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夏の暑さに君の匂いは濃くなった
太陽に焦げた、君の、匂い
心臓が渇いて、脳が嘆いた



「あっつー」
「……」

夏休みに入ってから、テニス部の海堂と越前は毎日学校の部室で顔を合わせた
まだ8月になったばかりだというのに、心も体もこの暑さに滅入っている
凹んだ心臓を圧迫するような、暑さ独特の湿気に呼吸すらしづらくて
鼻で息をするのが苦しくなった海堂は、顔に伝う汗を拭いながら、唇を割った

部活の時は気にしないというよりも、半ばヤケをおこしたように体を動かし、酸素を求めて口で呼吸する
汗など最初からとめどなく溢れて、着ているシャツが絞れると思う程びしょびしょになった

隣にいる越前もそうだろう

だが、今は帰宅途中
汗にまみれてびしょびしょになって、酸欠になりながら帰るなんて
疲れた体にも響くし、なんといっても心が滅入った

「あついあついあつい」
「……」
「あつっい、あー、あつい」
「……………」
「もう、ほんとあ」
「黙れ」
「…………」
「………」

越前が呻く理由も解る。この暑さだ、無理もないと海堂は思う
しかし、煩いと海堂は唸る
わかっている。この暑さを涼しいなんて言う奴はいない
暑い。そうだ、暑い
ただ、暑さで滅入った心身に越前の呻き声はカンに障る
そうだな、暑いな と同意したところで、この暑さはかわらない
欝陶しいから言うなという意味を篭めて睨めば、相手の柔らかい髪が頬にくっついて、水分を大いに含んでいて重そうだと思い、右手を伸ばしてその髪を頬から離してやる
離れた髪は歩く動きによってまた、頬にくっついた
もう一度手を伸ばしたところに、汗が伝うように垂れ流れてきた
髪ではなく、その汗。親指を使って拭ってやる
その時、不意に越前の居る方から風が海堂の居る方に向かって吹いた
ふわりと何かが香る
甘い匂い

「………あ?」
「…?なに」

気のせいではなく、何か甘い香りがした
見渡して見ても、甘味屋やケーキ屋があるわけでも、パン屋すらないこの住宅街
花の香りかとも思うが、何かそういった自然の香りではない

「今、なんか匂わなかったか?」
「………別に」
「気のせいじゃねぇ」
「………俺じゃないよ」
「あぁ?当たり前だろ」
「なんなんスかもう」



越前のわけがないと海堂は自分の中で呟いた
相手の香りは知っているつもりでいる
越前だけの越前の香り
越前の部屋や服の香り、髪の香りに肌の香りまで知っている
それとは違った、多分香水のような香りだった
甘く鼻をつっつくような香り
ただ、嫌いな香りではないのと、何処から香ったのか気になっただけだった

越前が もう と暑さに苛々として濡れて張り付く髪をかきあげた

「おい、」
「なに?」
「ハンカチ、タオル使え」
「あぁ、そっか」

ゆっくり鈍った足を止めて、越前がテニスバックからタオルを出して
額、こめかみ、目元…と拭っていく
タオルを顔に押し付けて あー と低く唸った
ふ、とタオルからかあの甘い香りが漂った
海堂は不思議に思い、越前からタオルを奪い鼻に掠める

