支部 
【YOI】愛の先
●前提

全部病んでる。
ヴィク勇。
ユリオ視点。

それでも、良ければスクロールバーを動かしてください。





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今考えてみれば、片鱗はあったと思う。

本当に欲しかったおもちゃを手に入れた時、人はそのおもちゃをとても大切にして、見せびらかして、けれど、誰にも渡さない。
それを見つめる時はきらきらと目を輝かせて、夢中になって、どんな時でも一緒にいようとする。


そう。
考えてみれば、初めからそうだった。

だから多分、こうなってしまったのは、必然だった。




──愛の先──




「これ、今日の分な」
そう言って俺が食物の入った紙袋を差し出せば、カツ丼は申し訳なさそうに微笑んでそれを受け取った。
「ありがとう。ユリオ」

かつては日本代表のスケーターだったカツ丼…勝生勇利は、今はロシアの中でも有数の馬鹿デカい家の中で暮らしている。
家の持ち主はロシアの英雄と呼ばれ、未だ伝説を残し続けるヴィクトル・ニキフォロフだが、今は大会中で海外に出ている。
本当はカツ丼もヴィクトルに帯同し海外に行くはずだったが、タイミング悪く体調を崩し、家に残ることになった。
その間の世話を俺に任して、ヴィクトルは泣く泣く旅立っていった。

久しぶりに会ったカツ丼の顔色は体調が悪いを通り越して青白く、今にも倒れてしまいそうな程にふらふらだった。
そんな状態を見てしまった瞬間に「病院に行け!」と叫んでしまったが、カツ丼は目を見開いて驚きを露わにした後、眉尻を下げて首を横に振った。

「この家から出たら、ヴィクトルが心配するから行けない」

そう言われた時、忘れかけていたていたこいつらの歪さにぞっとした。

それが数日前。


今はようやく顔色も正常に戻ってきて普通に生活できるまでに回復している様だ。
リビングで俺にお茶を振る舞っているカツ丼は、以前よりも痩せたように思う。
デブだとか豚だとか、いろいろ暴言を吐いてきたが、今はその暴言すら言いづらい。

「なぁ…外に出たいとは思わないのか?」
「…最初は出たいって思ってたかな…」

最初、というのは一年前、カツ丼がここに住み始めた頃だろう。
一緒に住み始めたと聞いた時は、俺はやっぱりかとため息を吐いた程度だった。
その前のシーズンではヴィクトルを師としてカツ丼がグランプリファイナルを制したし、二人が必要以上に近かったのも分かっていた。
だから、ああ、遂に来たか。と、その程度だった。

カツ丼はヴィクトルのホームリンクにもよく来ていたし、周りから見れば、昨年までの師弟とは逆になるつもりなのか程度にしか感じていなかったと思う。
ヴィクトルは人を驚かせることを主としていたし、グランプリファイナルの優勝者である勝生勇利がコーチに転身したとしても何も不思議ではなかったからだ。

けれど、俺はこの二人の関係がどこか歪であると感じていた。

ヴィクトルは現役復帰したというのに相変わらず勇利にべったりとくっついていたし、勇利もそれを許し…いや、今思えば、なるべく傍にいるようにしていたのだろう。


その半年後、ようやく俺は真実を知ることになる。


あの時、既にヴィクトルは壊れていた。


「ユリオ、勇利がいないんだ…!どこに行ったか捜してくれ!」

そう駆け込んできたヴィクトルの焦り様は酷いもので、誘拐か事故か、嫌な予想が一瞬にして浮かび、それを振り払うように俺も捜しに出た。

どんなに捜しても見つからず、一度ヴィクトルの家に戻った俺達を待っていたのは、普通にお茶を飲んでいたカツ丼の姿だった。
ヴィクトルの勘違いかよ、ふざけんな、と悪態をつこうとした俺の目に飛び込んできた現実は、容易に俺の言葉を引っ込めてしまった。

「勇利、勇利、勇利…!」
「ヴィクトル、市場に行ってくるって昨日言ったじゃない…」
「いなくならないで、勇利…」
「…うん。もう一人で外に行かないよ。ごめんね。ヴィクトル」

ぼろぼろと泣き続けてカツ丼に抱きついたままのヴィクトルの姿は、今まで何度も優勝してきた彼とは似ても似つかず、俺はそのヴィクトルが歪だとしか思えなかった。


その日以来、以前に増してカツ丼はヴィクトルの傍にいるようになったし、ヴィクトルはカツ丼の傍を離れようとしなかった。
演技をしている最中は貫録すら感じるというのに、一度リンクを降りると、その顔はすぐに剥がれ、たった一人のことしか見ていなかった。

少し恐ろしくなって、人知れずヤコフに相談したが、ヤコフは悲しい顔をして首を横に振るだけだった。

「愛というのは節度があって美しいものだが、その箍が外れてしまえば、もうそれは狂気でしかない」

多分、ヤコフは諦めてしまったのだろう。
あのヴィクトルを正常に戻すなんてもう無理なのだと。

それはおそらく、カツ丼も分かっている。

だから、これ以上壊れないように傍にいるのだ。
けれど…。

「お前はこのままでいいのか?」
「…本当なら、良くないと思う。
 けど…もう戻れないし、進めない。
 これ以上、ヴィクトルが壊れていくのは見たくないし、壊しちゃ駄目だと思う」

そう言って、カツ丼は寂しそうに笑った。

俺の知っている長谷津にいた頃の二人は、もうどこにもいないのだと、そう言われた気がした。


「…俺、帰るわ。お前も元気になったみたいだし。
 まぁ、ヴィクトルが帰ってくるまでは様子見に来るから」
「うん、ありがとう」

玄関のドアに手をかけて後ろを向けば、カツ丼が不思議そうに首を傾げた。

「もしも、ヴィクトルから逃げたくなったら、逃がしてやるから」
「…。あはは、ユリオは優しいね。
 でも、僕ももうヴィクトルの傍を離れることが怖くてたまらないんだ」
「…」

「もし、ヴィクトルが僕のことを飽きて捨てる時が来たら…。



 僕はきっと、ヴィクトルを殺してしまう」



「…。…そうか」



俺はそれしか言えず、ヴィクトルの家から逃げるように離れた。





大切なものを手に入れているにも関わらず、愛を通り越してどこまでも堕ちてしまう。
大事だと言いながら、壊すことすら厭わない。

その行き過ぎた愛を何と呼ぶのか、俺はまだ知らない。


けれど。



どこか羨ましいと思っている俺は、もうあいつらと同じなのかもしれない。














ーあとがきー
病みフォロフを書きたい!
と思って書き始めたら、みんな病んだ。
ユリオ視点で歪さを出したかったのに…ユリオも病んだ…。












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あきゅろす。
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