小説
ゲームスタート(後)



 その後一時間にも及ぶ追いかけっこで、屋敷の壁にはいくつかの穴が空いた。アルドとアンジェロの足取りを追って、一つひとつ確認したウラジーミルは特に顔色も変えず、業者に壁の修繕を依頼する。

「ボス、業者は明日の昼に来るそうですが」
「ああ、それでいい。適当にしておけ」
「分かりました、ではそのようにさせていただきます」

 ウラジーミルにひらひらとやる気なさそうに手をふるアルドは、ソファに乗り上げて自分の膝を枕にするアンジェロを見下ろして微笑む。
 自分をぶっ殺そうとするのがなにより楽しい遊びだと公言するアンジェロだが、その物騒さに反して眠っている顔はなんともあどけない。

「可愛いなあ、アンジェロ」
「Sig.レッジェをそのように仰られるのはボスくらいなものかと」
「そうかあ? こんなに可愛いのになあ。昔はちっちゃくて、顔なんてけぶったい白で、髪はもっとくるくるの金髪。暗い部屋でもこいつだけぼんやり光ってて、俺は間違いなく天使だって確信したもんだ」

 昔を懐かしみながら、アルドはアンジェロの髪を梳く。

「しかし、思えばアンジェロとは皮肉な名前をつけましたね」
「んー? 似合いだろ? モルテなんて物騒な家名背負ってたこいつが、今じゃ法の天使だ」
「死神アンジェロを誰より気に入っていたのは貴方では?」

 ウラジーミルの淡々とした問いに、く、とアルドは唇を吊り上げる。
 殺し屋なんて陳腐な生業をしていたアンジェロの父親は、アルドの暗殺を依頼されてそれを失敗。報復にやってきたアルドたちにより、アンジェロの家は燃やし尽くされた。だが、アルドが火を放てと命ずるより前に、アンジェロはアルドと出会う。
 悲鳴が反響する家のなか、明かりを落とした自分の部屋の小さな椅子に腰かけて、小さなアンジェロはアルドを出迎えた。



 銃声と女の悲鳴がうるさい屋敷を散策するような気軽さで、アルドは歩いていた。
 明かりひとつ点いていない廊下を進み、ふとドアノブが低い位置に設計されたドアを見つける。ああ、ここにはこどもがいるんだな、と察して、アルドは人好きのする笑みでドアノブに手をかける。

「こんばんは、スィニョーレ」
「こんばんは、坊や。ご機嫌は如何かな?」

 ドアの向こうには、やはりこどもがいた。椅子に座ったままだが、挨拶をする礼儀は弁えているらしい。
 一斉にこどもへ銃口を向ける部下を制し、アルドはひとり子供部屋へ足を踏み入れた。

「悪くないよ」
「悪くない、それは重畳だ」
「お菓子を食べる?」

 こどもは無邪気な笑みでテーブルに置いてある菓子皿から、クッキーを一枚取り出してアルドに差し出した。

「毒入りか?」
「あれ? 分かっちゃった? みんな引っかかるのに」
「はは、そりゃみんなお前の可愛さに負けたんだろうよ」
「貴方は負けてくれないの?」
「俺が負けても坊やを穴だらけにする奴らは残ってるぜ?」
「ゲームはいつだって、兵ではなく将を落とした方が勝ちなんだ」
「そりゃそうだ。賢いな、坊や。でも、坊やのところの王様、パパは俺に取られてるんだぜ?」

 こどもは困った顔をした。

「勝手に兵扱いにされちゃうから、家族って、組織って嫌い」
「ゲームマスターになりたかったのか?」
「ううん、僕は自分で動くほうが好き。でも、このゲームは僕が参加する以前の問題じゃない。こんなのってないよ、つまらない」
「そりゃそうだな。参加も堪能もしてないゲームを強制オーバーなんて、ゲームマスターを締め上げてもいいくらいだ」
「ゲームマスターは貴方?」
「いや? 坊やのパパを使った豚だ。俺は黒のキングっていったところか」
「後攻が勝っちゃうなんて、貴方とパパはプロとこどもくらいの差があったんだね」
「俺はオセロの方が好きだけどな」
「僕はカードが好きだよ」
「ババ抜きか?」
「バカラ」

