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※パラレルご注意














オレは相手の事を『ちゃん』付けで呼んでいた。
もう7、8年も前の話し。



ささやかに、細やかに噂している様だったが、1学年下の自分の耳元にさえその噂が入ってきたという事は、それだけ噂している人が多いという事だろう
近場に席を構えるテニス歴2年の繋がり眉毛なんかが居るからほんの少しの噂でも届いてしまうのか
兎に角、その噂の発端の人物をオレは7、8年前から知っていたのだ
相手と擦れ違ったのは入部していたテニス部の部室前だった。相手に最初は全く気づかなかった。気付くわけがなかった
転校生で新入部員だと部長に名前を聞くまでは
空白の7、8年に何があったのか、どうしたらそう成るのかすら聞き出したいぐらいに変貌を遂げていたのだから、驚いた
越前、と声を掛けられて振り向けば、噂好きの繋がり眉毛が肩に手を乗せてプリントをぴらぴらとたなびかせている
授業が終わったらしい。変貌を遂げた相手に会ったのは昨日の夕方で、それからオレは上の空だ
声なんて掛けるわけもなく、今に至る
あれだけ仲良しだったのだが、当たり前に空白が怖い
誰でしたっけ?なんて聞き返されて、名前を名乗っても知らない顔を見たらきっと立ち直れない
元々愛想の良い方ではないオレだから、友達と呼べる友達は昔からあまりいなかった
いなかっただけに幼かったとはいえ、大事な友達だったから
知り合ったのは親父が実は先で、親父が公園だか、河原だかで拾って連れて来た子だった
その子の親に了承はちゃんと得てきたからと、笑いながら親父が家の寺のテニスコートに連れて来た。テニスをしていたオレに直ぐに反応を示した相手を見て、オレもテニスの相手が出来たと思って、その子を迎え入れた
それから数ヶ月ほぼ毎日テニスをした
数ヶ月しか出来なかったし、離れ離れになったのは言うまでもないけれど、親父のアメリカ行きだった
元々アメリカに住んでいて、親戚の付き合いだかなんだかで数ヶ月だけ日本に留まっただけに過ぎなくて
そしてきっと相手もオレに気づいてないようだった
オレは昔からそんなに変わってなくて、成長しないな なんて親父に言われていたので外見もそう変わってはいない
変わってないとはいえ、7、8年前だと5、6歳なんだからそりゃあ少しは変わってるだろうし、何より記憶すら曖昧な時だと思うから
相手は1つ年上だったけど似たり寄ったりな歳の時期だから記憶は同じく曖昧だろう
でもオレは名前を聞いただけでわかるし、くっきりと出会った時の記憶もある

まあ、とりあえず、どうしたらいいんだろ。



「越前」
「なに」
「噂の転校先輩だ」
「−−、」

繋がり眉毛が移動教室の際に通る2年の教室前で後ろからオレの背中を突っついた
転校先輩という呼び名はこの堀尾が付けたあだ名で、この堀尾だけがそう呼んでいる
堀尾はほら、あそこ。と軽く指を指す
転校先輩は教室にぽつんと一人、窓際に座っていて窓から外を眺めていた
つまらなそう、というか、それを通り越して穏やかとも見える
噂になっただけあって誰も近付こうとしないのだろう
噂の転校生がテニス部に入部したと堀尾なんか震え上がっていた位だ
問題になったのは相手の人相だった。鋭い目にぶっきらぼうで愛想が全くなく、言葉遣いもあまりいい方ではないらしい
睨むように周りを見ているらしく、怖い転校生が来たと、それで噂になった

「怖え」
「そ?」
「あの目が怖いよ」
「あっそう」

目が怖い。確かに昔からいい目つきをしていた記憶はないが、小さかっただけに可愛かった
そう、変貌は明らかにオレへ戸惑いを与えた
昔は可愛かった。黒い髪はさらさらで、でも二重の目を縁取る睫毛が多くて引っ張ったら泣かれた位だ(喚き泣くんじゃなくて痛くてじんわり目に涙を溜めた感じ)思い出してオレはふわりと口角を緩める
かわいい。いじめたくなる1つ上の友達
思い出はたくさんある。たった数ヶ月だったけど、何より楽しかった数ヶ月だったから
また会えた。そんな感動も確かにある。悲しいのは自分にある戸惑いと、相手が忘れているだろう事だろうか

