支部 
【YOI】尊尚親愛 始まりの一歩
●前提
本編1年後。
勇利は実家の手伝い。
ヴィクトルは現役復帰をしています。

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【謝罪】スン勇が書きたかったんだ。

シリーズ化させました。
シリーズ名:尊尚親愛
意味:尊敬し親しみ愛すること



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晴れてグランプリファイナルで優勝を果たした後、引退を決めた勇利は実家に戻っていた。
実家の手伝いと、時たま舞い込むアイスショーのオファーを請け負いながら、勇利は日々を平穏に過ごしていた。

「(あれからもう一年か。今年のヴィクトル、凄かったな)」

勇利を昨年のグランプリファイナル優勝に導いた立役者、ヴィクトル・ニキフォロフはロシアへ戻ると現役復帰を表明した。
復帰後の成績はブランクがあるとは思えない滑りを見せ、今年のグランプリファイナルは見事に優勝を勝ち取った。

昨年、グランプリファイナルが終わったら勇利のコーチを辞めて、現役復帰をして欲しいという願いをヴィクトルは泣きながら了承してくれた。
けれど、今年のシーズンは選手同士として戦いたいというヴィクトルの希望を、勇利は叶えてあげられなかった。
そこだけは悔やまれると勇利は目を伏せる。
ヴィクトルにあれだけ望まれ、自身も現役を続けたいと心の底から願っていたが、勇利の心情とは裏腹に体は言うことを聞いてくれなかった。

ヴィクトルとは、謝罪と感謝で泣きながら別れたあの日以来、会っていない。

「勇利、かっこよか外国人のお客さんが勇利を訪ねて来とるぞ」
「え?僕に?」
父親に声をかけられ、首を傾げる。
「(外国人の知り合いは多い方だけど、ピチット君は昨日電話で話したばかりだし、ヴィクトルやユリオならお父さんは知っているから…。
…誰だろう?)」

食堂にいると聞き、そこに向かえば、見知った黒髪が鎮座していた。
けれど、彼と話したことは雀の涙ほどで、接点などほとんど無い。

「…スンギル…?!」

思わず大声を出してしまい、他のお客さんが何事かとこちらを向くが、今はそれどころではない。
彼、イ・スンギルは韓国のフィギュアスケーターで、今年のグランプリファイナル出場者であり、去年はロシア大会で勇利とも戦った選手だ。
イケメンだが、女性嫌いでファンサービスは一切無し。
そういう面ではヴィクトルとは真逆を行くスタイルで、独自の強さを持っている選手だ。

そのスンギルが、何故か勇利の実家でカツ丼を食べている。
勇利の声に反応し、顔を上げたスンギルの頬にはご飯粒が付いたままだったが、真っ直ぐに勇利を見つめていた。

「え?え?何でスンギルがここにいるの?」
流暢な英語で勇利がまくし立てると、スンギルは口に含んでいたご飯をごくりと飲み込んだ。
「勝生勇利に会いに来た」
「僕に?…ていうか、何でみんな急にくるかな…」
ヴィクトルもユリオもそうだったが、アポなしに来るのは外国人の当たり前なのだろうかと、勇利は頭を抱える。

「数時間で来れるから」
確かに韓国と日本ならその程度で行き来できるけど。という言葉を飲み込んで、勇利はようやくスンギルの横に座った。
「そう…。で、本当に何をしに来たの?僕に会いに来ただけじゃないんでしょ?」
「頼みがあってきた」
「頼み?」
自分と同じ真っ黒な瞳が、真っ直ぐに勇利へと向けられている。
その瞳の真剣さに早くも挫けそうになりながら、スンギルの言葉を待つ。


「俺のコーチになって欲しい」


スンギルの思いがけない言葉に、勇利は固まり、頭の中でスンギルの言った言葉を何度も復唱したが、どうにも理解が出来ず、わたわたと慌てだした。
「えっ、えっ?!ちょ、ちょっと待って?!…コーチって、僕が?!…スンギルの?!」
「そうだ」
迷うことなく深く頷いたスンギルに、勇利はまた目を見開いたまま固まってしまう。

