支部 
【YOI】尊尚親愛 瞳を奪う
●前提

【YOI】始まりの一歩
の続きですが、ここからでも読める様になってます。

本編一年後過ぎ。
ヴィクトルは現役復帰、勇利は実家に戻っていましたが、押しかけてきたスンギルのコーチになっています。

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シリーズ化させました。
シリーズ名:尊尚親愛
意味:尊敬し親しみ愛すること




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──尊尚親愛──
─第二話 瞳を奪う─



元日本代表スケーター勝生勇利、韓国イ・スンギルのコーチに就任。

そんな見出しの新聞記事や、いち早くネットに流出した就任動画により、日本及び韓国に激震が走った。
連日、ニュースやSNSでは憶測や批判、中傷、応援等、様々な意見が飛び交っていたが、その二年前にヴィクトルが電撃的に勇利のコーチに就任した一件もあったため、熱は急速に冷えて終息に至った。

それから数ヶ月後。
フィギアスケーター達がしのぎを削るグランプリシリーズの幕が上がった。


──グランプリシリーズ第2戦:アメリカ大会──


「(気が重いなぁ…)」
インタビューを受けているスンギルの後ろで、勇利は心の中で静かに苦笑した。

コーチとなって初めての大会ということもあるが、一番の要因は大会に出場する一人の人物にあった。

勇利の元コーチであるヴィクトル・ニキフォロフ。

勇利がスンギルのコーチを務めると世間を震撼させた頃、いち早く情報を掴んだヴィクトルは、誰よりも早く勇利に電話を掛けてきた。
電話を取った勇利の耳に響いたのは、怒りとも悲しみとも取れる涙声の怒声。
英語とロシア語、更に日本語を交えた子供の様な癇癪を一時間程受けた勇利は、結局のところヴィクトルを落ち着かせるのに数時間を要した。

確かに、選手を辞めるにしてもロシアのヤコフコーチの元でコーチ業をしてみては、と何度も誘われては首を横に振ってきた。
ヴィクトルからしてみれば、なぜ急に見ず知らずの人のコーチを買って出たのかという憤りの様なものを感じずにはいられなかったのだろう。

それから早数ヶ月。
コーチ就任からは、会うのは初めてとなる。
それ故に勇利は気が重かった。

「(ヴィクトルって変なとこで子供だから、スンギルに突っかからないと良いんだけど…)」

ヴィクトルと師弟だった頃は一緒にいるだけで満たされていたが、今は勇利がスンギルの師なのだ。
スンギルのコンディションを第一に考えなくてはいけない。

ふと前に意識を戻せば、取材を終えたスンギルがこちらに歩を進めていた。
お疲れ様と声をかければ、スンギルは固い表情のまま小さく頷いた。

スンギルは元々必要以上に喋る方ではない。
けれど、顔を見れば大体のことは分かる。
家族や幼馴染みには無表情にしか見えないと首を傾げられたが、勇利はスンギルの微妙な表情の違いを見分けられるようになっていた。

「(少し緊張してるな…。今日は食事をとったら早めに休ませるか、それとも気分転換させるべきか…)」

「勇利!!」

急に背後から聞こえた声に振り返る暇もなく、重い温もりがのしかかってきた。

「うわっ」
転倒は辛うじて耐え、よく知った懐かしい重みと匂いに口元が緩む。

「ヴィクトル?」
「勇利、久しぶりだね!元気にしてたかい?」
「元気だよ。…ヴィクトルも元気そうだね」
背後で満面の笑みを浮かべて抱きついてきているヴィクトルを、肩越しに見やって勇利は苦笑を浮かべた。

「(この人は相変わらずだな…)」

ヴィクトルが勇利のコーチだった頃、人よりも密度の高いスキンシップに驚いていたが、今もそれは健在のようだ。

「ヴィーチャ!他の選手に迷惑をかけるな!」
「かけてないよー」
背後からヴィクトルのコーチであるヤコフの怒声が響いたが、ヴィクトルは適当に流して勇利を抱きしめている腕の力を緩めた。

「勇利、一緒にご飯行こうか?」
勇利の肩を抱いて顔を覗き込むと、ヴィクトルは軽くウインクした。
疑問形で聞かれているはずなのに、断れられることはないと確信しているヴィクトルの笑顔に、本当に変わらないな、と勇利は苦笑してしまう。

