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◆Req
花(ジュリレナ)




サムスーフの森は深い。
切立った険しい山々に囲まれ、茂る枝に遮られて昼間といえど空は暗い。
地元の人間すら滅多なことでは立ち入らない山道はろくに整備もされていない。
草は茂っているし、小さな起伏だらけの、道というのがおこがましい、申し訳程度の道なのだ。
これは相当に歩きにくいはずだ。
後ろを振り返る。
数歩分遅れてついてきているシスターは、この景色にまったくそぐわない、と思う。

と、そのシスターが躓いたのか、小さく声を上げてよろけた。

「あ、」

「え、おい…!」

思わず伸ばした腕が、触れる。
逃亡なんていう無理を強いているためか、少し上気して熱い。
頭の片隅でそんなことを感じながらぐいと掴んで引き寄せて、体勢をなんとか立て直す。

「…ありがとう」

小さく言ったシスターが顔を上げて、至近距離で合った視線にどきりと心臓が鳴った。
そして、掴んだ手首のあまりの細さを改めて認識して、びくりとする。
動きを止めた自分を不思議そうに見たシスター。
ぱっと手を離してくるりと身体の向きを変え、赤くなったかもしれない頬を軽く叩いた。

「行こう」






「…ちょっと、休むか?」

慣れない無理をさせている。
息の上がったシスターはうっすら汗を掻いている。
辛い思いをさせたくはないが、こればかりは頑張ってもらうしかない。
命に関わるのだから。
ジュリアンも、シスターも。

「大丈夫、です」

気丈に前を向く強さはいったいどこから生まれてくるのだろう?
サムシアンに囚われている時も、彼女は決して下を向かなかった。
毅然と慈悲を説き、村を襲う悪行をやめる様に請い、自分自身を顧みず。
やりたいこともやるべきことももたず、ただ流れに任せてサムシアンの一員となった自分とは、あまりに違う。

「あら、」

声を上げたシスターに振り返ると、シスターはその場に屈み込んでいる。
足でも傷めたのか。
やはり休むべきかと聞き直そうとして、流れる髪を片手で押さえながら彼女が視線を向けているのは足よりも少し先だと気付いた。

「?」

「こんなところに」

指差した先には、

「花?」

砂利の混じった地面、その横の岩の切れ目。
陽も射さないだろうそこに、小さな白い花。

にこりとシスターが笑った。




花。

小さな、

白くて、

可憐な。

陽も差さない森の奥、

茂る草に追いやられる様にひっそりと。

けれど、下を向かない。

芯からの強さを秘めた、

だから




「こんな所にも」

花は咲くのね、辛い状況のはずなのに、こんな小さなもののためにシスターは笑った。









ごろりと寝転がった草むらの上で思い出す。
自分がこの手で助けたいと願い、この手で連れ出したシスター。
いつか掴んだ細い手首の感触が今でも残る手の平。
見つめて、陽に翳すようにして透かし見る。
眩しさに目を細めて、ぱたりと腕を下ろした。
溜め息をひとつ。
アリティア軍に参加して以来、忙しく駆け回っているレナは相変わらず笑顔を絶やさない。
いつもいつでも変わらない笑顔でひとと接するレナの姿は、明るく射す陽と同じように眩しい。
陽を直視できなくなって、ふいと顔を逸らす。
草むらの上に放り出した自分の手の平。
サムシアンとして様々な悪事に加担してきたこの手が、酷く嫌だった。
ぎゅ、と握る。
今までをなかったことにはできなくても、同盟軍でがむしゃらに働くことによってせめてもの償いになるだろうか。
公平無私に、ひとのために労を惜しまず自分にできることを精一杯するレナの、力になりたい。
指の力をふ、と緩める。
と、指の向こう、草むらの中に白い何かを見つけて目を凝らした。
茂った草の陰。

ああ、花か。

“こんな所にも、花は咲くのね”

…どこでだって、花は咲くのだ。
自分の信じるもののために。
どこだろうと選ばずに咲くのだ。
強く毅然と顔を上げて。



レナこそが、花のようだと思う。











「レナ、さん」

呼びかけると彼女はいつもの笑顔で振り返る。

「ジュリアン」

「これ…」

差し出したのは、摘み取った白い花。それを見てレナが少し目を開いた。
あら、と口元に手を当てて、それからふわりと笑う。

「私も」

「?」

そして差し出されたのは、同じように摘み取られた白い花。

「ずっと忙しくて、ちゃんと話す時間もとれなかったから」

大事そうに持つそれを、そっと差し出す。

「あなたに、と思って」

「……俺?」

そう、と微笑む。

「随分遅くなってしまったけれど、まだちゃんと言ってなかったから」

初めて出会ったときより幾分痩せた指が、自分の手を取った。
白くて、細い指。

「助けれくれてありがとう」

花が綻んで開いたようだった。




ああ、違う、

花なんかよりも、もっと、




守りたい、そう思うのは許されるだろうか。そばで、特別なことなんてなくていい、ただ隣で。

この笑顔を守れたら。

ジュリアンが渡した花をレナが受け取って、ジュリアンも笑った。






『 花 』
『 花 』

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あきゅろす。
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