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寒さは日に日に肌を刺す痛みを伴い増してゆく。息を吸い込む鼻は痛く、軽く擦ると鼻水さえでてくる。ズルリと鼻をすすって、白い息を吐いた

「海堂センパイ」

吐いた白は音とともに色づく。乾いた空気が軽くて困るように持て余していた相手の名を呼んだ
駅前で待ち合わせた越前と海堂は互いに待ち合わせた時間より早く駅に着いていた。海堂は時間の10分前行動が常なので、当たり前のようにそこに立っていたが、やけに小さく見える越前は珍しく5分前に海堂の前に現れた
巻いたマフラーに顔の半分を埋めて肩をすくめるようにして冷たい風に当たる範囲を縮めている。普段から小柄な越前が更に小柄に見えて海堂は手を伸ばした、無意識に

「さみぃか」
「…うん」
「…だらしねぇ」
「うん…」

寒くてたまらない 越前は海堂の伸ばした手にされるがまま、マフラーから顔を出した。海堂の手は越前の顔を埋めていたマフラーを下へ押して顔を出してやった。色素のなかった越前の顔がみるみる赤く色づいていき、息は面倒じゃないのかと聞きたくなるぐらいに吐く度に白く色づく
そんなに白くなるな と海堂は越前の息に言ってやりたかった

「だらしねぇ。背筋伸ばせ」
「う〜ん。先輩寒くない?」
「…さみぃ…がテメェは異常だ」
「…そぉ?」

会ってから初めて笑ってみせた越前の髪をくしゃりと乱す。海堂の指に越前の軽く冷たい髪がふわりと触れた
越前はふわりと笑った

「うん、あったかい」
「あぁ?」
「なんでもないっス」

変な奴だと海堂の目が言ったが、越前は気にせず笑う。駅には人が多いことに今更苛つきが出た海堂は白を吐いた

「どこへ行くんだ」

こんな寒い中、人ゴミなんざまっぴらだ 海堂の考えていることは手にとるように越前に伝わった。軽い空気を吸うと鼻が痛んだ。鼻先に触れると冷たくて自分の持ち物じゃないようで違和感。とりあえずどこか暖かいところであたたまろうと越前が提案すると、寒さに似合わない苦い顔で海堂は頷いた



2人には予定などなかった。ただ、いつも互いの家やテニスコートじゃ芸がないと越前が言った。芸など最初からないと海堂は言ったが越前は聞かなかったことにして、駅前で待ち合わせを提案した。特に行きたい店や欲しい物があったわけじゃない、学校の帰りに通って帰る道でもある駅にさほど魅力はない。が、2人で待ち合わせたことはなかった。だから提案してみた。あぁデートだね と越前が笑うと海堂は無反応だ
その無反応が越前を何故か喜ばせた
喜んだ越前を見て何故か海堂も隠して喜んだ

「先輩はね、あんましゃべんないけどいいよ、別に」
「………黙って歩けよ」
「うん、でもやっぱりしゃべんないよね」
「…しゃべるだろ」
「うるさくないからいいよね」
「……テメェはうるせぇな」
「あ、ほんと?初耳」

声に出して笑う越前はかなり珍しい。笑う越前に凝視していると にらまないで とまた海堂は笑われた。越前の機嫌がかなりいい。だから海堂の機嫌も心なしよかった

人ゴミは本当にゴミゴミしていてぶつかる肩が痛い。寒い。痛い。あたたまる場所を近くにあったお洒落なカフェに決めて、そこめがけて2人は歩き出していた。最初は並んで歩いていたはずが、越前が一歩後ろを歩き、二歩後ろを歩き、三歩後ろを……とだんだんはなれてゆく。越前はマイペースに気にせず歩いていたが、前をゆく海堂は度々後ろを振り返り舌打ちをした

「おせぇよ」
「しかたないっショ」
「…負けてんじゃねぇ」
「勝負してないじゃん」

勝負好きだね うるせぇよ 店に着くとやっと人ゴミから抜け出ることができた。海堂の顔は険しい。人ゴミが本当に好きではないのだ。カフェなんて洒落た行為も好きじゃない。だいたい人がいる場所を好まない。なのに駅前のカフェにいる。何故いる。気に食わない

「わ、あったかい」
「…鼻、だらしねぇ」
「ん?あ、」

海堂は言いながらポケットからポケットティッシュを1枚取り出して越前の顔に押し当てた。ゔ と頼りない声を上げた越前、苦笑する

「なんか…ビミョー」
「あぁ?テメェがだらしなく鼻水なんざ…」
「うんまぁ…でも先輩は身内じゃないし」

なんかカッコ悪いじゃん、俺 頬を膨らませて越前は言った

海堂はさして興味もなく、無視して店の奥に行く。さらに頬を膨らませて越前は後に続いた
お洒落なカフェは見た目だけじゃなく、中もやはりお洒落だった。前々から確か越前が一緒に行こうねと言っていたのを海堂は思い出して振り返る。言っていた相手はまだ頬が膨らんでいた

