小説
反響〈GV〉
・転移前



 生まれたときから固有魔力の量が多かったヴィオレであるが、その量は年々勢い衰えることなく増すばかりであった。
 幼少期には将来へ期待するに留まっていたけれど、年齢とともに訪れる変化へ真っ先に気づいたのは長兄であるヴェルム。
 ある朝、挨拶を述べたヴィオレの声に眉を寄せたヴェルムは弟の顔を凝視した。

「ヴェルム兄上、なにか……?」
「……意図したものではない、か」

 無造作に伸ばされたヴェルムの手が己の喉を掴んだことに、ヴィオレは硬直する。
 はく、と口を開き、閉じるヴィオレにヴェルムは温度の変わらぬ鮮紅色の目を眇めながら淡々と告げた。

「お前が話す、声を発するごとに僅かながら魔力干渉を受けている」
「はっ?」
「そら、まただ」

 ヴィオレは掴むヴェルムの手越しに己の喉へ触れた。
 ヴェルムが先ほど言った通り、全く意図したものではない。そんな無礼をヴェルムに働けるほど、ヴィオレは命知らずではないのだ。
 年々増している魔力は実感しているし、然るべき施設にて計測して数値でも確認している。だが、声を発するだけで魔力に干渉するというのは、と考えたヴィオレはすぐに理解と納得を表情へ浮かべた。
 弟の表情に察したヴェルムが手を外して促せば、ヴィオレは魔力に干渉すると判明した手前声に出して説明することに申し訳なさそうにしつつ、急かすように上げられたヴェルムの片眉にふっと息を吐く。

「私が正式な手順……詠唱を省略せずに行使する術式の威力が、消費魔力に比べて高いことはご存知かと思われます。恐らく、私は元々『声』に魔力へ干渉する性質を生まれ持っていたのでしょう。それが、年々増していく魔力量に比例して、干渉領域も増したのではと推測致します」
「なれば、今後は今程度の干渉では済まなくなるな。自身の立場を理解しているなら、やるべきことも理解しているであろう」
「カスタニエの手話であれば取得しておりますが、通じぬ他者のほうが多いと思われます……よって、私に合わせた発話媒体を用意することが望ましいかと」
「事が事だ。その場限りのものを用意しても仕方あるまい。早々に動き、暫くは専念しろ。事情の説明は私が手配する。お前から告げるのは殿下だけでよい」
「ご配慮痛み入ります」

 礼をするヴィオレは複雑な感情に強く唇を擦り合わせた。



 元より興味を持って学んでいた呪歌という分野に、現れた変化は打って付けだ。
 固有魔力の波はほぼ掴んでおり呪楽師としても問題なくやっていけるヴィオレは、これを機に固有魔力の言語化にも努めるべきだろうと今後の予定を立てる。
 流石に年単位での習得になるであろうが、そもどれだけの時間を費やそうと叶わぬものは叶わぬのが呪歌だ。こればかりは気を短くしても仕方がない。
 それよりも、目下努めるべきは発話媒体の製作であった。
 ヴィオレは皇子であり、社交界との関わりは決して切ることができないし、その際に接する相手の身分は迂闊な真似が許されない。
 手話もだが、筆談とて悠長に過ぎる。社交の場というのは可能な限り必要な相手と必要な会話を求めるものだ。それを理解せず、無駄に長いばかりの話をしたがるものがいるのも確かであるが。
 相手の発言に間をおかず、ヴィオレの意のままに音声を発する魔道具が必要だ。
 当然、そんな便利なものは発明されていない。
 固有魔力に反応する魔道具であれば幾つかあるので、その仕組みを調べ、応用するのに時間をどれほど使うことになるか。考えるだけでため息を吐いてしまいそうだ。
 そういった事情を抱えたままの登城であったからか、幼くも聡明な従姉妹には挨拶をして落ち着くなり「何事か」と問われてしまう。
 皇帝の側室が産んだカスタニエ皇女であるフェリシテは智と理に優れているが、術式への才能には恵まれていない。よって、挨拶程度ではヴィオレの声からもたらされる変化には気づかなかったようであるが、これもまだ今だけのことだろう。ヴィオレの魔力が増していくにつれて術式の才がない、抵抗ができない、抗魔力が低いからこそ、敏感に察するようになるはずだ。
 ヴィオレは己を真っ直ぐに見つめてくる自身と同じ濃い紫の目に苦笑する。
 ヴィオレはフェリシテの「友人」であった。
 相応の身分、年頃の女子がいないにしても、思い切った判断であったと今であればヴィオレは思う。

