支部 
【とうらぶ】審神者の手記1
【雅に茶を飲んでる】シリーズの番外編になります。

いつものちゃんねる形式ではありません。

審神者になるところから始まり、彼の10年の心境を綴った日記です。
シリーズを書く上で、必要だったため書いたものになります。

尚、この日記を読まなくても、本編に影響はありません。
また、本編を読まずに、この日記だけを読んでも問題ありません。

完全にうp主の趣味です。
胸糞悪い表現があったりします。
どう足掻いても結末は一つ。



────



2212年4月19日
明日、審神者という職に就くことになった。
この日記は明日からの日々を綴るために、唯一持っていく私物だ。
10年日記なんて、分厚い本を持たせてくれた先生には悪いが、多分1割も使えないだろう。
「それを使い切るまで、あっちに行ったら駄目よ!私も頑張るから!」と何度も励ましてくれた先生。…男性なのに、心は女性だと言っていた。
彼…彼女も俺と同じで審神者という職に就くことになっているそうだ。
仕事の引き継ぎが終わった時点で審神者として転職をするらしい。
医者として患者から人気があったので、みんな名残惜しそうだった。
俺も、名残惜しい。

審神者というのは、7、8年前から始まった歴史修正主義者との戦いのため、付喪神である刀剣達を実体化させ、戦わせる者。
いわば軍隊の隊長と言ったところか…。
審神者は本丸という最前線の砦から戦いに赴くことになる。

審神者になれる人間は限られており、霊力と呼ばれる体内エネルギー?の様なものが多くある者にしか務まらない。
政府が言うには、俺の霊力は人のそれとは掛け離れるほどに強いものらしい。
自分ではよく分からないが、家族の中で俺だけがそうだというのだから、おそらく病による副作用であろう。

…先生からは余命半年程度と言われている。
その間にどれだけのことができるのかは分からない。

それに、現世にはもう戻れないのだ。ここで最期まで戦うしかない。


…多分、俺はもう家族に会うことは無い。
最期の時まで家族の顔を見ていたかったが、両親は俺を政府に売った。…引き渡したと言うべきか…?

兄からは「お前は病気のせいで両親に負担を掛けてきた。最後くらい楽をさせてやれ」と言われた。
俺が審神者という職につけば、謝礼金としてそれなりの額が家族には入るそうだ。
俺の面倒も見る必要は無いし、お金もかからなくなるどころか収入になるのなら、いい話だ。
家族にとっては。

…けして恨みはしないが、せめて 俺の意思を聞いて欲しかった。
話をさせて欲しかった。
最後くらい、顔を見たかった。

もう、何を思っても仕方ないのだが、 少しだけ、泣きたい。



2212年4月20日
審神者の本拠地、通称本丸にやって来た。
審神者の業務については、政府の人から簡易的なマニュアルを渡された。
細かいことは本丸に常駐している管狐の“こんのすけ”に聞けばいいと。

俺は刀剣を実体化させる訓練も何も受けていないのだが、大丈夫なのだろうか。と不安に思う。

本丸は普通の場所とは違う別次元にあるそうだ。
まるでSF映画の様だが、時間遡行軍から本拠地を隠すための策なのだという。
機能はよく分からないが、この本丸内は安全ということだろう。

ゲートを潜ったら、すぐ目の前に狐の姿が見えた。
その狐は喋ることができ、名前をこんのすけと名乗った。
依り代(体)は機械とのことだが、手触りは柔らかく、とても機械とは思えなかった。
「本丸での生活はほぼ自給自足なので最初は大変ですが、少しずつ頑張りましょう」とこんのすけに言われた。
でも、俺の最近は点滴生活だったため、普通のご飯は食べれない。
点滴は送ってくれると政府の人が言っていたから、荷物が届いたら教えて欲しいと、こんのすけに伝えたら、彼は固まった。
なんと俺の病気のことも、余命のことも知らなかったそうだ。
あと半年しか生きれないのだが、大丈夫だろうか…。
まぁ、死んだら引き継ぎの審神者がくるらしいから、気にしなくても良いのかもしれないが…。

何はともあれ、本丸の屋敷へ歩いた。
道の途中に小屋があった。
何に使うのかはよく分からなかったが、畑から近い位置にあったから、少し休むには丁度良いのかもしれない。

本丸に到着して、屋敷の中を案内してもらったが、体力が追いつかず、何度も休ませてもらった。
普通の人なら、こんなことは初日で全て終わるのだろうが、案内も数日に分けてもらうことになった。
…付き合わせてしまい、こんのすけには申し訳ない。

最後に、鍛刀部屋という場所に案内された。
ここで鍛刀した刀を顕現して、戦力とするらしい。
また、本来は政府が用意した5振りから1振りを選び、初期刀とするらしいが、今は審神者の数が爆発的に増え、刀の数が足りないそうだ。
自分で鍛刀し、その刀剣を初期刀とせよ、ということらしい。
資材はその分多めに届いているそうだが…。
刀を作るなんて、本当に自分にそんなことが出来るのだろうか。

そんなことを思いながら、こんのすけの指示通りに鍛刀部屋にいる小人に資材の数を伝えて、霊力を渡した。
霊力を渡すというと、やっぱり少し不思議な感じがするが、小人と手を繋ぐだけで、何かが体から抜けていった。
あれが渡すということらしい。

渡した瞬間、体の力が抜けて立てなくなってしまった。
驚いたらしいこんのすけが俺を案じて布団を必死に敷いてくれた。
布団には歯型の穴が多数空いてしまったが、狐の体で必死に敷いてくれた優しさを噛み締めながら一度眠った。

数時間後に目が覚め、届いた荷物の中にあった点滴を腕に繋いだ。
自分1人でルートを取るのは初めてだったが、どうにかなった。
病院を出る前にルートの取り方を教えてくれた看護師さん達には感謝しかない。

鍛刀した刀は既に出来上がっているが、顕現は明日にしましょうとこんのすけが言ってくれた。
歩くのもやっとというくらい疲れてしまったのでありがたい。
でも、明日はもっと頑張らなくては…。



2212年4月21日
今日は、人生の中で1番怖い出来事が起こった。

まず、昨日鍛刀した刀を顕現した。
彼が初期刀として、最初の戦力になる。
名前は前田藤四郎。
俺よりもずっと小さい少年だった。
短刀は短い等身をしているから、それを扱う体も小さいらしい。
見た目とは裏腹に、実際は俺よりもずっと年上で、しっかりしている子だったわけだが。
藤四郎という眷属?は多いらしい。兄弟が多いということだろうか?
ひとまず、藤四郎ではなく、前田と呼んでほしいと言われた。

俺の病と余命の話をしたら、顔を青ざめさせてしまった。
こんのすけに聞いたら、彼らの今までの主が亡くなっているから死には敏感なのだという。
あれだけ心配をかけるなら、今後来る刀剣に話すのは避けた方がいいかもしれない。

こんのすけに、前田を出陣させるように言われた。
見た目も小さい前田を一人で行かせるのは怖く、とても気が引けたが、こんのすけは見た目は小さくても刀剣だからと言われ、前田もいざとなったら逃げますから。と笑っていた。
不安に思いながら出陣させ、彼が帰ってくるまで、ゲートに近い離れで待っていた。
出陣させたら、審神者は何もしてやることが出来ない。
送るだけで待っているしか出来ないのはとても不安だった。
俺にも戦う力があればいいのに…。

帰ってきた前田は、どこも傷だらけで、重傷だった。
世界が暗転したように感じた。

前田は俺を安心させようと笑ってくれたが、俺には笑っている余裕はなかった。
こんのすけに手入れ部屋に行きましょうと淡々と言われ、焦っていた俺は前田を抱えてその部屋まで走った。
自分の病気のことなど忘れていた。
こんのすけに教わりながら手入れを済ませ、前田の傷が消えたのを確認し、無事なのを何度も確かめた。
前田が本当に帰ってきたのだと安堵した瞬間、意識が遠のいた。

次に気づいた時は自分の部屋で布団に横たわっていた。

前田が布団を敷いて、俺のことも運んでくれたらしい。
子供の姿をしているのに、俺よりも力持ちだったとは驚きだ。
ただ、俺が寝ていた布団の横で正座したまま、うたた寝していた姿を見た時は、逆に無理をさせてしまったと痛感した。
怪我が治ったばかりなのに、俺が世話をかけていたら、わけない。

起きたのは夕方だった
台所にあった食材を使用し、簡単な夕ご飯を作って前田に渡したが、驚かれてしまった。
料理を食べたことが無いかったらしい。
当然といえば当然だが、人の姿をしているのだし、食べるべきではないだろうか。

前田は俺の簡素な料理でも美味しいと喜んでくれたから、また作ろうと思う。
病気で入院する前に、母の手伝いで料理を学んでいたのが功を奏した。

その後、もう1振り鍛刀した。
顕現は明日の予定だが、待ち時間から太刀だろうとこんのすけが言っていた。
出陣は怖いけれど、前田が「僕は刀剣です。どうか戦わせて下さい」と言っていたから…。
俺は、彼らが折れないように、尽力しよう。



