小説
クリスマスなんて中止、中止!



 学園屈指のモテ野郎、生徒会長の久米島三郎は、デフォ顔であるドヤ顔の精彩を欠きながら廊下を歩いていた。冬休みを目前に、終業式で読み上げる挨拶文もばっちりな三郎が、なぜここまで暗雲立ち込める顔をしているのか。それはひとえに今日が十二月二十三日、明日がクリスマスイブ、明後日がクリスマスだからである。
 三郎はモテる。そりゃもう、可愛い系から美人系まで男子校故に男限定だが選り取り見取りである。セフレは両手足の指の数を軽く越えている。
 そう、セフレである。
 三郎に恋人はいなかった。
 常であれば特定の人間を作ることなど煩わしいと一蹴する三郎だが、先日、そんな三郎に大打撃を与える出来事があった。

 自身の親衛隊である小悪魔系美少年のベッドの上でえっこえっこあんあん繰り広げたあと、三郎は何気なく美少年に訊ねた。

「そういや、お前はクリスマスどうすんだ」

 案外相性が良かったので、こいつと性夜を過ごしてもいいと思っていた三郎は訊ねたのだが、返って来たのは思いもよらぬ返事であった。

「あ、ぼく本命と過ごすんですよぅ。聞いてくださいよ、会長。ダーリンってば僕のためにレストランの予約してくれてぇ」

 パードゥン?
 三郎は美少年がなにを言っているのか、一瞬理解できなかった。
 本命、本命といったのだろうか、この美少年は。

「そういえば、会長はどなたとお過ごしになられるんですかぁ?」

 三郎はその後の記憶がない。
 気がつけば自分のセフレの名前を綴った紙と携帯電話を握り、ひたすら名前の横に×をつけていた。考えずとも、その×の意味が「クリスマス? 予定あるから会長とのお時間とれまっせぇん!」という意味であることは分かった。
 久米島三郎、学園随一の節操なしぶりが周知である彼は、クリスマスという一大イベントを前にぼっちが確定したのである。

「ははは、そりゃそうだよな。お互い割り切ったセフレ関係なら、本命やら別にいるよな……」

 去年は家のチャリティーパーティーに参加させられたので、クリスマスにぼっちなど考える必要もなかった。一昨年も同様。今年はそういった予定はないらしく、早めに帰ったところで煩わしい思いをするだけだと、短い冬休みは学園に残ることにしたのだ。それが仇になるとは思いもしなかった。
 三郎は力ない笑顔で廊下を歩く。
 学園のホールまでの道のりが、やけに遠く感じた。



 学園一の厳格風紀委員長、岡島俊介は、普段の固く引き結んだ口を自嘲に歪めながら廊下を歩いていた。
 やたらと痴情のもつれが多い学園で、風紀はべらぼうに忙しい。一般生徒よりも素行に気をつけ、一般生徒などひと捻りよ、といわんばかりの戦闘力を求められる風紀の委員長である俊介は、そりゃもう自他共に厳しかった。学園が共学で、もう少し時代を遡っていれば、彼は定規で制服のスカート丈をチェックしていただろう。
 そんな俊介であるので、浮ついた雰囲気になりやすい休み前であるとか、イベント前であれば、尚更気を引き締めるのだ。だが、俊介はふわふわと浮き足立った結果、トラブルを引き起こされるのを回避したいのであって、別に楽しみごとが嫌いなわけではない。周囲がそう思っていないと、先日ようやく俊介は知ったのだが。

 俊介が委員会室に向かうと、中がなにやら騒がしかった。怪訝な面持ちでドアを開けると、なかにいいた風紀委員たちは途端に黙り、明らかに「やっべ」という顔で俊介を凝視している。

「……騒がしかったが、なんの話題だ?」

 沈黙が返る。誰もが「お前が言えよ」「いやだよ、お前がいえよ」と小さな声で押し付けあっている。

「……おい」

 俊介が低い声を出せば、全員びくっと身体を跳ねさせ、意を決したように口を開く。

「く、クリスマスの予定について、話していました」
「クリスマス?」
「だ、だいじょうぶですっ。学園ではやりません。 前から予約していたネズミーランドに行くっていう予定の打ち合わせしてただけですっ」
「委員長を煩わせることはしません、してません!」

