小説
新春全裸祭〜脱いだ角には福来る〜(終)



「今回の祭は世界を股にかけてんなあ! ほら、お前はやっぱ視野が狭いんだよ。皆が全裸を愛してる!」
「こんな糞祭こんな糞祭こんな糞祭……」
「おいおい、皆真剣なんだぞ? 真剣に全裸になるんだ。その崇高なる精神、肉体へ俺は加護を授ける。そういう良くない念を寄せるのはやめろ」
「くそっ、こんなときばかりまともなことを……っ」

 若天狗が大樹の幹を殴りつける横で、葉高天狗は上機嫌に葉高祭の様子を眺める。
 皆がみんな、生まれたまま、あるべき姿となって一所懸命に走っている。生きている。それを見守り応援する村人たちは笑顔で、ああ、これが平和なんだ、と感動に胸が熱くなる思いだ。
 むかし、まだまだピッチピチのナウなヤングであった頃の葉高天狗はやんちゃだった。
 今のように鷹揚に構えることもできず、必要以上に人間へ厳しく接したこともある。
 山へゴミを捨てる奴は斬首と唱え、何人か実行しようとしたのは思い出すと赤面して転がり回ってしまうような黒歴史だ。
 それでも立派に成長した今では人間の成長を見守り、山でやんちゃをする人間がいても天狗の神通力で滅っと教育的指導をするだけである。大人になった自分に葉高天狗は「へへー」と鼻の下を擦った。その間にも若天狗は幹を殴り続けている。

「おいおい、お前そろそろ手を痛め……」

 言葉を途中で切り、葉高天狗は怪訝な顔を村へと向けた。
 ほんの僅かに混じる気配。それは、自身が招き、許したものではない。

「あ? また誰か迷子でも入ってきちまったか?」

 きゅっと目を凝らす葉高天狗の視線の先に、並び立つ赤髪と黒髪の男が見えた。



「……どういう状況だ、魔法使い」
「……ふむ、転移には違いないが」

 迷宮の深層に潜り、ボスの間へ続く転移魔法陣を起動させたグレンとヴィオレは、しかしボスどころか魔物の一匹もいない風景に立ち尽くす。
 周囲はのどかな緑広がる自然風景で、霊廟のような遺跡風迷宮の仕様とはかけ離れている。もっとも、転移した先だけそういう仕様なのだと言われればそれまでかもしれないが、明らかに迷宮ではないと判断できる要素がちらほらと。

「私は冒険者歴が短い故に確認するが、あれは冒険者及びギルド職員ではないな?」
「どう見ても一般人だな」
「で、あるか。女性やこどももいるな」
「ああ、そうだな」
「か弱い部類の一般人が斯様に迷宮で笑顔振りまいているのは普通のことか?」
「んなわけねえだろ」
「そうよな……」

 山に入ってすぐの場所なのか、遠くには人里らしきものが見えるとグレンが言い、ヴィオレは二度目となる異世界転移の可能性に頭を抱える。

(ふざけるなよ……私はあの世界を軸に術式を組んでいたのだぞ……!)

 転移してよりこちらの苦労が水の泡になったのかと叫び回りたい気持ちのヴィオレに、グレンが「おい」と声をかけた。
 チベスナと呼ばれる独特の表情をした魔物そっくりの力ない目でヴィオレが振り返ると、グレンがやる気のない顔である方向を指差していた。

「……そなたは見えるかもしれぬがな、私は術式なしでは――」

 視力に強化をかけたヴィオレは後悔する。
 全裸の集団がいた。
 猛然と走り迫る全裸の男集団がいた。

「……待て、落ち着け」
「お前が落ち着けよ」

 目が潰れるとばかりに片手で視界を覆い、更にグレンの肩へ顔を埋めたヴィオレを、グレンは面倒くさそうに肩を叩いて宥める。グレンとて全裸で走り迫る男たちの集団など見たくないが、異常な状況で更に明らかにおかしいものがあれば情報の共有はしておくべきだ。

「左様……斯様な奇祭がある地方の話も聞かぬわけではない。転移した先が偶然そうだったのやもしれぬ」

 現実逃避混じりの言葉だったのかもしれないが、知識階級である魔術師、その筆頭たる魔法使いは凄まじく鋭い勘を働かせる。
 どの道、いつまでもこの場にいるわけにもいかず、全裸集団に近づかれる前にふたりは笑顔で全裸集団たちがやってくるほうを見ている女性の一人へ近づいた。
 見慣れぬ服装をしており、顔立ちに覚えはあるものの言葉が通じるか不明だったためにヴィオレが声の魔力を調整して話しかける。

「失礼、訊ねたいことがあるのですが」
「あら、観光の方? 今日は男子の着衣禁制よ!」

 朗らかに言われた内容を理解できない、したくない、しかし状況把握をしなければいけない故に理解せざるを得なかったヴィオレの愛想笑いと血の気がひゅっと失せた。
 いつの間にか集まってきた人々が「ほら、脱いで脱いで」「お兄さんいい体してるねえ」と言いながらグレンとヴィオレの装備に手を伸ばしてくる。
 相手は明らかに一般人、力加減はもちろん、状況が分からないのに乱暴な振る舞いは当然できない。

