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◆Req
晴れた日の探し物(アリティア主従)





よく晴れた日だった。
宿願であった戦いの勝利を納め、救国の英雄ともなればそう簡単には放してもらえないマルスもやっと解放されて、帰国の算段がついた。
様々な雑事を終えて、明後日にはアリティアに向けて帰国の途につく予定である。

カインたちは隊長から様々な指示を受け、物資の管理を行っていた。
管理とは言っても主に荷運びや荷造りの類で、しかも采配はほとんどアベルに任せている。
こういうとき、躊躇わずてきぱきと指示を出す親友に感心するばかりだった。

さて次にすることは、と頭の中でアベルの指示を思い浮かべながら晴れた回廊を歩いていると、うろうろと歩き回る人影に行き会った。
遠目にも分かる青い髪、青い瞳の、我らが主君。
しかし、どうだろう、様子がいつもと違う。辺りを見回しながら落ち着かない様子で歩く主の姿というのがひどく珍しくて、カインはしばし見入ってしまった。

「…マルスさま?」

「ああ、カイン。……片付けご苦労さま。アベルにこき使われてるんだって?」

「……誰ですか、そんなことを言ったのは」

「うん、ドーガがぼやいてたから」

笑いながらもどことなく落ち着かない様子で、マルスは辺りを見回している。

「………何か、お探しですか?」

「え?ああ、うん…」

歯切れのよくない主というのもまた珍しい。

「マルスさま?」

「…………ないんだ」

重ねて問うカインに、しばしの逡巡のあとそう言って、指した指は額の少し上に向いている。
そこには見慣れた何かが足りない。






青の美しい石がはめ込まれた頭飾りは、幼い頃、王妃から生誕を祝って贈られた物だと聞いたことがある。
タリスへの逃亡以来、肌身離さず大切にしている様子もカインは見知っていた。

毎朝それを身につけるとき、願いのような思いが込められていたことを知っている。
それはほとんど身一つで祖国から逃れたマルスが、唯一、持ち出すことのできたもので、今では母の形見ともいえる。

「探しましょう、」

一緒に、と言うと困ったような顔のまま、マルスは少し笑った。










昨日もアカネイアの人々の祝宴に顔を出すことを余儀なくされて、半ば前後不覚になるまで飲んでしまったのだというマルスは、情けないよねと自身で言いながら溜息を吐いた。
この場合は飲まされたと言っていい。元々酒は得意でないのに律儀に付き合わなければならないのも大変な話だ、とカインは主に同情する。

「目が覚めたら自分の部屋だったし、誰かに運ばれたふうでもなかったんだけど」

朝、目を覚ましたらそのときにはもう見当たらなかったというのだから、仕方ない。しかも酷く酔っていた自覚があるから、どうにもあまり多くの人間には尋ね歩きにくいらしい。

「昨日通ったと思う場所は見回ってみたんだけど」

「ありませんでしたか」

「うん、どこにも」

救国の英雄が身につけているものとなれば、さすがに誰かが拾ったなら届けられるだろうが、それもないという。

「……もう一度回ってみましょう」

そして昨日マルスが通ったと思われる道筋を辿ることにしたのだが。









「今日はしていらっしゃらないんですね、頭飾り」

出会った人物が開口一番に言った言葉にマルスが、ああうん、と歯切れの悪い返事をすると、

「……何か、お困りですか?」

察しのいいアベルは途端に眉を寄せて気遣わしげな視線になった。

「ちょっと、探し物」

歯切れ悪いままの物言いに、あまり深入りされたくないマルスの心情を慮ってか、アベルはにこりと笑った。

「手が必要なら、そこのカインを思う存分使って頂いて結構ですから」

それ以上聞くでもなくそう言って笑った。
頷いて踵を返したマルスの後に続こうとしたカインを、こそりとアベルが呼び止めた。

「おまえに割り振った分は俺たちで片付けておくから。マルスさまにしっかり付き合って差し上げろ」

「……後で行く。残しておいて平気だ」

隊長たちが働いているのに、いくら主のためとはいえ自分だけ免除されるのは心苦しい。
アベルの苦笑する顔を視界の端に引っ掛けて、すまないと言う代わりに片手を上げた。










そのまま大広間に向けて廊下を進んでいくと、

「マルスさま」

「どうかなさいましたか?」

人懐こい笑顔と、優しげな微笑みに出迎えられた。

「うん、ちょっとね」

曖昧に答えると、気遣いの人であるレナは察してそれ以上は聞いてこず、ジュリアンも話そうとしないことには無理に食い下がるような質ではない。
そろそろ出立の日ですねとレナが微笑むのに応えて、ふと気になったのだろう。マルスが尋ねた。

