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◆Req
約束(マルス+シーダ)





「受け取れません」

まさか拒絶の言葉が返ってくるとは思わなかったマルスは、驚きに目を見開いた。
愛しいタリスの王女、シーダに向けて差し出した手の中で、一対の髪紐が所在なげに揺れている。
白と紺青が組になったそれは、上質の柔らかい手触りで、ふれるとさらさらと流れる彼女の髪によく映えるだろうと思った。
だからマルスは自らそれを選んだのだ。



女性に贈り物をするなら、身につける物が喜ばれますよ、とは、アリティア騎士の一人、アベルの言だ。
ガルダの市場、雑貨屋の前で一人密かに悩んでいたマルスにさりげなく助言をすると、にこりと笑顔だけを残して行ってしまった。
危険だから王子の護衛を、とマルスの側を離れようとしない、こちらは何も分かっていない様子の赤毛の騎士を、半ば引きずるように連れて。
海賊は討伐したのだから大丈夫だとか何とか、カインを言い含めるアベルの声が人混みの向こうに消えていくのを聞きながら、一言以上、立ち入るでも口を挟むでもない鮮やかさはさすがというべきかと感心してしまう。

身につける物、と考える。
下手な装飾品は、彼女にとって重くなるかもしれないから嫌だ。
あまり畏まらず、しかしいつでも身につけてもらえたら嬉しい。

彼女によく似合って、

喜んでもらえて、

自分も、嬉しくなって、










そうして選ばれた物が今、掌にのっかっている訳なのだが。

「ええと、」

一度出してしまった手は引っ込みもつかず、しかし強引に押しつけるのも違うだろうと思う。
どうしたものかと困り果てながら、ふとシーダの顔を見る。
シーダの表情、少し頬を赤らめて、真剣そのものではあるが、嫌がっているようには見えない。
むしろ喜んでいると言って差し支えない。

それはそうだろう、と、思う。
その、はず。

だってシーダは、おそらくマルスのことを、





それは当然うすうす感じていたし、自分だって当たり前のように彼女を大切に思っている。
出会った当初は、妹がいたらこんな感じなのだろうかとくすぐったさを覚えたものだったが、いつでも自分を思って傍にいてくれるシーダが、いつしか何にも代え難い愛しい存在になっていた。

シーダも、そのはず。










だけど、ええと、

「……どうして、かな」

恐る恐る尋ねてみる。
聞くと、俯いてしまった彼女に、今度は慌てふためきかけたマルスだったが、す、と顔を上げたシーダの真剣な眼差しに目を奪われる。

「だって、」

「……だって?」

「頂いてしまったらわたし、毎日付けずにはいられません」

あまりにも嬉しすぎて、という言葉にマルスは内心ほっとする。
やっぱり彼女は喜んではくれているようだ。
しかしその後、でも、とシーダの言葉は続く。

「でも、これからずっと戦いの中に身を置くのに、もしも、……」

「……うん?」

「汚したり、なくしでもしたら、わたし、……どうしていいか分からなくなってしまいます」

再び俯いた彼女が、だから今は受け取れませんと口の中で小さく呟くのを見て、マルスは愛しさがこみ上げるのを感じた。

ああ、なんて、愛らしいのだろう。

目の前の少女を思い切り抱きしめたいような衝動をなんとか押し止めて、マルスはひとつ提案をした。

「じゃあシーダ、こうしよう」

「……はい?」

「僕はやっぱり君に受け取ってほしい。君に、持っていてほしい」

だって、そのために選んだのだ。

「でも、君の心配もわかるよ。そういう気持ちも、僕は嬉しい」

「………」

頬を染めたシーダは、どうしたらいいかと迷っているようでもある。
愛しい少女をこれ以上思い悩ませるなんて、したくない。
だから、

「これだけ、受け取ってほしい」

指先に乗せて差し出したのは、紺青の片方。
吸い込まれるような深い色合いが、夜のタリスの海だと思った。

「髪に、付けなくてもいい。ただ、持っていて。もう片方は僕が持ってる」

一組を二人で分かち合うなんて、それはそれで二人だけの秘密を共有し合うようで、どこか嬉しいのだなと頭の片隅に浮かぶ。
にこりと微笑んだ。

「戦いが終わったら、君に渡すよ。いつか、平和になった世界で」

それでいいかなと尋ねると、花が綻ぶように微笑んだシーダは、はいと返事をしてくれた。










あの時と同じように指しだした手には、しかしあの時とは違い、乗っているのは一本だけ。
純白のそれは、幾月日を越えたにもかかわらず、清廉な白を保っている。
ずっと、マルスはそれを渡せる日を思い、ずっとずっと、大切に持ち続けた。
待ち続けた。
それが今、やっと、

「……覚えていて、くださったんですね」

「もちろん」

君との約束は、何ひとつだって忘れないよ。
告げた言葉に微笑んで、シーダがそっと紺青の一本を取り出した。
あれからずっとお守りにしていましたというシーダの手を取り、そっと純白を乗せる。
久しぶりに出会った一対は、傍にあってこそ、対なのだと思わせた。
まるで溶け合うように調和する2色が、シーダの髪に添えられる。
くいと一房に結わえた髪は持ち上げられ、風にさらさらと揺れた。
アリティアの城に吹く風は、木々を抜け湖を渡り空に流れていく。

「似合うよ」

白と紺青は空色の髪と花より鮮やかな笑顔を彩り、風にさらさらと揺れた。






『 約 束 』
『 約 束 』

2009.7.12


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