支部 
【YOI】家族の愛の名前
*注意書き

ヴィク勇がナチュラルに同棲してます。
養子で引き取った子供がいます。
二人よりも子供が出張ります。

それでもよろしければ、読み進めてください。




────




──家族の愛の名前──



俺の名前はニコライ。
生まれてすぐに施設前に捨てられ、4歳になるまでそこで育った。
人より頭が回りすぎるからなのか、子供らしくない子供だと施設の人は俺を見て、そう言っていた。
俺を引き取りたいという人が来たのは3年前のことで、今はその人達と一緒に住んでいる。

「ニコライ、そこのお皿とって」
「ん…はい」
台所でご飯を作っている人は勝生勇利。
この家では…母親という役割に近いかもしれない。
母親と言ったが、彼は紛れもない男で、ロシア在住の日本人だ。
黒髪黒目というロシアでは珍しい配色…いや、ロシアにも黒髪はいるけど、みんな染めてたりするから、純粋な黒というのを久々に見た。
日本では多い色だというが、日本に行ったことが無いのでどうにも想像出来ない。
以前、家族の写真だと見せられたが、金髪やら灰色やら普通に他の色も混じっていた。
それを指摘したら、勇利は『真利姉ちゃんは染めてて、お父さんのは白髪だよ』と眉尻を落として微笑んでいた。


「二人がそうやって夕飯を作ってると、家族って感じがするね」

そう言って俺達を眺めながら微笑んだのは、俺の法律上の引き取り手であり、ロシア国内では知らない人はいない程有名なフィギアスケートのリビングレジェンド、ヴィクトル・ニキフォロフだ。
既に40歳に近いため、現役を引退しているが、ファンは今でも多い。
それは、様々な選手に振付師として教えているからかもしれないけど、俺が物心ついた頃には既に引退していたから、ヴィクトルがどれだけ凄かったのか、いまいちピンと来ていない。
でも、勇利が『ヴィクトルがどれだけ凄かったのか』を頼まなくても熱弁してくれるのでヴィクトルの経歴だけはバッチリ覚えてしまった。

「何言ってるの、僕達は家族でしょ」
「あはは、そうだね」

二人が事実上のパートナーというのは、未だ同性愛に厳しいロシアでも暗黙の了解で、政府も見て見ぬふりだ。
まぁ、世間を敵に回すくらいならっていうのがあるのかもしれない。
だってヴィクトルはロシアの英雄だし、勇利も世界選手権を6連覇したフィギア界の伝説だ。
下手に手を出すと国内外からどんな叩き方をされるか分かったものではない。
メディアだってこの二人にだけは寛容なのだから、多分今後も二人のことをやっかむ人はいない。

いたとしても、ヴィクトルとそのファンに静かに召されるだけだろう。

「ニーカもこの家に随分慣れたよね」

ニーカとは俺の…ニコライの愛称だ。
ヴィクトルは俺がこの家に来た時からそう呼んでいる。
そう呼ばれるのは少し恥ずかしいけれど、心がほかほかするので気に入っている。

「この家に来て、もう3年も経ったんだもん、慣れるよ」

この二人が孤児院に来た時、まさか自分が引き取られるなんて思わなかった。
俺を含めた子供はみんな二人のことを知らなかったけど、孤児院の先生達がやけに浮き足立っていたのが印象的だった。
今思えば、ロシアの英雄が来たらそりゃ浮き足立つよね。

「ヴィーチャ、ご飯食べるから、テーブルの上を片して」
「はーい」
「ニコライ、このお皿、並べてくれる?」
「…うん」

勇利はヴィクトルのことをヴィーチャと愛称で呼ぶけど、俺をニーカと呼んだことは一度もない。

最近の俺は、その事ばかりに意識が行ってしまう。

勇利がロシア人と物の考え方が違うっていうのは少なからず理解しているつもりだ。
几帳面で真面目で、頑固で、すぐに愛想笑いして…。
いつだって、勇利は優しい…。

けど…。

「ニコライ、ご飯粒が頬に付いてるよ」
そう笑って、勇利が俺の頬からご飯粒を取ってくれた。
いつもなら嬉しいだけなのに、今は何故かキュと胸が締め付けられるのを感じた。

