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短文
優しい・微笑
蒼天、快晴の空を仰ぎ見る。

現代の排気に汚れた空気はなく、澄んだ風が吹き抜ける。

もうすぐ本格的に夏になるという午後。

うら若い女の人に薬を売る薬売りを少し離れた場所からぼんやり眺めていた。

楽しそうに話しながら、女の人は薬を見ては顔を綻ばせている。

「……楽しそうだなあ」

客相手の商売だから愛想を見せるのは当たり前であって。

しかしこうも楽しげにされると、自分といる時の無表情は一体何なのかと問い詰めたくなる。

そりゃ私と話したってお金が湧いてくるはずないから愛想を見せるだけ無駄ではあるけれど。

「暑い……」

刺すような陽射しに目を細めて、もう一度空を見上げた。

「名前さん」

薬売りの声が私を呼ぶ。

見ると手招きをする薬売り。

もう商売は終わったのかと、不審に思いながら歩み寄る。

「もう終わりですか?」

「いえ……」

薬売りはちらっと女の人に目を寄越した。

女の人は苦笑して、私に向かってあるものを差し出してくる。

「ちょっと、お願いしますね」

差し出されたものを反射的に腕を伸ばして受け取る。

柔らかい布に包まれたそれは。

「あ、赤ちゃん!?」

まだ首も座っていない赤ちゃんだった。

「いや!待って!待ってください!」

呼び止める声も空しく、女の人は一目散に家に帰っていった。

「な……なんなんですか、いきなり!?」

とりあえず言いそびれた怒りを隣に立つ男にぶつけてみる。

「財布を、忘れたので、取りに行くと」

その間赤子の守りをね、と面倒事を押し付けた薬売りは満足そうに箪笥の隣に腰掛けた。

「はあ!?なんで私が!薬売りさんが持っててあげたらいいじゃないですか!」

商売の間は邪魔だからと跳ね退けるくせに、面倒事はここぞとばかりに押し付けて!

「……あまり騒ぐと、赤子が泣く」

「あのねえ!」

薬売りの窘めに、ついカッとなる。

すると薬売りの言う通りに、赤ちゃんが泣き始めた。

「う、うわあ!ごめんごめん!」

ぎゃあぎゃあと高い声で泣く赤ちゃんを必死にあやす。

「ああよしよし!大丈夫だからね!」

揺らして背中をぽんぽん叩いたりしてみるけれど、一行に泣き止む気配がない。

泣き声を聞いて、通り行く人達が視線を向けてくる。

焦って泣き止ませようとすると、一層赤ちゃんは声を張り上げた。

「やれやれ、言わんこっちゃない……」

薬売りは呆れた声を溜め息と共に吐いて立ち上がる。

「……貸しなさい」

薬売りの腕が赤ちゃんの方に差し出された。

私は藁にも縋る思いで赤ちゃんをそっと薬売りの腕に乗せる。

薬売りは大事そうに、布の塊を受け取った。

そしてこの上なく優しい表情で、胸に引き寄せる。

「元気が良すぎるのも、困り者ですよ」

独り言のように呟かれた言葉。

けれど語りかけるようで、優しい響き。

泣き続ける赤ちゃんを慌てずにゆっくりと揺らし続ける。

やがて赤ちゃんの泣き声は小さくなって、寝息が聞こえてきた。

「……いい子、ですね」

薬売りはふっと笑って、赤ちゃんの頬に唇を寄せる。

私も静かに赤ちゃんを覗き込んだ。

穏やかな表情で眠る姿にほっとする。

「赤ちゃんにも、わかるんでしょうか」

「……何が」

先程までの優しい顔が嘘のように無表情になった薬売りが私を見る。

「頼りになるか、ならないか」

自嘲気味に笑って見せると、薬売りは赤ちゃんを離して私に押し付けてきた。

慌てて間一髪で、落とさないように抱きかかえる。

「いきなりはやめてくださいっ」

その時、後ろからカランコロンと草履が走り寄ってくる音がした。

「ごめんなさい、ちょっと手間取って!」

あの女の人だ。

嬉しそうに私の前まで来ると、手を伸ばしてくる。

「あら!いい子にしてたのねえ!珍しい!」

「あ、いえ……」

腕の中の温もりがなくなる。

薬売りを振り返るが、彼は知らん顔で薬を漁っていた。

「面倒見てくれてありがとうね」

女の人がにっこりと私に笑ってくる。

「私は……別に……」

薬売りが大半面倒見たようなものだ。

私は寧ろ泣かせて面倒を増やしただけで。

訂正しようとすると、薬売りが間に入ってきた。

「……疳の虫に、効く薬です」

薬売りは紙包みを女の人の手に握らせた。

女の人は最後まで頭を下げながら帰って行った。

「……薬売りさんて、赤ちゃんの扱いに慣れているんですね」

ふと疑問を口にしてみる。

「……毎日、貴女の面倒を、見ていますから、ね」

相変わらずの無表情で、嫌味を平気で言う。

「はいはい、手間がかかる子供ですみませんね!」

べ、と舌を出して先に歩き始める。

こういうところが子供なのに。

「名前さん」

薬売りの呼ぶ声を無視して歩き続ける。

少しだけ早い下駄の音が後ろから追いかけて来て、私の腕を掴んだ。

「名前」

強い声に、振り返る。

すると、頬に降ってくる優しい感触。

離れていく感触の源を見て、顔が熱くなる。

「なっ……!?」

こんな道端で!

「……いい子にしていないと、食べてしまいますよ」

薬売りは、至極妖艶に微笑んだ。


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あきゅろす。
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