小説
消えるこどもと見つかる繋がり



「友達の家に行きたい?」

 仕事帰り、遅い時間だというのに待っていたキャットから話を聞いて、ダーティベアはひょい、と白熊のフェイスパックタオルの裏で眉を跳ねさせた。

「教会か?」
「ううん、うさぎちゃんのお家です」
「うさぎ……新しい友達だったな。信用できるのか?」

 ダーティベアは一応キャットの勘を信頼してくれている。そうでなければこんな「街」で子育てなどしないだろう。

「はい、うさぎちゃんはあんまり表情変わらないけど、いい子ですよ。お家のひとのこと話すときね、少しだけうれしそうに笑うんです」
「ふうん。お前が言うならうさぎは悪いやつじゃないんだろうな。よし、行きたいなら行って来い」
「ありがとう、熊のおじちゃん!」

 飛びついてきたキャットを抱き上げるダーティベアは、このときの自分を思い出すたびに銃で撃ちたくなる。
 どれだけキャットが心傾けて預けられるように、うさぎ自身が信じられる存在であろうと、彼女の背後にいる存在までそうではないことなど考えずとも分かるはずであったのに。
 分からなくては、分かっていなければならないのが、キャットの保護者である己であったはずなのに。
 ダーティベアは未来の己が向けてくる憎悪を知らず、養い子にフェイスパックタオル越しに笑いかけるのだ。

「土産話聞かせろよ」
「はいです!」

 遠くで狼と梟が哂う。
 翌日、早速公園でうさぎと会ってくると行って朝食もそこそこに駆け出していったキャットは、いつまでも帰ってくることがなかった。
 心配して迎えにいったママが見つけたものはキャットの姿ではなく、公園の砂場に書かれた「吸血鬼アルクエルドへ」という文字のみである。



「ちくしょう、やられた!!」

 ママは常にない乱暴な口調で壁を殴りつけた。
 壁はまるで粘土のようにへこみ、ママの拳を受け入れる。

「ボス、落ち着いてください」
「落ち着けっ? あの子が攫われたっていうのにっ? あのコレクターにキャットちゃんが攫われてどう落ち着けっていうのよ!」

 店のなか、ママの荒々しい声が轟く。
 だが、クロは努めて平静を装い、ママに向かう。

「あのコレクターだからこそ、ボスがなんのアクションも起こさないうちからキャットをどうこうするとは思えません」

 ママはキッとクロを睨み、それから細く長い息を吐き出す。ひとまず、拳は壁から抜き去られた。

「動くわ」
「今から?」
「くまちゃんたちが帰ってくる前に事を片付ける」
「無理でしょう」
「無理でもやるのよっ」
「なにをです?」

 ヒステリックにママが叫んだとき、店のドアが開いた。完全に注意力が外れていたママは、驚きながらドアを振り返る。
 そこに立っていたのは、どこか挑戦的な顔をしたくちなわで、ママはざっと血の気が下がるのを感じた。

「アルクエルド」
「な、なにかしら」
「なにが、起きたんです?」

 重圧的な声にママは無意識に一歩下がり、くちなわはその一歩を埋める。その際、くちなわはちらり、と壁に空いた穴へ目をやり、黄身色の瞳を眇めた。

「随分と物騒な気配がしますね。わくわくします」
「刑事さんには関係ないわ、だから……」
「関係ない? あなたに関係することで私に関係ないことなんてありませんよ、私のアルクエルド」

 クロは十字を切った。
 くちなわは刑事の顔と独占欲の強い恋人の顔、両方を露にしていた。これではママがいかに言い繕おうと引くわけがない。
 項垂れたママが事の次第を話すのに、十分もかからなかった。

「なるほど、そういうわけですか」
「コレクターが関わってるの、刑事さんでも簡単にはいかないわ」
「だから、あなたひとりを単身乗り込ませる、と? ご冗談を。私をなめないでいただきたい。キャットくんとは私だって知った顔です。それが犯罪集団に誘拐されて黙っている『くちなわ』ではありませんよ」
「じゃあ、どうするっていうのよ」

 警察大勢で乗り込めば、それこそキャットの身が危ない。

「そこですが、アルクエルド。キャットくんの保護者はどなたです? 何故、真っ先に彼らに知らせようとしないのですか?」
「それは……」
「下手すれば保護者自身が乗り込んで返り討ちに遭うのを危惧しているんですよ、うちのボスは」

 クロをママは睨んだ。しかし、クロは柳に風とばかりに流す。
 くちなわは数度深く頷いた。

「なるほど。そういうことができる人間なのですね、キャットくんの保護者は。そして、あなたの様子から察するに裏社会の人間、私にとっては捕縛対象」
「刑事さん……」
「いいでしょう、アルクエルド。共同戦線を張ります」
「え」

 驚き顔を上げるママに微笑みかけて、くちなわは指をぴっと立てる。

「罪もないこどもを救助するためです。今回は目を瞑ります。ですから、保護者の方と連携をとり、事にあたりましょう」
「…………殺し屋なのよ」
「そうですか。腐った上層部がお世話になったこともあるかもしれませんね」
「私、ずっと黙ってたのに」
「オンナの隠し事は魅力のひとつですよ」
「刑事さん」
「なんですか、私のアルクエルド」
「惚れ直したわ」

 くちなわはにっこりと微笑んだ。

「事件が無事解決したらキス付きでもう一度言ってください」

 そして、何も知らず店へ顔を出したダーティベアとフォックスは、くちなわと対面することとなる。

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