この笑顔は本心なんだろうか、それとも…。

「ニコライ?」
心配そうに眉尻を落として覗き込んでくる勇利に、俺はハッとして首を横に振った。
「ううん、何でもない。ごちそうさま!もう寝るね!」
「え?ニコライ?」

呼ばれた声に気づかないふりをして部屋まで駆け登り、ベッドに潜り込む。
毛布を頭まで被り、枕を抱き込みギュッと体を丸めた。

俺は親に捨てられた。
二人に会う前に一度だけ俺を引き取りたいって申し出てくれた人がいたけど、すぐに俺を施設に返した。

いつかきっと、勇利とヴィクトルも、俺を捨てる時が来るんだろう。

そう思うと涙が溢れてきて、それを隠すように頭を枕に埋めて必死に声を殺した。


そうしている内に、寝っていたらしく、俺は夢の中にいた。

『ニコライの家族って、ニコライのこと愛称で呼ばないの?』
『うちの家族はみんな俺のこと愛称で呼ぶけど』
『うちも呼ぶよ!』


『ニコライの家族って、仲悪いの?』



少し前に学校で言われたこと。

言われるまで、愛称で呼ばれることも呼ばれないこともどうでも良かった。
でも、みんなと違うということは、それだけ家族としての差があるということ。

勇利は、いつも笑顔だけど、本当は違うんじゃないか。
俺は二人が大好きだけど、二人は俺のことを嫌いなんじゃないか。

俺を施設に返したいけど、二人は有名人だから、それが出来ないだけなんじゃないか…。


「…愛されたいなんて、思わなければ良かった…」


朝、目が覚めると、外は雪が降っているらしく、しんと静まり返っていた。



***



あれから数週間が経ち、ニコライは塞ぎ込むことが増えていった。

勇利はそれを心配して声をかけるが、ニコライは目をそらして首を横に振るだけ。
ヴィクトルは仕事の関係で家にいないことも多く、勇利はその悩みを誰にも打ち明けられないままその日を迎えた。

部屋に篭ってしまったニコライの部屋の扉を3回ノックする。
小さな返事の後、扉が微かに開かれる。
そこに佇んでいるニコライは下を向いたままで、勇利を見上げようともしない。
そんなニコライに勇利はしゃがんでニコライの顔を覗き込む。

「ニコライ、晩御飯は?」
「…いらない」
ニコライは下を向いたまま、ぼそりと呟いた。
少し前までは一緒にご飯を作ったりしていたというのに、一体何があったのだろうと勇利は眉尻を落とす。

「食べないと体に良くないよ?」
「…」
「ニコライ?」
「勇利は何で俺のことニコライって呼ぶの?」
唐突に問われ、勇利は目を見開いた。
ニコライと呼ぶ理由なんて、一つしかない。
「…何でって、ニコライはニコライでしょ?」
「…」
彼の名前はニコライで、間違いはないはずだ。
それなりに長くこの街に住んでいる。
ロシア語もそれなりに上達しており、名前を間違えることはないはずだが…と勇利は首を傾げる。

「ニコライ…?」

「うるさい!
 勇利は俺のことなんてどうでも良いんだろ?!
 関わらないでよ!」

ドンと肩を押され、勇利はその場に尻餅をついた。

「…あ…」

突然のことに驚いた勇利だったが、視線を上げた先には、青ざめて自分を見下ろしているニコライの姿があった。

ニコライがここまで自分の感情を表に出したのは今にも先にも初めてで、勇利はぼんやりと、ニコライでも癇癪を起こすのだと、妙な感慨深さに浸ってしまう。

「…っ!」
「あ、ニコライ!」

そのまま走り出してしまったニコライの背を掴めず、勇利は倒れていた体を起こして急いでニコライの後を追った。
家の外に出たのか、その姿はどこにも見当たらない。
ニコライの名前を呼びながら、家の周りをくまなく捜す。

初めて会った時から感じていた。
ニコライは頭のいい子であり、感情を殺すのが上手い子供だった。
彼は僕と似ているとも思ったし、ヴィクトルの様に不思議な自信に満ちている子だとも思った。