「今日転校先輩のテニス見れるな。上手いのかなあ」

堀尾がテニス歴2年の俺に勝てるかな?なんてなんの根拠もない自信に満ちている
何よりも、何より嬉しかったのがまだテニスをしている事
オレは隠れて笑って

おかえり。薫ちゃん。

そっとつぶやいた















テニスコートに喚声が沸き上がる。堀尾なんて真っ青だ。桃先輩相手に互角にテニスできる2年はいなかったから菊丸先輩がヒュー!と口笛を鳴らした
桃先輩とラリーをする事になった相手が薫ちゃんで、皆が注目した
まだテニスを続けているとゆうことはそうゆう事で、テニス歴2年なんてものじゃない。空白の間にやってなくて、久しぶりにやったのかもしれなかったけど、動きを見ればわかる
ずっと続けている
昔の遊びのテニスじゃない本気のテニス
自然とこぼれ落ちるように涌きだすように、打ち合いたいと思った

「海堂強いんだね」
「ずっとやってたのか?」
「はい、まあ」
「いけねーな、いけねーよ、最初っから言っとけよな」
「うるせぇな」

不二先輩が肩に手を置いている。大石副部長が笑いながらお疲れ様とタオルを渡した
桃先輩がライバル登場に嬉しそうに目を輝かせている。同じ2年で対等な相手が今までいなかっただけに嬉しいのがわかる気がした。オレはまた別の意味で嬉しくて落ち着かない
そわそわと何度も足踏みした。キャップのつばを深く下げて綻ぶ顔を見られないよう隠す

「部の事は手塚から聞いてるな。青学レギュラー目指してくれよ」
「っス」

確実にレギュラー戦に入り込んでくる。トーナメントで当たればいいと心底思う。それまで我慢できるかどうかもわからないけど

「そうだ海堂」
「はい?」
「うちのルーキー」
「!」

うちのルーキーと言って背中を押したのはうちの長身データマン乾先輩。なにすんの
前のめりになって相手の前に突き出される

「いたいっスね!」
「1年にしてレギュラーを勝ち取ったエースなんだよ」
「……」
「ほら、越前」
「えちぜん?」
「うわああああ」
「は?越前?」
「いや、え」
「えちぜん…」
「走り込み行ってキマース!!!」
「走り込み?あ、おい越前!!」

大石副部長が驚いた声を上げたが、驚いたのはオレの方だ
名前は覚えてるのだろうか。何か思い当たる感じの言い方だった
オレがあのリョーマだとわかったからといって薫ちゃんに何か変化はあるのだろうか
もう仲良しなんて過去の話しだし、小学生とかじゃないんだからまた仲良しなんてきっとない
相手の変貌っぷりに驚いた時それを感じた
今の薫ちゃんと仲良しなんてゆう友達になれそうにもない
だってまだ、笑った顔すら見てないのだから
オレは校庭を軽く走りながら昔の思い出に浸った










『おーういリョーマ』
『なに』
『いい子連れて来たぞ』
『いい子?』

寺のテニスコートで一人ラケットを振っていれば、親父が黒い髪したオレより少しだけ背の高い子を連れて来て、オレの前に立たせた
シャツの裾を握って、唇を尖らせている。まんまる頬っぺはすべらかに球を入れた様だ

『2人いればテニスができるからな』
『!』
『薫ちゃんもテニス好きなんだってよ』
『ほんと?』
『ふしゅっ』

大きく頷いてその子は目を輝かせた。オレは薫ちゃんの手を取ってコート内に入る
子供のオレ達には広い広い世界で、ラインの中と外は違う世界だった

『オレはリョーマ』
『りょーま?』
『うん』
『へんな名前だな』
『薫ちゃん、かわいいね』
『ふしゅっ』

名前を褒めると、まんまる頬っぺが林檎みたいになって、喜んでいるのがわかった
男の子なのか女の子なのかその時は知らなかったんだけど、何回か遊んだ時、汗くさいからと家で着替えた時に発覚してオレは愕然とした思い出がある
だって薫ちゃんはオレの初恋だったから


「テストやべー」
「うるさいよ、堀尾くん」
「カチロー、お前最近ひどくないか?」
「そう?」

もうすぐテスト。周りの皆が勉強の事で頭が一杯の中、オレは海堂薫で頭が一杯だった
話し掛けてみようか、みまいか
話し掛けて覚えててくれたら昔の懐かしい話しでもできるかもしれない
意外と親父に懐いていたから親父に会いたいとも言うかもしれない
覚えてないとなればそれはまた別の話しでかなり凹む
変な奴扱いとかされたら耐え切れない
勉強そっちのけでそんな事ばかり考えていた

何でこんなに気が気じゃないんだろう
薫ちゃんが男の子だってわかって初恋は終わったはずで、
かなりの変貌を遂げた相手と仲良くなれる気すらしないのに

気にする必要がないんじゃないのか?

