◆Req
宴(アリティア騎士団)
「隊長?」
「何だ、カイン」
「…何ですか、これ」
「見ての通りだな」
「はあ…」
そんな会話を交わす二人の前に置かれているのは、
「あれ、……もしかしてこれ酒ですか!?」
アベルと連れだってやってきたのはドーガ。部屋に入る早々、テーブルの上の物に目敏く気づくあたり、さすがに酒豪を自負するだけのことはある。
こほんとジェイガンが咳払いをした。
途端に全員びしっと背筋が伸びるのは、日頃からの訓練の賜物だ。
伊達に厳しく躾られていない。
「お前たちを呼んだ用件だが」
また何やら新しく、より厳しい訓練でも始めるのだろうかと、内心身構えたアリティア騎士たちだったが(訓練の時のジェイガンは容赦ないのだ。全くもって)、次に続いた言葉に拍子抜けした。
「オグマがこれを寄越した」
指差したのは先ほどから話題に上っている林立している瓶。
どこからどう見ても酒瓶だ。
「オグマが?」
「タリス王からの、贈り物だそうだ」
たまにはゆっくりと心と体を休めることも必要だ、そうタリス王の言葉を告げてオグマはこれを置いていったという。
突然押しかけた亡国の王子とその騎士たち。いつ放り出されても文句は言えない。
しかし、タリスの王が自分たちを放逐することはなく、支援を施しゆっくりと力を蓄えればいいと言う。
無念はわかるが、逸ってはいけない。
諭す言葉には芯からの心遣いが感じられ、アリティアの騎士たちは心を打たれて静かに頭を垂れたものだ。
若い騎士たちが、国を離れた島国で訓練に明け暮れるだけの日々について思うところがあったのかもしれない。
心優しいタリス王の気遣い、ということだ、これは。
王自らの行為を、無下にはできない。だから普段は厳しいジェイガンも、何も言わずにこれを受けたのだろう。
かくいうジェイガン自身、若い頃はずいぶんといろいろな武勇伝を残している。らしい。
かつてアリティアにいたころ、古参の騎士が笑い混じりに話した昔話を頭の片隅に思い出す。
「私は休むから、お前たちだけで飲むといい」
そう言ってさっさと引っ込んでしまったから、その話を具に聞くという訳にはいかなくなってしまったが。
パタンと扉が閉まり、残されたのはカイン、アベル、ドーガの三人だけ。
誰からともなく顔を見合わせる。
ぱちりと合った視線。
にっと、ドーガが笑った。
「飲むか!」
「…だいたい、お前は昔っからなぁっ、」
ドーガがドン、とグラスをテーブルに打ち付ける。
しずくが飛んで、ぴちゃりと落ちた。
「もったいない、良い酒なのに」
くだを巻かれているアベルがぼそりと呟く。すると、余計にドーガが絡んで、また大声を出した。
「聞いてるのか俺の話!」
「はいはい聞いてる聞いてる」
どこ吹く風の顔でしれっと答えてるアベルは慣れたもので、見ているカインは、伊達に古い付き合いではないなと苦笑する。
「カイン!お前も!」
聞いているのかと間近に迫って詰め寄られ、どうどうと宥めるように酒を注いだ。
酒豪と言うだけあって飲む量は確かに多いが、どうにも酔い方が良くないのだ、ドーガは。
「…相変わらず絡み酒だな」
溜息をついたアベルに内心で深く賛同して、しかし表情に出すと面倒なのでぐっとこらえる。
「もう一杯!!」
溜息と共に酒を注ぐアベル。
ついでに自分とカインのグラスにも注ぎ足して、カシャ、と氷を落とす。
琥珀の液体は、たぷ、と音を立ててそれを受け入れた。
「…何を騒いでいるんですか?」
ひょこりと顔をのぞかせたのはゴードン。
今日は何やら用事で王城に呼ばれていたマルス王子の供をしていたはずだ。王城に泊まるかと思っていたのだが、この時間になって戻ってきたらしい。
「お、」
ドーガが声を上げた。
新たなターゲット発見だ、と、目が輝いている。
「お前も飲め!」
「は?」
がっしりと首根っこを捕まえられて、ゴードンがうわ、と声を上げる。
「痛い!痛いですってば!」
飲みます、飲みますからと言うとやっと解放されて、多少憮然とした顔のゴードンをカインは笑って迎えた。
隣の椅子を勧めると、もう乱暴なんだからとかなんとかぶつぶつ呟きながら腰を下ろす。
ぶつぶつ言われたドーガは機嫌よくぐいぐいとグラスを空けて、次々アベルに注がせている。
(まったく……)
笑って氷の入ったグラスに琥珀の液体を注いだ。
少しだけ。
そして、グラス半分、水を足す。
「あんまり強くないだろ?」
付き合い上、飲まされることもあったが、まだ年若いゴードンはさすがにカインたちほど飲み慣れていない。
「…助かります」
ちび、と口を付けて、何だか微妙な感じに顔をゆがめたゴードンを見て、アベルが苦笑する。
「苦い、なあ」
「味が分かるようになるのは、もう少し年を取ってからだな」
「おいしくなるのかな、本当に」
首を捻るばかりのゴードンに、自分たちもこのくらいの年の頃は同じだったかと考える。
酒、というと騎士団の面々で飲むことがほとんどで、必ずと言っていいほどドーガの顔がのぞく。
よく、暴れたドーガを押さえるために狩り出されていたような気がする。
若いもんの始末は若いもん同士で付けろ、とかなんとか勝手な理屈を押しつけられて。
「……成長してない」
「……まったくだ」
アベルと顔を見合わせて、苦笑した。
「……懐かしいけど、な」
「ん?」
「懐かしい」
「……そうだな」
たまには悪くない。
カチンとグラスを合わせれば、あの頃と同じように透明な音が高く響く。
そうしてドーガの世話を散々焼きながら夜通し飲んで、いつの間にか全員すっかり酔い潰れて朝寝坊をして、王城から戻ったマルス王子が酷く恨めしそうに呟いた。
「……僕だけ、仲間外れ?」
二日酔いで痛む頭を抱えながらも訓練を免除されることも無く、いたく御立腹の主の御機嫌取りに奔走した騎士たちの翌日が散々だったというのはまた別の話。
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2008.9.7
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