小説
はぴば!(前)〈GV〉
・帰還後



 ヴィオレの生まれ育った世界と、グレンたちが生まれ育った世界の暦は同じだ。
 ひと月三十日、一年三百六十日である。
 文化的にも共通するものは多く、そのなかの一つに誕生日という概念があった。

「秋生まれか……些か意外よな」
「冬生まれのお前は似合ってんじゃねえの」

 三十路のおっさんふたりの話題は互いの誕生日についてである。
 冒険者ギルドに登録する際、年齢項目はあるけれど誕生日の項目はない。年齢もまた正確に把握していないものが珍しくない冒険者界隈故に絶対必要というわけではなかった。
 よって、グレンとヴィオレが互いの誕生日を知ったのは、ヴィオレが元の世界へと帰還してからである。
 グレンはコキアが真っ赤に色づいた頃に生まれ、ヴィオレは積雪に音が消える真冬に生まれた。
 貴族としての義務が拭えないヴィオレはともかく、グレンはもう何年も自身の誕生日などろくに意識したことがない。それが何故こうして話題になったかというと、リムとイルミナが絡んでいる。
 リムは出自と立場上、希薄通り越してほぼ皆無な交友関係のせいで公式に設定された誕生日を迎えてもろくに祝われたことがない。王太子息女であったイルミナは己の騎士に「個人的」な贈り物をすることが好ましくないため、どうしても主人から騎士へのものとするしかなかった。
 イルミナ自身も王女として盛大に祝われはしても、ヴィオレ同様に政治的意図の絡むものであり、また彼女の環境はイルミナ個人を祝ってくれるひとが周囲に殆どいないものだ。
 グレンから見て、ヴィオレは幼い存在、こどもというものを大切にしている。
 春生まれのイルミナ、夏生まれということになっているリム、彼らの誕生日を祝ってやりたいらしいヴィオレだが、生憎と彼は生粋の貴族である。皇族である。
 リムとイルミナが願って得られなかったような、憧憬の眼差しで思い描く誕生日パーティーというものはヴィオレにも分からなかった。
 ヴィオレ自身にとって、それは寂しくもなんともないが、それはヴィオレがヴィオレ個人としても祝ってくれたひとがいるからであろうし、リムとイルミナとでは立場が違いすぎるので自身が平気だったのだから、などという考えを彼は蹴り飛ばして悩む。
 そんな考えこむヴィオレのもとに暫く賞金稼ぎとして遠出をしていたグレンが顔を見せ、今回の話になったというわけだ。

「そなたは家族のもとにいた頃はどうしておったのだ」
「あ? まあ、ケーキはあったんじゃねえの?」

 グレンの実家はパン屋であったため、子どもの誕生日に甘いケーキという庶民にはちょっとした贅沢が毎年叶っていた。

「ふむ……そこは問題ないな……あとは?」
「…………プレゼントはあったぞ。ちゃんばら用の木剣とか」
「そなたが誕生日というものに幼き頃より関心薄きことはよく分かった」

 これ以上訊ねてもグレンから有益な情報は得られないと判断し、ヴィオレはため息混じりに別の手段を講じることにする。
 軍人であるヴィオレは当然、貴族以外とも交流があった。
 それこそ、大戦時は民間からの志願兵が多く、軍のなかでは出自における身分などメッキよりも脆い飾りである。
 市井出身の顔見知りを当たるか、とヴィオレは彼らの反応を予想して重くなりそうな腰を叱咤した。
 そうしてヴィオレが健気にあちこちへ顔を出して普段とは違う分野に頭を悩ませながら誕生日を祝った結果、リムのときもイルミナのときも、彼らはくしゃりと泣き笑いを浮かべることになる。
 嬉しい、とヴィオレの袖を握りしめて伝えてきたこどもに、ヴィオレが胸の痛みを完全に隠したまま微笑み返した。

「お師匠は、グレンの誕生日も祝うのですか?」

 照れ隠しに早口で問いかけるイルミナに、はたと気づいたヴィオレは確かにこうなればグレンも祝うものだと考えた。
 そのとき、グレンはその場におらず、ヴィオレはイルミナと視線を合わせるように膝を折ると唇へ人差し指を当てて内緒話をする。

「あやつのことであるからな、祝ってやるから来いなどと言うても面倒がるであろう。かと言ってただ酒飲みだの依頼をチラつかせるのも騙し討ちのようで相応しくない。なれば、こちらから全力で打って出るしかあるまい?」
「……と、いいますと?」

 詳細を訊ねるイルミナに大したことではない、とヴィオレは前置き、内容を続ける。

「大人しく祝われるなどと思わぬが、あやつは妙なところで潔いというか……無駄な足掻きはせぬからな。つまり、引き摺って来ればよいのだ」
「遠くまで逃げませんか?」
「当日まで内緒にしておけばよかろう? 逃げたとしても、このダブルペンタグラムが逃さぬよ」
「追いかけっこをするのですか……」
「グレンには内緒ぞ」
「ないしょ……」

 驚き、次いでおかしそうに頷いたイルミナは、ヴィオレと同じように人差し指を唇へ当てて「内緒」を了承した。
 内緒話の内容は十割が好意である。
 にも関わらず、離れた場所でグレンは背筋を震わせてヴィオレたちがいる方向を振り返った。
 怪訝な顔はグレンの勘の鋭さを表していたけれど、勘は所詮未来予知には至れない。

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あきゅろす。
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