2212年4月22日
2振り目を顕現した。
彼は燭台切光忠という青年だった。
話を聞くと、伊達政宗の刀だったらしい。眼帯をしているのは、その頃の名残なのだろう。
俺よりも身長が高く、更に料理も上手だった。
そう!伊達政宗も料理をしていたからやってみたいと言われて、俺が作る隣で一品作らせてみたら、手つきが玄人のそれで、思わず笑ってしまった。
味は前田も光忠も美味しいと言っていたから、多分美味しいのだろう。
点滴生活しか出来ない自分が悔しい。
俺も光忠の料理食べてみたい。

…あと、光忠に俺の病と余命のことを話した。
光忠も酷く動揺していた。
やはり死に対してみんな敏感なのだろう。
心配をさせるのは本望じゃない。だから、次の刀剣には言わないようにしようと思う。
病が酷くなった時に話すことにする。

自給自足が主だとこんのすけが言っていたので、午後は畑を作ることにした。
審神者専用のネットマーケットで野菜の種を複数購入した。
3人でこれが食べたいとか、この野菜見たことがあるとか、沢山話せて楽しかった。
入院してからは、こんな風に話すことが無くなってたから尚更に。
畑仕事に関しては俺はほとんど戦力にならなかったけど、種まきくらいは手伝えた。
2人とも体力が凄い。

ご飯についてだが、早くもレパートリーが無くなった。
2人に食べてみたいものを聞いてもレシピが分からず再現が出来ない。
ということで、ネットマーケットで料理本を数冊購入した。
光忠がイキイキと見ていたのが少し可愛かった。
本人に言うとカッコイイ方が良いなって、言いそうだから、言わないでおく。

あ、そうそう。
ネットマーケットは購入したら数時間後に審神者部屋に到着する仕様みたいだ。



2212年4月23日
今日は2人に出陣してもらった。
また重傷になるのではないかと不安に思いながら、離れで待った。
ゲートが動くと独特な音が鳴る。
それを目印にゲートまで赴けば、怪我をしているものの、2人は元気で、心底ほっとした。
2人を抱きしめて、無事を確認してから、すぐに手入れを施し、怪我を治した。

俺達のやり取りを見ていたこんのすけが唐突に刀装を作りませんか?と言った。
話を聞いたら、刀剣が怪我をするのを防ぐことができる代物らしい。
初日に教えてくれよ!と思わずにはいられなかった。
それがあれば、今日だって2人が怪我することは無かったんじゃないか!
こんのすけめ…と思ったが、俺がいっぱいいっぱいだったから、情報を小出しにしてくれたんだろうな。
納得はしてないけど、教えてくれたから良しとする。
刀装作りは霊力を刀剣に渡して作ってもらうという方法だった。
つまり、俺だけでなく、前田と光忠のセンスが必要になるということらしいが、3つ作って全て金色だった。
こんのすけによると銀や並?黒ずみ?みたいなのも出来るらしいが…。
まぁ、金色が一番良いものらしいから、2人はセンスが良いのだろう。



2212年4月24日
今日は出陣しなかった。
政府からも出陣は各人のタイミングに任せると言われている。
過去に向かうのだから、極度に焦って出陣させる必要もないのだろう。
1ヶ月位はここの生活に慣れるのが先決だから、出陣も鍛刀も程々にしましょうとこんのすけが言っていた。
確かにその期間は大切だろう。
刀剣が人の体を持つのは初めてで、ご飯を食べることも風呂に入ることも何もかもが初めてなのだ。
その状態でよく戦えるな、と思うけど、刀剣だからこそ、戦いには慣れているのかもしれない。

俺もここに慣れるにはそれなりに時間がかかるだろう。


また、今日は畑の様子を見に行った。
朝と晩に水をやるようにとお願いをしていたが、驚いたことに、既に結構な緑が生い茂っていた。
花をつけているものも多く、種を撒いたのが数日前だとは思えなかった。
この不思議な現象をこんのすけに聞いてみれば、畑は審神者の霊力で育つものだから、現世よりも成長は早いのだという。
2人にそれを教えたら、「野菜って実が出来るのにそんなに時間がかかるのですか?!」と驚いてた。
本丸の成長速度が普通だと思っていたみたいだ。
まぁ、畑に刀を持ってく人なんていないもんな…。

そうそう。
ネットマーケットで果物を注文出来ることが分かって、早速注文した。
俺は果物が好きだ。昔はよくもまぁ母にねだっていた。
俺が好きなものを食べてみてほしいと2人に出したら、とても喜んでくれた。
食べさせたのは、俺の一押しである桃。

食べ終えた後の種を見ていて、ふと、庭に植えてみたらどうなるのだろうと思った。
桃栗三年柿八年というが、作るのに数ヶ月〜半年はかかる野菜が1週間程度で出来上がる本丸の中なら、3ヶ月程度に収まるのではないだろうか。
試しに植えてみようと3人で相談した結果、審神者部屋から見える庭に植えることにした。

少し先が楽しみになった。



2212年4月25日
今日は出陣。

見送るのは怖いけれど、笑顔で送り出す。
どうか2人が怪我なく戻ることを願う。
俺にはそれしか出来ない。

帰ってきた時、前田は軽傷、光忠は無傷。話を聞けば、刀装が守ってくれたようだ。
前田に手入れを施し、3人でご飯を食べる。
俺は相変わらず点滴だが、2人は味見も出来ない俺のご飯を美味しいと言ってくれる。
光忠は料理の腕前が上がっているようだから、そのうち俺が手を貸さなくても料理ができるようになるだろう。

それから、刀剣を1振り渡された。
戦場で見つけたそうだ。
こんのすけに聞いたら、敵が刀剣を盗んで持っていることがあり、それを持ち帰ったのだろうとのことだった。
政府に返す必要もなく、ここで顕現して戦力にして良いらしい。

顕現しようと思ったが、2人から止められた。
今日は手入れをして、霊力を使っているから、明日にしようって。
まだ大丈夫なのに、と思ったが、2人が心配するので明日にすることにした。



2212年4月26日
昨日拾った刀剣を顕現した。
彼は、短刀の今剣。
義経の守り刀。
本人が天狗と言う通り、とても身軽だった。

今剣には俺の余命のことは話さなかった。
義経公は自害していたはずだ。
自害した時に今剣を使ったというのも、本人は理解しているようだったし。
家族の話もしない方がいいだろう。
兄との仲違いで命を落とした義経と、家族に見放された俺は今剣の目にどう映るか分からない。
…刀剣達になるべく負担を掛けたくない。



2212年4月27日
3人には刀装を持たせて出陣してもらった。
離れで待っていたかったが、前田から、出来れば畑の水やりをして欲しいと言われて断れなかった。
多分、出陣している最中に俺が肝を潰して待っているのを見越して、仕事をして気を紛らわせということなのだろう。
たった数日だが、前田は俺をよく見ている。
俺が疲れ始めるとお茶を出してくれたり、布団を敷いてくれたり、本当によく気がつく子だと思う。

3人を見送ってから、畑を見に行けば、既に実がなってるものが多々あった。
初めての収穫は、みんなが戻ってきてからやろうと思って目印を付け、水やりを続行した。

数時間後にみんな戻ってきた。
今回は全員無傷。刀装は壊れてしまったそうだが、それでもみんなが無事で良かった。
畑の野菜は内番服に着替えたみんなと、一緒に収穫した。
初めて収穫した野菜は3人揃って美味しいと言ってくれた。
良かった。
俺も食べられればいいのだけど…。



2212年4月28日
気がついたことがある。
ここに来てから、体の調子がどうにも良いようだ。
本丸内を歩き回っても、途中で休むことが極端に少なくなった。

…もしかしたら、思っていたより自分の終わりが近いのかもしれない。

半年と言っていたが、もっと早くあちらに逝ってしまうかもしれない。
野菜と同じように体の中の病が急激に悪化すれば、俺はひとたまりもない。
彼らとの生活が楽しいと思い始めているのに、離れるのは辛いな…。







2212年5月8日
今日は鍛刀をした。
久しぶりに鍛刀したから不安だったが、うまく行ったようだ。
鍛刀は霊力を使う量が多いのか、手入れよりも断然に体の力が抜ける。少しの間横にならないと立ち上がれない。
鍛刀するのは控えましょうと前田が心配そうに言ってくれたけれど、戦力や生活のことを考えると、もう少し人数が多い方がいいだろう。
出陣した後に収穫やら料理やらをさせるのはどうにも忍びない。
俺が全部まかなえればいいのだけれど…。
この間やってみたら、途中で意識が飛んで3人に多大な心配をかけてしまった。

やはりあと1人2人は、来て欲しいな…。

尚、顕現は明日することにした。
前田の心配症は筋金入りな様で、鍛刀部屋に入れてもらうことすらできなかった。
途中で諦めて別のことをしていたのに、前田はずっと俺を見張ってた。
光忠も、俺が動く度にどこに行くの?って聞いてくるし、俺ってそんなに信用ないかな…。

