小説
六話
腕木通信が成功しても救援隊が来るまでには時間がかかる。
状況的に住人を置いて立ち去ることもできず、三人は暫しの足止めを余儀なくされた。
ツァーレは面白くなさそうな顔をして、ふらりと歩き出した潔志について歩く。同じく続くフェートに舌打ちをする様は、とてもではないが年齢差というものの考慮がなされていなかった。
本来であればある意味で原因ともいえる、そも最年長たる潔志が窘めるなり仲裁に入るべきであるのだが、潔志にはいつまで経ってもそれらを行う様子がない。
だが、完璧にぶん投げているかといえばそうでもないらしく、ツァーレがわざとフェートへ肩を……身長差の都合で腕の辺りをぶつけようとすれば、フェートへ当たるより早く「ツァーレくん」と潔志は彼を呼ばう。
「はい、なんでございましょうや、潔志殿!」
「いじめは格好悪いよ」
「……なんのことやら。このツァーレ、皆目見当つきませぬ」
「ふうん」
呆れた風とも違う、ただの相槌の色濃い潔志の応え。
だが、ツァーレはぴっと背中を震わせる。
「フェートくん、いじめられそうになったら言うんだよ。これでも教育的指導には慣れていてね……慣れたくはなかったけど。拳骨を落とすのは得意だから」
「……えっと、お気遣いありがとうございます」
素直に喜ぶにも差し支えのある潔志の心配りへ、フェートは無難な言葉を返す以外に方法がない。ツァーレはぶるっぶると拳を震わせ、ついでに噛みしめて震わせていた唇をとうとう開いた。
「潔志殿はいっつもこの覡ばかり贔屓をする!! そいういうのは俺いけないと思います!!!」
「第一印象と人柄と日頃の行いを鑑みたらどうですか」
「なんだとこの覡め! 俺は常に潔志殿を想い潔志殿に尽くす良妻の鑑ではないか!!」
「第一印象は無視ですか……」
常に潔志を思って尽くしている人柄と行いもまた突っ込みどころしかないのだが、フェートは面倒臭い部分を突く気にもなれずせめて取りこぼされた部分を蹴りつける。
流石にぶっ殺しにかかった第一印象が良いものか否かくらいには自分へ都合のよい即答をできないらしく、ツァーレは一瞬言葉を詰まらせた。
だが、フェートに言い負かされるのが相当我慢できないらしく、それでも口を開こうとしたツァーレよりも早く潔志が口を利く。
「第一印象は悪くないよ」
「えッ?」
フェートが声を裏返した。珍しくも薄い表情にありありと驚愕を浮かべている。
「むしろ、結構好みだったなあ」
「き、潔志さん、目を覚ましてください。この男になにをされたか、この男がなにをしたかお忘れですかッ?」
フェートが思わずツァーレを指差せば、とうの本人は鼻の穴を膨らませ、頬を上気させながらむふーと気色の悪い笑みを浮かべていた。
得意満面に見えなくもないがそれ以前にひたすら腹立たしい。覡にあるまじきと思いつつ、無条件で引っ叩きたくなる顔だとフェートは突きつけた指を震わせる。
潔志はツァーレの顔になど見向きもせず、ただ気まずそうな顔で「あー」と意味があるとは思えない音を落としてフェートをちらりと窺った。
「ごめん。彼がたくさんの被害者を出したのは事実で、それを忘れたわけじゃないよ。でも、フェートくんの前では不謹慎だったね」
「あ、い、いえ、そうでは……」
潔志はツァーレの手にかかった人びとを忘れて彼を肯定しているわけではない。
「あのとき、ツァーレくんはひたすら真っすぐに俺へと向かってきたから、それは好いなって思っただけなんだ。だから、ほんとうにあの一瞬だけ、第一印象だけの話だよ」
「……潔志殿、その言い方ではその後の俺は……」
得意な顔から一変、ツァーレが恐るおそる訊ねるが、聞きたくないと思っているのが手に取るように分かる震えた声音をしていた。
潔志は困ったような顔をして、緩く腕を組む。
「心底がっかりだよ」
失敗したシュー皮のようにぷしゅんと潰れたツァーレはそれでも執念深く潔志について歩き、フェートはツァーレに僅か「ざまあみろ」と思ってしまい、そんな自分に驚くと同時恥じて俯きながら潔志の後ろを歩いた。
しょんぼりしながらついてくるでっかいのとちっさいのをよそに、潔志は焦げて煤と灰を一塊残す地面の前で立ち止まる。
ここで、カーマインは自らに火を放った。
潔志はカーマインがとても大切にしているものを、彼のなかで一等美しくて大事にされてきたものを斬ったのだ。
それがどんなものであったのか、潔志は詳細など知らない。
ただ、魔族と呼ばれても潔志には人間と変わらぬ、人間と同じたかが知れた長さの腕をいっぱいに使って抱き締めているものが見え隠れして、それがとても魅力的であったから、斬らずにはいられなかったのだ。
まさか、死んでしまうだなんんて。
「斬られただけであんなにも泣いて死ぬなんて……魔族も案外普通だなあ」
斬られても死なないことに絶望したカーマインだけれど、斬られたから結局は死んだ。
斬られたら、斬ったら、終わり。
潔志が斬ってきたものは全てそうだった。斬ったら終わってしまうしかなかった。
未だ斬ることの叶わない源柳斎はどうだろう。
きっと、終わらない。
斬っても終わらない。
あの抜身の刃が如き煌めきは、意思は、決して曇ることも折れることもない。
「だから、俺はお前こそを一番斬りたいんだ」
風に吹かれる度、さらさらと流れていくカーマインだった灰がとうとう僅か一握りばかりになる。
「さようなら、カーマインくん。願わくば、きみの大切なひとが斬り甲斐のあるひとでありますように」
抗議のように一瞬だけ渦を巻いた灰は、結局は全て流れて消えた。
斬れば終わり、終わればなにも残らない。
何事もなかったように潔志は萎れたままのふたりを振り返る。
その顔は何時も通り、こどものようでさえある笑顔を浮かべていた。
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