小説
十四話



 自分と他人の区別がつかないものは愚かだけれど、自分と他人の共通項に目を向けることができないこともまた愚かなのだ。

「もうすぐ卒業ですね。ぼくたちとしては最後まで楽しみたいんですよ、この限られた時間を。なので、あんまりはみ出したことをされると嬉しくないなって思ってたんですけど、会長に伺ったら安心できました。
 会長は会長のままなんにも変わっていないんです。委員長は会長にとっていまこの時にだけ遊べる限定品みたいなもので、偶々ぼくたちとは違う仕掛けのある玩具だから目を惹いているに過ぎないんですよ。会長にとっては等しくその他大勢なんです。
 これで安心して今までどおり会長と委員長の鬼ごっをしているような姿を見ていられます。
 卒業式ではなにかするんですか? 最後の最後で大きな花火とか上がっちゃうのかな。楽しみですね。楽しませてください。
 だって、ぼくたちには今しかないんですから」

 芸のないことに校舎裏で喧嘩をしていた連中をまとめて捌いて、さあ校舎へ戻ろうと歩いていた桐枝は、ふらりと目の前に現れるなりべらべらと喋り出した生徒に引いた。
 風紀委員会なんてものに属していると校内の揉め事には大抵引っ張りだされ、なかにはこの手の「妄想型」とも「自己完結型」ともいえる相手と相対しなくてはならないこともあるのだが、経験を重ねたところで歓迎できるはずもない。
 生徒が話すごとに桐枝は彼から心の距離をどんどん広げていくのだが、それでも冷静であれと努めて内容を整理していく内に彼が生徒会長親衛隊の過激派であることを察して益々心の距離が開いていって、なんとか穏便にお引き取り願うべく苦行めいた時間に堪える。
 過激派はなるべくお触りしないほうがいいのだ。
 正論も道理も時に容赦なく振り捨てる過激派とまともに相対すれば、どれだけ勝利をもぎとろうとも疲労感から割に合わないと感じてしまうのが定石である。

「会長も仰っていましたから、委員長も勘違いしないでくださいね。ちゃんと、今までどおりのままでいて、卒業しましょうよ。それが、みんなのためなんですから」

 にこにこと笑顔で言う生徒はそれでようやく満足したのか、くるりと桐枝に背を向けて歩き出す。
 桐枝は重苦しい気持ちをそのまま吐き出してやりたくなったが、受け取る宛もないためつっかえそうになりながら飲み下すより他にない。

(ぼくたち、みんな……嫌な言葉だ)

 この国にはもう少し全体主義を改めるべき部分があるのではないだろうか。少なくとも、誰に許可や統計をとったわけでもないのに代表者を気取るのはやめるべきだ。
 なによりも、と桐枝は嫌悪に染まった顔で去りゆく生徒の背中を眇めた目で見つめる。

「どうしてあいつにはその『今』を許してやらないんだよ」

 生徒の足が止まる。
 ゆっくりと振り返った顔には笑みの名残もなく、若干色をなくした無表情であった。
 胃が重くなりそうな生徒の表情に目を逸らすこともせず、桐枝はさらに続ける。

「なんであいつは『今』を楽しんじゃならねえんだ?」
「……会長は既に好きなように生きているじゃないですか。最初から、そうだったでしょう? ぼくたちは会長になにも制限なんてしていません。変なことを言うのはよしてください」

 分からない、分かりたくないという様子を滲ませながら平坦な声で応える生徒に、桐枝は今度こそはっきりと顔を顰めた。
 生徒は桐枝の表情こそ心外だとばかりの様子で続ける。

「許される範囲と許されない範囲があるっていうのはぼくたちだって分かってます。会長の『あれ』は許容範囲内ですか? だとすれば、相当寛容な家ですよ。逸脱しているとしたら、会長はそこまで厳しく言われるほど目を向けられていない……どちらにしろ、あのひとはかなり身軽なはずだ。ぼくたちとは違う。
 ああ……それは委員長にも言えますね。あなたと会長の鬼ごっこを見るのは好きですけど、あなたの正しさには時々うんざりしますよ。なんで平気なんですか? 束の間であることが逆に堪えられないからですか? それとも、委員長も先のことなんて気にしなくていいほど、緩いお家で育ったんですか……」

 最後には確かな憎悪を滲ませて、生徒は深呼吸をした。
 眼差しに険を宿らせながら、表情だけはなんとか笑みを取り繕った生徒は今度こそ桐枝に背を向ける。
 桐枝はもう生徒の背中に言葉をかけようとは思わなかった。なにを言ったところで届くとは思わなかったし、最早届けたい言葉すらも存在しない。
 舌の一つも打ちたくなりながら、桐枝は生徒が歩いていった方向とは別の道を選んで歩き出す。
 たとえ、校舎に入るための遠回りだとしても構わなかった。



 校舎裏を歩く桐枝の姿を、校舎の窓から千寿がじっと見つめる。
 先日、自身のもとへもやってきた生徒となにか話していたようだが、その内容まで聞き取れたわけではない。けれど、何を話していたかを察するのは易い。
 酷く気分を害した様子の桐枝に手を伸ばすよう窓へ触れかけ、千寿の手はぴたりと止まる。
 磨かれた窓に、ショーケースに触れてはいけません。
 よみがえる声と、手の甲へぴしゃりと打ち据えられた竹定規の痛み。
 千寿を縛るもの。
 震える唇と瞼をきつく閉ざし、千寿はそっと窓から一歩後ずさってそのまま背を向けた。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!