「二人は?この後どうするの」

聞けば、二人はこの後マケドニアに行くのだという。
マケドニアはレナの故郷。国を出る原因になった人物もいない今、レナが故郷にもどるのは至極自然なことだろう。
シスターはそこで戦災によって親を失った子供たちを引き取り孤児院を営むのだという。多くの傷ついた人々のために尽くすというのは、まったくレナらしい。
しかし、そこにジュリアンが共に帰るというのは、

「ジュリアン」

「はい?」

手招きされて近づいたジュリアンの耳元で、マルスが小声で言った。

「……おめでとう?」

からかい混じりのマルスの言葉に、ジュリアンはひどく狼狽えた。

「そ、そんなんじゃないですって!俺はただ、レナさんの、手伝いをできたらって、」

「わたしが、なに?」

「……!なんでもない!」

顔を真っ赤にしたジュリアンと、首を傾げたレナのやりとりを見ていると微笑ましい気持ちになる。半歩後ろに立つカインを振り返ったマルスと目を合わせて、小さく笑った。
この先が楽しみな二人と別れて、歩きだしたカインたちを、慌てたような声が追い掛けてきた。

「マルスさま!」

「?」

振り返ると、ジュリアンが真直ぐにこちらを見つめていた。

「ありがとうございました!」

それは、サムシアンからレナを助けだしたことに対してかもしれない。
盗賊だったジュリアンを軍に迎え入れたことに対してかもしれない。
ジュリアンを信用して、マルスがそうすることによって、自然周りからも信用されるようになったことに対してかもしれない。

万感をこめて、勢いよく頭を下げた元盗賊に、一瞬二人で顔を見合わせて、それからマルスは笑いかけた。

「こちらこそ。君がいてくれてよかった」











さらに大広間に続く道を進んでいくと、三つの人影に出会った。
何事か打合せているらしい三人は、書類を手に真剣な面持ちだ。
ふと気配に気付いたのか、一番長身の一人がこちらに振り返った。

「おはようございます、ミネルバ王女」

先に一礼したマルスに倣ってカインも頭を下げる。そして気安い仲の緑と青の天馬騎士二人には視線で挨拶をする。二人は同じようにマルスに一礼をした後、目だけでカインに微笑んだ。
王女が朝早いのですね、と口を開く。

「昨日も遅くまで宴に刈りだされてお疲れでしょう?」

かくいう王女はさすがに途中で宴の場を辞したようで、幾分疲れは少ないようだ。
宴を途中で辞したということは、探し物の行方は当然知らないだろう。そう判断したのか、マルスは失せ物については触れようとはしなかった。
王女率いるマケドニア勢は、アリティアの出立よりも少しだけ遅く一日後の出発らしい。
準備の慌ただしさはアリティア勢とそう変わらない。きっと今もそのための打ち合せをしていたのだろう。
ただ、アリティア勢と違うのは、単に歓喜だけに包まれた帰還ではないという点だ。
前王の弑虐に始まる王位継承、新王のドルーア加担、挙げ句に破滅。ミネルバたちが戻るのは、戦いが終わったとて未だ心休まることのない祖国。
国を立て直すには、ひとかたならぬ努力と時間がかかるはずだ。

「……ミネルバ王女、」

マルスが呼び掛ける。
戦いの最中にあってはとてつもない鋭さを発揮する赤い瞳は、今は穏やかに光を湛えている。

「どうか、ご健勝で。早くマケドニアが平和を取り戻すことを、」

願っています、そう告げたマルスは、心底そう思っているはずだ。
マルスだけではない。
自分も、マケドニア騎士たちの苦悩を身近に見てきた。同じ戦いの日々を潜り抜けてきた彼女達の、真の安寧がはやく訪れることを祈るばかりだ。