今剣は見た目は子供でも一番の最年長だからか、落ち着いていた。
…それから、
2人の心配症が酷いのもあるが、俺の余命のことも多少気づいてるんだろう…。
「主様が死ぬ時、僕は主様の手を握っていたいです」
唐突にそんなことを言われて、どきりとした。

でも、泣きそうになるほど、嬉しかった。

俺は1人じゃない。


2212年5月9日
昨日の刀剣を顕現した。
薄紅の髪をした綺麗な刀剣で、俺は思わず見惚れてしまった。
名前を宗三左文字。
見た目とは裏腹…いや、見た目通り?に少しひねくれた奴だった。
「僕を侍らせたいのですか?」と言われて、思わず笑ってしまった。
織田信長が愛した刀剣で、いろんな人が求めた刀。人の欲ばかり見てきたが故に、ひねくれてしまったらしい。
ずっと昔は青い髪だった気がするけど、と光忠が言っていたので気になって少し調べたら、どうやら一度燃えたことがあるらしい。
髪の色が変わったのは、その時の名残だろうか…。

燃えた時、宗三はどんな気持ちだったのだろう。
死を覚悟した時、何を考えたのだろう。

…死んだら、俺は、何を思うのだろう。



2212年5月10日
宗三に畑仕事を頼んだら、嫌がられた。
汚れるのは嫌だって。
仕方ないので、1人で収穫やら雑草取りをしていたら、いつの間にか手伝ってくれてた。
なんだかんだ言って、優しい奴だ。

光忠の料理の腕が格段に上がっている気がする。
見た目から美味しさが伝わってきて、未だに点滴生活の俺は少し悔しい。
…最近は体調も悪くないし、少しずつ食事を初めてみようかな…。
どうせなら、死ぬ前に光忠の料理を食べてから死にたい。

うん、最後の晩餐は光忠のご飯がいいな。



2212年5月12日
以前に植えた桃の種が芽を出していた。
前田と光忠と喜んでいたら、宗三に「何してるんですか?」と呆れたように言われてしまった。
事のあらましを説明したら、「僕はザクロがいいですね」と意味深に微笑まれた。
「ザクロは俺も好きだし、育ててみようか」と伝えたら、少し意外そうな顔をされた。
あれは何だったんだろう?

調べてみたら、ザクロは種から育てられると知り、ネットマーケットで注文しておいた。
夜に注文したから、明日の朝には届くだろう。

それと同時に植物図鑑を購入した。
どうせなら、みんなが好きなものを育てさせてみようと思う。

今剣はすごく悩んでいたが、ついさっき急に俺の部屋に来て、「バナナが良いです!」と宣言していった。

…バナナかぁ、どうやって育てるんだろ…。
明日調べてみよう。



2212年5月13日
ザクロが届いたので、種を少し残してみんなで食べた。
勿論、俺は食べれないけど、みんなが嬉しそうだから、俺も嬉しい。
そう思っていたけど、宗三に「少しくらい食べれるように出来ないんですか?」と言われてビックリしてたら、前田が宗三の頭を引っぱたいた。
それにもビックリしてたら、2人がケンカし始めてしまった。
ケンカしそうもない2人がケンカしてるのが面白くて笑ってたら、2人から怒られた。

ほとぼりが冷めた頃、「好きなものを目の前で食べられると腹が立つでしょう?さっさと良くなりなさい」とお小言のように宗三に言われた。
素直じゃない優しさに、やっぱりいい奴だなと思う。

…俺も、みんなと一緒に食事したい。
出来上がった果物もみんなと食べたい。

明日は、久しぶりに重湯の上澄みだけでも食べてみよう。








2212年6月12日
遂にお粥が食べれるようになった。
すごい進歩だ。
体は調子が良いままだし、一体どうしたというのだろう。
まるで病が消えたみたいだ。
…いや、そんなわけない。
もう助からないと医者に匙を投げられたのだ。

どこかで覚悟しておかなくては…。

もうここに来て1ヶ月。
あと、5ヵ月。

俺はここで、何を残してやれるのだろう。


2212年6月13日
久しぶりに鍛刀することにした。
前田と光忠がとても不安そうにしていたが、いい加減、もう1振りくらい来てもらってもいいだろう。
この間、熱を出したのを隠そうとしたことが、未だに尾を引いているようだ。
次は、もう少し上手く隠す。

鍛刀した刀剣はいつもの通り、明日に顕現することになった。


それから、重大事件が発生した。


…この日記を宗三に見られた…。


俺に用があって部屋を訪ねて来たらしいが、俺がちょうど留守にしていて、机の上に置き去りにしていた日記を見つけてしまったそうだ。

小1時間ほど問い詰められ、洗いざらい話す結果になった…。
家族のことも、病のことも…余命のことも。
政府のやり口に一言くらい文句を言えばよかったのにと、宗三は吐き捨てたけど、俺はここに来てからとても楽しくて幸せなのだと伝えたら、眉を潜めて黙ってしまった。

今のところ体に不調はなく、むしろここに来る時よりも好調だと言ったら、「けして無理はしないように」と、とても心配そうな顔をされた。

どこかで見た事のある表情だったけど、どこで見たのか思い出せない。

とりあえず、今後来る刀剣達には言わないように念を押しておいた。
心配を掛けたくないと言えば、宗三は仕方ありませんね。と頭を撫でてきた。
宗三のしょうがないなって顔が、また何かを思い出しかけた。

でもやっぱり、喉の奥で詰まってどうにも思い出せない。



2212年6月14日
顕現した刀剣は歌仙兼定。
雅を愛する文系の刀剣らしい。
料理が得意だと言っていたので、光忠と一緒に厨に立ってもらうことにした。

そういえば、前田や光忠がここに来た時はたどたどしかった食事の風景も、歌仙は普通にこなしていた。

その違いはなんだろうと、こんのすけに聞いてみたら、本霊が人の姿の経験を詰んだ違いだと言われた。
本丸に顕現され、人としての生活をし、折れるか刀解されると、本霊に戻る。
本霊は分霊の培ってきた情報を汲み取り、人の生活に慣れていく。

…つまり、歌仙は他の本丸で沢山の人に折られるか刀解されているということになる。
少し忍びない…。








2212年7月25日
出陣の際に拾った刀剣を顕現した。
小夜左文字。
短刀で、宗三の弟。
歌仙とも昔一緒の家にいたみたいで、宗三も歌仙もとても喜んでいた。

前田や光忠にもそういう刀がいるのかと聞けば、
前田は、兄弟がいます。と言っていた。
日記を書いていて気づいたが、最初の頃にも藤四郎という眷属は多いと言っていた気がする。
あともう一人、天下五剣と呼ばれる1振りとは、もう一度会いたいと語ってくれた。
少し気難しい人だから、この戦に力を貸してくれるのかは分からないけれどとも。

光忠は、伊達政宗が主だった頃に一緒にいた、からちゃん?や、さだちゃん?かなと笑っていた。
…それぞれの正式名称が覚えられなかった。
それ以上に、光忠がそんな砕けた呼び方をする面子がいるのかと驚いていたから、頭から抜け落ちてしまった。

会いたい刀剣がいるなら、早く呼んでやりたいと思っていたら、
宗三から「あなたは自分の体を考えながら行動してくださいね」と釘を刺された。

最近、宗三が目敏くなった気がする…。



2212年7月26日
宗三のザクロの木に実がなった。
一つしかないそれを、宗三は俺達にも分けてくれた。
みんなで植えたものですから。
なんて笑ってたけど、宗三が結構前から実がなるのを楽しみにしていたのを俺は知ってる。

ちなみに、桃の木は花が咲くだけで、まだまだ実がなる気配はない。
今剣のバナナはもう少しかな。
歌仙のブドウはまだ花も咲かない。

小夜は何を植えたいと言ってくれるだろう?








2212年7月30日
遂にみんなと同じご飯を完食することが出来るようになった!
以前よりも体は軽いし、唐突に意識を失うこともない。
走っても息切れすることが減った。
なんだか、病気になる前に戻ったみたいだ。

嬉しくて顔がにやけていたからか、宗三にまたお小言を言われた。
「はしゃぐのは構いませんが、ケガだけはしないで下さいね。前田がうるさいので」
なんて。相変わらず素直じゃない。

小夜は俺達の様子に少し慌てていたけれど、俺が笑ってるのを見て安心したようだった。


2212年7月31日
季節はもう夏なのにいつまでも春の気候だと、今更に気づいた。
こんのすけに聞いてみたら、本丸は普通の次元には無い場所なので、季節の設定は本来無いのだという。
季節を変える場合はネットマーケットから、景観を購入し、こんのすけに頼めば季節が変わるらしい。
確かに、畑の野菜も、夏野菜も冬野菜も一緒くたに育てているが全部違わず出来上がっていることを思えば、当たり前のことだったかもしれない。

どうせだからと夏にしたら、歌仙が慌てていた。
暑いの苦手だったみたいだけど、夏の風物詩とか風流だろう?と風鈴を見せたら静かになった。
風鈴と蚊取り線香、最近は使うこともない道具ばかりだけど、この日本家屋にはよく似合う。