ヴィクトルと養子を取ると決めた時、本当は少し怖かった。
父親と母親がいる家庭に引き取られるかもしれない子供を、男二人の家に連れていくのも気が引けたし、自分達のせいで嫌な思いをさせるかもしれない。

それでも、ヴィクトルとニコライと家族になりたいって心の底からそう思ったから、養子を取ると決めた。

その選択を決して間違いだなんて思わない。
けれど、もしそれがニコライの重荷になるなら…。



***



ようやくロシアに帰ってきた。

国外の選手の振付に出向いていたため、随分長いこと家を空けていた。
空港からタクシーに乗り込み、家の付近で降りた。
外は相変わらずの雪と寒さで体が縮こまってしまうが、家に帰れば、勇利とニコライの二人が出迎えてくれるはずだ。
そう思うと何だか嬉しくなって、ヴィクトルは家への道のりを鼻歌交じりに歩き出した。

家まで後少しという所で、よく知った声が耳に飛び込んできた。

「…ライ!…ニコライ!!」

「勇利??」
「…ヴィーチャ…!」

走り寄ってきた勇利は、縋るようにヴィクトルの腕を掴み、泣きそうな顔をしてこちらを見上げている。
部屋着のまま飛び出してきたのかという程薄着で、耳も手も真っ赤になっていた。

「どうしよう、ニコライがっ…!!」
「勇利、落ち着いて。…あぁ、こんなに冷えてるじゃないか」

堰を切ったように泣き出した勇利に、ヴィクトルは自分の上着を着せ、その肩を抱いた。
冷えきってしまっている勇利を家まで送る間に、少し落ち着いてきた勇利に何があったのか経緯を聞くことが出来た。

結論から言えば、ニーカが家出をした。
ニーカが出ていく前に多少の口論をしたようだが、ニーカは勇利に関わらないでと叫んだらしい。
ニーカは勇利に懐いていたし、カッとなって心にもないことを言ってしまっただけだと思うけど、捜しても見つからないというのは心配だ。

「勇利は家にいて。ニーカが帰ってくるかもしれないから、俺は外を捜してみる。
 大丈夫、ニーカは頭の良い子だよ、無謀なことはしないさ」
「ごめん、ヴィーチャ。ごめん…」
「勇利が謝ることじゃないよ。帰って来たら、三人でご飯食べよう」

勇利にできる限りの厚着をさせてから、ヴィクトルもコートを羽織り直し、ニーカのコートを片手に外へと出た。

携帯は電源が切られていて繋がらなかった。
ニーカのことだから、下手に歩き続けることはないはず…。
そうなると、子供の足で行ける距離で、ニーカの行きそうなところは…。





「いらっしゃい、ヴィクトル。ニーカなら、奥にいるよ」

「やっぱりここか…」
訪れた家の中には老紳士が佇んでいた。
シーズンになれば家を空けることも多いため、家の管理を任せている人だ。

「ケンカするなんて珍しいね。まぁ、ゆっくり話せばいいさ」
「…ありがとう」
老紳士はにっこりと微笑み、ヴィクトルを家の中へと招き入れた。
部屋の中はいつも通り暖かく、これならばニーカも凍えてはいないだろう。
勇利を安心させるために『ニーカを見つけた、安心して』と簡単にメールを打ち、ニーカがいる部屋へと足を踏み入れる。

ソファーの上で膝を抱えてうずくまっているニーカとその背を撫でている老婦人がいた。
彼女は先ほどの管理人である老紳士の奥さんだ。
彼女も気性の穏やかな人で、ニーカは二人のことを祖父母の様に思っていた。

ニーカが頼るとしたら、ここしかないと思ったが、それは大当たりだったらしい。

「ニーカ」
「…」
呼びかければ、一度こちらに視線を向けるが、すぐに視線を下に戻してしまう。
老婦人はそんなニコライの背中をぽんぽんと叩くと立ち上がり、ヴィクトルの横を通り抜けて部屋を出て行った。
すれ違いざまに会釈がてら微笑まれ、ヴィクトルは小さく息を吐いた。