「少し、困ったことになったのだ」
「私が引き上げられるようであれば手を伸ばそう」
「ありがとう、シシー」
「それで?」

 あくまで次第を聞こうという姿勢のフェリシテに、ヴィオレは苦笑を絶やさぬまま事情説明を始めた。事態に気づいた以上、あまり彼女の前で声を発したくはなかったのだが、説明を終えても彼女は不快感もなさそうにひとつ頷く。

「発話媒体か……」
「装身具に組み込んでもいいが、口も動かさずに話すというのはあまり受け入れられることではないであろうな」

 フェリシテは考えるように目を伏せてから「暫し待て」と一言置くと控える侍女へ耳打ちして、何事もない様子で侍女が下がるのを見送る。
 待てと言われれば幾らでも待つが、とヴィオレが困惑していると、幸いにも侍女が戻ってくるのはすぐのこと。
 侍女は一体の少女型球体関節人形を恭しく抱いていた。
 メイドから人形を受け取ったフェリシテは、ヴィオレへ向かって人形の顔が見えるようにする。

「そなたへやろう」
「……これを?」
「不満か? ヴィオレ」
「……いいや。感動したとも、シシー」

 差し出されるまま受け取った少女人形は、フェリシテの面影ある造りをしている。訊けば案の定、彼女に似せて作られたものだという。

「それが口を利くのであれば、いっそ微笑ましさも演出できるだろう」
「滑稽と紙一重の気もするが」

 六十センチほどの少女人形を今後持ち歩くことになるのか、と想像してヴィオレの口端が引き攣った。
 けれど、不意にフェリシテが微笑むのを見れば、その口元へ込められた不自然な力も抜ける。

「そんなものを媒体にでもしなければ、そなたは完全に必要な機能しか重視しそうにない。
 今後はあまり話せなくなるのだろう? ならば、そんな有様は寂しい。年下の駄々を許してくれ」

 ヴィオレは口を一瞬だけ小さく開き、すぐに閉じてまた開いた。

「なれば、うんと賑やかに設定しようか。よいのか? 自身に似せられた人形ぞ」
「構わない」

 どうということもないと首を振るフェリシテに、ヴィオレは内心で彼女とは全く違う人格設定を少女人形へ加えようと決める。
 フェリシテとよく似て、フェリシテの友を思う心が込められた人形。
 長く共に過ごすことになる人形に、フェリシテまでも其処にいるような錯覚をするなどと、ヴィオレは決して己に許さないし望まない。

「皇女殿下から直々に下賜されるとは、身に余る光栄であるな」
「そなたは元より私の誇らしき友だ」

 ヴィオレは微笑み、無機質な硝子の目で見つめ返す少女人形を見下ろす。濃い紫とはまったく違う、ローズパールが輝いていた。

「……なあ、リュニー」
「なんだ? セシー」

 あまり使われない愛称を用いたヴィオレに、フェリシテは珍しくも冗談めかした愛称で以って返す。
 その気安さが、その距離が、その空気が愛おしくて、ヴィオレは静かであるのに殷々と響くような声を落とした。

 ――騎士を持つ気はないであろうか?

 いつかの魔法使いと、皇后が主従となる前の話である。

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あきゅろす。
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