あ、そうだ。スイカを育ててスイカ割りをしよう。
雅じゃないと宗三や歌仙に怒られそうだけど、小夜や今剣は喜んでくれる気がする。
でも、光忠にやらせたらスイカ砕けそうだな…。
前田は喜んでくれるかな、それとも俺がはしゃぐのを心配するだろうか。







2212年8月15日
最近は出陣するのも慣れてきたのか、みんなの怪我が減った。
みんなが無事なら、俺は嬉しい。

それから、昨日鍛刀した刀を顕現した。
彼は石切丸。
大太刀で今剣と同じ三条派の刀剣。
御神刀と呼ばれ、悪霊を祓うことが多かったようだ。
今後の大きな戦力になるでしょうとこんのすけが言っていた。
大太刀と呼ばれるだけあって、とても大きな刀だった。
振るわれたら敵は一溜りもないだろう。


2212年8月16日
今日は念願のスイカ割りをした。
予想通り歌仙と宗三は嫌がったけど、小夜が楽しそうにしていたのを見て途中で黙った。現金な奴らめ(笑)

…スイカ割りとは銘打ったが、まさか一人ひとつスイカを割るとは思ってなかった。
力が弱いと思っていた今剣や前田までスイカを真っ二つにするとは…。
いや、前田は俺のことを運べたもんな…。
光忠に「スイカ粉砕する?」って聞いたら、そんな事しないよ!って怒ってたけど、振り下ろした棒が粉砕した時は、流石に腹筋がヤバかった。

まぁ、今回、一番驚いたのは石切丸だったけど。
割るために使っていたのは木の棒だったのに、石切丸の叩いたスイカは包丁で切ったみたいに真っ直ぐに切れていた。
いつも冷静な前田や宗三まで驚きを隠せないでいたから、これは刀剣の中でも凄いことなのだろう。

スイカは美味しく食べたけど、かなり量が残ったから、光忠にシャーベットに加工してもらった。
本当に光忠は料理上手になったなぁ。







2212年9月1日
早いもので、ここに来てもうすぐ半年が経とうとしている。
体の不調はほとんどない。
最初は悪化しすぎていて感じなくなったのかと思ったが、どうやら違うようだ。
ただ、本丸を出て医者に行くことも許されてないから、本当に病気が治ったのかは分からない。

…前田と光忠に相談したら、
ここが本丸という特殊な環境で、末端とはいえ神が多いこの場所は、神域に近い形になっているために起こった現象ではないかとの仮説が立った。
つまり、病の進行が著しく下がり、その過程で体力が戻ったことにより、今は元気でいる、というものだ。
前田は病が治った説を推したいと言っていたが、光忠は最悪の事態を想定しておくべきだと苦々しく語った。

光忠の言う通りだと思う。
医者から匙を投げられた俺が、こんなに簡単に治るわけがない。

あとどのくらい、みんなと一緒にいられるだろう。


2212年9月2日
相変わらず野菜はすくすくと実り、果物もよくよく出来ている。

桃の木は相変わらず花や葉しかつかない。
実になりづらい個体だったのだろうか…?

前田も光忠も少し気にしているようだ。
そういえば、最初は3人で植えたから、前田と光忠で1本にしてしまっているけど、2人とも自分の木が欲しいだろうか?

明日にでも聞いてみよう。


2212年9月3日
鍛刀していた刀剣を顕現した。
顕現する前から、真っ白な鞘が目を引いた。
真っ白な彼は鶴丸国永。
鶴のように白く、どうにも驚きを求めている刀剣だった。

いや、本当に。
初日から庭に落とし穴を掘っていたのには驚いた。
引っかかったのは俺だけど。
落ちた時に足をくじいてしまったが、落とし穴を掘るような刀剣は今までいなかったから、とても面白く、笑いが止まらなかった。
今思い出しても面白い。
久しぶりにこんなに笑った。

…まぁ、その後、2人して前田と歌仙に小一時間説教されたけど…。


前田と光忠に、桃の木以外の木を植えるかと聞いてみたら、「あの木以外考えられない!」と豪語された。
しかも、「どんなに待っても、実がなるまで待ちますから!」と前田を怒らせてしまった。
あの木にそこまで思い入れがあったなんて、嬉しい。

俺もゆっくりと実がなるのを待つよ。

実がなったら、みんなで食べようね。













2213年4月2日

今剣 が折れ −

(文字が歪んでいて読みづらい)



2213年4月10日

久しぶりに日記を書く。

…結論を書けば、今剣が折れた。

急に現れた敵に折られたという。
こんのすけに確認させたら、検非違使という新手の敵が、少し前から出ていたらしい。
…確認を怠った俺のミスだ。

みんなが戻ってきた時、気まずげに前田から差し出された今剣を見て、頭の中が真っ白になった。
真っ二つに折れたその刀剣には今剣の気配も感じられず、どんなに声をかけても何も帰ってこない。
何かを叫んだ気がするが、覚えていない。

涙が 止まらなかった。

今剣は もう戻ら ない

俺が死ぬ時、俺の 手を握って いた−と
言っ− くれたあの子は、もう い な −

(所々文字がかすれていて読めない)

(水が滴ったのか、紙がよれている箇所が多数ある)




今剣は、石切丸にお願いして、祀ることにした。
政府からの条件は全てクリアしている。

…一部の刀剣からは、今剣をここに残せば、主が苦しむことになるから、残すべきではないと言われたけれど。

でも、俺は この思いを忘れたくない


…もし、新しい今剣が来た時、顕現することはまだ出来ないだろう。
いつか、顕現できる時が来たら…俺は…■■■■■■■■■■■

(書き込まれた文字が読めないように塗り潰されている)







2213年7月29日
審神者数十名につき、担当の人間を1人定めることになったそうだ。
審神者の人数が増えて政府の一機関ではまかない切れなくなったらしい。
定期的に本丸を訪れ、状況確認や施設確認、情報共有などを賄う。
こんのすけが逐一政府に届けている様々なことの情報の精査を人の目で行う。ということらしい。

うちの担当になった方は、和やかに挨拶に来てくれた。
少し頼りなさそうだなと歌仙は言ったけど、本丸に対して真摯になってくれるなら、俺にとってはありがたい。
本丸内を案内がてら、床が軋んでいる箇所を相談してみたら、直してもらえることになった。
もともと古い屋敷として作られているせいか、あちこちにガタがきていたのでありがたい。
こんのすけは「言ってくだされば、政府に報告をあげましたのに…!」と、嘆いていた。
そういうのもこんのすけに言ってよかったんだね。








2213年11月25日
刀剣の数が30を超えた。
ここも随分大所帯になってきたものだ。

…明日、今剣を顕現しようと思う。
あの子の姿を見て、きちんと笑えるか分からない。
けれど、祀ったあの子を見ていると、早く次の僕を呼んでくださいと言われている気がしてならないのだ。



2213年11月26日
今剣を顕現した。
屈託のないあの笑顔を見た時、やっぱり耐えきれなかった。
思いっきり抱きしめて、来てくれてありがとうと何度も何度も口にしていた。
何も分からないはずなのに、今剣は俺が泣き止むまでずっとそばに居てくれた。

2振り目の今剣に、1振り目のことを話した。
祀られていることも、折れたのは俺のミスだということも。
そして、もう誰にも折れて欲しくないとも。

今剣は静かにそれを聞いた後、笑った。

「なら、僕はずっと主様の手を握っていますね」

その言葉を聞いた時、あぁこの子も今剣なのだと、そう分かった。

これからよろしくね。今剣。

今度こそ、君を折ることはしない。








2214年1月15日
庭に積もっている雪を見て、ふと、かまくらが作れそうだと口にしたら、鳴狐のお供が「かまくら?!」と驚きの声を上げた。
鎌倉時代のことだと思ったらしいが、俺が雪の家だと伝えたら、鳴狐の目がキラキラと輝いていた。
作ってみようかと話をしていたら、短刀達が作ってみたいと名乗りを上げた。

愛染はお祭り好きだからか、特に張り切っていた。
小狐丸は寒過ぎて冬眠しそうだと言いながらも、縁側に座る俺が寒くないようにと俺を後ろから抱き抱えていた。
お互い厚着をしていたのもあって、ぽかぽかとした温もりにうたた寝してしまい、遠征から帰ってきた光忠に怒られた。
冬の縁側で寝るなんて何を考えているんだ!って…。
小狐丸と2人で苦笑して、今日はかまくらで鍋にしようと提案したら、光忠は笑顔で提案は受け入れてくれたけど、説教はいつもより長かった。

…あぁ、でも、みんなで食べた寄せ鍋は本当に美味しかった。







2214年2月5日
審神者用の専用ちゃんねるというものが開設されたらしい。
審神者同士の交流を目的としているとこんのすけが言っていた。

少し覗いてみたけれど、他の本丸も、みんな楽しそうだ。
光忠が料理上手だったり、鶴丸が落とし穴を掘ったり、宗三が卑屈だったり(笑)
個体差はあるらしいが、それでも大きくは変わらないようだ。

まぁ、うちの前田は少し心配性が過ぎるようだけど…。


来月には、演練という刀剣同士の親善試合をする場が設けられるらしい。
これも審神者同士、刀剣同士の交流を目的としているらしい。
今から誰を連れていくべきか少し迷っている。
…まぁ、希望者を募って連れていくか。