ゆっくりしていって、か…。
迷惑かけちゃったな…。


ヴィクトルは未だ下を向いたままのニコライの隣にゆっくりと座る。

「…ニーカ、勇利とケンカしたんだって?」
「…」
「何か嫌なことでもあったの?」
「…。…勇利は、俺のことなんて、どうでもいいんだ…」
ぼそりと吐き出された言葉に、ヴィクトルは首を傾げて瞬きを繰り返す。
「何でそう思う?勇利はそんなこと思ってないよ?」
「思ってるよ!絶対!勇利は俺のことなんて……」
そう言ったところで、くしゃりと顔が歪み、膝を抱えて頭を埋めてしまった。
すすり泣く声が微かに聞こえ、ヴィクトルはニコライの背中を優しくさすった。

どこかですれ違ったんだろう…。
勇利も俺も言葉足らずですれ違うことが多かったけど、ニーカもそれを継いじゃったのかな…。

「ニーカ、少しだけ昔話をしようか」
「…昔、話…?」
「うん。ニーカを引き取る頃の話」

ニーカは目を見開いていたが、すぐに眉尻を下げて下を向いてしまう。

「俺と勇利はロシアでは珍しいパートナーだろ?
 養子を取るまでにもいっぱい話し合ったんだ。
 世間的に色々言われるかもしれない。男同士でちゃんと育てられるかも分からない。
 でも、それでもね。
 俺も勇利も子供が欲しかったんだ。
 憧れだったのかな…。俺もよく分からないけど。
 未来を考えた時、そこに必ず俺と勇利と子供がいたんだ。
 だから、ニーカに出会った時、本当に嬉しかった」
「…」
泣いて赤くなった目が、ぼんやりと俺を見上げている。

「あぁ、そうそう。勇利はニーカを引き取った時、泣いたんだよ」
懐かしいなぁ、と当時を思い出す。
ニーカが初めて家に来て眠った後に、勇利は急にぼろぼろと泣き出して中々泣き止めなかった。

「…それは、俺が嫌だったから?」
「まさか。
 勇利ってばね。ニーカを他の人には渡したくないし、誰よりも愛情を注ぐ自信はあるけど、それがニーカの重荷にならないかなって言うんだよ。
 もう引き取った後で、手放すつもりなんて微塵もないのに、そう言うんだ」

もしかしたら、勇利の愛情表現はニーカには難しかったのかもしれない。

「…」
「ニーカ、これだけは信じて欲しい。
 間違いなく勇利はニーカのことが大好きだよ。勿論、俺もね」

そう言ってウインクすれば、ニーカは驚いた様に目を丸くしていたが、すぐに不安そうに視線を逸らした。

「…じゃぁ、何で…“ニコライ”って呼ぶんだろう…」
「ん?」
意味が分からず首を捻れば、ニーカは膝を抱えている腕にぎゅっと力を込めた。

「学校のみんなは親からは愛称で呼ばれてるって言ってた…。
 ヴィクトルみたいに“ニーカっ”て呼ばないのは、勇利が俺のことを嫌いだからじゃないの…?」

あぁ、そういうことかとヴィクトルは眉尻を下げた。

「…多分、勇利は愛称とか、あんまり気にしてないと思うよ。
 日本では子供のことを愛称で呼ぶ風習は強くないし、勇利自身も家族からは“勇利”としか呼ばれない…。
 俺のことをヴィーチャって呼ぶのも、俺がどうしてもって、ねだったからだし…」

だから、それが愛情に直結する訳じゃない、と、ヴィクトルはニーカの頭を撫でた。

勇利がニコライと呼ぶのに馴染み過ぎて気にしていなかったが、確かに、子供からすれば不安要素にしかならないだろう。

「家に帰ったら、勇利にお願いしてみよう。
 多分、喜んで呼んでくれるよ」
俺の言葉にこくりと頷いたが、その目には不安の色が未だに滲んでいた。

「…俺、勇利に酷いこと言っちゃった…」
「うん。帰ったら、ちゃんと謝ろうね。
 勇利、凄く心配してたから、怒られちゃうかもしれないけど…。
 それでも、ニーカを愛していることだけは本当だから」
「…うん…」