「No」

勇利が返答する前に、割り込むようにスンギルが声を発した。

驚いてスンギルに視線を向ければ、心底不機嫌そうな顔をして勇利達へと一歩近づいた。

「(あれ?スンギル、怒ってる?)」

感情を顕にしているスンギルが珍しく、勇利がまじまじとスンギルを見ていると、ぐいっと腕を引かれた。
突然のことにバランスを崩した勇利はスンギルの方へ倒れ込んだが、スンギルはさらりと受けとめて自身の背中に勇利を隠した。

「…」
「…」

急にスンギルの後ろに匿われ、意味が分からずに「?」を勇利が浮かべている中、ロシアの皇帝ヴィクトル・ニキフォロフと韓国の精鋭イ・スンギルが静かに火花を散らして睨み合っている。

一触即発の睨み合いが続く中、パシャリと軽いシャッターの音が響いた。

「…ん?…あ、ピチット君!」
「勇利久しぶりー!」
にこやかに微笑んでいるが、携帯で写真を取り続けているピチットに勇利は苦笑した。
「(相変わらずのSNS中毒…)」

そして、ピチットに気付いたことにより、ようやく周りの状況が勇利の目に飛び込んでくる。
こちらを凝視しているスタッフ、カメラを構え損ねて固まっている取材陣、そして、振り返れば、未だ睨み合っているスンギルとヴィクトル。

「勇利、久しぶりだし、ご飯一緒にいかない?」
周りの状況など何のその、ピチットに急に話を振られた勇利が言葉を発する前にスンギルは勇利の手をぎゅっと握った。
思いがけない行動にびっくりして、勇利は目を見開いてスンギルの方を向いた。

「(スンギル、相当不安なんだな…)」

家にいる時は手を握ったりすることも、ハグすることもほとんど無い。
極稀に、寝れないと部屋を訪ねてくる程度だ。
その時は一緒のベッドであやす様に勇利が寝かしつけている。

そんな教え子の貴重なデレに嬉しくなり、勇利はスンギルの手を握り返して微笑んだ。

「スンギルはどうしたい?」
「勇利と一緒がいい」

そう言うと、スンギルはピチットとヴィクトルを睨みつけてから勇利の手を引いてずんずんと歩き出してしまった。

「え?スンギル?
 ごめん、二人共、また今度…!」

完全に引きずられながら、勇利は残っていた方の手で二人に手を振り、残された二人はきょとんと目を見開いたまま、勇利達を見送るしかなかった。




「スンギル、みんなとご飯は嫌だった?」
結局二人でご飯に来たものの、あの後から少々イラついている様子のスンギルが何を考えているのかを知るために、勇利は敢えてそれを話題に上げた。
勇利の思惑を知ってか知らずか、スンギルは眉を潜めて視線をずらした。

「彼らと食事をしてもメリットがない。
 それに、明日は試合だから、人に気を使いたくない」
「…僕は良いの?」
「勇利は安心するから」
つまりそれは、勇利に信頼を寄せているということで、それを真顔で言うスンギルに、勇利は静かに赤面した。
ヴィクトルとは違う方面からの真っ直ぐな言葉に、嬉しくもあり恥ずかしくもあり、勇利は一言だけ「ありがとう」と伝えた。



────────────



翌日。

ショートプログラムをノーミスで終えた教え子がリンクの中央でお辞儀をしている。
投げ入れられたプレゼントの中から飼い犬であるハスキー犬のぬいぐるみを一つ抱えると、そのまま勇利の元へと戻ってきた。
それを見つめながら、勇利はほっと息を吐いた。