2214年3月10日
明日は初めての演練に参加予定だ。
参加メンバーは、光忠、長谷部、小狐丸、太郎、鶴丸、切国。
俺のお世話係に前田。

演練に参加したいメンバーでじゃんけんさせたけど、殺気がすごかった。
流石というか…前田が1人勝ちしてた。
演練に参加するものと思っていたら、「主のお世話係…いえ、護衛で!」と高らかに言われた時は驚きを隠せなかった。

こんのすけからは、確かに護衛を一人つけるようにと言われてたけど。
まさか最初に勝った前田がそれを選ぶなんて…。

演練に参加したいメンバーに切国がいたのも驚いたけれど、最後の1枠を勝ち取った時に拳を高らかに突き上げたのには少し笑ってしまった。
堀川と山伏が「やったね、兄弟!」「頑張ってくるのであるぞ!」と激励を飛ばしていたのも微笑ましかった。
そんなに参加したかったのかな。
いつも布を被ってるから演練なんて人に見られる場所には行きたくないのだと思ってた。

…同田貫と加州は凄く悔しそうだったから、今度は連れて行ってあげよう。



2214年3月11日
演練に参加した。

3戦して、全勝。
うちの子達強い…。

みんなの戦いをこんなに間近で見たのは初めてで、度肝を抜かれた。
剣さばきも、戦場の独特の雰囲気も、本丸の中で訓練している時には全く感じられなかったものだ。
普段の出陣よりみんなテンションが高いですね。と前田が言っていたが、どの程度の差異なのだろうか。

勝利した後に小狐丸は毛並みを整えてくだされ!と擦り寄ってきて、長谷部はそれに怒りながらも、なんだかソワソワとしていた。
太郎や鶴丸、切国も桜花が舞っていたし、みんな演練は楽しかったようだ。

あと、相手の刀剣達の中に、前田の兄にあたる一期一振という刀剣がいた。
前田が小さく『いち兄』と呟いたのが聞こえた。
早くうちの本丸にも迎えてあげたいな。
前田だけでなく、薬研も平野も乱も秋田も…みんな喜ぶだろう。
特に薬研は兄の代わりをしているという思いがあるのか、みんなから一歩引いたところにいることが多い。
一期一振が来たら、薬研も甘えることが出来るだろうか。







2214年4月14日
演練に参加したら、相手の審神者がとても驚いていた。
話を聞いたところ、前田と光忠が互いに呼び捨てで呼ぶのが珍しかったらしい。
彼の本丸では、前田は「燭台切さん」、光忠は「前田君」と呼ぶらしい。
確かに他の刀剣達にはそんな風に呼ぶ節があるなぁと思いつつ、本丸に戻ってから2人に呼び方について聞いてみたら、2人も、そういえばと首を傾げていた。

最初の3振り…前田と光忠と今剣はお互いが全員呼び捨てだったけど…。
…もしかして、俺の影響かな…。






2214年5月23日
鶴丸が深手を負った。
手入れを施し、今はよく寝ているが、不安は尽きない。
明日の朝は目を覚ましてくれるだろうか…。



2214年5月24日
鶴丸が目を覚まして、いつも通りに笑ってた。
みんな安心したように笑っていた。

…鶴丸の笑顔は、いつもと同じなのに、どうにも違うように見えた。
…俺は鶴丸のことを理解してあげられるだろうか。



2214年5月25日
鶴丸の部屋を訪れ、少し話をした。
何を感じているのか、思っているのか、やんわりと聞けば、鶴丸は困ったように笑った。

多分、彼が1番中立にこの本丸を見てくれているのだろう。
何か有事があれば、鶴丸がこの本丸を引っ張ってくれるはずだ。

けれど、鶴丸は優しすぎるから、きっと弱音を吐くことが出来ない。
せめて俺くらいは、そのはけ口に…。








2214年6月21日
大典太光世を顕現した。
前田とは旧知の中で、前田は嬉しそうに笑っていた。
刀剣としての大典太は霊力が強く、保管されていた蔵の屋根に鳥が止まれば落ちると言われたほどだったらしいが、五虎退の虎が大典太に突進していたので大丈夫だろう。

本人は大柄な体に似合わず、少しビクビクとしているが…まぁ、前田もついてるし、その内に慣れるだろう。












2215年7月16日
審神者ちゃんねるで、呪術、まじないと呼ばれる類のものが掲示されていた。
自分の霊力を高めたり、結界を張ったりと有益なものが大半だったが、中には行き過ぎたのもあり、相手を呪う方法や相手を従わせる方法…
記憶を消す方法なんてものもあった。

基本的な作りは同じだが、作り手や使い手が悪意を持てばそれは呪詛と呼ばれ、瘴気を放つそうだ。

本当に使えるのか石切丸に聞いたら、作り方に間違いはないと言われた。
何かあった時のために結界くらいは張れた方がいいかもしれないね、と言われたので、少し練習してみることにした。
他の刀剣達には心配を掛けたくないからと石切丸に口止めしたが、前田と光忠には3秒でバレた。
解せぬ。









2215年7月30日
結界を張ることが出来るようになった。
石切丸からお墨付きを得られたから、多分大丈夫だ。
前田や光忠、他にも何人かに見てもらったが、みんな目が輝いていた。

これで、もしもの事態になったとしても、少しなら持ちこたえることが出来るだろう。
何も無いことを祈るが、最悪の事態を考えておくのは悪い事じゃない。

…この力があれば、みんなを少しでも守ることが出来るのだろうか。













2216年9月21日
新しく協力を得られるようになった刀剣男士が数名いるらしい。
鍛刀で顕現できるらしいので、少しだけ鍛刀に力を入れることにする。
仲間が増えた方がみんな嬉しいよな。

それから…まだ一期一振は来ない。
演練に行っては粟田口の短刀達が羨ましそうに眺めているのを見てしまうと、早く来て欲しいと思う。



2216年9月22日
蜂須賀が1振りの刀剣を拾ってきた。
とても不服そうに渡されたので何かあったのかと首を傾げていれば、丁度遠征から帰ってきた浦島が、俺の手元にあった刀剣を見て、大声を上げてはしゃぎ始めたので、すぐに得心が言った。
…長曽祢虎徹。新選組近藤勇の刀。
虎徹と言っても本当は贋作だったそうだが、付喪神になるほど大事にされていた刀剣。
浦島は以前から長曽祢が来るのを待っていたが、蜂須賀は真作だからか長曽祢のことが気に入らないと口を酸っぱくしていた。
…まぁ、いやいやでも持って帰ってきてくれるのだから、蜂須賀は可愛いやつだ。

そうそう、長曽祢が顕現されたのを見て喜んだのは浦島だけじゃない。
新撰組の刀剣達もみんな喜んでいた。
これで、全員揃ったのだから無理もないか。
ただ、御用改である!って襖を開けるのはどうにかならないかな。心臓に悪い。



2216年9月23日
昨日心臓に悪いなーと思っていた御用改の件だが、歌仙が雅じゃないって新選組の刀剣全員に説教していた。
その中で兼定の後輩である和泉守は歌仙に頭が上がらないらしく、その後ずっとしょぼくれていた。

さてどうするか。
と思っていたら、小夜が歌仙に「慰めてあげては…?」と諭していた。
そういえば、体は小さくても小夜の方が年上だったなぁ…としみじみと感じてしまった。
その後、どうやら仲直りしたらしく、二人仲良く話していたから大丈夫そうだ。







2216年11月15日
本丸の紅葉がとても綺麗だったので、紅葉を見ながら焼き芋パーティを開催した。
歌仙は雅じゃない…と呟いていたけど、無理やり焼き芋を食べさせたら、どうやら美味しかったらしく、これも秋の味だねと上機嫌になった。
短刀達は大喜びで、打刀組も楽しそうにしてた。
燃えたことのある刀剣…宗三や薬研は火を嫌がるかもと思っていたが、そうでも無いようだ。
普通に焚き火番をかって出ていたし…。

一応、宗三に火の番を代わろうかと聞いてみたら、
「火の番くらい出来ますよ。あなたの方が間違って火に突っ込みそうなので、出来れば下がっていてください」と困ったように言われてしまった。
薬研も「大将ならやりかねねぇな」と大笑いしていた。
俺はそんなにドジじゃないんだが…。







2217年3月15日
政府から短刀達を修行に行かせ、戦力を強化せよ。と通達があったため、本丸内で相談し、本丸に来た順で修行に行ってもらうことにした。

つまり、前田から。
前田は俺を残していくのは不安だと言っていたけれど、光忠もいるし、みんなもいる。
たった数日だから、行っておいでと伝えると、前田は渋々と承諾した。
俺だって離れるのは辛いけど、前田の新しい姿を見れると思うとそれはそれで楽しみなんだよな。

…まぁ、本音を言えば…修行になんて行って欲しくない。

でも、強くなれるなら、それは折れないように鍛えるのと同義だ。
力をつけて帰っておいで。







2217年3月20日
前田が帰ってきた。
一目見ただけで、以前よりもたくましく、頼りになる存在に成長したと分かった。
嬉しい反面、微かな寂しさを覚える。
それでも、あの笑顔を見ると、この子は前田なのだと安心して笑うことが出来た。