その後、ニコライはもう少しだけ泣いて、ヴィクトルと共に帰路についた。
管理人夫妻には“いつでもおいで。今度は勇利と一緒にね”と頭を撫でられ、ニコライは少し恥ずかしそうに微笑んでいた。



***



家に帰ってきた。

家に入るのを躊躇う俺の背中をヴィクトルが軽く押す。
意を決してドアノブを捻れば、いつも通りに扉は開いた。

「ただいま…」
「ニコライ!!」

家の中に入った瞬間、即座に勇利に抱き着かれた。
密着している体は暖かいが、頭に添えられた指先がとても冷たく、玄関でずっと俺の帰りを待っていたのだと思うと、少し気が引けた。

「良かった…。無事で良かった…」
何度も繰り返される言葉には安堵という言葉しか感じられない。

「勇利、ここだと冷えてしまうから、リビングに行こう」
「あ、うん。そうだね」
ヴィクトルに急かせれ、勇利は俺が靴を脱ぎ終わると手を引いてリビングへと歩を進めた。

「お腹は空いてない?ご飯温め直すから少し待ってて」
「え、あ…」
俺をソファーに座らせると、即座にあちこちを動き出した勇利に上手く言葉がかけられず、持ち上げた手が行き場を無くして宙に浮いたままになってしまった。
そんな俺達の様子に、ヴィクトルは一つため息を吐くと、勇利の腕を掴んだ。

「勇利、一度着席。
 …ニーカ、話があるんだよね?」
「…うん」

とても神妙にソファーに腰掛けた勇利の顔は青白く、今にも泣きそうに瞳が揺れていた。

「急に飛び出して、酷いこと言って、ごめんなさい。
 えっと…あの…」

ニーカって呼んでほしい。
この一言が上手く出なくて、口籠もってしまう。

「ニーカ」

ヴィクトルに急かされて、俺はぐっと拳を握った。

「えっとね、勇利。


 …終わりにしてほしいんだ」


「「…え?」」


一瞬妙な沈黙が流れたが、その時の俺は気にしている余裕がなく、すぐに次の言葉へと口を開いた。

「ニコライって呼ぶの、終わりにしてほしい」

「…え?それって…」

「勇利も、俺のこと…“ニーカ”って、呼んでくれる…?」

「………」
「…勇利?」

「…あ…。えっと……ニーカ?」

返事をもらえたことで落ち着いたのか、ようやく二人の顔が目に入ってきた。
何故か心底安堵している表情の勇利と、その隣で笑いを噛み殺しているヴィクトルの姿に首を傾げる。

「俺、何か変なこと言った…?」
「あはは、いや、ニーカはやっぱり俺達の子供だよ」
結局のところ笑いを堪えきなかったらしいヴィクトルの返答に、更に疑問しか出てこない。

「ねー、勇利。
 あの時の俺もそんな気持ちだったんだよ?分かってる?」
「その話は何度もしたでしょ…。
 それにヴィーチャだって、滑走直前にコーチ辞めるとか、言い出したじゃない」
「…あれは勇利に発破かけようと思って…」

二人の痴話喧嘩の様な会話から、何となく以前に何かあったのだろうと想定出来るけど…。
さて、俺はさっきなんて言っただろう…。

「…。…終わりにしてほしい?だっけ…?」

ぼそりと呟いた俺の声に対して盛大に肩を揺らしたのは、勇利ではなくヴィクトルだった。

「…ニーカ、その言葉、禁止」
「…ええ?…二人の間に一体何があったの…」

眉尻を落としてそう問えば、ヴィクトルはぷくりと頬を膨らしてそっぽを向いた。
話す気が無さそうなヴィクトルの様子に頭を?いて、勇利はこちらを向いた。

「…ヴィーチャにコーチになってもらった年のグランプリファイナルの時に、僕が『コーチは終わりにして、ヴィクトルは選手に戻って』って言ったら、トラウマになっちゃったみたいで…」
「え?それだけで?」
「違うよ、ニーカ!
 勇利ったらね、その前の日にこのペアリングくれたんだよ?!
 一緒に金メダル取ろうねって言ってたのに、ショート滑った日の夜に急に『終わりにしよう』って!
 なんの相談もなくだよ?!
 俺は次の年もその次の年も勇利のコーチでいるつもりだったのに、『自分は今年で引退するから選手に戻って』なんて、酷すぎない?!」