「何にしやがる」
「………」
「テメェな」
「………」
「おい、越前」
「…ココア。ホット」
「……フシュー」

一息ついて海堂は年下の相手に呆れた。自分の分と越前の分、ホットココアを2つ頼むと笑顔で店員は受けた
その笑顔が越前の機嫌を更に悪くさせた。知らぬ店員は店の教育通りのマニュアル接客をこなしてゆく。温かいホットココアを2カップ受け取ると、トレーを持ち上げ海堂が2階へあがるよう顎で指図する

「上?何階?」
「とりあえず上がれ」

短く告げると もぅ と越前が漏らした。海堂がココアを手にしてから越前の頬はいつの間にか膨らんでいなかった。ころころと機嫌のかわる越前に海堂は溜め息を吐いて 疲れた と、笑った

「なんか先輩ごきげん?」
「逆だろ」
「そー?なんか楽しいことあった?」
「ねーよ」

2階に上がると越前は窓際の席に素早く座った。座るとぐるぐる巻いていたマフラーを取ってコートを脱ぐ。海堂も同じ動作をした。ココアの香りを鼻いっぱい吸い込んで、一口入れるとホッとする甘さと温かさに顔が緩む

「わ、すごいひと」
「……気持ちわりぃな」
「ほんと。虫みたい」
「……………」

越前は珍しげに駅を行き交う人に目を向けてご機嫌。海堂は越前が 虫 だなんて言ったものだから気持ち悪くなって目を背けて彼を見た
軽い髪を見て、長いまつげを見て、淡く赤い唇を見る
ココアを両手でしっかりと持つ手を見る
ココアが通る喉を見る
海堂を見る目と目が合う

「なに」
「なんだよ」
「先輩が見てたんじゃん」
「見てねーよ」
「ほんとに?」
「……うるせぇ」

みてたんじゃん! と声を上げて笑う。海堂はバツの悪そうな顔をしてココアを飲んだ。甘くて喉にひっかかってむせてしまう。 ちくしょう と小さく呟くと越前が ありがとう といった
海堂は驚いて目線を上げると
そこに彼の姿はなかった







「越前………」


海堂は減っていない向かいに置かれたココアのカップを見つめてから、行き交う人の駅を見た
こんなに人は溢れている。本当に虫みたいだ。溢れすぎている
なのに
こんなに寒い日に
彼はいない

妄想か幻想かはたまた気がちがってしまったのか
海堂は頭を抱えて大きな溜め息を吐き出した


気だって違えてしまう
彼はどこにいってしまったんだ
もういつから会っていない、話していない、

アメリカはこんなにも遠いものだったのか



海堂はあまり口にしていないココアを置いて、店を出た
ここのカフェは越前、確かココアが甘すぎるんだったな
苦笑しながらマフラーに顔を埋めた。駅前は人ゴミのように人があふれていて気持ち悪い。しかし人ゴミに交ざってしまえば自分も人ゴミの1人で虫なんだなと笑ってしまう



電話は毎日しようね

手紙書くから先輩も書いてね

メールもしよう、絶対ね


目を潤ませるようにして越前が海堂に告げたのは1年前
あの日から1年も経ったのかと海堂は思った。越前から連絡はきた、が海堂は受けとらなかった。いい機会だと思った。チャンスかもしれないと
越前からはなれるいい機会だと
海堂は自分がどれほど越前を必要とし、欲していたかわからなかった、知ることなどできなかった。だからアメリカへ行くと聞いた時、軽々しく 行ってこい と見送ってしまった

「さみぃ」

寒さは先程よりも肌を痛くする。マフラーに更に顔を埋めて歩き出した。行き交う人の肩に肩をぶつけて、痛い。寒い。痛い
後ろを振り返ってみると1年前と違う風景に当然彼はいない

1年

長いか?短いか?

”越前越前越前越前越前チクショウ”

長いとか短いとかじゃなく、頭から足の先までが彼をもとめている

アメリカ

遠いか?近いか?

”さむい”

もう思考すら麻痺してしまえばいい。かじかんだ手をコートのポケットに深く捩込んで、馬鹿馬鹿しくなる
なんてむなしい、なんてばかげている、

家に近づくにつれて人気が減り、やっと海堂は頭の中から越前を隅に追いやることができた。何をしに駅前に行ったのかもはや思い出せない。 ちくしょう 何度もそれを呟いて腹をたてる


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