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世界の果てに何があるのか考えた事がある?
あるといえばあるんだろうけど、正解は何なんだろう。
僕と君がいて、あの人がいて、その人もいる。
この世界で、僕っていったい誰なんだろう。


雨が降る音を風流に言えば、日本の風情ってゆうやつらしく、よくもまあそんなの考えたものだとおもった。自分にはフゼイもへったくれもないもんだから、ただ降った雨を睨むしかできない。

(テニスできない。)

考えている事は単純明白。ただ雨のせいでテニスができないという事。明日できるんじゃない?という考えはもう早々2日前に捨てた。雨が降り続いてもう4日目。その降り方もただ者じゃない降り方だ。ザーッとテレビの砂嵐のような雨音に風情なんて感じるわけもない。
欠伸をしながら、学校の教室からエントランスへ向かう廊下をひたひた歩いた。濡れてもいないのに、制服の学ランが湿気で重いってどーゆーことなんだろう。
歩く音も雨音で掻き消え、全ての感情をひっくるめて、今のオレはなんだか惨めだった。

「梅雨だからな」
「ひゃ」
「ああ?」
「ちょ」

気配もなく、足音も勿論なく、いきなり頭上で声がしたと思ったら、顰めた眉をしてそこに立っていた。
驚いたのが悔しくて、冷や汗をかいた背中の筋を伸ばして、意気揚々と向き合う。でも驚いた事が結局時間をかけてバレてしまうので、顰められた眉が元に戻っている。それが証拠で。

「なんスかもう」
「何も言ってねぇよ」
「梅雨だっつったじゃん」
「ああ、梅雨だ」
「知ってるし」
「惨めったらしい顔してんじゃねぇよ」
「元からっす」
「テメェの顔は派手なんだよ」
「褒めてる?貶してる?」

どっちなのかなんてゆうのは、元に戻った眉が面白そうにしていたから一目瞭然だ。

(むかつく)

むかつくのもきっと梅雨のせいで、センパイが手を伸ばしてオレの髪に触った。これはむかつかない。
割と長めの指がオレの湿気で撥ねた髪のひと束を軽く持ち上げた。

「湿気吸ってすげぇな」
「ほんと困る」
「寝癖な」
「ちがう、これは天然」
「こんな撥ねてんのにか?」
「うん」
「寝癖が湿気で直らねぇだけだろ」
「あ」

言っちゃう?それ?とゆう目を向ければ楽しそうに目が笑ったからオレはうんざりした。

センパイを怖いとかなんだかんだ聞くけど、こんなに笑うし、楽しそうだ。怖くなんか全くない。オレの髪の束の撥ねを押さえつけては、また撥ねるのを楽しそうに触っている

足止めを食らって、エントランスまであと少しのところ。センパイは帰る用意をして佇んでいた。帰り?と聞けば、頷かれたので、うらやましいと答えた。

「テストで部活ねぇだろうが」
「オレ、図書委員」
「当番か」
「そ」

人差し指をくるくる回して上を指す。エントランスの直ぐ横にある階段を上って、いまから1時間は受け付けをやらないといけない。溜息がでそうだ。その前に欠伸がでる

「昨日は徹夜か」
「メール返して寝た」
「結局は朝じゃねぇか」
「センパイあれ起きたの?」
「ああ、そっから少しやった」
「朝やれるってすごい」

ふわあっと欠伸を繰り返して、目に涙がたまる。欠伸しすぎて顎が外れそうになった。夜中というより朝方にセンパイへメールして勉強してた問題の答えを聞いた。案外待たなくても10分やそこらで返ってきて、ありがとうじゃなくておはようを送った。
オレは一夜漬けタイプで、朝早くに起きて勉強する事ができない。センパイは元から授業できっちり理解して復習もして、こつこつタイプだからテストになってそんなに慌てたりはせずにランニングに出かけたりしてる。
聞けばたまにウォークマンか何かで社会とか英語、国語なんかの問題を聞いて走ってるとかなんとか言ってたな。それはそれで。どっちにしてもオレには向いてない。
また欠伸が出て、いよいよ目の縁に塞き止められていた涙が零れ落ちそうになって、咄嗟にセンパイの人差し指が伸びて拭う。

「ナイスタイミング」
「発音だけは立派なもんだな」
「生まれも育ちもアメリカだからね」

呆れた顔をしたけど、実際は呆れてなんかいないのが手に取るようにわかる。口数が少ないと思われいるセンパイはきっと違って、多弁かもしれない。オレが思う多弁と、人が思う多弁は違うんだろうけど、オレと同じ位に普通に話す。きっと他ではないセンパイだと思うよ。それをちょっと思って、口角が持ち上がった。
こんな廊下で立ってるのもなんだから、オレは図書室に行くと言って、足を階段へ向ければセンパイの足も着いてきて

「何?」
「図書室だろ?」
「アンタも来るの?」
「どうせ寝るんだろうが」
「よくわかってらっしゃる」
「バカか」

舌を出せば、軽く頭を小突かれて、そういや2年は今日でテストが終わりだったような話しを聞いたような気がした。階段を上りながら聞けば当たりで、オレの明日のテストは英語と理科だと伝えたら半眼された。中学1年の英語なんて生まれも育ちもアメリカなオレからしたら、ね。理科は元から好きな教科だから問題ないのをよく知ってらっしゃる。半眼理由はそこだ。

階段を上がって、3階で止まる。そのまま廊下を歩いて、人気のない図書室に着いた。簡単な道のりをセンパイは欠伸一つしないで歩いていてスゴイと思った。こうゆうのがスゴイって思う時がある。真面目とゆうか、気を張ってるとゆうか。朝方に起きてなんで欠伸一つでないんだろう。人間技じゃない。
図書室は埃が日光で焼けた匂いがする。独特な匂いだ。本が多いから、埃も多いんだろう、ちょっと鼻を啜って前へ進む。先に入ったオレに続いてセンパイが入って戸を閉めた