…出陣すれば1週間も会わない時だってあると言うのに、ここ数日、少し感傷的になり過ぎたと反省する。
1人で修行に行かせているという事実が、ここまで不安にさせるのだろう…。
次の刀剣を修行に行かせる時は、もう少し覚悟を持って臨まなければ。

次は、小夜か…。








2217年8月4日
前田と同じようにまた1人、修行に出すことを皆に伝えたら、皆口を揃えて「今剣を行かせて欲しい」と言う。
あの時の今剣は折れてしまっているから、彼は短刀の中で2振り目ではない。
それでも、満場一致で今剣にと声を上げられたら、断ることなんて出来なかった。
明日は今剣を送り出す。

どうか無事で帰ってきてくれ。







2217年8月10日
今剣が帰ってきた。
前田の時より少し時間がかかったようだが、無事に帰ってきた。
ただ、今剣にとって辛い修行になったようだ。
文をもらっていたから、何があったのかは大まかに知っていたが…。
本人の口から内容を聞き、辛そうに顔を歪めた今剣を抱きしめられずにはいられなかった。

本当に、よく戻ってきてくれた。
おかえりなさい。












2218年2月17日
体が、おかしい。

うまく動かない。
足がもつれる。
肺が重い。

気のせいかと思っていたけど、違うみたいだ。

…やっぱり、治ってなかった。

俺に残された時間は…どれだけあるだろう。
皆に遺してやれることはあるだろうか…。

考えよう。
この命が尽きる前に。







2218年3月12日
念願だった一期一振が来た。
俺も喜んだが、それ以上に粟田口派の喜びようは凄かった。
あの鳴狐でさえ、嬉しそうに目を細めていて、お供の狐は「良かったですねぇ、鳴狐!」と高らかに声を上げた。

…ただ、前田は俺の隣から離れず、微笑んでいるだけだった。
ずっと俺の隣にいる前田に、一期に挨拶しなくて良いのかと聞けば、「主の傍を離れたくありません」と意思の強い瞳で言われた。

おそらく、俺の不調を察している。
こんな時期に不調が戻ってくるなんて、自分の体を怨みたくなった。
前田だって兄と話をしたいだろう…。
もう少し遅く俺の症状が出てくれれば、前田は皆と同じように一期の元へ駆け寄っただろう。
それなのに…
 
…そういえば、光忠も俺の傍にいることが増えたな。
気づかれているのか…。







2218年4月2日
今剣が折れたあの日から、もう5年が経った。
月日が過ぎるのは本当に早い。
審神者になってから、もうすぐ6年。
最初は1割も使わないと思っていたこの日記も、半分を過ぎて久しい。

そういえば、この日記をくれた先生は元気だろうか。
審神者として、刀剣達と上手くやっているだろうか。
…いや、心配するまでもなく、上手くやっているのだろうな…。
あの人は人にも刀剣にも好かれやすい人だと思うから。

俺が死んだ後、あの人にうちの刀剣達を預けられたらなぁ。
…なんて、そんな世迷言を思ってしまう。



2218年4月3日
担当さんから、見習いを受け入れてほしいと要請があった。
断ることは出来そうもなく、皆にそれを話せば、反対する者と気にしてなさそうな者に別れた。
たった半月だが、刀剣達の不和にならぬように気にかけねばなるまい。



2218年4月4日
前田と光忠に、俺の体調のことを伝えた。
恐らく先は長くないこと。
皆にはまだ伝える勇気はないこと。
元々の病状から、予想される未来のこと…
いずれ食事も取れなくなって、立ち上がることさえ難しくなるだろうと。

前田と光忠は黙然と俺の話を聞き、最後に俺が「ごめんね」と笑ったことを皮切りにぼろぼろと泣き出してしまった。
俺のことを想って、こんなにも泣いてくれる子達を俺は遺さねばならないのかと、ただただ申し訳なく、それ以上に離れがたく、一緒になって泣いてしまった。

ずっと、ここにいたい…



2218年4月5日
担当にもしも俺が死んだらどうなるのかを聞いたら、新しい審神者を向かわせると言われた。
病状が悪くなったのかと聞かれたが、やんわりと否定しておいた。
これを皮切りに審神者交代でもされたら、たまったものではない。
俺はまだ皆に話してないのだから。

それよりも気になる点だ。
…死んだら、次の審神者がやってくる。
政府が選んだ審神者が。
その人は皆を大事にしてくれる人だろうか。
刀剣達が認められる人だろうか。

審神者ちゃんねるで見る限り、ブラック本丸というのが最近問題になっているようだし…。
刀剣達を蔑ろにし、手入れもしない、そんな人が来てしまったら…。

この本丸のために、どうするのが一番良いのだろう…。







2218年5月2日
依頼されていた見習いがやって来た。
やけに元気な少女だった。
愛染と少し似ていると思っていたけれど、愛染はあの人は苦手だと洩らしていた。

担当さんに聞いた話だが、最近の審神者になる人達は希望者のみではあるが、現役本丸に見習いとして入り、研修することが出来るようになったのだという。
本丸の雰囲気を感じるにはいい機会かもしれないが、受け入れの本丸にも希望を聞いて欲しかったなぁ。

今日は本丸内を案内して皆と顔合わせを行っただけ。

明日からの話だが、研修といえど、鍛刀や顕現はさせられない。
彼女はまだ審神者ではないから。
だから、見習いにしてもらうことは、刀剣達の日々の生活の様子と出陣のイロハを勉強すること。
出陣してしまえばあとは刀剣達に任せるしかないが、送り出すまでは審神者の役割。
もし怪我をして帰ってくるようなら、戦略や部隊編成を再度考えねばならない。

…とはいえ、その辺りは実際に刀剣達と話し合いながら決めるものだから、どこまでやらせていいものか。
会議を見習いに任せることは絶対に出来ないし、させたくない。
皆が折れるかもしれない不安要素を作りたくないから。

こんのすけと担当さんに相談してみたものの、研修制度も今回が初めてらしく、向こうも最低限の禁止事項しか作っていないようだ。
…どうしたものか。



2218年5月3日
見習いが部屋の隅で落ち込んでいた。
何があったのかを聞けば、蛍丸を撫でようとして愛染に手を振り払われたらしい。
愛染と蛍丸にも何があったのかを聞けば、蛍丸の背後から承諾なく触ろうとしたから、牽制したとのこと。
俺も何も言わずに撫でてるけど…と洩らしたら、蛍丸は「主は良いんだよー!主だから!」とぷりぷりしてた。
その光景が可愛くてついつい頭を撫でてしまう。
愛染の頭も撫でて、兄弟を守ったことを褒めた。
でも、見習いにも優しくしてあげてね。と言えば、渋々承諾してくれた。
見習いにも不用意に触らない様に、触るのであれば了承を取るようにと伝え、愛染と蛍丸と仲直りの握手をさせた。

夕方過ぎに明石が「あの見習い蛍丸にベタベタしすぎですわ!」と苦情を言ってたけど、愛染は適度な位置を保ってるだろと明石に突っ込んでいたから、多分大丈夫だと思う。



2218年5月4日
見習いには基本的に俺の後をついて審神者の仕事を見てもらうことにした。
というのも、審神者の仕事を覚えるために見に来たのだから、俺の後ろについていた方がいいという結論に至ったからだ。
皆からは必ず護衛を一人二人つけることと言われているので、近侍とは別に交代で護衛に付いてもらう。
今日の護衛は光忠。
近侍は前田。

今日は数ヶ月に1回の食卓会議の日だったので、見習いも連れていく。
献立の立案から、それに伴う買い出しや野菜を育てる量など、様々な意見が飛び交うためか、見習いはとても驚いた様子だった。
終わった後に感想を聞けば、食事について刀剣達があれだけ真剣に議論しているのが不思議だったという。
食事は供物で刀剣達にも重要なものなのだと教えれば、初耳だと更に驚いていた。
俺もここに来てから、光忠や歌仙に教えてもらったけど、そういう教育は相変わらず外ではしていないのか…。

ちなみに、新献立は10個程試すことになった。
今から楽しみだ。


2218年5月5日
見習いも来ているし、久々に鍛刀することにした。
資材のことから鍛刀部屋の精霊のことまで説明し、霊力の渡し方をイメージのみ説明した。
こればっかりはやってみないと掴めないだろうから、審神者になったらやってみてと伝えて。

待ち時間は3:20。
さて、誰が来るやら。


2218年5月6日
鍛刀した刀を顕現はせずに刀解すると見習いに告げたら、何故か青ざめた。
ちなみに鍛刀した刀は鶯丸。
うちの本丸では3振り目。
丁度通りかかった大包平が俺の持つ刀を見て、鍛刀したのは鶯丸だったのかと聞いてきたので、そうだと返しておいた。
「なら、もうここには1振りいるのだから、さっさと刀解してこい」と背中を押され、刀解部屋へ歩を進めようとしたら、見習いから、待ったがかかった。
「刀解って、なんでそんなことするんですか?!」
俺は意味が分からずに首を傾げ、大包平も首を傾げ、近侍の宗三も首を傾げ、護衛の小夜も首を傾げた。
全員が首を傾げたまま数秒経ち、宗三が「馬鹿ですか?」と声を上げたことにより、ようやく首を戻すことが出来た。
見習いはどうやら、刀解の意味を履き違えていたようだ。

