小説
七話



 あの潔志が源柳斎を前にして「斬りたい」のひと言もないまま連れてきたこどもを月柳流の住み込み門人にしてくれと拝み倒してきたことに、源柳斎はぎゅ、と眉根を寄せる。
 視線を向けたこどもは毬栗頭でへらっと笑う愛嬌深い少年で、つい構い付けたくなることはあっても潔志がするように厄介者のような扱いを受けるのは不当に見えた。そも、ダンボール装甲で全身を覆ってもいないこどもの何処が厄介だと言うのか。この点に関しては源柳斎筆頭に月柳流一同声を揃えて首を振る。
 胡乱な顔をする源柳斎と、こども、潔志にもおざなりに茶と菓子を出した蝶丸は「食べていい?」と訊ねるこどもににこりと笑って頷いた。

「にーちゃん、ありがと! 俺ね、森山源太です。ししょーの弟子!」
「師匠、ですか?」

 源柳斎のそばへ戻りながら蝶丸は一瞬、欠片も温度を宿さない視線で潔志を見やる。
 潔志はその短い視線をがっちりと補足して離さず、しがみつくようにまくし立てた。

「ほら、素人の俺を師匠と仰がせるとか問題でしょう? 幸いにも俺は月柳流という剣術道場に縁があるわけだしここは将来有望なこどもの未来を思えばこそねっ? だからお願いだから引き取ってよおおおおお!!!」

 ししょーと慕うこどもの眼前での発言に源柳斎と蝶丸は険のある目をし、潔志の願いを叶えるのは業腹であるがこの人間のそばにいるよりは、という考えもあって即答を迷う。
 だが、その迷いを斬るのは誰よりも当人こそであった。

「えー、俺はししょーがいーもん」

 傷ついた様子も躊躇う様子もなくあっけらかんと源太は言う。

「それはお前が俺以外の斬撃を知らないからだよ。源柳斎すごいよ? だから月柳流に入ろうね」
「へへー、ししょー照れてる? 照れてるー? そんなこと言って俺がつきやぎりゅーに行っちゃったらごはんが食べられなくなっちゃうくらい寂しーんでしょー?」

 源柳斎と蝶丸はこんなにもイラッとした顔の潔志を初めて見た。
 潔志が再び説得を試みようと口を開くが、源柳斎はそれを遮るように源太を優しい眼差しで見やりながら訊ねる。

「源太くんは師匠が好きか?」
「うん、だいすきー! ししょーはねー、ずばーって斬るんだぜ、ずばーって!」
「そうか」
「いや、ずばーって斬るだけなら源柳斎だってってちょっと弓削くんなんなのその反応っ? きみそんなキャラじゃないよねっ?」

 潔志が指差す源柳斎の後ろ、先ほどまで静かに佇んでいた蝶丸が両の人差し指で潔志をピョインッと差しながら、プークスクスと表情だけで潔志に抱腹絶倒の意を示していた。弓削蝶丸の人生史上、こんな態度は初めてのことである。
 源柳斎は潔志の言葉を聞いて蝶丸を振り返ったが、そのときの蝶丸は既に源柳斎のよく知る凛とした端座の姿勢にあった。当然、源柳斎には蝶丸の身動ぎする気配が感じられていたのだが、ダンボールロボになろうが見捨てず、むしろ如何なるときも味方であり続けてくれた幼馴染に対して彼はやはり同じだけ味方である。例え、潔志への「ざまあみろ」という感情剥き出しの人格崩壊した態度を目撃しようと「蝶丸を煩わせるな」と潔志の頭へ拳を落とすだろう。

「剣士として将来有望な若者の道を拓いてやろうって思うでしょっ?」

 どうにかして源太を押し付けたいらしい潔志の言葉に源柳斎はため息を吐き、腕を組みながら潔志へ睨むのにも似た真っ直ぐな視線を向ける。

「月柳流は才能の有無など二の次だ。目指すは頂、刀へと到るため、自らその道を斬り拓く気概こそを第一に。先を往くものが枝払った道へ続くのは構わないが、他者のために拓く道など月柳流剣士は持ち合わせていない」

 なによりも、と続け、源柳斎は潔志へ向けたよりも幾分和ませた眼差しを源太へ向ける。
 ぼへっとした顔は頭上の会話を一片も理解できていたかも分からないが、源柳斎と目が合えば「へへー」と無邪気に笑った。
 源柳斎は笑い返し、腰を上げると源太の前にしゃがんで毬栗頭を軽く撫で回す。じょりじょりした感触が妙に気持ち良い。

「源太くんは斬りたいのか?」
「うん」
「斬ったら、斬れるか?」
「んー?」
「斬りたいから斬るのと、斬ったら斬れるの、どちらがいい?」

 源太が「へへー!」と笑いながら鼻の下を擦る。

「俺ね、斬りたいなって思ったらずばーって斬りにいくからねー、斬りたいから斬る!!」
「そうか」

 苦笑しながら頷き、源柳斎は源太を撫でながら潔志のほうを向く。
 潔志は源柳斎が発する言葉を察し、絶望的な顔を晒していた。

「だ、そうだ。分かるな? 源太くんは月柳流に向いていない。お前向きだ。方向こそ違うかもしれんが、傾倒をお前と同じくする斬撃狂いになるだろう」

 きっぱりと、はっきりと、プロの斬撃狂いが断じた内容に、潔志の円い目が段々と潤んでいく。
 ぷるぷると震える体、ぱくぱくと口を開閉する仕草は瀕死であるが、源柳斎は止めを刺した。

「諦めろ、どうせ自分で蒔いた種だろう」

 源太の事情も話していないのに、潔志への不信が的確な答えを導く。
 とうとう潔志は頭を抱え、横倒しにその場へ倒れて転がった。

「っやだああああああああ!!!!」
「ししょー、お腹痛いの? へへー、おばさん今日のおかず唐揚げって言ってたからししょーの分も食べたげるかんねー」
「やああああああだあああああああああッッ!!!!」
「あ、ししょー、ししょー!」

 転がって源太から逃げていく潔志、追いかける源太。ぬるくなり始めた茶を喫する源柳斎、その背後では潔志をいい気味だと指差して小躍りしだしそうな蝶丸がいた。

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