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どこまでも続く線路のような。
どこまでも伸びる電線のような。
どこまでも深い池のような。


僕は知っている。


知っている。


君は、   笑っている。






いつも彼に言われる事があった。海堂の直ぐ傍で笑う、あの太陽のような桃城に。桃城はこう言う。「難しい事考えたって一緒ダロー?ああもう、海堂〜いいから!いいから!」そう言って彼は海堂を抱きしめる。桃城の体温は高くて、春の日なたのようにあたたかかった。海堂はそんな桃城の胸の中でついぞ思う。言葉にならない声で、そっと思う

おまえが ただ、好きだ。



ただ、と、いう言葉は単調で、それでいて軽々しくそしてあんまり聞こえが良くない。海堂はそう思いながら学校への朝の道のりを歩く
朝早くからランニングに出かけた今日は天気が良くて、なんと言っても快晴なのが気持ちよかった。起きたての時にケータイを見れば桃城からメールが夜中に入っていて、受信ボックスを開けば簡素に おやすみ! と入っていた。マメな彼はよく下らないメールを海堂へよこした。晩飯がどうだ、今コンビニにいる、テレビを見ている感想、エトセトラ。そんなメールに海堂は返事をしたり、しなかったりで、夜中に入ったこの知らないメールに海堂は おはよう と、だけを返した。今も返事がないということはまっだ起きていないのか
歩きながら海堂は今日のテニス練習の事柄を考える。ランニングの距離、ラケットの具合はどうか、そして桃城とラリーでもやろうか、と。自分は恋をしている自覚がないわけではなかったが、こうもすんなりと容易く頭に彼が出てきて仕舞えば、分厚い唇を尖らせて、海堂は赤面をやりすごした
桃城とこうなるとは思っていなかっただけに、今でもわけがわからない。本当に好きなのか?と自問自答と繰り返す時だってある。それでも手は今も尚、離さなかったので、答えはそれだと悔しくも思う毎日だ
日々、桃城との時間が増え、一緒にいる時間が増え、今ではこうして、本人がいないのにほっこりと胸が春の日なたの温度に成る時があったりなんかして。そんな時、海堂は嬉しくなったり恥ずかしくなって、そして怖くなる


「かっいどーーー」
「お」
「待った?」
「いや、5分前くらいだ」
「そっか」

桃城と昼食を共にするようになって数日、学校の使われていない屋上で待ち合わせをした。雨の日は無理だなと言う桃城に自分がした顔を思い出せばもう吐き気がするのだが、彼は真っ赤になってそれを愛しいと喜んでいた。そして雨の日は埃っぽいのを少し我慢して、こっそり使われない理科室に潜り込むようにした。その使われない理科室も桃城が見つけてきたものだった
今日は快晴で天気が良かったが昨日の夜中に雨が降ったのか地面がうっすら濡れていたので理科室を使うことにした
それはメールでやり取りして決めたことだった

「あーちょっと海堂さん抱きしめてイイデスカ?」
「な?!気持ちわりぃ呼び方すんなボケ!鳥肌が!」
「いやーもーさー!昨日からお前に会いたくてさー」
「ぶ!!」
「おら、来いよ」
「……けっ!」

こないつもりか?! なんて叫んでいる桃城に海堂は呆れてその場の床に座り込む。理科室の窓から差し込む日差しから隠れるようにして、窓のすぐ傍。窓の壁を背もたれにして座る。桃城も諦めたのか、その隣に、服が擦れる程近くに座り込む

「メール起きなかったか?」
「ああ」
「よかった」

へにゃっと笑う顔を見て犬を連想させる。海堂は弁当を膝に乗せて。風呂敷を拡げて手を合わせる。桃城の方を見れば、彼はパンを手にしていた。きっと昼食前に弁当は空にしてしまったのだろう。呆れた目を向けると、また桃城は笑った。胸が春の日なたになる。そして怖くなる

「ちょっとなあ」
「ああ?」
「ちゅーしようぜ」
「ことわる!!」
「即答かよ!」
「うっせ!」
「桃ちゃん泣くぜ?!」
「おー泣いてしまえ」
「ひっで!ひっでぇ!」

