小説
新春全裸祭〜脱いだ角には福来る〜(1)〈混合〉



 憂いた溜息を吐くのは外つ国の血が色濃く顕れた、正に美形という言葉が相応しい一人の男。
 名を司馬源柳斎。
 その吐息一つで多くの女性や男性が愁思取り除かんとあの手この手を差し伸べるだろうが、当の本人はそれらの手を求めて呼吸しているわけではなく、良くも悪くも生来の真っ直ぐな心根に沿って生きている。

「宗家のお体の調子がまた少し思わしくないな……」

 源柳斎が寝起きする庵に溜息を落とした理由は月柳流宗家にして従兄弟である八雲、その生来虚弱な体についてだ。
 ひと度鋼を振るえば虚弱体質などなんの枷になろうかという八雲であるが、私生活において思わしくない体調に顔色悪くきゅ、と眉を寄せている姿を見れば心配しないほうがどうかしている。
 体質改善に漢方なども試しているが、効果が出た例はない。
 月柳流宗家の名を背負う八雲がこれ以上重い荷を双肩へかけることないよう、源柳斎は出来得る限り自らも請け負いたいのだが、それを易易と良しとする八雲ではなかった。八雲のために源柳斎ができることは鋼を振るうことが精々であり、何よりである。

「気休めかもしれないが、健康祈願守りでも探してみようか」

 季節柄、方々で見かけるようになった初詣のポスターを思い出し、源柳斎はノートPCを起動させようとした手を止める。
 態々インターネットで検索をせずとも、その道の専門家が知り合いにいた。
 源柳斎の脳裏に人好きのする笑顔で鋼を振り下ろしてくる潔志が浮かぶ。源柳斎の顔が非常に渋くなった。
 考え、考え、考えて悩み、恐らくこの場に蝶丸がいれば全力で止めただろうに、いなかったために源柳斎は携帯電話を取り出す。
 深呼吸を数回、強張る指先が不本意の現れだ。
 数回のコール音、応答の第一声は非常に怪訝そうで狼狽の色濃いものであった。

「ど、どうしたの? お前から俺にかけてくるなんて……これから書き入れ時なんだから嵐とか呼ばないでよ……」

 自分が歓迎されていない自覚があり過ぎて卑屈に聞こえかけるも、大変失礼な言い様に源柳斎は返事も忘れて沈黙する。蝶丸であったなら態と耳に痛い音を話し口で奏でまくった後に用件も告げず通話を叩き切るだろう。いや、そもそも潔志に直接繋がる番号にかけること自体しないのだけれど。

「……健康祈願の霊験あらたかな神社仏閣、お守りなどに心当たりはないだろうか。特に薦めるものを知りたい」
「ああ、うん、心当たりはあり過ぎるよ。特に薦める、ね」

 仕事柄、そういった御利益を謳う場所の覚えがあり過ぎる潔志だ。石を投げれば当たる勢いで候補があった。
 ふんふんと考えている様子の潔志が不意に沈黙する。
 明らかに雰囲気を変えての沈黙に大人しく応えを待っていた源柳斎がどうしたのかと問えば、唸り声とも呻き声ともいえない、苦悶混じりの声で潔志が絞り出した。

「神社とかお守りとかじゃないけど……すっっごく、ドンピシャなところっていうか、うん、ある、よ」

 呼吸さえも乱しながら言う潔志に何事かと思う源柳斎だが、相手は潔志だ。気にしないで話を進めることにする。蝶丸であればここぞとばかりに根掘り葉掘り聞き出すだろう。

「……お前、新年は実家っていうか、流派のほう大丈夫なの?」
「挨拶などはあるが、あくまで宗家は従兄弟だ。私が表に立つことは控える」
「いや、そういう事情は置いといてさ、純粋に予定として出かけられる?」
「新年に限定された祭か何かか?」
「うん……」