一気にまくし立てられ、ニコライは思わず失笑してしまった。

「何それっ…。なんか今の二人がちゃんと一緒にいるのが凄い不思議…!」
そう言いつつ、二人の顔を見れば、二人共穏やかな顔をしてこちらを見ていた。

「あの時、僕は本当に引退するつもりだったんだ。
 でも、グランプリファイナルが終わった時に、まだ続けたいって、滑っていたいって心からそう思った。
 その後すぐにヴィクトルに頼んで、ロシアに来たんだ。
 ロシアに来て、ヴィーチャともニーカとも家族になった」
勇利はそう言うと、嬉しそうに笑った。

あぁ、そうか。

二人もすれ違いを繰り返しながら家族になったんだ…。

きっといつか捨てられるんだろうと、勝手に思っていた自分が情けなくなる。



「…あ、そうだ。
 勇利もニーカって呼ぶようになったし、俺達もニーカに愛称で呼んで欲しいな」
ヴィクトルの唐突な提案に、はたと目を見開いた。

確かに自分は呼ばれないと嘆いていたが、二人のことを愛称等で呼ぼうとは微塵も思わなかった。

「ニーカは俺達を何て呼んでくれる?」

ヴィクトルが嬉々としてこちらを見つめている。
勇利も少しそわそわとしている様だ。

えっと…二人を呼ぶなら…と改めて二人に向き直る。

「…パーパとマーマ?」


「「?!」」


二人が目を見開いて驚いているのを眺めながら、やっぱりそういう反応になるのかと小さくほくそ笑んだ。

「ちょっと待って、それ、どっちがマーマ?!」
先に声を上げた勇利は酷く焦っていた。対照的にヴィクトルは大笑いしてお腹を抱えている。

「えっと…ヴィクトルがパーパで、勇利がマーマかな」
「僕も、男なんだけど?!」
更に取り乱した勇利は、身を乗り出して理由を聞いてくる。

「勇利はいつもご飯作ってくれるし、ヴィクトルより身長小さいし。
 それに…マーマってこんな感じかなって思ってたから」

はにかんでそう言えば、勇利もヴィクトルも途端に静かになって天を仰いだ。

あれ?
俺、何か不味いこと言ったかな…。

「ニーカが良いなら、いくらでもマーマになるよ!僕は!」
テーブルを回り込んで勢いよく抱きついてきた勇利がそう叫び、ヴィクトルもそれに続くように反対側から俺ごと勇利を抱きしめた。
「ニーカも勇利も可愛い!」

何故かぎゅうぎゅうと抱きしめられ、二人に可愛いを連呼される。

「二人して可愛いって、俺も男なんだけど!」

「知ってる!」
「でもニーカ可愛い!」
「うー…」

振りほどこうかとも思ったが、大人しく受け入れることにした。
抱きしめたまま解放する様子が全くなかったことと、今回は俺が癇癪を起こしたという事実もあって、二人の気が済むまで付き合おうと思ったからだ。


でも。


「30分もこのままなのは、結構辛いし!
 お腹空いたから、そろそろ離れて!
 あとパーパはそのまま寝ないで!重いから!!」

この二人の愛が人より重いと知るのは、そう遠くなかった。












ーあとがきー
何が書きたかったか、もう分からない。

結構オメガバース設定の子供は見るけど、実際のあの世界は男同士で子供産めないじゃないですか。

じゃ、本当に二人が子供もらうとしたら?
ってなると養子しかなくて。
養子の子が二人のところに来たらどうなるんだろうとか、色々考えた結果がこれです。

養子の現状とか調べたんですけど、いまいち分からないし、ロシアの制度も分からないしで、悩んだ結果、捏造でいっか。という結論に。


書いている時に、三人に幸せになって欲しいって何度も感じて、何度も書き直しました…。
最初は家出したニコライに寒空の中を待たせてたんですけど、余りにも不憫で、管理人宅に預けたり…。
台詞を色々変えたりね。

ちなみに、ニコライの名前の意味は「勝利と民衆」です。
二人の子供にぴったりじゃないですか?
なんて。









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