小説
八話



 斬ればいいのだ。
 そうだ、斬るのだ。
 斬ることは当然なのだ。
 斬って斬れば全ては解決。
 今までもそうであったし、これからもそうだ。
 こんなお伽話のような状況、見知らぬ世界であっても同じらしい。
 そうだそうだ、それはそうなのだ。
 なんて言ったって潔志は潔志のまま変わらない。潔志が斬りたくて斬って全てが解決さっぱりすっぱり斬り終わるのだから、潔志が移動しただけでその理に変化などあろうはずもなかった。
 斬る、という名目を与えられたことで晴れた霧の向こうに、今度は明確に道が見える。
 斬れば解決するのだと提示された答え。
 そんなものなくても斬ることはできるし斬るけれど、斬って解決間違いなしであればこんなに素晴らしいことはない。
 やはり斬るのは正しい。
 斬るのだ。
 斬らねば。
 斬り、斬れ、斬らる、斬りれ、斬るのだ、斬ろう。
 与えられた答えの信憑性がどの程度のものであっても、自らが選ぶものだけはここに始まり帰結する。

「おっと」
「潔志さん?」

 振り返ったフェートになんでもないとばかりに片手を振りながら、潔志はもう片方の手で唾液の溢れた口元を拭う。四十を迎えて頤筋が衰えたわけではない。
 濡れた面を内側にしてハンカチを畳んでしまう潔志を不思議そうに見やるフェートに「気にしないで」と言いながら、潔志はナルスラーたちからされた話を思い出す。
 大規模な兵を伴えば魔族たちにも見つかりやすく、また進行も遅くなるため暗惡帝討伐には少数精鋭で向かわなければならない。
 潔志と、フェートと、その他数名。数名については国と教会が絡んだ人間だろうと潔志は考えている。
 誰にせよ、何にせよ、可哀想なことだ。
 潔志はフェートに出してもらった地図を見ながら笑う。

「わあ、魔族のいるところまで結構あるんだねえ」
「そうでなければ今頃は魔族の侵攻がもっと深い場所まで及んでいたでしょう」
「うんうん、大変だ」

 フェートが心配そうな顔をする。
 潔志は童顔であるが四十迎えた男だ。剣を携え降臨した神子とはいえ、柔和な雰囲気は戦士から程遠い。潔志が暗惡帝のもとへ辿り着くまでの道中を快適に過ごせるかはフェートへかかっていた。
 自身へ向けられた心配に気付かぬ潔志は鼻歌まで唄い始める。
 魔族たちから人間を救うための旅といえば、まさにお伽話そのものだ。
 だが、その主人公のような立場へ組み込まれた潔志が見聞きしたものは、さわりだけでも物語というふわふわとしたものではない。

「早く斬りたいなあ」
「はい、潔志さんであれば彼の暗惡帝も忽ち滅することができるのでしょう。本当に、貴方様の御降臨が我らにどれだけ……」
「ははー、そういうのいいから。あ、そうだ!」

 ぱちん、と両手を叩いた潔志は大きく体を傾げながらフェートの顔をずい、と覗き込む。フェートは仰け反りそうになったが、それも失礼と判断したのか踏み留まり「なんでございましょうか」と小さく口を動かして問いかけた。

「フェートくんはさ、剣を振るうひとでしょう。じゃあ――斬ったことは?」

 潔志にはなんの変化もない。
 雰囲気も、表情も、睫毛ひとつ震えていないし瞳孔の収縮とて一切変わらない。
 それなのに、フェートは項の毛がざわ、と逆立つ。
 後ずさりしそうな足を止め、呼吸を止めてしまいそうな口を開いたのは、頓にフェートが覡で潔志が神子であったからだ。

「ござい、ません」

 潔志がフェートたちの言語を正確に解するように、フェートたちも潔志の言語を正確に解する。
「斬る」という言葉が巻藁などを「切る」という意味ではないと、フェートは強制的に理解させられてしまうのだ。
 フェートの返事に潔志は途端難しい顔をした。
 傾げていた体を立て直し、顎へ手をやって今度は首を傾げる。

「ない?」
「はい」
「まあ、フェートくんはまだその歳だし、周囲の大人が止めるのかな。でも、良くないよ。それは、いけない。
 いいかい、フェートくん。斬ることは当然で、当たり前なんだよ。呼吸と同じなんだ。斬らないことで解決しない出来事も斬れば解決するように、斬らなければなにひとつ始まらないことだってある。斬るんだ。きみの意思で、きみの欲求で、きみのあるがまま――斬るんだよ」

 神剣を佩く潔志はフェートの両手をぎゅっと握り、熱を込めて言い聞かせた。その様は先ほどまでの無変化とは正反対で、深く感情のこもったものだ。
 だからこそ、言っている内容にフェートは混乱した顔をする。

「き、潔志さん。旅の間のことでしたら、私もいざというときのためにもちろん――」
「それは、他発的な理由だろう? きみは、きみの意思できみのあるべき姿を以って、斬りたいと思ったものを全力で斬るんだよ。
 ああ、そうだ。源太のときもこうすればよかったんだ。面倒くさくて放置したからあいつは……フェートくん、俺は今度こそ間違えないよ! 前途有望な若者であるフェートくんを、きちんと良い方向へ導けるように、俺の知っているありったけを教えるね」

 どうすればすっぱりと斬れるのか。
 どうすればざっくりと斬れるのか。
 どうすれば斬り払えて、どうすれば斬り退けられて、どうすれば斬り飛ばせるのか。
 全部、全部、全部ぜんぶ、斬撃狂いの持ち得る斬撃を余すことなき斬り刻みつける。
 神子が口にする導きという言葉の裏に張り付く意味にフェートが気付けるはずもなく、ほんの僅か胸の奥底にひやりとしたものが湧いたのを無視し、彼は表情薄い顔でぎこちなく微笑む。

「はい、潔志さんの教えに応えるよう、精進致します」

 こうして、一人の人間の運命が決定的に狂った。

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