ぐすぐすと鼻を鳴らす桃城を横目に、海堂は弁当の米を口に運んだ。桃城はそのまま拗ねたようにしながらパンを口に運ぶ。そのまま黙って弁当を食べ、ぼんやりと理科室に入り込んだ日差しの光を見ていた。光は太い柱になり、その中を埃だろうか、きらきらとしたものが浮遊している。きらきらと柱の中を飛んでいた。建物の影に入って仕舞えば見えなくなるのに、太陽の光を受ければ埃だってこんなに輝くんだと感心する

「おっと」
「んあ」

桃城が面白そうに海堂の顔を覗き込んできて、海堂は怪訝な顔をした。桃城がそのまま海堂の両腕に手を添えた

「あ?ンだよ」
「おべんとつけてどこいくの♪」
「う」

ハッとして手でご飯粒を取ろうにも桃城に抑えられてそれを阻止される。ぼんやりとご飯を食べていたのがいけなかったようで、いつの間にか口元か頬の左右どちらかに米粒をつけてしまっていたようだった。それを桃城はニマニマと笑いながら面白そうに見ている

「取ってやるからじっとしてろ」
「いい、いい」
「遠慮すんなってー」
「ぐわあああ」

唇の形が変形するんじゃないかという程、海堂は口を大きく開けて近づいてくる桃城の顔に冷や汗をかいた。桃城の顔なんて見飽きたものだと思っていたが、目の輪郭をなぞる様見ればその俵型の目の形の良さについ気を取られる。露になっている額の形の良さ。海堂のお気に入りの場所でもある
完全に相手の眼球に自分が写りこむ近さになれば見ていられなくて、ぎゅっと目を閉じた
程無くして湿った唇が自分の唇のすぐ左端に付けられて肩を揺らした

「っ」
「取れた」
「う」
「ふ、」

ゆっくりと目を開けて直ぐに相手から目線を逸らそうと決めていたのに、見つめる相手の目があまりに重くて海堂は驚いた

「ももし…」

どうした?なんて聞いて何になるのか、海堂は言葉というものが苦手で、それを噛み締めて桃城を見つめる。どうした?何があった?なんでそんな顔をする?言いたい言葉はきっと桃城を責める
責める?

「怖がんなよ」
「っ、何」
「だ」
「あ?」
「大丈夫だ。大丈夫だって、海堂。俺がいる」
「ももし…ろ?」

ふんわりと自分の左肩に桃城が自分の好きな額を擦りつけた。目を見開いて心臓が痛くなったのはその為ではなく、相手の顔がなんともいいようのない、寂しそうな顔だったので、海堂の心臓はしぼんだ

「お前何が怖いの、どうして怖いの」
「テ、テメェが米粒を…っ」
「ちげぇな、ちげぇよ」

海堂。


名前を呼ばれるのと、首筋を噛まれたのは同時だった気がする。痛かった気もしたし、気持ちよかった気さえした

首筋を犬や猫の様に噛まれて、その後にゆっくりと耳朶に唇を付けられる。相手の右手が首の後ろ付け根に添えられて逃げられない
耳朶に掛かる温かな生温い息に海堂は息が詰まった
声すら出ない。
怖い?桃城が?違う?違わない?
自問自答の中でぐるぐると思考のメリーゴーランドが寳かなトランペットの奇声と共に廻り出す

「−−−−−、」
「なんだって?」
「怖えよ」
「だから」
「怖ぇよ、怖えだろうがよ!」
「海堂」
「ハッ、俺がテメェの事好きなんだぜ?」

怖い
怖い
怖い。

「なんでこうなったんだよ、なんで好きなんだよ、好きってなんだよ…?なあ、桃城!」

お前は、

同級生で、
ライバルで、
仲間で、
喧嘩相手で、
友達で、
同性で、
失うわけにはいかなくて、


好きで、
好きで

桃城 武で、

俺は海堂 薫で、

「なんで、知ってやがるんだよ!」


声を大きくした海堂に驚いたのか、桃城がくっついていた躯の間に隙間を作っていた
その隙間に腕を捩り込ませて、桃城を力一杯突き飛ばした
力一杯突き飛ばした割に、さすがに飛ぶわけもなかったが、相手は尻餅をついて後ろに両手を着いた
食べかけていた弁当を膝に置いていた事を気にせず立ち上がり、兇悪な顔を相手へ見せ付けて、海堂はその場から走り出した
弁当がひっくり返ったかもしれない
その弁当を桃城にぶっかけてしまったかもしれない
食べ物を粗末にするのは善くないとわかっていたが、どうする事もできない衝動だった