今までほとんど話したこともないスンギルが何故自分に白羽の矢を立てたのか、何を思ってここに来たのか、勇利にはさっぱり検討がつかなかった。
けれど、それすら関係ないというようにスンギルの瞳は勇利から外れない。

「コーチしてくれるか?」
「えぇ?!いや、無理だよ?!コーチ経験なんてないし!」

子供達とたまに滑るくらいで、人に教えることなどしたことも無い。
ましてやコーチなど、以ての外だ。

「ヴィクトルもコーチ経験がなかったが、勇利を優勝に導いただろう?」
「それはヴィクトルだからね!僕にそれ程の度量はないよ?!」
言ってて物悲しくなる気もしたが、勇利のその言葉は本心だった。
ヴィクトルは実力と自信があったからこそ、コーチを勤め上げたが、勇利は未だ自分に自信が無い。
選手にエールを送る前に、コーチがへこたれていたら話にならない。
そう思うからこそ、勇利は頼まれてもコーチに転身するつもりにはなれなかった。

「俺は勇利が良い」
「いや、僕よりももっと良いコーチが沢山いるでしょ…」

勇利は眉尻を下げて項垂れるが、スンギルは不満そうに少し眉を潜めて、その端正な顔をずいっと勇利に近づけた。

「勇利が良い」

「うっ…」

ヴィクトルと同じ様に、スンギルは自分の顔立ちを理解して迫って来ているのだろう。本当に心臓に悪い。と勇利は思わず顔を赤らめる。
けれど、一年間もヴィクトルと一緒に過ごしてきたのだ。
この程度で押し切られる勇利ではない。

「とにかく、無理だから」
はっきりと言い切り、少し距離を取ってからスンギルを見上げれば、無表情なのに少し眉尻が下がっており、その表情はまるで捨て犬だと勇利は微かな罪悪感を感じてしまう。
けれど、ここで軽率に頷いてしまえば、彼の今後のスケート人生を大きく左右させてしまう。

押し黙ったまま見つめ合うこと数分、痺れを切らしたのは勇利だった。

「…今日は、泊まるところあるの?」

時刻は既に夜8時を過ぎている。
ここから韓国に帰ることが出来るのか、それともホテルでも取っているのか。
まさかどちらも無いと言うなら、さすがに外に放り出すわけにはいかない。

スンギルは微かに目を見開いて顎に手を当てた。

「(あ、この反応は…)」
「…無いな」
「君も案外考えなしだね?!」

勇利は頭を抱えながら一昨年のことを思い出していた。
いきなりコーチになると押しかけてきたヴィクトルとその後を追ってきたユリオ。
二人共、勝手にうちに泊まるつもり満々だったけど、場所がなかったらどうするつもりだったのか。
特にユリオなんて、家がどこかも分かってなかったらしいし。
そして、目の前のスンギルも彼らと同じく、いや、それ以上にどこか抜けているようだ。

「…仕方ないから、うちに泊まっていって」
「…ありがとう」
「けど、明日には帰ってよ?」
「……」
「返事は?」
「…分かった…」

とりあえず、以前ヴィクトルが使っていた部屋を掃除して寝れるようにしておこう。



***



「で、連れてきちゃったわけか」
「ごめん、西郡。朝起きたら、凄い怖い形相でスケートできる所に行きたいって迫られたから…」
「まぁ、構わないけどよ。ヴィクトルにユーリ・プリセツキーにイ・スンギルねぇ。凄いメンツがこのリンクで滑ってるもんだ…」
「ははは…」
朝ご飯中に凄い形相でやって来たスンギルについOKを出してしまい、アイスキャッスルはせつに赴いた。

