小説
十一話



 フェートは神の内に教会へやってきた。
 産みの親が誰であったかは知らない。教会は教えないし、親もまた名乗ることはない。
 フェートが覡だからである。
 覡にとってバリオルは平等であるべきなのだ。
 肉親の情という偏りは、なるべく持つべきではない。
 悪しきものと言われることはないけれど、好ましくないという空気は吸い込むごとに胸へと満ちた。
 平等に接するには、揺らがぬ精神を必要とする。
 精神統一の一環として、覡は幾つかの修行があるのだが、フェートは剣による精神統一の修行を選んだ。
 剣は不思議だ。
 振るうと、気付かぬ内に胸のなかへ絡んでいた糸を断ち切ってくれるような気がする。
 もっと、もっと、もっと。
 切れば、切るほどに、心静かに、心清しく、されど手の中にある鋼はフェートの腕に重かった。

「修行の範囲としては十分でしょう。いえ、精神統一という点は見事果たされております」

 剣の師が言う。
 才能がないのだとフェートは自覚せざるを得なかった。
 こみ上げたのは紛れもない落胆であったが、その落胆を無駄なものだとフェートは切り捨てようとする。
 覡が剣で大成してどうなるというのだ。
 暗惡帝討伐の役には立つかもしれないが、フェート一人の力でどうなるほど暗惡帝は容易い相手ではない。
 まして、剣という得物では。

「弱い弱い弱い! これが覡、こんなものが覡! これが澄まし顔で神の側近くに常より侍ったつもりでいるというのか!!」

 明らかに苛立ち、歴然と手を抜き、ツァーレは吼える。
 フェートはツァーレの薙ぐ大鉄扇を受け流そうとするたび、流しきれずにびりびりと痺れる感覚を覚えた。このままではすぐにでも小剣を取り落とすようになるだろう。
 フェートの自覚する未来をツァーレが気付かぬわけもなし、増々不愉快の色濃く激した様子の彼は閉じた大鉄扇で強かにフェートを打ち据えようとした。
 開いた大鉄扇ですら流しきれぬフェートである、閉じた大鉄扇を受ければ間違いなく吹っ飛ぶだろう。しかし、避けることができるかといえば、それほどに親切な手抜きはされていない。
 神子の御前だというのに。
 表情に出しきれぬ激情をも叩き潰そうとか、ツァーレの大鉄扇は無情にもフェートへ迫り――まるで反発にでもあったかのような勢いをつけて方向転換をする。

「フェートくん、きみはまだ斬っていないし、斬りたいという欲すらきちんと掬い上げられていないんだ。大丈夫、落ち着いて。きみがきちんと斬ることができるまで、俺は応援するよ」

 いっそ悠長な様子で斬気を飛ばし、ツァーレの大鉄扇をフェートへの攻撃から防御へとねじ曲げた潔志。
 その表情は穏やかに、平素と変わらぬままだ。
 けれど、フェートを見つめる目には言葉通り偽りのない激励の炎が燃える。
 剣携える手とは逆の手をぐっと握り、潔志はフェートへ向かって「がんばれ!」と応援した。
 場違い。
 場違い極まりないと、恐らく冷静な第三者は言うだろう。
 まるで我が子の晴れ舞台が成功するのを願う親にも似た潔志の姿は、あまりにも異質に過ぎた。

「嗚呼、嗚呼、神子様までもが覡を贔屓するのか、覡を認められるのか、されども俺は覡など認めない。真なる神の愛し子も認めたくない。神子様、神子様、やはり俺は貴方様から屠ろうぞ!」
「うんうん、おいで、それでもいいよ、構わない」

 先ほどツァーレに対して興味が失せたも同然という台詞を吐いた潔志が、今度は招くように剣を構える。
 構えるも、黒の眼差しはツァーレを見ないままフェートへ注がれるのだ。

「さ、フェートくん。最初は後ろからでもいいと思うよ! 斬るっていうことが大事なんだから、格好良く斬るっていうのは後あと! まずは斬れるようにならなくちゃね!」
「み、神子さ――」
「潔志だよ」

 ツァーレの猛攻をいなしながら、潔志はフェートへ向かってわらいかける。

「神子様もこの世の神の愛し子とやらも、俺は知らない。俺は相葉の潔志だ」

 さあ、斬るんだ。
 潔志が再び促す。
 ツァーレの背中の向こう、潔志の視線が外れない。フェートはひゅう、と無意識に呼吸を震わせた。
 けれど、神子が慮外者の相手をしているのに、自分が此処で震えていて良い道理などあろうはずもない。
 潔志の目が三日月を描く。
 それで良いのだとばかりに潔志が招く。
 斬気、斬撃、ツァーレの咆哮、潔志が彼を絡めとるなか、フェートは剣を構えて踏み込む。

「あ、あ」

 斬りたいだとか。

「あああ」

 斬るという意思だとか。

「ああ、ああああ!」

 全て置き去りになっているけれど。

「ああああああああ!!!!」

 ――フェートは斬った。
 背中に迫る気配へ対応しようにも、それを一切許さぬ潔志のせいでツァーレの背後は無防備だ。
 痛みも熱も鮮烈に感じているだろうに、振り返ることもできず呻き、叫びながら潔志へ向かうしかできないツァーレの背中へ、フェートは何度も何度も小剣を走らせる。
 切ればいつも胸のなか清しくなっていた。
 斬ると胸のなかがどんどん空になっていく。清々しさによく似て、まるで違う不思議な感覚。
 斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬るんだ。
 斬らねばならないのだ。
 そこにツァーレの背中があるならば、そこに斬るべきものがあるならば。

「斬るんだ」

 大上段からの斬撃に、大きく体勢を崩すツァーレ。
 巌のような巨体に隠れていた潔志の姿が露わとなる。
 未だ大鉄扇手放さず、すぐにでも立ち直すツァーレを前に息をつく間もないが、フェートは確かに潔志の首肯を見た。
 神子が剣の才無き覡に認める。
 斬撃こそが「正解」であると。

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あきゅろす。
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