刀解とは、刀剣を死なすことではなく、本霊に返すことだと説明したら、最初は戸惑っていた様だったが、
宗三の「先輩である人間の言葉も、刀剣の言葉も信じられないと言うなら、審神者なんて辞めてしまいなさい」という一言に口を噤んだ。
宗三の言い方はキツイけれど、まぁ、実際そうだ。
刀剣の言葉を信じられないなら、審神者は出来ない。







2018年5月10日
見習いは相変わらず刀剣達との距離を測りかねているようだった。
確かに俺達の関係は、審神者と刀剣という不明確な絆で結ばれているに過ぎない。
けれど、それは友達だって家族だって同じだろうと伝えれば、よく分からないと返された。
「家族は無条件に愛してくれたし、友達も気が合えば仲良くなってた。バイト先の人だってみんな親切にしてくれた…。
 けど、ここは違う。みんなあなたを想って、次に刀剣達を想って、私は…蚊帳の外…」
…実際そうだから何とも言えない。
彼女はこの本丸からはいずれは消える存在で、刀剣達からしたら、いなくなるものに目を掛けてやる道理は無いのだ。

とはいえ、彼女は履き違えている。
そう思って口を開こうとしたら、護衛に付いていた清光が「馬鹿じゃないの?」と鼻で笑った。
「あんたはこの本丸では部外者なんだから、歓迎されるわけないでしょ。こっちは受け入れに願い出たわけでもないし。
それにさ。
あんたはここに何をしに来たわけ?
審神者の仕事を真近に見るためじゃないの?
なら、あんたが気にするべきは俺達刀剣との友情ごっこじゃなくて、主の仕事を見ること。
主が何を思ってみんなに声をかけているのか、何のために会議をしているのか、どんな書類をどう整理しているのか。本丸運営に何が必要なのか。
そういうのを見ないと、研修に来た意味が無いじゃん」

俺が言いたかったことを全部言ってくれたので思わず拍手したら、清光は顔を赤らめてそっぽを向いた。

そんな中、見習いが泣き出してしまったた。
慌てて慰めようとしたら、近侍の安定が「泣くなら部屋で泣け」と冷たく言い放ち、見習いはすごすごと部屋へ行ってしまった。
なんであんな言い方したの?と聞いてみたら、
「あの見習いは自分のために泣いてるから。…慰められたくて泣く奴ほど気味の悪いものはないよ」って。
清光も「どうせ、明日はケロッとしてるよ。あいつ無駄に自尊心高そうだし」
なんて言ってたけど…。
大丈夫なんだろうか…。

明日にでも、部屋が近い歌仙にでも様子を聞いてみよう…。



2218年5月11日
清光の言う通り、翌朝には何事も無かったように振舞っていた。
歌仙にこっそりと昨日の様子を聞いてみたら、歌仙の部屋の前を通った時はすすり泣く声が聞こえたが、部屋に入ったらすぐに声は止んだそうだ。

…安定、ここまで分かっててああ言っていたのかな…。

女性ってこわい…。

とはいえ、俺の仕事に対する見方が変わったのか、必死に俺の言動を気にするようになっていた。
彼女の糧になれるなら、良いことだろう。







2218年5月16日
今日で見習いは研修を終え、現世に戻った。
いずれ新人審神者として本丸を持つことになるだろう。

彼女が審神者として大成することを願う。








2218年12月12日
寒さで手足がかじかみ、転けることが増えた。
短刀達には笑ってやり過ごせているが、そろそろ宗三あたりに気付かれそうだ。
気を付けないと。

不調を感じてから随分経つが、まだまだ食事は普通に食べれるし、問題なさそうではある。
…今の速度なら、あと3年は持つだろうか…。







2218年12月26日
部屋の整理をしていたら、昔の資料が出てきた。
ずっと前に審神者ちゃんねるで掲示されていた「記憶を消す呪術」。
既にスレ自体は抹消されているが、当時研究した自分のノートには残っていた。

…もし、これを使ったなら、どれ位の効力を発揮してくれるのだろう。
出来るならば…

いや、今は考えないでおこう。







2219年1月15日
久しぶりに鍛刀した刀を顕現した。
彼は鯰尾藤四郎。
現在協力を得られている粟田口派の付喪神の最後の刀剣だ。
弟が来たと一期が大喜びしていた。
記憶が無くても繋がるところがあるのか、骨喰も嬉しそうに微笑んでいた。

焼けて記憶が欠けていると言っていたが、鯰尾自身は気にしていない様だ。
記憶が無くても思い出は作れるんで!と、そう高らかに宣言した鯰尾の姿に、酷く安堵した。







2219年8月30日
ようやく、決意した。
俺はこの本丸から消えようと思う。

新しい審神者は、皆が良いと思う審神者を選んでもらう。
本丸に引き継ぎに来れる審神者は、新人か乗っ取りを受けた審神者くらいだろう。
なら、新人教育を請け負い、その中から皆に選んでもらう。
けれど、俺が居ては、新しい審神者を選ぶことも出来ないだろうから…。
俺は少しずつ、皆と距離を取ろう。

憎まれても良い。
いや、憎まれた方が良いのかな。
俺が憎まれた方が、新しい審神者と上手くやれるだろう…。

残り3年弱…いや、もっと短いかもしれないが…。
皆の前に姿を見せないように、顔を隠して、記憶からも朧気にして…。
記憶の忘却の呪術は、出ていく間際にでもかけよう。

大丈夫。きっと、上手くいく。


2219年8月31日
俺が何かしようとしていることを前田と光忠が勘づいた。
…うちの子達の目敏いことよ…。
この分だと宗三にも気づかれてそうだな…。

何をしようとしているのかを問い詰められ、ほとんど喋ってしまった。

…けど、記憶の忘却の件は言わなかった。
いや、言えなかった。
…2人は断固として拒否するだろう。
そういう子達だ。

…いや、そうじゃない。
…俺はまだあの2人に忘れられたくないのだ…。
ただ、それだけ…。







2219年11月13日
布面で顔を隠すようにした。
ほとんどの刀剣が酷く驚いた様な顔をしていたし、何故隠しているのかと聞いてきた。
別の本丸の審神者の真似だと言えば、外してほしいと言われたけど、たまには良いだろうと笑ってやり過ごした。

もう、皆に顔を晒すつもりはない。

記憶の忘却は記憶の根が浅いほど効きやすいらしいから。
顔を覚えていたら、簡単に思い出してしまうかもしれない。
それを回避するためには顔を隠し、声を隠し、姿を隠し、そうやって記憶の根を薄くして下地を作る。


2219年11月14日
数日前に、懐いていた猫に記憶の忘却を掛けておいた。
猫には悪いが、試験だ。
そう思っていたのだが、その猫は完全に寄り付かなくなっていた。
まるで最初の頃に戻ったようだった。

声をかければ、少し固まった後に俺の元に近づいてじゃれてきた。

…また、猫には記憶の忘却を掛けた。
数日後には結果が出るだろう…。







2219年11月23日
以前から試していた猫への試験だが、ついにあの子の中から俺の存在が完全に消えたようだ。
顔を見せても声をかけても匂いを嗅がせても、あの子は寄り付かない。
少し物悲しい気もするが、いい結果が得られた。

結果として、この呪術は重ねがけをしないとならないことが分かった。
…定期的に術をかける条件を探さなければならない。







2220年3月22日
数日前から受け入れている見習いだが、随分飲み込みが良いようだ。
俺の後ろを付いてもらい、仕事の全貌を見せれば、食い入るようにメモをとり、すぐに理解する。
不明なところはすぐに質問するし、まとめたノートに間違いがないかと渡されたが、とても見やすく仕上がっていた。
この子、仕事できるなぁ…。
刀剣達との仲も良いようだし、この子に引き継げたら良いのに。

そんなことを思ってたのだが。
見習いは「自分が審神者になったら、みんなにうちの刀剣達を見せに来るから!」と高らかに宣言していた。
うちの刀剣達も「どんな刀剣達が来るのか楽しみだ」と笑っていたから、引き継ぎは、無理そうだ。
…まあ、まだ俺も準備を始めたばかりで何も整っていないので、引き継ぐことは出来ないのだが…。







2220年4月24日
前田と光忠の桃の木は未だに実が成らない。
他の木は全て実が成っているのにな…。
小夜の柿なんて、何個食べたか分からないほどに出来上がっているのに。
桃の花は綺麗に咲くのに、何故こんなにも実が成らないのか…。

俺が消える前に成ってくれれば良いな…。










(文字の形が少し強ばりはじめる)