自分がどうしたいのかよく、わからない

昔みたいに仲良くしたいのだろうか?
あの頃の薫ちゃんに会いたいのだろうか?

テストが始まる前、テスト期間中は部活がなくなる。部活がないと薫ちゃんと会う事もない。転校してきて数日でテスト期間だなんて、変な時期に来たもんだなとオレは思った
そもそも確か薫ちゃんはこの辺りに住んでいなかったか?
そう思えばもしかして薫ちゃんは薫ちゃんじゃないのかもしれない
確かな住所は知らないけど家に来れたって事と、公園だか河原だかで親父と出会ったなら歩いて行ける距離だ
じゃあオレがアメリカに帰った後、薫ちゃんも引っ越したのかもしれない。それならばあの薫ちゃんはこの薫ちゃん

「ああ!もうどっち!」
「ここの答えはAだよリョーマくん」
「……」
「うん?」

カチローが開きっぱなしになっていたオレの問題集の答えを指差しながら言った
にこにこするから違うしなんて言えなくてオレも空笑いをする
オレ変じゃない?
あれ?
オレやっぱり、変じゃない?


「そういえば、リョーマくん」
「なに?」
「部活の時、海堂先輩がずっとリョーマくんを見てたけど、何かあった?」
「かいど…」
「ほら、転校してきた2年の怖い顔の」
「!!」

別に悪い事をしてるわけじゃないのに、背中に冷たい風が入り込んだ




『薫ちゃん、オレ、アメリカにかえるんだ』
『アメリカ?』
『うん。だからもう会えない』
『会えない?テニスできない?』
『うん…オレ、やだあ』

わーん、と家族以外の前で泣いたのは始めてで、オレの目からは大粒の涙がぼたぼたと零れた
薫ちゃんの顔が歪んでふにゃふにゃのぐにゃぐにゃでよく見えないが泣いていた気がする

『泣くなよ』
『うえ』
『りょーま』
『薫ちゃん』
『アメリカ遠いのか?』
『うん』
『でも地球だろ?』
『…うん?』

同じ地球なら大丈夫だ。なんて言って薫ちゃんはオレの手を握った

『ぐらんどすらむ』
『!』
『テニスの試合しような』
『うん、うんうん』


この手を握ってくれた時、子供の癖にオレは大丈夫だって思えた
グランドスラムだなんてどこで知っていたのか、オレもそんな歳から知っていた
プロのテニスプレイヤーになったら会えると
そして試合をしようと
きっとそうなるってオレはずっと思ってた
日常で常にあるわけじゃないけど、フとした瞬間にそれは空になった
青く、澄み切った、空。
学校の帰り道で、テニス練習を終えた後とか
フと見上げて、ああ空がきれいだってたまに思う、それと同じ
薫ちゃんは、空になった。

ああ、オレ、多分






「かいどーセンパイ」
「……!」
「あの」

キャップのツバを深くして、薫ちゃんらしい海堂センパイの足元を見る
プーマのスタイリッシュなシューズだ。立ち止まったままオレを見下ろしている

部活の最中、コートを出て水呑場に向かった相手を意を決して追い掛けた
心臓が破れそうだ
知らないとか言われたら本当に寝込むかもしれない
むしろ今更突っぱねられるかもしれないのを思って手が震えた
昔の話しなんかしたくないと、そんな記憶は消し去った。そんな記憶なんかは無いと
でもテニスを続けている
ああ、もう、どっち

きゅっと唇を噛み締めて、恐る恐る目を上げようとする

と、

「え」

手が目の前にあって、キャップのツバを掴んでキャップを後ろに飛ばした

「わっ?!」

キャップがきれいに後ろへ落ちて乾いた音がした

「やっぱりか」
「え?」
「テメェ、顔見えねぇんだよ」
「かお…」
「キャップで隠しやがって」
「あ、え、と、」
「リョーマだろ?」


ぶわり。


足の爪先から熱が沸き上がる。こんな馬鹿な事はない
いのちが生まれるみたいな
きっと、生きていくのに、必要な、

「薫ちゃん!!」
「!?なっ」

両手を広げて相手に抱き着く。

「はなせ!バカヤロ!ちょ!!コラ!!くそ!」
「薫ちゃん、薫ちゃん!会いたかった!」
「やめろ!バカ!あああああ!」

世界はまるい。

まんまる頬っぺが林檎みたいになるのとおんなじ

また、同じコートに立って、遊ぼうね。










☆*:゚'黒い髪から覗く耳が林檎色になる
その意味を知るにはまだ早すぎて
オレは目を綴じて、記憶を抱きしめた'゚:*☆







END


あきゅろす。
無料HPエムペ!