「ちょ…へんたい…?」

越前の怪訝な目と自分のしている行動にはっとして海堂は慌てた
汗を拭いたタオルを鼻に掠めるなんて

「ちがっ」
「ふぅん」
「ふざけるな」
「そっちがね」
「テメェ」

聞けよ と言いかけて海堂はタオルに微かにつく甘い香りを越前に聞いた

「甘い香り?」
「ああ、」
「…さあ?洗剤じゃない?」
「いや、香水みたいな匂いだ」
「あ………」
「あ?」
「あきれた」

越前に溜め息を吐かれながら言われた言葉に海堂は苛々とした
越前の胸倉を掴んで引き寄せると、越前が 勘弁してよ と力無く呟いたのでしっかりと目を睨んだ

「あつい、しんどい、つかれた」
「うるせぇ!テメェ」
「暑いでしょ、早く家帰ってクーラーの部屋でゆっくりしようよ」

甘い香りの話しもしてあげるから

と、越前はにんまりと笑い海堂の熱い額に額を当てた
熱に交じってまた甘い香りが香る
確実に越前から香っている

「早く帰ろう」

胸倉を掴まれたまま越前は海堂の掴む手を左手でぺしぺしと叩いた
海堂は太陽の日差しに本当に滅入りそうになりながら
この糞暑い時に香ったあの香りが忘れられなかった


越前の家に着いて、部屋へ通されるかと思えばリビングへ通されて海堂は首を傾げた
越前がすかさず、部屋が暑いだろうからクーラーで冷えるまでここで待機と言った
成る程な、と海堂は汗を拭った
差し出された冷たいお茶を口に含み、少し生き返った気がする
越前は部屋へ行き、クーラーのスイッチをオンにしてから階段を下りて海堂の元に来た
冷蔵庫を開けて、次に冷凍庫を開ける

「よかった、あった」
「…」
「はい」
「…アイスか」

アイスかと思って見れば、いやに長い
どこから食べるんだろうと覗けば、越前に笑われる
越前も海堂も家に着いて心の滅入りが軽くなっていた

「チューペット知らない?」
「ちゅーぺっと」
「うん、まあアイスみたいなもん?かき氷かな?」

最初は液体で売られてるんだよ と越前が右手左手で棒の両端を持って勢いつけて折り曲げた時、チューペットらしき物はパキッと小気味よい音を鳴らして折れた

「食べれるよね。おいしいよ」
「あ、あぁ」
「冷たい」

半分にした所から、もう溶け出した中身が少し溢れて越前の手を濡らした
越前の手からそのチューペットを受け取ると、指の皮膚が冷たさで痛かった

「持ちにくい?」
「いや、大丈夫だ」
「すぐ、溶けちゃうよ」
「ああ」

割れた所を口に含むようで、越前の様子を真似してみる
冷たく甘い味が広がる
ああ、生き返ったかもしれない 海堂はほっと息を吐いて、チューペットを今度は噛んで中身を押し出し、氷のようなシャーベットのような塊を口に入れる

「先輩、先輩」
「あぁ?」
「なんかヤラしいね」
「………、っつ?!」

仰天して目を見開くと生意気に笑う後輩が満足そうに指で海堂のくわえるチューペットの先をつっついた
ちょっと細い?等とふざけた事を言うので、笑う生意気な後輩の頭を小突いた

チューペットを食べ終わって直ぐに、越前が部屋へ誘った
2階の越前の部屋に入ると、涼しさの天国よりも驚いたことがあった

「なんだ、この匂い」
「…あぁ、匂いってこのこと」

なんだ と呟いて手をタンスの横に伸ばした
クーラーの為にすぐドアを閉める。部屋の中へ入るとより一層濃く香る
あの暑い中、匂った香りはこれだと海堂は確信した
外で匂うより濃い。間違いない

「なんかこんなの」
「あぁ?」

ぷらん、と越前の左手に持たれ、作られた葉っぱのような紙
段ボール程の厚さの、そう、楓の葉の形をした物だった

「カルピンの匂いがするからって母親が置いてった」

もう、俺は鼻が麻痺してしまってよくわかんない
臭い?大丈夫?
俺、最初すごい嫌だったんだけど
カルピンが嫌がらなかったからまぁいいかなって

越前は滑るように口を動かした
なるほどと海堂は思い、越前のベッドの上で丸まり、涼しげに寝る猫を眺める

「先輩を悩ませた匂い?」
「別に悩んでねぇ」
「気になった匂い」
「…部屋の匂いが染み付いたんだな」
「あ、話しかえた」
「うるせぇ」

濃く香る甘さが甘ったるくて、海堂はベッドに腰を下ろし、丸くふわふわしたカルピンを撫でた
ぴくんと体を動かして顔を上げる
海堂と目が合うと ホラア 一鳴きして海堂のふともも辺りに乗り上げた

「鼻、大丈夫なのか」
「ホアラ」
「大丈夫ならいいんだ」
「ホラア」

優しく背中を撫でてやると眠たそうに目を細めてまた丸くなる
丸くなった背中に顔を近付けるとカルピンからも甘い匂いがする

「香りが移りやがったな」
「先輩、」
「あ?…ん」


 




あきゅろす。
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