2221年2月4日
歩くことが難しくなった。
立ち上がるだけでやっとだ。

咳き込むことが増えて、前田も光忠も不安そうな顔しかしていない。
笑顔にさせたいな…。







2221年3月25日
食事をすることが難しくなってきた。
噛む力も、飲み込む力もほとんど無くなってきた…。

担当には事情を説明して、点滴を送ってもらうしかない。

…大丈夫、皆の気持ちは揺らぎ始めている。
きっと間に合う。







2221年4月1日
小夜が天井裏から俺に会いに来た。
最近は前田と光忠が他の刀剣達をこの部屋に近づけぬように退けていたので、驚いてしまった。
不覚にも嬉しいと、思ってしまったけれど、今後のためにも小夜にはもう来ないように言い含めた。



2221年4月3日
小夜がまたやって来た。
前田の偵察を掻い潜ってくるとは…修行して極となっただけある。
とはいえ、俺が完全に伏すまでに来ないようにさせなくては…。







2221年4月30日
小夜の件は諦めた。
何を言ってもあの子はここに来る。

だから、せめて他の刀剣達には他言しないようにとお願いした。

…明日には点滴が届く、食事が出来ない俺を見て、小夜が苦しまなければ良いのだけれど…。






(文字が歪み、読みづらくなっている)

2221年5月13日
血を吐いた。
入院している頃に戻ったようだ。

もう時間が無い。
見習いを受け入れるものの、皆の心はまだ揺るがない。
…はやく現れてくれ。







2221年6月23日
布団を敷く位置を窓際に移してもらった。
これで出陣や遠征から帰ってきた皆を確認するのに歩く必要が無くなった。

歩くことすら出来なくなった俺に、前田と光忠が代わる代わる神気を流してくれる。
神気を取り入れると少し体が軽くなる…。
本当は、もうすぐ死ぬ人間にそんなことする意味など無いのだが。
前田も光忠も俺が生きる道を探してくれているようだ。

本当に申し訳ない







2221年7月8日
神隠しをすれば俺を生かすことが出来ると前田と光忠から打診があった。
簡単に言えば、2人の神域に俺を連れていくということらしい。

俺の想像の斜め上をいく神様達の思考に、少し笑ってしまった。
2人には笑いごとじゃないと怒られたけど。
俺は2人と一緒にいれるなら嬉しい。でも、そんなことは望んでいないと伝えた。

この本丸が好きだ。
この本丸にいる刀剣達が、好きだ。
分け隔てなく、同列でもなく、順序を付けているわけでもなく、各々が好きなのだ。
だから、●●●【血の後があり、読めない】







(字の隙間が、広がり、文字も原型を留めていないものが多い)

2221年8月22日
左腕の感覚 が ない
動かす ことはどうにか出来 る

右は動く が 
日記 書くこと むずかしい






(文字がこの日を境に整う)

2221年9月4日
腕の感覚がないことが2人にバレた。
熱いお茶がかかったにも関わらず、全く気づかなかったらしい。

2人が慌てて、いつも以上に神気を注いでくれたので感覚が戻ってきた。

…けれど、もう時間が無い。
冬を越すことが出来るだろうか。

それまでに次の審神者を見つけなくては…。







2221年10月30日
小夜が手紙を持ってきた。
宗三からだった。

俺に時間が無いことを知っているという書き出しから始まり、小夜が耐えきれなくなって兄弟に話したことの詫びと、これからのこと…
俺の望み通り、次の審神者を迎えると書かれていた。
ただし、最後くらい個人的なわがままを言えと、宗三らしいお小言の様な言葉で締めくくられていた。


俺の望み…



2221年11月3日
小夜に手紙を渡した。
宗三への手紙。

俺の望みを。

歴史が守られ、皆が消えない。
誰も折れない。
光忠と前田のわがままを叶えてやりたい。
蜂須賀と長曽祢が仲良くなったら嬉しい。
宗三と長谷部も仲良くすればいい。
清光と安定の椎茸嫌いを克服させてやりたい。
平野と秋田は、ピーマンを克服かな。
切国の布を真っ白に洗いたい。
山伏の山篭りに付いて行ってみたい。
堀川の兼さん談義に付き合ってあげたい。
歌仙と鶯丸に美味しい抹茶を飲ませたい。
…皆とお酒を飲んでみたい。

…死ぬ時に手を握っていてほしい。

…そんなことつらつらと並べたけれど、結局それを宗三に渡すわけにはいかず、くしゃくしゃにしてゴミ箱に入れた。

宗三にはただ、みんなが笑顔でいてくれれば嬉しいとだけ書いた。







2221年12月24日
クリスマスイブだ。
俺は多分もう来年はここにいられない。
だから、せめて最高のプレゼントを送る。
…サンタとして。
とはいえ、俺が回るには難易度が高すぎるので、こんのすけと前田に手伝ってもらうことにした。

毎年のことだったのに、これが最後だと思うと…少し寂しい。







(文字が歪み、読みづらくなっている)

2222年1月19日
また見習いを 受け入れることになった。
…受け入れられるのは、あと数回だろう。

皆の心は 俺から離 れている。
大丈夫 きっといい子が来てくれる。







2222年2月15日
俺がここを出 ていく時、 前田は俺に付いて きたいと言ってた
その時は 流したが 前田が俺 と来てしまったら…
だめ きっと
俺はすぐに死ぬのに、そんなところ に連れていけない







(再び文字が整う)

2222年3月8日
前田と光忠が神気を渡してくれる回数が格段に増えた。
最近は毎日だ。
俺の調子が悪いとすぐに気がつく。申し訳なく思う反面ありがたい。
…いつ体が動かなかなるかは分からないのだから。

そうだ。今のうちに準備は最大限にやっておこう。



2222年3月9日
記憶の忘却の術式を仕込むのはここに決めた。
発動条件も組み込んだ。
あとは、皆が心を寄せられる審神者が来るのを待つだけだ。







2222年4月5日
新しく来た見習いは、優しそうな女の子だった。
優しくて気弱そうで、すがる対象がなければ生きていけない子だと思った。
すがる対象が刀剣達で、刀剣達が彼女と共に歩けるなら、良い本丸になるかもしれない。
お互いを支え合いながら歩んでくれれば…。

…涙が出るのは、多分俺の体がおかしくなっているからだろう。

(所々に紙がよれている箇所がある)







2222年4月13日
どうやら、刀剣達はあの見習いと共に歩むことを決めたみたいだ。
その話を持ってきてくれた小夜は不服そうだったけれど、俺のことなんか忘れて進んでほしい。
小夜の頭を撫でた手に感覚は少しもないけれど、なるべく優しく、あの子の頭を撫でた。
どうか幸せになってと、願いを込めて。



2222年4月14日
もうすぐ引き継ぎを行うとこんのすけに話した。
こんのすけは分かっていたはずなのに、耳を垂れて俯いてしまった。
顔を上げるのを静かに待っていれば、こんのすけは「…もう決められたのですよね?」と微笑んでくれた。
この本丸に来て、一番長く時を共にしたのはこんのすけだ。
俺の気持ちも決意もよく分かっている。

「こんのすけ、今までありがとう。あの見習いをよろしくね」
そう言えば、こんのすけは深く頷いてくれた。



2222年4月15日
担当に近い内に、引き継ぎを行い現世に行くことを伝えると、彼はひどく狼狽えた。
そういえば、体調が悪くなったことは伝えたが、引き継ぎの審神者を探していることは話していなかったな。
と思い出して、素直に謝っておいた。

刀剣達に了承をとったのかと聞かれたので、これから取ると返しておいた。

もう時間が無い。

…結局、桃の木は1つの実もならなかったなぁ。



2222年4月16日
前田と光忠に手紙を書くことにした。
俺がやろうとしてることは、おそらく2人を苦しめるだろう。
けれど、その先に、きっと幸せが待っている。
きっと…そうなると願っている。



2222年4月17日
俺がここに来た時に持ってきたものは、この日記帳だけ。
この部屋も10年で随分と物が増えた。
短刀達にもらった花は押し花の栞に、歌仙からもらった反物は一張羅に。
青江と石切丸からは沢山の書物を、次郎と清光からは飾り細工を、日本号からはいつか飲もうとお猪口を…。
物だけじゃない。
鶴丸からはいつでも驚きと喜びを、光忠からは愛情のこもったご飯を、前田からは遥かない安心と信頼を…。

(水が垂れたのか紙が歪んでいる)

この部屋には沢山の思い出が詰まっている。
あの世に行くならば、この全てを持って逝きたい。
…けれど、全てを持っていくことは出来ない。

だから、全てを燃やし、俺の存在を消してもらわなくては…。
光忠と前田の手紙には、そのお願いを記した。
灰となった思い出は2度と蘇ることはないだろう。



2222年4月18日
明日、引き継ぐ。



2222年4月19日
今日、審神者の職を引き継ぎ、俺は現世へと向かう。
昨日前田に神気を多めに注いでもらったから、調子は良い。
歩くことも…ギリギリだが出来るだろう。

午前から遠征と出陣を予定しているため、本丸の刀剣はほとんどが出払う。
前田にも久しぶりに遠征に出てもらう。
「調子がいいから大丈夫だ」といつも通りに見送ろう。


…さようなら、俺の刀剣達。
どうか、幸せに。





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