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手当て(ヒラガ)








くいと包帯の端を引っ張ると、ぴり、と切り傷が痛んだ。
片眉を顰めてそれをやり過ごす。
シスターのもとから拝借した包帯は、こんな行軍の中にあっても清潔に保たれていて、ほんのりと白い香りがする。

あろうことか利き腕を傷つけるだなんて、昔の仲間が聞いたらさんざんに言われるところだ。

懐かしいいくつかの姿が頭をよぎるのに、一瞬の後に自嘲気味な笑みを漏らした。
そばにはもういない、共にあることがもう許されない姿に思いをはせてしまうだなんて。
く、と包帯を引っ張るとまた、ぴりと傷が痛んだ。

「…っ、て……」

切りつけられた傷は幸いにしてそう深くはなく、自分で対処できる程度のものだ。
いちいちシスターの手を煩わせるのも、あまりよいものではないだろうと考えて、傷薬と包帯だけを受け取ってきた。
しかし、いかな器用なラガルトとはいえ、利き腕ではない手で包帯を巻くのはなかなかに難しいものだ。
口にくわえた端を引っ張り、最後にまきつける前に締め付けると、力が強すぎたのか、ずきりと痛む。

そういえば、昔は怪我をするとよくウハイに手当をされたものだった。
大したことはないからと言っても彼はとても丁寧に処置をした。
ラガルトの相棒に任せると余計に傷が広がってしまうというのがウハイの持論で、当の相棒もそれはまったく否定もしなかったので、自然、ウハイの役目になったのだ。
草原出身の男は、武骨で無愛想な外見からは想像もつかないほどに器用で、手当が終わると必ず一言付け加えたものだ。

「あまり、」

正面から見つめる瞳は真剣そのもので、この男にだけは何を言っても煙に巻くことができない、そういう色だ。

「心配をかけるな」

最後にそっと白い包帯に触れて、そうして離れていく手が温かくて大きくて優しいのをラガルトは十分すぎるほどに知っている。

「…ああ、うん、気を付ける、かな」

あんたがそう言うなら、笑うとウハイは口元を和らげた。

「そうしろ」








「怪我をしてにやにや笑うとか、どういう趣味だ」

気付けば背後にヒースが立っていて、なぜだか憮然とした顔でこちらを見下ろしていた。

「お前さん、俺の趣味嗜好に興味があるのか?」

それは光栄だねえとからかいを乗せると、それには答えずヒースが屈みこんだ。

「貸せよ」

言うが早いか、ラガルトの手の中から白い包帯を奪い取って、見上げるラガルトを不機嫌そうに見もせずに、ヒースは黙々と手を動かしている。

「……なんで、言わない」

「ん?」

「言えばいいだろう」

手当てくらいしてやる。
そういうヒースは相も変わらず不機嫌そうで、それはつまり、ラガルトが一人で怪我の処置をしていたことへの怒りらしい。

「そんなこと、天下に名高い竜騎士さまにさせたら申し訳ないだろう」

茶化せばさらに機嫌を損ねるのは分かっている。
予想通りにむっつりと眉間にしわを寄せたヒースだったが、手当てをする手つきはいたって気遣いに満ちたものだ。
まったく違う手なのに、いつかの優しい手を思い出して、ラガルトはヒースに隠れて小さく微笑んだ。

「ラガルト」

「なんだい?」

「あまり、」

思い出すのは、いつかの優しい手、

「心配をかけるなよ」

無口な男から、必ず与えられる一言。

「………」

真摯な瞳は、今は怒りや不機嫌よりも、心底の気遣いを示している。

「……気を、付ける」

「そうしてくれ」

まるでいつかの再現のような会話にラガルトは俯いて、それから顔を上げた。
小さく笑顔を乗せて。




2010.3.28



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