海堂 薫が桃城 武を好きだから。
桃城 武が海堂 薫を好きだから。


(わかった様な事言ってんじゃねぇ!!)
(なんもわかってねぇじゃねぇか!!)
(糞言ってやがんな!!)
(ああ!!くそ!!!)




縺れ合う足を解きながら前へ前へと走りに走る
前へ、前へ、
とにかく、とにかく前へ
前へ。前。
桃城のいない世界に生きたいと心臓の鼓動が呼応する




(ああ、)
(−− すきだ)







怖がらないなんて無理だ
だって、僕は君がこんなにも









息の仕方を忘れた。海堂はそんな事をうっすら霞み掛かる麻痺した脳髄の奥深くで思った
生まれてから息の仕方なんて無意識すぎて、どうやってきたのか考えた事もなかったが、今はとにかくわからない
はあはあと伝う汗を脱ぐって、出るばかりの自分の息を煩い位に耳にする
横目で周りを伺えば、自分の汗で濡れた黒髪の束の隙間から覗いたのは緑だった
はっとして瞬きをすれば、光りが発光して目に刺さる
屋上だった
緑はどうやら裏山とグランドの木の葉だ
はあはあと煩い息を吐き出しながら、下手くそにたまに空気を吸う。僅かに吸った空気をまた、荒い息で吐き出す
目に映る屋上からの風景が静かで、青々とし、そして終わりがなかった
前へ、前へ、とがむしゃらに走って来たのに、前後左右どちらに何が在って、何が無くて、桃城のいない世界に生くのはさてどちらか


(怖い。好きだ。だから、怖い)


臆病な自分に苛々として何度も胸を拳で殴り、何度噎せたか知れない

望んでいたのはこんな小さな世界ではなかった、と海堂は荒い息を弾ませながらせせら笑う



ただ、 好きなだけ。



それがこんなにも怖いと思ったのは

どこまでも続く線路のような。
どこまでも伸びる電線のような。
どこまでも深い池のような。

人というものの手によって出来たものには終わりがあると、


知っているからだよ。



桃城はいつまで一緒に居てくれる?
好きだと言う春の日なたを失うにはもう遅すぎて


「はあっ、桃城っ」

「おーよ、っ」

耳の鼓膜が震えるよりも早く、口に肌の感触がして海堂は絶句した
手で口を覆われて、荒い息が行き場を失う

「?!」
「っ、海堂、速ぇよ、」

耳の傍で桃城がはあはあと息を弾ませていた。海堂はぱちぱちと瞬きを繰り返して、信じられない現状に脳が着いていかない
桃城が追い掛けて来たのか、それとも前へ走ったつもりが狂った羅針盤で平衡感覚を失い、後ろへ走っていたのか

「海堂、息しろ、鼻、吸え」
「がっ、はっ!」
「勘弁しろよー!びっくりすんだろうが!」
「ふがふが」
「ああ?桃ちゃん大好き?知ってら!任せろ!」
「ぶっ!!」

そうじゃねぇ!と言ったつもりが結局豚の鳴き声の様になって形を崩す
桃城の手から桃城の肌の匂いがして海堂は鼻で息をする術を思い出した
何度か大きく鼻で空気を吸って、吐いてを繰り返していれば、自然と荒かった呼吸が落ち着いてきて、鼓動が静かになり始める
そのまま呼吸音を聞いたらしい桃城が海堂の躯を後ろから抱きしめてきて、海堂は春の日なたのあたたかさに とくとく と心臓が瞬いた


「かーいどー」
「はぁ、は、」
「お前さ、なんでそんなかわいいの」
「………、はあ?」

かわいい?何がどうしたらそうなるのか1から10まで説明して欲しくて、眉間に皺を寄せて怪訝な顔で睨んでやる
ご飯中に急に弁当をひっくり返っして喚き立てて走って逃げた相手に言う言葉とは到底思えなかった