「(僕の緊張がスンギルに伝わってたらどうしようかと思ったけど…。
 さすがスンギル。強いなぁ…)」
エッジカバーを手渡して、一緒にキス&クライに向かう。

滑っている時のスンギルは相変わらずの無表情ではあるが、緩やかな曲に合った、とても優しい演技だった。

「柔らかい滑りでとても良かったよ。練習よりも、遥かに美しかった」

勇利がそう微笑めば、ハスキー犬のぬいぐるみを抱えたままスンギルは微かに笑みを浮かべた。
自分でも相応の手応えを感じているのだろう。

得点は勿論パーソナルベストで、点数が出た瞬間スンギルは笑みを深め、勇利はそんなスンギルの背中を軽く叩いた。

「やったね」

スンギルは小さく頷くと立ち上がり、勇利に“行こう”と視線で促し、勇利はそれに従ってスンギルの後ろを着いて行った。



取材を受けているスンギルはいつも通り堂々としていて、いつも取材でテンパっていた自分とは大違いだと勇利は苦笑する。

「勝生君!」

日本の取材陣の中からこちらにやって来る見知った顔に、あ、と声を上げる。

「諸岡アナ、お久しぶりです」
「コーチとしての初めての公式戦、どうでしたか?!」
勇利が選手だった時と変わらず熱気の篭った声を出され、勇利は微笑んだ。

「スンギルの演技が全てですよ。綺麗だったでしょ?彼の演技」

はっきりと告げた勇利の言葉に、諸岡の顔がぱっと明るくなる。
「おぉ!勝生君も渾身のショートプログラムということですね!
 ショートプログラムは勝生君が振り付けを担当したということですが、以前から振り付けをしたいという構想はあったのでしょうか?!」
ずいっとマイクを向けられ、勇利は少しきょとんとしてから首を振った。
「あ、いえ、スンギルに頼まれて」
「スンギル選手に?」
「ショートかフリーのどちらかは振りつけてほしいと。
 モチベーションに関わると言われてしまったら、コーチとしてやらないわけにいかないですから」
そう言って苦笑した勇利の視線はスンギルを捉えると柔らかく細められた。

「なるほど、ショートプログラムのイメージはどういったものだったんでしょうか?」
「ショートプログラムは今までのスンギルのプログラムにはない、柔らかい風のようなイメージで…。
 って、諸岡アナ。僕じゃなくてスンギルに聞いてくださいよ…」
「あはは。勝生君が嬉しそうにしているので、つい…」
諸岡は大袈裟に笑うと、スンギルの取材に戻って行った。


「(嬉しそうにしている、か…。
 確かに、そうかもしれない。
 スンギルのコーチになってから目まぐるしく日々は過ぎたけれど、充実した時間しか無かった様に思う。
 スンギルが迷いなく満足できる滑りをするために、何をしてあげられるのか…。

 …ヴィクトルも、僕と同じ様に考えてくれてたのかな…)」

ぼんやりと過去の日々を思い出した勇利だが、細々と自分の黒歴史が混じっており、何とも微妙な気持ちになってしまう。

ざわめきを感じて後ろを振り返れば、ヴィクトルがこちらに歩いて来ているところだった。
そういえば、ヴィクトルの演技はスンギルの少し後だったはずと勇利が思い出した頃には、ヴィクトルは目の前に来ていた。

「勇利!俺の演技見てた?!」
「…あ、ごめん。スンギルと取材受けてて見てない…」
「ええ?!何で?!勇利が見てると思って頑張ったのにー…」
その場にしゃがみこんでしまったヴィクトルにぎょっとして、勇利は慌てて謝罪を繰り返したが、ヴィクトルが立ち上がる様子はない。
ヴィクトルの顔を覗き込めば、その目には若干涙が滲んでいることに気づいて、勇利は顔を青ざめさせた。

「ごめんってー!こんな所で泣かないでよー!」
「うぅ…」
「明日のフリーは見るから!ねぇ、ヴィクトル!ごめんってー!」

元師弟の思いがけないやり取りに、取材陣が一斉にカメラを向けて撮っているが、その中に混じっている選手が一人。

「勇利とヴィクトルって、いつも面白いよね!」
「ピチット君、撮ってないで助けて!!あと、その画像アップしないで!」
「ごめん、もうアップしちゃった」
えへ、と全く謝る気のないピチットに勇利は頬を引き攣らせたが、それよりも今は目の前のヴィクトルを立ち直らせることが重要だと、ヴィクトルに視線を戻せば、疑うような目で勇利を見つめているヴィクトルと視線がかち合った。

「…本当にフリーは見る?」
「見るよ。僕がヴィクトルの大ファンだって忘れちゃった?ちなみに、今日の試合だって録画してもらってるからね。
 だから、ちゃんと立って、取材受けてきて」
勇利の言葉に、ヴィクトルの顔がぱぁっと明るくなり、一つ頷いた。
「約束だからね!」
そう言い残して笑顔で取材を受け始めたヴィクトルの姿に、勇利はほっと息を吐いた。


その光景をスンギルがじっと見ていたとは気付かず、勇利は楽しげにピチットと言葉を交わしていた。




────────────




前日のショートプログラムの結果は僅差ではあったが、スンギルは二位で、一位はヴィクトル。
フリープログラムはスンギルとヴィクトルを残し、全員が滑り終わっている。

次の滑走はスンギルだが、演技前にコーチである勇利の元に戻ってきたスンギルは、先程まで見受けられなかった緊張感に満ちた顔をしていた。
声をかけてもそぞろで、こちらに視線を合わせようともしない。