 アルドは笑った。

「坊や、名前は?」
「ピエロ。ピエロ・モルテ」
「そうか、俺はアルド、アルド・バルトリだ」
「よろしく、Sig.バルトリ」
「よろしく、可愛いピエロ。でも、残念だが、ピエロ。ピエロとはお別れなんだ」
「うん、分かってる。出来るなら痛くないのがいいな。クッキーあげるから、おまけしてくれない?」
「はは、クッキーは受け取れないな。なあ、ピエロ。お前はピエロもモルテも棄てるんだ」

 ピエロは小首を傾げる。

「参加してないゲームの尻拭いをさせるのは可哀想だが、そういうことだ。お前は今から、そうだな。アンジェロとでも名乗るといい」
「アンジェロ? 僕に死神天使を名乗れっていうの?」
「死神の部分はそのうち考えるさ。お前が頑張ったらご褒美に新しいのをやるよ」
「ふうん。つまり、Sig.バルトリ、今度は貴方が僕と遊んでくれるんだね」

 満開の笑みを浮かべたピエロは、とん、と椅子から降りると複数の銃に照準を合わせられてるとは思えない足取りでアルドの前まで歩み寄った。
 ゆったりと差し出された両腕は、まるで歓迎するかのように、迎え入れるかのように、自身が歓迎され、迎え入れられることを望んでいた。
 アルドは微笑み、そっとピエロの両脇の下に手をいれて、小さな体を抱き上げた。

「よろしく、アンジェロ」

 ピエロ、アンジェロはアルドの頬にキスをして応えた。



「あの頃のアンジェロは知能犯だったなあ。いまでもそうだが。体が育ったら、想像できないくらい物騒な派手好きになった。きっと、昔からこうしたかったんだろうな」

「可愛いこども」を武器にたくさんの死と悲劇を振りまいた死神アンジェロは成長するとともに、ただ、派手な火薬の喧騒の中に相手を放り込んでいくのを好むようになった。天使のような笑顔で相手を油断させる必要もなくなるほど、アンジェロはアルドの頼みごとをこなすのが得意になっていたので。
 ボタンひとつで敵が死ぬ。まさにゲームと同じ感覚の銃殺や爆破は、アンジェロが大好きな方法だ。小さな体で扱えなかった銃が、今では手足同様。それを自分でも試そうとするのを、アルドは「やんちゃに育ったもんだ」と笑って気にしない。
 さんざん銃弾を浴びせられた後のいまも、膝の上で安らかな寝息をたてるアンジェロを撫でる手つきは偽りなくやさしいのだ。

「一時は貴方を児童性愛者なんていう輩も出ましたね」
「んー? 俺はアンジェロに手を出したことはないぜ? こんなちっちゃいのに、可哀想だろ」
「Sig.レッジェは二十二歳だったように記憶していますが」
「俺の目にはいつまでもちっちゃい天使のままだなあ」

 ぴくり、と目蓋を震わせて、目を覚ましそうなアンジェロを、アルドは愛おしそうに見つめる。

「可愛い俺の天使。起きたらペナルティだなあ。なにをしよう、なにをしてもらおうか。祝福のキスでもくれるか? なあ、アンジェロ」

 頬にふわりと口付けられるたび、アルドはアンジェロを甘やかしたくなる。多分、頭に林檎を乗せて射撃がしたいとねだられても叶えてしまうかもしれない。

「貴方、ほんとうに馬鹿親ですね」
「褒め言葉をありがとう」

 ウラジーミルの呆れたため息が消えたころ、アンジェロは目をうっすらと開けて「おはよう」と声をかけるアルドに天使のような笑みを浮かべた。

 ああ、うちの子はなんて可愛いんだろう!


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