小説
日々是好日〈GV〉



 グレンの朝は早い。
 パン屋の息子として培われた早起きの習慣は冒険者となってからも活かされ、鶏起こしよろしく夜も明けきらぬ内から活動することも珍しくないのだ。
 それほどの早起きをするときは大抵が迷宮を訪うときで、それも遠方などに限られる。
 窮屈では済まされない馬車を待つのも億劫なときは徒歩で向かうため、自然とそんな時間から宿を出て行く必要があるのだ。
 生き物の気配が寝静まる気配のなか、グレンは冷えた空気を肩で切りながら歩いて行く。
 途中で朝食を求め、毒を持っておらず脂ののった肉が美味い魔物の巣穴に立ち寄ってひと狩りしていく。
 焼いて塩を振っただけの骨付き肉を食い千切りながら歩くグレンは完全に蛮族であった。
 そのような評価を下す他者の姿もなく、いたとしても気にするほどの繊細さを有するグレンではないが、到着した迷宮は皮肉にもお上品な貴族の住居を彷彿とさせる屋敷仕様。
 グレンは躊躇なく転移してすぐの玄関ホールへ骨を放り捨てて屋敷のなかを闊歩する。
 こういった迷宮に出没する魔物はドール系かゴースト系が多く、後者はやたらと魔法を使ってきて鬱陶しい。
 魔法で思い出すのは異世界からやってきた己の相棒のこと。
 昨夜は遅くなったものの徹夜などはせずに寝たので宿へ戻って顔を見ても吐きそうな状態にはなっていないだろう。
 元の世界では軍人をやっていたという相棒が「多少士気に影響するので煩わしい」とぼやいていたのを思い出し、グレンは失笑を噛み殺す。
 途端、前触れなく目の前に半透明の人影が現れてグレンに向かって巨大斧を振り下ろした。
 物理攻撃をしてくるゴースト系の魔物だ。
 半透明でふわふわと飛んでいるけれど、巨大斧は実態を持っているのと変わらない、もしかするとそれ以上の重さと威力でグレンを襲う。
 されど、されど渦炎のグレン。
 目にも留まらぬ一閃が巨大斧ごとゴーストを断つ。
 本来であればゴーストに物理攻撃では効果を望めないのであるが、規格外というのはどこまでいっても規格外なのだ。
 グレンにとっては当然のことを当然のように行っただけであるが故に、当然の結果を一々気にすることもなく先へ進み魔物が出ては同じことを繰り返す。
 道中で現れる程度の魔物では足止めにもならない。
 早々に飽き始めさえするグレンがようやく辿り着いたボスの間へと続く部屋。
 そこでグレンは真顔になった。



 ヴィオレの朝は早いときもあればとても遅いときもある。
 これが元の世界であればきっちりと決まった時間に起きるのだが、転移してよりこちらそれらを徹底する理由がない。元の世界へ戻ったときに自堕落になっているなどのこともない、とヴィオレは断言できた。
 その日の朝は遅かった。
 昼近くより少し早い程度の時間にのっそりとベッドから起き上がったヴィオレは、ナイトテーブルへ手を伸ばして水差しを求める。
 ぼうっとする頭を飲んだ水の冷たさですっきりさせると、ヴィオレは元の世界よりともにやってきた少女人形を起動させた。
 鳥が歌うように挨拶する少女人形に掠れた声で挨拶を返し、ヴィオレは相棒の気配がないことを理解しながらも特に感想浮かべずシャワーを浴びに行く。
 早起きを徹底することはないが、早風呂、早飯だけは習慣が抜けない。
 一日の予定を大雑把に決めたヴィオレは簡素な服に着替えて食堂へ向かい、人びとがちょっと談笑している間にトレイを片付けるのだ。
 宿でとった部屋のなか、ベッドに転がり読み耽る本はこの世界での薬草とその調合に関する本。全くもって興味深い。
 幾つかの薬草はいつかの依頼ついでに採取したものがあったので、ヴィオレは早速とばかりに調合の準備を始める。
 初めて調合するものであってもやることの基礎は変わらないし、内容は一度読めば頭にそっくりそのまま残るものだ。
 ヴィオレの手つきは淀みなく、恐らくは最短時間での調合に成功する。
 ふむ、と頷いたヴィオレは今度は少しだけ考えながら材料を並べていく。
 基本的な調合ができたのなら、今度は応用である。より効果的なものを作るにはどうしたらいいのか、何が必要なのか。
 作業に没頭する主人の背中を少女人形が微笑ましそうな顔で見つめている。
 そうして完全に引きこもって一日を過ごすつもりであったヴィオレだが、部屋へ近づく気配にドアを振り返る。
 ノックの音とともに入ってきたのは己の相棒。
 朝早くに出て行ったようであるからもう少し遅くまで出かけているものと予想していたが、存外に早く戻ってきたものだ、とヴィオレは思ったけれど、相棒の表情を見てその考えは霧散する。
 相棒が口を開くより先に片付けた調合道具。取り出した装備。ひと前であろうとそれが相棒ならば気にせずヴィオレは着替えを始めた。

「さて、私は何処へ参ればいい?」
「話が早くて助かるわ」

 裾引き外套の裾を捌いて愉快そうな顔をするヴィオレに相棒、グレンが深々とため息を吐く。うんざりにも似た様子。

「魔法が必要な部屋がよりにもよってボス続きの部屋だ」
「ほう、それは災難であったな。よかろう、なれば参ろうか」

 ようやくありつけると思ったご馳走が頑丈な鍵付きケースにしまわれていたグレンの気持ちは如何ばかりか。
 ヴィオレは近くまでは転移をしようとグレンに向かって手を差し出し、グレンは迷うことなくその手を掴んだ。

「引きこもり予定のとこに悪いな」
「問うてもおらぬ責任負うより、戦闘全てを負うがよかろうよ」
「言われなくても、だ」

 本日の予定変更、それでも日々は変わらず充実。
 今日も大変好き日になるだろう。

[*前へ][小説一覧][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!