「勘弁しろよ」

 真顔で勘弁しろと言いつつ腹を決めているような風情のグレンにもっと頑張れと怒鳴りたいヴィオレは、ふと異常な魔力……いや、魔力に酷似した何かの力を感じてばっと空を仰ぐ。
 ヴィオレの様子にグレンが怪訝な顔をしたとき、ふたりの視界は白い閃光によって染められた。
 咄嗟に瞑った瞼の向こうに光が消えた気配を感じ、そろそろと瞼を開くと周囲の風景は霊廟に似た薄暗く湿ったものへ変わり、生きた人間はグレンとヴィオレ以外にいない。
 元の場所に戻っていた。
 ――というのは、正確ではない。
 元の場所から転移するはずであった、ボスの間にグレンとヴィオレはいた。
 全裸で。
 足元へ散らばるのは無傷の装備、数メートル向こうには唸り声を上げるSランクの迷宮ボス。
 絶句にも似た沈黙引き裂きボスが咆哮を上げた瞬間、グレンは剣を、ヴィオレは術式を用意して迫るボスを迎え撃った。
 装備を纏う暇はなかったと明記しておこう。



 炬燵で蜜柑は至高の文化。
 食べ終えた蜜柑の皮で蜜柑の皮剥きアートを量産する白は、ナスカの地上絵よりハチドリを完成させたところでふと向かいから健やかな寝息が聞こえることに気づく。
 視線を向ければ頬をぺたりと天板に預けた隼が、先程までは正月番組を退屈そうに眺めていた目を瞼に閉ざしている。

「隼ちゃん、炬燵で寝ると死ぬよ」

 風邪の段階すらもすっ飛ばした危険性をさらっと述べる白だが、すやすやと眠ってしまっている隼には当然届いていない。
 やーれやれだ、と呟きながら白は惜しくもなさそうに炬燵の温もりから脱出すると、隼の背後に立ってずるりと鍛えられた体を炬燵から抜き出した。
 天板という支えを失った頭はぐらっと揺れ、温度差により体が震えるものの、隼は一瞬目を開けると白を捉えてへらっと笑ってしがみついてくるだけである。

「……だめだこりゃ」

 無表情で呟き、白は掛け声の一つもなく隼を抱き上げた。
 寝室で布団を敷いてやろうととてつもない優しさを発揮する白であったが、それはあまりにも唐突且つ悲劇的に起きてしまう。
 白が一端下ろした隼を敷き終えた布団の上へ寝かせようとした瞬間――
 パァンッ!!
 破裂音とともに服が消失した。

「……What?」

 なにが起きたのか、流石の白をして理解できない。したくもない。
 だが、現実は無情である。
 破裂音に反応して先程まで同様健やかな眠りについていればいいものを、隼が目を覚ましてしまう。

「……えっと……あ、あなたが寝こみをって、め、珍しいですね! お、俺は全然歓迎ですけど!」
「即刻その誤解をやめろ」

 うたた寝をしていたら寝室に運ばれていて、自身と恋人は全裸。これで誤解するというのが無理な話である。
 白の潔白が「表面上」晴れるのには数時間を要した。



「ふいー、流石にあそこまで離れた世界だと帰すのに加減が難しいわ。ちょっと気合入れすぎたかもしれねえけど、まあ余波があるくらいで問題ねえだろ」

 やることやったとばかりにかいてもいない額の汗を拭う葉高天狗の隣、若天狗が死んだ鯖のような目で「ああ、今年の『アマツキツネ』が決まりそうですよ」と報告する。
 どれどれ、と己も確認する葉高天狗の眼前で、嬉しそうに、誇らしそうに、己の肉体を掲げ見せるように両手広げて最終地点へと駆けてくる一人の全裸。
 天狗の千里眼は彼が余命幾ばくもない娘のため藁にもすがる思いで、血の滲むような思いで山を駆けてきたことを見て取った。
 歓声と祝いの声のなか、走り切った彼に葉高天狗は聞こえないだろう拍手を大きく打ち鳴らし、若天狗もまた苦笑しながら拍手する。

「よーし、じゃあ今年も気張って天狗の御利益授けますか!」

 葉高天狗は偉丈夫然とした背中にお手製の蝋で固めた鳥の羽を広げ、天へと舞い上がる。
 僅かな耳鳴りとともに高まる神通力。
 きゅ、と両手に集めた力を振りかぶり、上げた片足を踏み下ろすのと同時に解き放つ!

「――そぉいッッ!!!」

 葉高天狗の神通力は「アマツキツネ」へと余すことなく降り注ぎ、彼を、彼の愛しき家族を守るだろう。
 太陽背負って己が守護する土地を見下ろす葉高天狗はどこまでも慈愛深き表情をして、同時に誇らしそうであった。
 葉高村式年祭は今年もまた恙無く終了する――

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