「ありがとうございます」

ふわりと笑った王女は、たとえ苦難の道だろうと踏み止まらない決意をこめた光を瞳に乗せて、頷いた。

「わたしには、心強い騎士たちがいますから」

だから大丈夫だという言葉に控えた天馬騎士たちも頷いて、カインもどこか充足を得たような気になった。
別れ際に自分に向かって微笑んだパオラと小さく手を振ったカチュアに目線で激励を送り、おそらく伝わっただろうそれをマルスが見とめてからかわれた。

「いつのまにか、仲いいよね?」







妙に面白がっている様子の主に、特別な意味はないのだと否定しながら歩いていると、ふと耳慣れた声が聞こえた。
声の聞こえてくる部屋を覗いてみると、見慣れた顔が目に入る。
アリティアの弓兵、ゴードンだ。

「マルスさま!」

その向こう、ゴードンの頭の上から、顔をのぞかせたのは長身の、彼が慕うスナイパーのジョルジュ。
向かい合って何事か話していたらしい。
どうやらこの部屋はアカネイア騎士の控え室のようだ。
他にも数名いた騎士や剣士たちが、マルスの姿を見て慌てて居住まいを正している。
それを見て苦笑したマルスはカインに目配せひとつして外に出た。
休んでいる騎士たちに余計な気を使わせたくないのだろう。
ゴードンたちも連れ立って出てきた。

「マルスさま、どうなされたんですかこんなところで」

歯切れ悪く答えを濁すマルスとカインを見比べ、カインまで連れて、とゴードンがカインを見上げてくる。
確かに出立を控えた王子が城内をうろうろしているというのは考えにくい。まして、カインは忙しく準備を整えている最中のはずで、

「と、いけない、僕も、まだ準備終わってないんです」

ついジョルジュさんと話し込んじゃってと頭をかいて、ゴードンがぺこりと頭を下げた。
忙しなく駆けて行く背中を何となく見送ってから歩き出すと、てっきりそこで別れるだろうと思っていたのだが

「休憩時間だが、することもないのでな」

何故かジョルジュが着いてきた。

「……ジョルジュは、これからもニーナ様にお仕えするんだね」

マルスが、ジョルジュの姿を眺めてそう尋ねた。
この戦いを機に退役するもの、故郷の村を支えるために軍を辞するものも多いと聞くが、ジョルジュの整えられた騎士装束姿を見る限り、彼にはその兆候はないようだ。

「もちろんです。それが騎士の務めですから。たとえ戦いが終わろうとも、それは変わりませんよ」

ジョルジュは言う。
どんな状況でも、騎士のなすべきことはひとつだけだと。

ただ、主のために。

ジョルジュの言葉に共感して思わず自分の主を見る。するとその主と目が合って、にこりと微笑まれた。

「これからのアカネイアは安泰だろうね。アリティアだって、負けないけど」

首を傾げてこちらを見るので、カインははいと力強く頷いた。
それを見てふと口端だけで笑ったジョルジュが、ところで、と口を開いた。

「それで、マルス王子は何をお探しなのかな?」

ずばりと聞かれてマルスが思わず口篭もる。
なにやらやたらに辺りを見回しているから様子を見ていれば分かると言うが、このスナイパーは人一倍鋭い上に、たとえ相手が他国の王子だろうが遠慮がないところがある。
遠慮のなさといえば、伝統あるアカネイアの貴族は気位が特に高いとは言われているが、この男に関しては彼自身の気質によるところが大きいと言える。
膝を折るのは主家の人間にだけ。
そういう態度が見え隠れどころかいつでもはっきり表されているのが、かえって心地良いほどに。

「手が必要なら貸しますが」

暇だからなと言う彼にどうやらごまかしは聞かないようだ。
観念してマルスが一部始終を話すと、ジョルジュは顎に手をやって考え込む。

「昨晩の宴は私も出ていましたが、マルス王子が部屋に戻られるときにはまだ失くされてはいなかったと思いますがね」

どうやらジョルジュは最後の最後まで宴の場にいたようで、他に残っていた面々が誰だったのかを教えてくれた。
アカネイアの高位の騎士、貴族の数名とオレルアン王弟ハーディンに、彼の部下数名。
それから神竜の王女、付き人のバヌトゥに、チェイニー。

