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薫ちゃん、薫ちゃん、薫ちゃん

その声を止める術をオレは持ち合わせていなかった


「海堂先輩と呼べ」
「なんで?」
「1年先輩だからだ」
「薫ちゃんは薫ち」
「だあああ!」

眉間にシワを寄せて、薫ちゃんがオレの口元を覆った。自分より大きな手に、しっかりした腕、背もだいぶ高いし、なによりスタイルが良かった
顔の変貌っぷりに驚いた後、オレは躯つきに凹まされた
昔はぷにぷにでオレとかわらなかった躯つきも今ではしっかり男らしい

「…イヤ?」
「嫌だろ」
「……わかった」

眉を下げて海堂センパイと呟けば、薫ちゃんが

「越前」

と、呼んで

やっと笑ってくれた








「好きなの」
「あっそう」
「えっ?」
「聞いた」
「え?」
「じゃ」

足を踏み出して、草を踏ん付ける。青々とした臭いがしてむず痒い
鼻を擦って、くしゃみが出そうで出ないそれに顔をしかめた
後ろに置いてきぼりにした女のコが啜り泣いている声が聞こえたが、オレはくしゃみがしたくて堪らない

「へっ、くしゅ!」

校内に入ってやっとくしゃみがでる。すっきりした鼻を指で擦って、そうしてやっと胸が痛くなった
ちくちくするこれは、誰の胸?

「越前〜風邪か?」
「さあ」

校内に入って早速と言う可きか、もはや流石と言う可きか、つながり眉毛が声を掛けてきた

「フッたんだなあ〜。あーあ泣いてる」
「何が?」
「何がって越前〜。あの子泣いてるじゃん。何言ったんだよ」
「なにも言ってない」
「………、越前さ、女の子に興味ないのか〜?」
「ない」
「テニス一筋ってか、かー!」

隣で何やらつながり眉毛がわめいている
テニス一筋と言われれば、案外そうでもないような
そりゃあ、テニスが1番好きだと答える事が出来るが、ゲームも好きだし、体を動かすスポーツも結構テニス以外も好きだし
女子には興味がないのはテニスのせいではないし
そう思えば、オレは変なのかもしれない

「オレって変?」
「変。」
「あっそ」

つながり眉毛が強く言い切ってきたので白けてしまう
変ってなんだよ
女子に興味ないってそんなに変?
女子と遊ぶなら迷わずテニスを選ぶ
テニスをするか、薫ちゃんと遊ぶかなら……

「?どした越前、立ち止まって」
「オレ、変かも」
「いや、だから変だって」

半目になったつながり眉毛は呆れた顔をしていたが、オレはそれどころじゃない
テニスばかりしてきたオレにとって、テニスは体の一部みたいなもので、テニスをするか、薫ちゃんと遊ぶかを天秤にかけてみたら、選ぶ事ができなかった
それは、つまり、きっと
薫ちゃんもオレの体の一部って事で











「………、なんだコラ」
「………別に」
「見てやがんな」
「………かおるちゃ」
「違ぇ!」
「か、海堂せんぱい」
「なんだ」

学校の中ではあんまり話し掛けないようにした。薫ちゃんが眉間に皺を寄せるから
オレ自身もあんまり薫ちゃんと仲良しなのが周りに知られるのは良くないんじゃないかと意味もなく思った
理由があると言えばあるけど、それが理由になるかどうかはわからない
部活終わりの部室で2人っきりになったら、おのずと口から言葉が漏れて、薫ちゃんに声を掛ける。許された気がするその時間が待ち遠しかった
今日は薫ちゃんから声を出した
オレがずっと見ていたから

「2人の時はいいんじゃない?」
「よくねぇ。癖になる」

どっちが?

とゆう言葉が出かけて、飲み込む。熱い空気が喉をくだって胸に広がった
どっちが?
オレが薫ちゃんと呼ぶのが癖になるから?
それとも
薫ちゃん、と呼ばれる事が癖になるの?

着替え終えて、ただ座ってるオレと机にもたれて立っている薫ちゃん
部活終わりに夕日が沈むまで、部室に訳もなく話したり話さなかったりで時間を共有した
やりたい事があればそれぞれやったし、無ければポツポツと話した
盛り上がる会話があるわけじゃなくて
だからって、楽しくないわけでもなくて

「なんで見てやがる」
「……薫ちゃん、オレと遊ぶなら何したい?」
「はあ?」
「遊ぶなら何する?」
「………テニス」

そう答えると、思っていたけど、思った通りでうれしくなる
だって、テニスをするか、薫ちゃんと遊ぶかで迷うわけだけど
薫ちゃんと遊べば昔からテニスがついてきた
どっちが本命かはわからない
テニスに薫ちゃんがついてきてたのか、薫ちゃんにテニスがついてきてたのか

「薫ちゃんかわいい」
「ぶっ!!!まっ!!真顔で何言ってやがっ!!!」

スゴイって言いたかった言葉が熱の化学反応で違う言葉になった
自分でも実はちょっと驚いて、しまった と思う。かわいいなんて言われても男は喜ばない
いや、喜ばせたいわけじゃなかったんだけども

つながり眉毛が言ってた
女の子に興味ないのかって
例えば、今日告白してきた女子がテニスしてて、一緒にテニスして楽しい子だったら、オレは興味が沸くかもしれない
あの女子と付き合って、デートがテニスでいつも試合みたいなテニスして、ラリーして、たまに運動で走り込みしたり

だけど

「オレ、薫ちゃんとテニスは絶対したいけど、買い物行ったり、ご飯食べに行ったりもしたいよ」
「……?越前?」
「テニスは絶対だけど、たまには部屋で雑誌読んだり音楽聞いたり」
「あ、あぁ?いいんじゃねぇか?たまには」

あの女子がテニス出来る子でも、テニスはしたいけど買い物行きたいとかは思わない
でも薫ちゃんは違う
買い物行ったり、のんびり散歩に行ったりしたい
テニスに興味があるだけじゃなくて
オレは

夕日が部室の色を赤く染めた
薫ちゃんが首を傾げていたけど、オレは意味を知ってしまう
昔とは違う薫ちゃん、でもやっぱり薫ちゃんは薫ちゃんでかわりない
オレの中では昔の薫ちゃんもこの薫ちゃんも同じ薫ちゃんで

「越前、どうした」
「なんでもないよ」
「帰るか。日が落ちる」
「もう、そんな時間?」

部室の中を赤く染めた夕日が沈みかけていて、オレは立ち上がった
荷物をまとめて薫ちゃんが窓際で夕日を眺めた
赤く橙色に染まった横顔が、知らない男みたいだったから少し何も言わずに眺めた

「越前」
「………何?」
「テメェは変わらねぇな」
「────!」

優しく笑われて胸が苦しくなった



変わらないよ。何も変わってない

変わらず、君が好きだよ。




オレの初恋は相変わらずテニスだった。
















あきゅろす。
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