小説
新春全裸祭〜脱いだ角には福来る〜(2)



「織部さん、隼さん、知ってますか!」という声とともにbelovedの馬鹿双璧がHortensiaに駆け込んできたとき、白は即行で「悪い、俺の耳は年末年始の休暇に入ってるんだわ」と話を聞くことを放棄した。
 血も涙も情けもない白の態度に拓馬も日和も慣れており、変わらぬぴかぴか笑顔のまま「そんなんどうでもいいんすよ! 休日出勤は日本の文化っす!」と各方面に戦争仕掛けるような暴言をぶっ放す。

「隼ちゃん、代わりに聞いておいて。面倒ごとだったら代わりに引き受けておいて」
「あなたのそういう潔く非道なところ見習いたいです」
「よせやい」

 白は照れたように頭を撫でる。無論、標準装備の無表情だ。
 ろくでもない白のろくでもなさなど今に始まったことではなく、隼は「早くお話聞いて!」とばかりにカバディのような動きをしながら視界の端で必死の訴えを見せる拓馬と日和を振り返る。

「で、なんだって?」
「裸祭があるんすよ!」
「全裸になって山の中駆けまわって優勝者には豪華身体健全が!」
「帰れ。浅木さん、塩下さい、塩」
「やーよ、お塩には拘ってるんだから。撒きたけりゃ買ってきなさい」

 浅木は竹の葉に海水をかけ天日干しにして作られるお高い塩をさっと背中に隠した。その背中には他にも肉料理用の岩塩など、浅木拘りの塩が数種類あり、白とたまにしょっぱい話をしている。
 隼に塩対応された拓馬と日和は諦めない。
 取り出したのはネットの情報を印刷したものらしく、件の「裸祭」に関する概要やら参加者のブログ記事などがまとめられていた。
 葉高村という村で二十年に一度執り行われる式年祭である「葉高祭」は、山に住まう天狗へ自らには疚しいところなど何もないことを示すために全裸で山へ入り、定められた地点から等着地点を目指すという神事がある。
 一番に到着地点へやってきたものは孫子の代まで無病息災、心身健全、病気平癒、果ては交通安全などその身を損なう厄を払う利益が授かり、家族にもまた利益が及ぶという。

「すごいんすよ! 昨日死にかけてた奴の家族が一番に山を降りてきたらすぐに電話がかかってきて回復したとか!」
「小さい頃から入退院繰り返していた病弱な妹のために参加した兄が一等になったら今じゃその妹さん柔道の世界では名が通った猛者だとか!」
「俺はお前らがその調子で幸福の壺とか買わねえか心配だわ」
「参加は只っすもん」
「織部さん、参加しましょうよー」

 隼に全て任せていた白は強制的に話へ引き戻され、露骨に嫌そうな雰囲気を出しながら顔を向ける。

「やだよ」

 ちらっと見た書類には祭とやらが新年に執り行われることが記載されており、拓馬と日和の口から全裸で山を駆け回るなど聞いている以上どう考えてもお断り案件だ。
 一体、どこの物好きがこの寒い季節に山の中で全裸になりたいと言うのか。
 残念ながら、全国から結構な人数が集まることを白はまだ知らない。

「でも、これで一等になったら織部さんの足も治るかもしれませんよ」
「織部さんなら余裕じゃないですか」

 拓馬と日和は唇を尖らせながらカウンターテーブルに立てかけられた杖を見つめる。
 視界の端で隼の肩が跳ねたのを捉えながら、白は繰り返す。

「やだよ。別に日常に支障ねえのに、なんだって態々山の中で全裸とかいう状況に身を置かなきゃならねえんだ。そんなことをするくらいなら俺は今から進路を理学部の数学科に変えてなけなしのコミュ力を世間から切り離してやる」
「白さん、数学科のひとに謝ってください」
「数学やってる人間とまともに会話できると思ってんのかっ? ガチの数学勢はあまりにも会話が成り立たないせいで逆に言語の壁があったほうが会話がスムーズという理由で外国語学んでついでにジャグリングを身につけ場を盛り上げる足がかりをつくるとか仕出かすんだぞ!! この段階でおかしくねえとか言うつもりか!!!!」
「全力で今から謝ってください!!!」

「あなたにだけはおかしいとか言われたくない」と怒鳴られ、白は舌打ちしながら「反省してまーす」とそっぽを向いた。言葉とは裏腹に反省はなく情状酌量の余地はない。有罪である。

「とにかく俺は行かねえからな! そんなに行きたけりゃあんたたちだけで行ってらっしゃい! お土産よろしくね!!」

 拓馬と日和はぶーぶーと文句を垂れ始めるが、白が煎餅片手にテレビへ向かうかーちゃんのように話を聞いていないことを察すると、隼へと視線を向けた。

「じゃあ、隼さんはどうっすか?」
「俺らとマッパで山走りません?」
「物凄え嫌な誘い文句だな絶対に断る」

 ちぇーちぇーと足元を蹴りながら、拓馬と日和は白と隼の全裸祭参加を諦める。千鳥に関しては誘う気がそもそもない。白と隼は言葉で却下してくれるが、千鳥にこんな誘いをかけようものなら年末大掃除で床の拭き掃除を顔面でやらされてもおかしくないのだ。
 書類を読み返し、いつまでも忘れない少年心に輝く拓馬と日和の目。視線交わし合うふたりは共犯者というには格好つけ過ぎる、腕白小僧のような顔で頷いた。

「俺らだけで参加してみっか」
「参加するとか言ってないのに土産頼まれちゃったしな」

 拓馬と日和は「饅頭とかあるのかな?」と話しながらコンビニまで旅費を下ろしに向かった。
 途中、あまりにも盛り上がった気分に「全裸上等!」と叫んで拳を突き上げて通報され、belovedということでお巡りさんが呼んだ白と隼にそれぞれ脳天へ拳を落とされることになる。

「織部さんのお株奪ってすんません」
「違うよ、拓馬。織部さんのお株は通報じゃなくて職質だよ」
「お前らぶち殺すぞ」

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