氷刃。冷気が漂ったと思えば、神剣が侵食されるように凍っていく。

「お前はなんのために此処にいるんだ?」
「我が至上の主が御為に」

 間髪を入れない即答。
 間近で見た双眸に揺らぎはない。熱はない。
 当然を当然として語っているだけの朱牡丹がいる。
 氷刃を弾き、神剣にまとわりつく冷気を払った潔志は嗚呼を落とす。

「お前は頭の天辺からつま先まで、その在り方で完結してしまったのか」

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