「チキも、いたのかい?」

そんなに遅くまでと驚いて思わず聞き返したが、聞けば竜族というのは人間と時間の流れが違うので、必ずしも人と同じように睡眠をとるものでもないらしい。
マルスが感心してへえと声を出したところに、後ろから声がかかった。

「ジョルジュ!」

三人揃って振り返ると、女性の騎士が手招きしている。

「手が空いているなら手伝ってほしいんだけど!」

マルスに向けてだろう、遠くから一礼をしてそう声を上げているのはミディアか。
その後ろには何か大きな箱を抱えたアストリアの姿も見える。

「僕はいいから。行っていいよ」

笑ってマルスが言うと、ジョルジュは仕方なさそうに肩を竦めた。
頭を下げて背を向けた弓騎士は、アリティア軍に参加したばかりの頃とは比べ物にならないくらい充足した顔で仲間の元に戻っていった。









そうやって城内を結局一回りした結果、











「ありませんでした、ね…」

「うん……」

酷く沈んだ表情で頷く主を、なんとかしたい気持ちが湧いてくる。
アリティア軍は、二日後には帰郷の途につかねばならない。
母の形見を失くしたままでは、マルスの顔は晴れないままだ。

「わたしがもう一度、探してきます」

お疲れでしょうから少し休んでください、そういうカインにぱっと顔を上げたマルスが何か言おうとしたとき、

「いた!マルスのおにいちゃん!」

あどけない声がして、小さな人影がひょこりと姿を表した。飛び跳ねるように駆けてくるからそのたび高い位置で結わえた髪がぴょこりと跳ねる。
アリティア王子であるマルスを「おにいちゃん」呼ばわりできるのはこの軍にはたった一人しかいない。

「やあチキ、」

マルスが笑いかけると、さらに嬉しそうに足取りが軽くなる。後ろ手にマルスの前までやってきて、にこりと笑った。

「はい!」

満面の笑みと共に差し出されたのは小さな掌。
その上に乗っているのは、

「あのね、ぴかぴかにしたんだよ。ほら、」

まさに一日がかりで二人、探し回ったそれ。
見て見て、と驚きに固まったまま受け取ったマルスに、チキが磨きこまれた部分を指差した。
青い石が、これでもかと言わんばかりに輝いている。確かに、昨日までより確実に綺麗にはなっている。

「チキ、これ、どこで」

「えっとね、昨日の夜、お兄ちゃんが廊下で寝ちゃってたからチェイニーが部屋まで運んだの。その時外して……ね、きれいになってるでしょう?」

「…………ああ、本当だね」

脱力しきった顔のマルスは、期待に満ちた瞳を輝かせるチキに、やっとのことでそう呟いた。
それでも、きっともう別れの近いマルスを思ってのことだろうと分かるから、マルスはゆっくりと微笑んだ。

「ありがとう」

手渡されたそれを頭の定位置につける。
満足そうにそれを見て、頭を撫でられてチキは照れたように笑った。










「お疲れさまでした」

一日がかりで城内を探し回って、さすがに自分も疲れを感じている。マルスとて同じだろう。

「うん、カインもね」

忙しいのに悪かったねと言われて、いいえと返してから、はたと思い出す。
ジェイガン隊長とアベルから任された出立の準備。自分で片付けるからとアベルに言ったきり、途中で放り出したままだ。
もしかしたら顔が青ざめでもしたのだろうか、マルスが申し訳なさそうな顔になる。

「ええと、カイン、手伝うよ、何かできることがあれば」

「いいえ!とんでもない!」

主人の手を煩わせる騎士がどこの世にいるというのか。そんなことをさせられるわけがない。

「申し訳ありません、わたしはこれで」

慌しく前を辞して、とりあえず一度アベルのところに顔を出すべきかと考えながら駆け出そうとしたところに、

「カイン!」

マルスの声。
朝出会ったときより確実に晴れ間を覗かせた声に振り返ると、そこにはカインが見たかった顔があった。

「ありがとう」

はいと返事をして、力を貰ったような気がして、カインはまた駆け出した。









2009.7.11


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