「誰もいないッスね」
「わざわざ今日来る奴いねぇだろ」
「今日までの返却期限のヒトいるはずなんだけど」
「よく知ってらっしゃるな」
「なめてんの?」
「思っただけだろうが」

楽しそうに笑うからオレも笑ってしまって、図書室に声が響いた。どうやら本当に誰もいないようで、まあとりあえず、カウンターに座るだけの仕事をすることにした。オレがカウンターに行けば、センパイはそのまま文学書を見にいつもの棚へ吸い込まれていった
オレは文学書とか、難しい推理小説なんか辟易とする。よく楽譜をおたまじゃくしが泳いでるとかなんとか言うけどあれと似たようなもんだ。
話すのを止めた途端にそういえば雨だった事を思い出して窓から外を見た。変わらずの相変わらずで、滝のように降っている。ついさっきまですっかり忘れていたのに。
雨に風情とか情緒とか感じないけど、強い雨音を背景に、センパイの本を物色する姿もちょっといいじゃないかと思って、カウンターにうつぶせながら文学書を見る彼を追った。
付き合うってもっと型に嵌るものをオレは想像していた。オレとセンパイは付き合うというより、手を取り合ったに過ぎないのかもしれない。ちょっとだけニュアンスがあって説明が難しい。でもまあ、センパイはどう見てもオレの事が好きらしい
あのセンパイがってゆうのは驚きだったんだけど、驚きすぎてもうそれが普通になって、いや、普通ではなくて嬉しいんだけど、妙な感じに普通になった。食パンにバター塗って上からジャムも塗ってくれる感じ。ちょっと違うかもしれない。でも普通に嬉しい。
センパイがよく恥ずかしそうに言うのは好きとかそんな言葉じゃなくて

「これいいな」
「ええ。やだよ」
「てめぇはな」
「借りる?」
「ああ」

これまた難しそうな本を1冊手にしてカウンターに歩み寄ったセンパイの制服は湿気ているのかちょっとだけ気になって左手を伸ばした。本を受け取る気もなくて、単純に制服を触りたかったんだけど、センパイはそのオレの手に右手を差し出して触れさせた。オレより高い体温が伝わる

「違うくて」
「あ?」
「服」
「ふく?」

服が何だ?とセンパイはキョロキョロと自分の制服を眺めたけれど、湿気は目に見えないから答えを見つけられずに、首を傾げている。
その顔が面白くて、オレは噴き出して笑ったので、センパイの眉間に皺が寄った。どうやら触ってみたけれどセンパイの制服は湿ってない。

「ねむい」
「ねるな」
「かわって」
「…テメェな」
「ねむい」
「……ふしゅ」

今度はしっかりと呆れた顔をして、センパイがカウンターの中に入って来た。侵入禁止デス。言おうとしたら、隣に座られて、センパイが同じ向きで座った。

「1時間後には起こすぞ」
「ふは」
「なんだ」
「寝癖直してくれる?」
「湿気で直らねぇよ」
「センパイの手熱いからなんとかなるかも」
「………」

センパイの耳が赤くなった。顔は厳しいものになったけど、照れてるのがわかって楽しくなる。眠気でふわふわしだして、オレの体温も上がったようだ。こんな機会も滅多にないしと、オレは隣に座ったセンパイの太腿に頭を乗せてみたら、驚いたセンパイが硬直した。
鼻をならせば、センパイの制服のズボンから洗濯洗剤の匂いがして、図書室の埃の匂いがかき消えた。

「ふあ…」
「ちょ、テメ、おま」
「いいじゃん、今更」
「そうじゃねぇだろおまえ」

うん知ってると目を綴じれば、声はしなくなって静になる。雨やむかなぁと考えて、そいや雨が降ってる事をまた思い出す。何度それを忘れたら気が済むんだろう。おかしくなった。
もう図書室の鍵閉めてこのまま2人で寝てしまいたくなる。テストが終わる明日は部活が午後からあって、それが終われば次の日は土曜で休みだ

「明日、家くる?」
「………テニスできねぇぞ」
「雨?」
「日曜までな」
「ふぅん。で?くる?」
「………、ああ」

うんうん、と頷いて、足に顔を擦りつければセンパイがじっとしろと熱い右手をオレの頭に乗せた。乗せられた手が耳の上で落ち着いた。
そして、センパイの手で覆われた耳が雨音を拾った。オレの頭の中でおたまじゃくしな音符が泳いだ。
オレは男として生まれて、男として育ったし、これからも男として生きていくんだけど、センパイがこうやって可愛がってくれるのが本当に妙で堪らなくおかしいんだけど、ほんと変だけど、うれしい。きっとほんと変だと思う
かわいいって言われたり、思われたりするのが嬉しいだなんて。ほんとどうかしてる。


「寝てる間にちゅーしていいよ」
「っば??!!!!」
「迷うぐらいならしちゃっていいから」
「…………あのなぁ…」
「ふは、海堂センパイ、おやすみ」
「……あぁ」

熱い体温が移乗した耳が雨音の音色をやさしくさせた。風情や情緒は相変わらず感じないし、風流だとも思わなかったけど、熱い掌と足から伝わる体温が全てとなった事に、オレは驚いて笑った。
あれ?オレ何で惨めだったんだっけ?



僕と君がいて、あの人はいない、この人もいない。

その世界で、確かな僕と君との温度が


きっと多分、正解。



世界の雨がやんだ。





END
雨間(あまま)




あきゅろす。
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