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竜光ヶ淵
3
 そのりんも十三になった。もう人前で蛇を見てはしゃぐことはしない。黒い髪の美しい娘になった。

 りんには日課があった。昼の一番日が強いころ、家の脇、崖に張り出した松の枝に腰掛けてその美しい髪を梳る。そして髪の1,2本が渦を巻く流れに飲まれていくとうれしげに笑った。毎日、毎日、りんはそこで梳った。

 その年、季節も秋になろうかというころ、芋川を下ってくる船があった。積荷が多い。商人の船だとりんは見抜いた。船は淵の渦を避けて崖の対岸に沿って流れていく。こんな季節に、商人さまがなに用だろうとりんはちょっと首を傾げたが、またすぐに髪を梳かしはじめた。その頬は薄桃色に染まり、口元は微かに笑んでいた。

 次の日も、りんは其処で梳っていた。今頃、みなは昼寝している時分だった。その静かの中を、何かが近づいてくる音がした。そしてどうやらその音はりんの家へやってきて戸をたたいているようだった。「もし、誰かあるか。誰かあるか」と叫ぶように言っている。りんは何事だろうと松の枝から降りて表を覗いた。

 すると、やたら首の太い大男が母親に何か言っている。村の言葉ではなかった。もっと川を下ったほうの言葉に似ているとりんは思った。そのうち父親も出てきた。

 入れ替わるように家に入った母親が勝手口からりんを呼んだ。

「りん、あなた、昨日の今頃も松の木にいた?」

 りんはうなずいて今しがたもそうしていたと答えた。すると母親はぱっと顔を明るくしたが、しかしすぐに萎れた。なんだろうと首を傾げると、表で父が母を呼んだ。

 しばらく話し声がして、そのうち母だけが戻ってきた。なんだかいやな予感がして、りんは胸を押さえた。

 日も暮れるかというころになって、父は戻ってきた。炉辺に座るとすぐにりんを呼んだ。だが顔を上げないでじっと熾き火を見ていた。

「りん、少し、気の早い話なんだが」
「いやです」
「りん」
「りんはよそへは行きません」

 父親は愕いた顔でりんを見た。

「りん、おまえ誰からきいた」
「聞きません」

 たたきつけるように言ってりんは父親を睨んだ。親子はしばらく睨みあった。
 先に目をよそにやったのは父親だった。長くため息をついてまた囲炉裏を覗き込むと、冷えてきた手をすり合わせるようにして言った。

「今すぐどうこう、という話でもない。お前もまだ十三だ。まだ、そのなんだ、あれだしな。とにかく、一度会ってごらん。いいね」

 りんは返事をしなかったが、とにかくそういうことになった。


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あきゅろす。
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