小説
十話



 今日は何処で何をしようか。
 遊び場所を求めて校内をふらつく千寿は何の気なしに覗き込んだ図書室で思わぬものを目撃する。

「風紀委員長の看板は下ろしたのかしらー?」

 黙々と書架を整頓していた桐枝は振り向くなり嫌そうな顔をした。
 千寿もやらかし始めるからにはなるべくひとがいないほうが好ましい時間を狙っているため、図書室に桐枝がいたのは予想外なものの彼以外に生徒の気配はない。
 きょろり、と見渡したところ司書や図書委員の姿もなく、千寿は言葉もなく訊ねるような視線を桐枝へと向ける。

「……司書が腰いわして、当番の図書委員はその付き添い。通りがかった俺が仕事任された」
「……逆じゃない?」

 そこは桐枝が付き添いをして図書委員が本来の仕事をするべきではないのだろうか。
 千寿の尤もな言葉にしかし、桐枝はひく、と顔を引き攣らせる。
 とん、と存外丁寧な仕草で持っていた数冊の本を置くと、桐枝はすたすたと早足に千寿との距離を詰めた。
 詰められた距離は目前と言ってもいいほどで、自身を覆う桐枝の影に千寿は心持ち仰け反って圧迫感を逃そうとする。
 だが、桐枝は千寿の頭をがっしりと鷲掴みすることで逃げることを阻んだ。

「いだだだだっ、まだっ、まだなにもしていないアタシになんて仕打ちをするのよっ」
「お前が常日頃からやらかすから俺はいま図書委員の真似事してんだよ。俺がなんて言ってこの仕事押し付けられたか教えてやろうか?
『この時間帯は会長が顔を出すことが何度かあるので、どうせなら委員長がお願いします』だとよ!
 ちったあ自重してくれねえかなあ、ええ? おい、この糞馬鹿会長!!」
「いだだだだだだだだ! 力っ、力込めないで! 頭割れちゃう!!」
「ろくなこと考えねえ頭なんざこのまま割れちまえっ」

 桐枝は最後にスパンッと小気味良く頭を叩いて、ようやく千寿を解放した。
 未だにじんじんと痛みを訴える頭を抱えながら、千寿は恨みがましい視線を桐枝に送ってしまう。
 確かに今日もなにかやらかす隙はあるかと図書室へやってきたが、流石に蔵書を傷つけるような真似をするほど千寿は愚かではない。勉強に集中したい生徒がいるならば自重とてしなくもないのだ。

「図書室はお前の遊び場じゃねえ……なにが悲しくて高三の野郎にこんな台詞を……」

 嘆かわしいとばかりの桐枝に千寿は常ならば尖らせて拗ねた顔になる唇を、きゅ、と噛んで桐枝から目を逸らした。
 高等部三年生であることは嫌になるくらい分かっている。
 だからこそ、言ってほしくない。

「アタシには此処以外遊び場なんてないのよ」
「そいつぁ迷惑な話だな。風紀にしょっ引くか?」

 投げやりに言われ、千寿は自分でも驚くほどカチンときた。

「桐枝のバーカッ! あなただけ、とか言って擦り寄る女と結婚した後に六股発覚して自分と血の繋がっていない子ども押し付けられて別の男のところに逃げられればいいのよ!!」
「吠え台詞が悪質過ぎんぞ!!!」
「うるせーわよ、バーカバーカ!」

 図書室を飛び出して、廊下を走るなという張り紙の前を千寿は全力疾走で駆け抜ける。
 何も知らないくせに、だとか、自分の気持ちなど分からない、なんて言うつもりはない。
 ただ、腹が立つのだ。
 腹が立って仕方がないのだ。



 千寿に逃げられたら追いかけるのが常の桐枝であるが、今回の千寿はやらかす前であるし、桐枝にはまだ図書室での仕事が終わっていない。
 舌打ちしながら見送った背中は随分と怒りを湛えていたような気がするので、絶対になにか面倒なことが起きる、と桐枝は手に取るように分かる千寿の思考に今からうんざりしてしまう。

「あいつは八つ当たりが得意だからな……」

 学園での奔放な振る舞いもそうだ。
 悔いがないように、だとか、自由気ままに、というより、桐枝には千寿がやりきれなさを当たり散らしているように見えることがある。そして、それが間違った意見だと思わない。
 そんな様で将来大丈夫なのか、と柄にもなく千寿の心配をしてしまいたくなるが、そんな気持ちはいち日を終えて寮へ戻ったときに吹っ飛んだ。

「おかえりなさい、アナタ。ご飯にする? お風呂にする? それともア・タ・シ?」

 一定の年齢を超えれば多くの女も苦痛を感じるほどのレース、フリル、ピンク、ファンシーが桐枝の部屋に暴虐の限りを尽くしていた。
 その暴力を指揮したであろう犯人は訊ねるまでもなく、桐枝に向かってとち狂った新婚さん定番台詞を頬染めながら口走る千寿だろう。
 頭の使い方はともかく作りは悪くないと思っていた千寿であるが、実は張りぼてで中身が空っぽだったのかもしれない。
 千寿は丈がぎりっぎりのフリルエプロンを生装備していた。計算されきった持ち方のお玉がもう心底腹立たしい。

「おい、糞馬鹿野郎」
「語彙が貧困よ、ハニー。アタシのことはスーパーダーリンって呼んでちょうだい」
「世間様が思い描くスーパーダーリンとお前の姿は間違っても重ならねえよ。正直数多の罵倒が頭を駆け巡って処理落ちしそうだが、この問題だけは最優先で解決すんぞ。
 どうやってこの部屋に入った?」

 寮の部屋は管理人であっても緊急時以外に無断で入ることはできず、それが生徒となれば緊急時であっても単独で周囲の確認もなく入室などできようはずもない。千寿は確かに生徒会長であるが、それは生徒の私生活を脅かしていいことにはならず、またそんな権限とて彼は有していないのだ。
 千寿は桐枝の詰問に、魔法の杖であるかのようにお玉を振りながら「ポケットを叩けば鍵がひとつ」とエプロンのポケットを探りだす。
 取り出されたのは一本の鍵。

「前に泊めてくれたときに合鍵作っちゃった」
「……俺が持ってるもんは失くなってなかったし、もう一つは管理人室で保管されてんだぞ」
「やっだー! 出入りでその日も使うものを持ち出すわけないじゃなーい。んふ、鍵番号覚えるくらいわけないのよー?」

 桐枝は怒るより早くドン引きした。

「お前、ストーカーの才能あんじゃねえの……」

 千寿は怒りも拗ねもせずにお玉で口元を隠し、色気があるというには寂しげな笑みを覆う。

「やーね、追いかけるのは桐枝の役でしょ?」

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