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竜光ヶ淵
4
 次の日、りんは地主さまの家にいた。七五三でも着たことがないような上等の着物を着せられ、口に赤い紅を差して、とても浮かない顔をしていた。隣には、どこか落ち着きのない父親が、やはり見たこともないほど上等の着物を着て座していた。

 ニコニコとしているのは襖の前にいる地主さまだけだった。りんの着物も父親の着物もこの地主さまが貸してくれたものだった。

 縁側を近づいてくる足音があって、りんはいよいよ肩に力を込めた。「こないで」と叫びだしそうで、ぎゅっと手を握った。やがて足音たちは襖を開けて、向かい側に各々座った。りんはじっと俯いていた。

なんだかあたりが暗いようだった。父親や地主さまが何か言っているようだったが、まるで水の中で聞いているかのようにこもってよく聞こえない。

 いや、水の中だ。と誰かが唐突にそう言った。りんは愕かなかったし慌てなかった。水の向こうで父親たちの会話は続いている。ここは水の底だとその声は言った。蛇だ。蛇の声なのだとりんは思った。蛇が迎えに来たのだとそう思った。

しかしその直後、水の気配が遠のき、あたりはふと昼間の明るさに還った。「りん」と父親がりんの背を叩いた。

 愕いたような顔で顔を上げたりんに父親は小さく笑いかけた。なにを笑っているのだろう、と、りんはまだ水の中にいるような気分で思った。父親は笑うだけでなにも言わず部屋を出て行った。父親だけでない。地主さまもりんの向かいに座っていた人たちもぞろぞろと部屋を去っていく。結局部屋には唖然としているりんと、一人の青年が残った。

「なにをそんなに見ているんです」
「え」

 ひょいっと青年に目をやると、青年は面白そうに笑った。

「あんまり真面目に余所見しているから」
「あ、ごめんなさい」
「いいですよ。けど、今度は私を見つめてくださいね」

 ぽかんとして青年を見つめると、今度は青年のほうで顔を逸らした。ついでの様に立ち上がって襖を開ける。背の高い人だということに、りんははじめて気づいた。

「庭へ出ませんか。いい日和です」


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