 俊介はその後の記憶がない。
 気付けば寮の部屋で大量の丸めたティッシュに囲まれ、目と鼻をひりひりさせていた。
 自分が他人に厳しい通り越して、ひと嫌いとすら思われているんじゃないかとはうっすら考えていたが、面と向かって仲間はずれ宣言されるのは強烈なボディーブローを喰らった気分だった。

「はは……そうだよな、イベント滅べといわんばかりに取り締まり捲ったもんな……」

 俊介はぐすぐす泣いたが、今更「自分も仲間にいれてください」とはいえないので、務めていつも通りの厳しい風紀委員長として振舞うことにした。
 そして、気付けばもう冬休み目前であり、ひとが賑わうお祭りムードを厭うように、俊介は学園に居残ることを決めた。

「さ、とっとと終業式を終らせてお祭り野郎どもを街に解き放つか……」

 呟いて、俊介はホールへ向かう。



 そわそわわくわくと浮かれた様子の生徒が集うホールに爆弾を投げ込んでやりたい気持ちになりながら、三郎は挨拶を終えた。あとは議長の仕事だ。

「副会長は婚約者とだっけ?」
「ええ、幼馴染なので気負わなくていいのが助かります」
「会計、海外」
「うん、そう。本場のサンタに会いにいっちゃうよ!」
「俺、やしの木」
「ああ、南国サンタですか」
「そう」

 舞台袖に戻った瞬間に聞こえた話題に、三郎は奇声を上げるのを堪えた。なんだ、こいつらのファッキンメリークリスマスぶりは、と憤りすら覚えるが、ここで突っかかったり、下手に近づいて「え、なにお前ぼっちなの?」といわれたら退学覚悟で乱闘を開始しかねないので、三郎は役員から一定の距離を保つ。
 役員と目が合わないように視線を逸らした三郎は、ふと見慣れぬものを見た。
 それ自体は見知ってはいるのだが、その状態がまったく見たことないのだ。
 しょぼくれて、自嘲の笑みを浮かべた風紀委員長、俊介の顔など。

(え、なにあいつ……)

 いつだってむっつりと顰める手前の顔で固まっていた顔が、なぜあんないかにも心痛をありありと伝える表情を浮かべているのか。
 思わず凝視していた三郎の視線を感じたのか、俊介が顔を上げた。
 ばっちりと合った視線に三郎はたじろぐが、それより早く俊介の顔が困惑したものに変わったのに気付く。
 なにか、おかしものを見たような顔の俊介に、三郎ははっとする。

(ああ、そうか。あいつも……)

 三郎の顔に浮かんだものを俊介も悟ったのか、ああ、と泣き笑いのような顔になる。
 このとき、ふたりの感情は完璧に一致していた。

(お前も、ぼっちなんだな)

 傷の舐めあいだとか、同病相哀れむだとか、独り身同士だとか、そんなのはどうでもいい。
 ふたりは決めた。

(終業式が終ったら、あいつを誘ってクリスマスを祝おう)

 たとえ、普段こいつマジうざいんですけど、と顔合わせるたびに舌打ちしたくなる相手だろうと、クリスマスばかりは手を取り合っても構うまい。なに、クリスマスが終れば、またいつものように戻ればいいのだ。
 言い訳のように考えて、ふたりは実際に言葉を交わしたわけでもないのに、ぼっちでクリスマスを過ごさずにすんだことに心底安堵した。いや、それどころかわくわくと楽しみな気さえしている。
 これが、吊橋効果となるなど、まったく欠片も想像せずに、ふたりは「クリスマスの予定」という甘美な想像に思いを馳せた。



 冬休み明け、実家に帰省していた生徒たちは、いつの間にかやたらと仲良く行動を共にするようになった会長と風紀委員長に驚愕することになるが、居残り組みだった訳知り顔に納得する。

「クリスマスの奇跡さ」


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あきゅろす。
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