小説
九話



「お初にお目にかかるもこれが最後だ、神子様! 俺はツァーレと申します! 一途に盲目に神を盲愛する敬虔なるバリオルにございますれば死ね!!」



 潔志はいつでも、というよりも出来得る限り早く旅立ちたいのだが、神子様の双肩には人類という重責がかかっており、思いつきの日帰り旅行気分でほいほい出かけられるものではない。
 もちろん、潔志とて文化レベルが現代日本と比べれば大分遅れていることから改めてこの世界の常識を学んだり、旅で必要な知識を埋めることに時間を使ったのだが、鬱憤というのはどうしても溜まるのだ。

「同行者っていうのはまだ決まらないのかな」
「申し訳ございません。潔志さんに合わせて多方面から最善を探るとなると、どうしても一朝一夕とはいかず……」
「俺に合わせてっていうけど、面接の場とか設けられた覚えはないなあ」

 人事のひとは俺の何が分かっているつもりなんだろう、とは決して潔志にとって悪気のあるわけではない純粋な疑問だったのだが、聞かされたフェートの胃袋を締め上げるには十分な威力を持っている。
 顔色を悪くさせたフェートは震えそうになる声を抑えて「潔志さんは同行者に希望など、ございますか?」と問いかけ、直後に今更過ぎると後悔した。
 潔志の希望を聞く気があるのであれば当初にされるべき質問であるし、潔志の言葉に端を発したのではその気がなくともご機嫌取りに見えてしまうであろうし、そも希望がそっくり通るとも限らないのだ。
 フェートは対人関係があまり得意ではない。
 幼い頃から教会で奉仕しているため、覡とバリオルとしての立場であれば如何ようにも振る舞えるが、個と私ではもつれた毛糸玉のように相手と自分を繋ぐ糸口が見えないのだ。
 潔志は神子であるが、柔和な表情や人好きのする態度は神聖さというある種のひとを隔てる気配とは違う。
 もちろん、潔志の存在そのものが神聖であり、フェートにとっては敬い畏まり、傅くべきなのであるが、潔志自身が膝を折って視線を合わせてくるので狼狽は抑えられない。
 今も、フェートの失言を潔志は気にした様子もなく考え始め、しっかりと神剣抱きながら椅子の背凭れから離れて体を丸めている。

「そうだなあ、力持ちさんとかがいいなあ」
「力持ち、ですか?」
「そう。俺はほら、斬るだけだから」

 潔志は体を丸めたまま、顔だけをフェートへ向けた。目元へ笑い皺を刻む無邪気で柔和な笑みはいつものままだが、フェートは再びちり、と鳥肌が立つのを感じる。
 フェートが怖じたのを察したのか、そうでないのか、変わらないために何も読み取れぬ表情のまま潔志は片手をひらひらと振ってフェートを招いた。
 神子に手招かれて無視もできず、フェートは張り付きそうになる足を潔志へ向かって踏み出す。
 ふらりと伸ばされたのは、つい先ほどまで神剣へ触れていた手。
 意外にも温かな熱を湛える手はきゅっと目を閉じたフェートの頭を二度、三度と撫でていく。

「フェートくんの髪はさらさらしているね。星色だから伸ばせばきっときれいだよ」
「そ、うでしょうか」
「ああ、斬撃の軌跡のようになる」

 潔志の言葉があまりにも脈絡なく感じられたせいで聞き取れず、フェートはまばたきをした。
 失礼を承知で訊き返そうとしたとき、騒がしい足音と声が部屋へと迫る。
 覡の顔でドアへ向かうフェートの背中を見つめ、潔志はじゅるりと口内に溜まった唾液を啜った。
 ――部屋へと駆け込んできた城の使いが告げたのは、各国が候補に挙げていた旅の同行者が一斉に殺害されているという旨であった。
 殺害された、ではない。
 殺害されている、という現在進行形だ。
 つまり、下手人は捕まっていない。
 一刻も早く神子を安全な場所へと告げた彼は、その言葉を最後に地面へと崩れ落ちた。
 いや、この表現は適切ではないだろう。ただ、倒れた。彼の体には崩れるほどの面積が残っていない。
 一撃のもと、上半身の殆どが吹き飛ばされたのだから。
 あまりの威力は目の前で事が起きたフェートに血の一滴も浴びせぬほどで、一拍後、現実を認識したフェートは目を見開いた。
 かつ、と高い靴音を鳴らし、その男は現れる。
 身の丈は七尺には少し足りないほどだが、巌のように頑丈な体躯が一回りも二回りも男を大きく見せる。
 きらきらと輝く目は弓なりに、鋭い犬歯を剥き出しにする口は弧を描く。
 紛うことなく笑顔を浮かべる男のそれはしかし、やはり紛うことなく威嚇の表情であった。
 激しい水の流れと岩砂利に磨かれたような雰囲気放つ男の両手には風雅な大鉄扇、これが城の使いを無残な姿に変えたと悟るやフェートは潔志を守るべく動こうとする。
 が、無情にもフェートが動くよりも男の踏み込みのほうが断然速く、冒頭の言葉を叫ぶなり男、ツァーレの大鉄扇が椅子へと掛けていた潔志へ迫った。

「……ぐ、ひっ、い!」

 描け銀閃、千切れた鎖を模すように。
 聞くもおぞましい歓喜を堪えた呻き声を上げ、潔志の顔が笑み歪む。
 斬撃狂いが、餌を見つけた。

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あきゅろす。
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