「(六分練習の時は普通だったのに…)」

いや、そうじゃないと、勇利は首を振るった。


多分ずっと、スンギルは不安だったのだ。


再度声をかけても反応がないスンギルの顔を両手でがしりと挟み、無理やりにこちらを向かせる。
突然のことに目を見開いて驚いているスンギルとようやく視線が噛み合い、勇利は真剣な表情のままスンギルの瞳の奥を見つめた。

「スンギル、大丈夫だよ。僕はスンギルが一番輝けるって分かってるから」

そう告げて、ゆっくりと微笑んだ後、スンギルの顔から手を離した。

「…」

無表情ではあるが、未だ不安そうに瞳を揺らしているスンギルに勇利は両手を出すように言いつけ、その手をすくい上げる様に握った。

「そんなに心配しなくて大丈夫。
 このプログラムはヴィクトルにだって負けないプログラムだよ?
 生徒だった僕が言うんだから間違いない。

 ほら、胸を張って。スンギルが輝く所を見せて」

不敵に笑顔を作った勇利に、スンギルは顔を引き締めると小さく頷いてリンクへと滑り出した。


まだ信じられない部分もあるのだろう。
迷う部分もあるだろう。

それでも、一緒に滑っているつもりで勇利はスンギルを見守った。


滑り終わった彼の演技は、ジャンプでミスはあったものの、出来栄えは上々で、残す一人を前に一位に躍り出た。


────


取材を受ける前に、最終滑走者を二人で見つめる。


残り一人は、勇利の恩師ヴィクトル・ニキフォロフ。

曲が始まればすぐに彼の世界に引き込まれ、観客は銀盤で舞うヴィクトルへと視線が釘付けになった。

「かっこよかー…」
目をきらきらさせてヴィクトルの演技を食い入るように見ている勇利の横顔に、スンギルは奥歯を噛みしめた。

「(勇利がヴィクトル・ニキフォロフの大ファンであるというのは、コーチを頼む前から既に知っていた。
知っていて、頼んだのだ。

コーチを頼んだことに後悔はないし、するつもりもない。

…けれど)」

スンギルは勇利の表情とヴィクトルの演技を見比べ、歯切れ悪く下を向いた。

「(もやもやする…)」



ヴィクトルの演技が終わると、拍手と歓声で会場は包まれた。


一緒に拍手を送っていた勇利だったが、はっと何かに気付いたようにスンギルに視線を戻すと、心配そうに眉を寄せた。
「スンギル、ごめん…」
「何で謝る?」
「…ヴィクトルの演技に見入ってたから…。俺、コーチなのに…」
ばつが悪そうに首を竦ませた勇利に対し、微かではあるがスンギルは苦笑した。

「そうだな。…悔しいと思う」
「悔しい…?」
悔しいという言葉に合点がいかなかったらしく、勇利は緩く首を捻って未だにスンギルを見つめている。


「…悔しい。
 グランプリファイナルでは、勇利の視線を必ずヴィクトルから奪うから」


「へ?」

ますます意味が分からないという様子の勇利の肩に手を置き、すっと顔を近づける。


スンギルは勇利の頬に軽くキスを送った。


「…え?」

途端に顔を赤くして固まってしまった勇利とは裏腹に、会場はヴィクトルの点数に湧き上がったところだった。

「…二位か」

スンギルの声にようやく意識が戻ってきた勇利は顔を赤らめたまま点数版を確認する。
一位ヴィクトル、二位スンギル、三位ピチットという並びであることを確認して、勇利は再度スンギルを見上げた。

「…スンギル…銀メダル、おめでとう」

「うん。…次は必ず金メダルをあげる」

今まで一度も見たことが無い、華やかな笑顔を向けられ、勇利は更に真っ赤になりながら頷くことしかできなかった。




一連のやり取りを目ざとく見ていたピチットに、SNSで拡散されるのはこの数分後のこと。














ーあとがきー
最終話前にどうしても上げたくて頑張りました。
(ユーリロスで多分死んじゃうから)

ヴィク勇に釣られてきた方々のスン勇株を上げたい!
という不埒な下心のままに書いてます(おい)

本当はギオルギーとか、ミッキー達と絡めたかったんだけど、これが限界でした。
ごめんよ。










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あきゅろす。
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