定休日だったのを無理に開いてもらうと、スンギルはスケート靴を履いて早々にリンクを滑り始めた。
さすがに現役選手だけあり、滑りは美しい。

けれど、何だろう。
なんか、違和感を感じる。

勇利が内心首を傾げていると、西郡が小さく声を上げた。

「スンギルって勇利に似てるな」
「へ?」
思いがけない言葉に西郡を凝視すると、西郡は軽快に笑った。

「不安になると練習しまくってた時の顔とそっくりだわ」
「…えー、そうかなー…」

彼はいつも自信に満ちていたように見えた。
ヴィクトルとは違う、けれど、勇利の様にあからさまに狼狽えたりはしなかった。

「(その彼が、僕と似ている?)」

勇利はリンクを滑るスンギルを改めて見つめた。

何を考えているのか、その無表情からは何も読み取れない。
ジャンプの成功率は半々で、今年のグランプリファイナルの面影は見受けられなかった。
ステップはやはり美しいが、どこか物悲しさを感じてしまい、勇利は頭の隅を過ぎった考えにはっと息を呑んだ。

「(いや、まさか…)」

疑惑を胸にスンギルを呼び止めると、彼は素直にこちらにやって来る。

「スンギル。まさかと思うけど、今までのコーチと関係解消してきたとか…無いよね…?」
「…解消したが?」
あっけらかんと言われた言葉に、勇利は雷に打たれたような衝撃で次の言葉を発することが出来なくなった。

「(感じてた違和感も、僕と似ているというのも、これで説明がつくけど…!)」
今のスンギルの状況は、ヴィクトルがコーチになる少し前の自分に似ているのだ。

でも、まさか、そんな…。
後ろ盾を何も無くして来るなんて…。

「これからどうするつもりなの?!」
「勇利がコーチになると思っていたが…断られた」
「いや、僕が拒否するのとか視野に入れようよ?!」

頭を抱えた勇利をスンギルはじっと見つめている。
それに気づいた勇利は小さく息を吐いた。

何でだろう。
僕が悪いみたいに思える。

「…スンギルは何で僕にコーチを頼むの?
 昨日も言ったように他にも沢山コーチはいるのに、何で僕?」

スンギルは微かに瞳を揺らした。
それを真っ直ぐに見つめて、勇利はスンギルの返答を待つ。

「去年のロシア大会、そして、グランプリファイナル。

 …美しい演技だった」

スンギルの黒曜石の様な瞳が、勇利を見つめている。

「ショートプログラムはエロスという同じテーマだったのに、俺とは違う圧倒的な表現力を放っていた。
 フリープログラムは見たものを魅了する演技だった。
 …俺が求めた完成系がそこにあった」

嘘偽りなく放たれる言葉に勇利はごくりと息を呑む。

「それを超えたいと思ったんだ…。
 けれど、今年のグランプリファイナルでは、俺はあなたに追いつけてすらいない。
 だから、あなたを超えるために、あなたに指導してほしい。
 俺には、勝生勇利が必要だ」


「……は、はははっ……あははっ…」

「お、おい、勇利?」
急に笑い出した勇利の顔を西郡が不安げに覗き込むが、勇利はひとしきり笑った後、ようやくスンギルを見やった。

「…分かった。コーチ、引き受けるよ」
諦めた様に微笑んでそう言い放った勇利に、スンギルの目が見開かれる。
「本当か?!」
「うん。そこまで言われて、断るのもね。
 …けど、僕はコーチなんてしたこと無いから、至らない点はいっぱいあるよ。それでも良い?」
「構わない」

勇利がおもむろに手を差し出すと、スンギルはその手をしっかりと握った。





その翌日。

『勝生勇利、イ・スンギルのコーチ就任』という動画がスケオタ三姉妹の手によって拡散され、取材陣が押せよせてくることとなるが、それはまた別の話。














ーあとがきー
スンギル君大好きです。
公式ではほとんど出番ありませんでしたが、以前の勇利と似通った部分で現在の勇利と対比しているのかな。と思っています。
2期や映画化されるなら、きっと活躍してくれることでしょう!
そして口調が、分からんー!
本編もっと喋って欲しかった…!!!


…大会に出て、勇利を取り合うヴィクトルとスンギル書きたいな。













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あきゅろす。
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