 肯定し震える吐息を受話器越しに伝えてきた潔志は、彼の斬撃を知るものからすれば信じられぬほど躊躇と弱々しさと逃避願望を滲ませて答える。

「葉高村という場所の式年祭なんだけど――」



 山の中、寒々しいほど晴れ渡った空の下に聳える大樹の枝へ仁王立ちする葉高天狗はご機嫌であった。
 そりゃもう浮かれまくって舞い上がらん勢いでご機嫌である。
 対する隣で膝を抱える若天狗、葉高天狗がこの調子の場合は大体怒鳴るなり呆れるなり葉高天狗の高揚感へ必死に水を注すのが彼であるが、今の彼は不本意丸出しながら一切の文句も怒声も口にしない。

「いやあ、祭だなあ! 祭ってのはいいなあ! おいおい、今年も全国から続々と集まってるぞ!! おい、見ろよ、お前も見てみろって! 全国から! 皆が望んで! 全裸になりにきた!!」
「……特別な日だからであって、望んでいるわけではないですよ」
「いやいやいやいや、天狗の耳はばっちりと『全裸上等』『全裸? 望むところだ』って言ってる若者の生の声を拾ってますからねえ! ほぉーら、やっぱり全裸っていうのは当たり前なんだよ! あるべき姿なんだよ!! よぉーし、葉高天狗張り切っちゃうぞぉー!!」
「ちょっと、なにするつもりですかっ?」
「そぉいッッ!!」

 放たれる葉高天狗の神通力。
 ぐにゃりと一瞬歪んだ空は錯覚だったのか、一瞬もしないうちに元の晴れ渡った様相が広がり、一見すると何処にも何も異変は起きていない。
 だが、若天狗には葉高天狗がなにを仕出かしたのかがはっきりと理解できる。故に、彼は唖然と表情を固まらせたかと思うと、凄まじい勢いで葉高天狗に掴みかかるのだ。葉高天狗が衣服を纏っていれば胸ぐらを掴むだけで済んでいたのだが、生憎と進んで全裸になっているため首を締めるしかない。

「一時的にとはいえ、完全に世界繋げるとかなに考えてるんですかっ? あんた今までも温泉だのやってましたけど、あれは人間が認識、認知していない土地だったからまだしも、この土地は完全に『こちら』の世界にあるんですよっ?」
「大丈夫だいじょうぶ、天狗だって、人間だって、お正月だもん。神様だって許してくれるよ……」
「一柱は確実にあんたの首を斬り落とす機会を狙ってるんですけどねえッ? あんた八分割に斬り刻まれかけるだけじゃ何も学習しないんですか!! 今度は賽の目にされますよ!!!」
「いやいや、あれは絶対に俺悪くなかったって。むしろ、俺は超親切な天狗さんだったって。これだからあの手の女神はっつうんだよ」

 言葉だけを聞くと悪しざまな言い様であるが、表情は愉快とも仕方なさそうともいえる、なんとも包容力の滲んだものであった。
 若天狗は葉高天狗のこういうところに弱い。
 とても懐の深いひとなのだと、自身の育て親でもある彼に対する憧憬や敬意がこみ上げてしまうから。
 ぐっと声を詰まらせながら首から手を外した若天狗の頭を習い性のように撫でた後、葉高天狗は「おっ」と声を上げて遠くを見遣って手を翳す。

「いい感じに誤認識も定着したな。よしよし、これで今年の祭も盛り上がるぞぉう!」

「ぜ・ん・ら! ぜ・ん・ら! ゼット、イー、エヌ、アール、エー、アイラブ、全裸!!!」とぶんぶん腕を振り出す葉高天狗の動きに合わせ、偉丈夫の肢体に相応しき股間のあれもぶらんぶらんする。
 先程まで葉高天狗に感じ入る思い抱いていた若天狗はそっと視線を逸らして唇を噛みしめる。歯が唇を突き破って血が滴った。

「こんな糞祭……! こんな糞祭……ッ!!」

 悲しいかな、神威と神格、神通力の差がものを言っているのか、若天狗の文字通り血が滴る怨嗟は葉高天狗の全裸コールにかき消され、響くことすらもなく消えた。

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あきゅろす。
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