小説
十三話



 敬虔なるバリオル、東より出でしツァーレ語って曰く。

「愛しているのです」

 しあわせそうな表情で、聞くものの奥深くまでに染み入るような声音が紡ぐ山より高く海より深い愛。

「俺は神を心から愛している。愛おしいのです。だからこそ、神に近づく他のバリオルが許せない。
 触れるなよ、近づくなよ、なにが覡だ。当然のように神に侍ったつもりで忌々しい。その上、神子様が現れた」

 段々と表情を歪めるツァーレが言う。

「俺は神を愛しているけれど、それだけでは満足できない。俺は神に愛されたい。神の寵愛が欲しい。神に愛されるのは俺だけでいい。
 一途に健気に直向に神を愛する俺以外が神に愛されるなんて、堪えられない。
 神にもこの愛を知って欲しかった。俺の愛はこれほどまでにも深く、暗惡帝をも食らい尽くそうぞ、と」

 それが全てだとツァーレは語った。
 それが暗惡帝討伐同行に選抜されたバリオルたちを手に掛けた理由。
 潔志を襲撃した理由。
 あまりにも罪深い。
 ツァーレの言葉を聞いたバリオルが顔を歪めて吐き捨てる。
 神への盲愛はともかく、神を独占し、あまつ他のバリオルを手に掛け神子にまで、などと到底許されることではない。
 断罪を、断罪を、と合唱のように重なる声にしかし、待ったをかけたのは当の神子だった。

「ツァーレくんは大人しく縛り首にされる気があるのかな」
「はは、まさか! 俺はまだまだ神を愛し足りない。殺されている暇はなく、また俺を殺していいのは神だけだ。俺の神への愛を罪だなどと傲慢吐き出すバリオルから『断罪』を? 笑えねえよ」

 ナルスラーたち王もいる前で唾棄したツァーレに、潔志は笑顔を崩さずうんうんと頷く。

「同行者はツァーレくんにしよう」
「神子様っ?」
「潔志です。だって、ツァーレくんはきっと『神様』への愛を語りたいから今こうしているだけで、語り終わって満足したらさっさと出て行くよ。どんな手段を使っても。邪魔をしたら死人が出るだけでしょう。それは良くないことだよ。それに、彼は既にひとを手にかけているんだ。野放しにすることもできない。だったら、望み通り暗惡帝のところまで一緒に行ってもらおうよ」
「そんな名誉をこの罪人に?」
「名誉?」

 潔志は鼻で笑う。
 相葉潔志にしては珍しく、朗らかでも無邪気でも人好きもしない、紛れもない嘲笑であった。
 黒い目が集まったバリオルたちをすうっと見渡し、ちらりとツァーレを見遣ってからナルスラーに固定される。

「死亡率の高さから同行者が中々決まらなかったんじゃないのかな? だったら、死出の旅に送り出すってことで丁度いいでしょう」

 それは単純に良しと頷ける言葉ではない。
「死出の旅」の代表者は誰だ。神子だ。潔志だ。
 そんな理由で決定が遅れていたのではない、と言っても、潔志の提案は確かに「魅力的」であった。
 迷うような一瞬の沈黙が審議の間を叩く。それこそ答えだとばかりに潔志は今度こそおかしそうに笑う。
 弾かれたように控えていたフェートが潔志の袖を掴む。

「違います、違います、潔志さん! 我々は潔志さんに死ねなどとっ、神子であれば必ずや暗惡帝を討伐せしめんと信じるからこそ……!」

 潔志は宥めるようにフェートの手をやさしく叩いた。
 その表情にも雰囲気にも怒りはなく、そも潔志に私憤というものが存在しないことを知らないフェートはむしろ困惑する。

「分かってる、というか、俺もそのつもりはないよ。俺はね、斬るだけだから。斬りに行くだけ。斬ってどうなるかなんて、それは俺の知ったことじゃないなあ」

 斬ってどうなるか。
 暗惡帝を斬るとはつまり討伐であると、この場の誰もが信じた。
 討伐してその先はバリオルに委ねる、そういう意味の言葉であると誰もが信じてしまった。
 潔志はツァーレに視線を向ける。

「同行者はツァーレくん。それでいいでしょ?」
「たっての望みであれば、と申し上げたいのですが、奴を同行者にすればいつ何時であれども潔志さんを狙うでしょう。悔しいですが、その時に私では潔志さんをお守りしきれません……」
「別に構わないんだけど、フェートくんやあなた達にとってはそういかないんだろうね」

 それもそうか、と頷き、潔志は神剣片手に椅子から立ち上がる。背後からなにを、と引き止める声がしたけれど、潔志の足は真っ直ぐにツァーレの元へと向かった。
 興味は殆ど失せていた。
 けれど、そうしようと思ってしまえば、やはり湧き上がってくるものがある。
 たぷ、と口の中に唾液が増して、潔志は「う、ぃ」とこみ上げた笑い声ごと無理やり飲み込んだ。

「ははあ、神子様は俺をお斬り遊ばすか。俺では神子様に敵いませんからなあ、受け入れるより他はないのか。ああ、憎い、恨めしい。よりにもよって神子様に。神の寵愛受ける貴方に殺されれば、俺は神のもとへ逝けるかも怪しいではないか!」

 憤怒の形相でツァーレが睨みあげてくる。それでも鎖を引き千切ろうとはしない。したところで無駄だと悟っているらしい。
 潔志はせめて誤解を解こうと口を開く。飲み込んだ端からこみ上げる唾液が口端から零れた。

「ちあうよ、おえは、斬る、だえ」

 じゅるじゅると唾液混じりの聞き難い声。
 だが、ツァーレは聞いてしまった。
 理解してしまった。
 ツァーレの目が見開かれる。
 嫌な予感では済まない、絶望が目の前に立っていたことに今更気付く。
 うひっと潔志はとうとう笑う。
 潔志の雰囲気が変わったことにようやく気づいたか、周囲がざわめきだすも潔志は既に聞いていない。
 斬るのだ、斬るんだ、斬ると決めた。
 ならば、斬る。

「待て、待ってくれ、神子様。なにを、なにを斬る気だ? 待て、やめろ、斬るな、斬らないでくれ、やめてくれ、やめてください、それは、貴方が斬ろうしているものは、まさか、嫌だ、嫌だ――」
「あ゛っはァ……!」
「やめろおおおおおおおおッッ!!!」

 絶叫するツァーレに向かい、潔志は歪み果てた笑みを満面に、神剣を振り下ろした。

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あきゅろす。
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