「………、」
「なんだ、その顔」

怪訝プラス呆れた顔はどんな顔なのか海堂にはわからなかったが、桃城が噴き出して笑ったので笑える顔なんだなと冷静に勉強する

「ひー!」
「……」
「はは、わりぃ、わりぃよ」
「……」
「は、うん、海堂」
「あ?」
「好きだぜ」
「!」

初めて、それを交わしたのは何時だったか
交わしていなかったかもしれないし、言ってもなかったかもしれない
あやふやに互いに好きだと認め合ったんじゃなかっただろうか?
海堂はこの場にきてそれをその顔で言える桃城に敬服感を感じる

「な、泣くなよ?!」
「え?!俺泣いてんのか?!」
「………、ももし」
「泣いてねぇじゃねぇか!嘘つきマムシ!」
「マムシじゃねぇぞこのくそったれ」

呆然としながらもマムシとゆう嫌いな言葉にはしっかり反応する自分が面白くて海堂は少しだけ笑う

「怖ぇよな、ごめん、そうだよな」
「…」
「そこまで俺の事考えてくれてたのにカンドーした」
「…めでたい頭だな」
「バカにしてんだろ」
「いや、感心だくそったれ」
「でもよ、海堂」
「なんだよ」
「俺なんかもっとスゲーんだぜ」
「はあ?」

桃城は海堂を抱きしめた力を強めてゆっくりと言葉を紡いだ


好き、怖い、好き、でも怖い

怖い、それ以上に


「お前が欲しい」

怖い、でもそれで怖がってたって相手は手に入らない。怖いから海堂を諦めるなんて

「俺にはできねーな、できねーよ」
「−−−−、」
「怖ぇよ。海堂。真夜中に会いたくなってメールしたくなる位に怖ぇよ。でも俺は怖ぇけどお前となら闘える気すんだって」

へへへ、と桃城が笑った。
笑った桃城に海堂は向き合って無言のままその孤をえがいた唇に唇をくっつけた

「なあ、桃城」
「んあ?」
「その、す きだ」
「はっ!!知ってるっつーの」
「うるせぇ!!」
「海堂、怖ぇけど、俺ら一緒だろーよ」
「腐れ縁だな」
「まだ腐ってねーし」
「言葉の文だ馬鹿野郎」


びっくりした、と、ゆうのが海堂の正直な感想だった
好きと怖いが隣り合わせだと、その無限のループだと知っていたつもりが、桃城のそれには気付かなかった
あのメールにそんな意味があったのさえ知らなかった
一人走ってきたこの道が、やっぱり前だか後ろだか右だか左だか斜めだか何処だかわからない筈だった
この道に桃城がいなかったのだから

桃城のいない世界に生きたいと願ったのは本心で、それは嘘偽りない
どうせなら平穏なる世界で生きたい
でも、もう、ほら
春の日なたのあたたかさを知っているから

それはそうだと、納得させられたような、勉強させられたような、負けたような気がして、海堂は唇を噛み締めた。自分が桃城を好きだと本気で想うが故の怖さの筈が、それすら凌駕する本気の好きをこの桃城は持っている
敵わない。敵わないかもしれない。そんな話しではない
海堂は首を左右に振って勝ち負けの次元ではないんだと考えを追いやる
これだから自分は桃城が好きになったんだと心底思った
自分にはない考え、思考、そして周りを見渡して気付いて仕舞う視野
やっぱり悔しくなって海堂は桃城の足を思い切り踏み付けてやる

「いつまでこうしてんだよ」
「いってぇな!!」
「授業、行くぞコラ」
「切り替え早くね?」
「うっせぇ!」
「海堂さん」
「ああ?」
「俺、煮物臭え」
「わ…………、わ、りぃ……」






どこまでも続く線路のような。
どこまでも伸びる電線のような。
どこまでも深い池のような。

人というものの手によって出来たものには終わりがあると、


僕は知っている。


知っているから


君とだけ走り出せるんだ。




君が、   ほら、



笑っている。










END








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