手を伸ばす(ウルキ+ヤナフ)
空全部抱きしめる勢いで両手を広げてみる。
抱えられるわけがないとわかっていても、それでも手を伸ばしてみたくなったのだ。
小さな両腕をいっぱいまで両横に張ったけれど、そもそも森の古い木の幹さえ囲いこめないだけの長さしかない腕だ。
ほんの僅かな空気を指がつかんで、張った胸がほんの少し太陽に近づいて、ただそれだけだった。
伸びた両腕の向こうにも、頭の上にも、まだまだ果てなく青は広がっている。
張ると同時に吸い込んだ息を長く吐いて、腕を下ろした。
落胆したわけではなかったが、少しだけ肩が落ちたのは事実だ。
自分が小さいことなど知っていた。
けれど、どれだけ子どもで、まだ周りに守られなくてはやっていけないほどに幼いか、再認識したのだ。
やっと羽の生え揃ったばかりのウルキには、まだ、長く空を飛ぶことができない。
いくらか年長のヤナフは、小柄なわりには成長はどうやら早熟らしく、自分と同じ頃には大人たちに交じって自在に空を飛んでいたらしい。
ベオクの船への奇襲にも、どうやら一度だけ参加したことがあるのだという。
すべて本人の談だから真実は確かめようもないが、実際のヤナフの動きを見ていると、納得をせざるを得ない部分はある。
短気で暴れ者でやっかいだから近づくなという周りの評判を裏切って、からりと面倒見のいい性格だったヤナフを、出会って以来ウルキは不快に思ったことがない。
くっつかれると放っておけない質で、ウルキが傍に行けば仕方がねぇなあと言いながら決して邪険にはしなかった。
ここしばらく、ヤナフはウルキの飛ぶ練習に付き合っている。
しばらく飛べばすぐに疲れてしまうウルキを「鷹の民なら勇ましく飛べなきゃな」という持論のもと、鍛え上げるというのだ。
ヤナフと飛ぶのは楽しかった。
今日はどこまで飛ぶのだという目標を決めては、ウルキの知らない場所にまで連れ出した。
そして、決して無理はさせない。
普段の自分の無茶な様子からは信じられないほど、周りには慎重だということも知った。
けれど、ウルキに付き合うヤナフが本当はもっともっと自分で飛び回りたいのを我慢しているのは明らかだった。
悔しいと思った。
そんな風にしてもらわなくても平気なのだ。
ヤナフはヤナフだ、自由にすればいいし、奔放なヤナフが弟分とはいえ、ウルキのために我慢をするというのはとても彼らしくない。
けれどもしも、ヤナフがひとりで行ってしまったら、きっと自分は取り残されたような感覚を味わってしまうのだろうともわかる。
悔しい、というのは、そういうところだ。
ヤナフが意識して細やかな配慮をするような質でないことはウルキが一番よく知っている。
だから、ヤナフはおそらく直感で、そうとは意識することなくそうしているのだ。
ウルキが淋しさを感じないように。
悔しい、と、思う。
守られるばかりではなく、対等になりたかった。
自由なヤナフを僅かなりとも自分が制限してしまうのが、悔しかった。
後ろ髪を引かれながらではなく、背中を任せる安心感をもちながら、ヤナフには飛び立ってほしかった。
引き止めるためでも、縋るためでもなく、出迎えるためにこの手を伸ばしたかった。
もう一度手を伸ばす。
手のひらの小ささに、悲しくなった。
「………何してんだ?」
「………ヤナフ」
振り返ると、怪訝な顔をしたヤナフが立っている。
なんとなく黙り込んでしまうと、ヤナフが近づいてきた。
そして、
「ん」
手を差し出してきた。
「………?」
意図がわからず戸惑っていると、ぐいと右手をとられた。
引っ張りあげられて、ヤナフがばさりと翼を広げた。
「飛ぼうぜ、」
一緒に、と言われて、きっとヤナフにはそんなつもりはないのだろうけれど、見透かされている気がした。
自分よりも僅かばかり大きい手のひらに包まれて、悔しさよりも安堵が勝ってしまって、それもまた、悔しくて。
翼を精一杯翼を広げながら、思う。
いつか、
いつか、隣に並ぶのだ。
こちらから手を取ることができるくらいに。
飛び立つ背中を安堵で満たして、戻ってくるヤナフをこの手で受けとめられるほどに、なるのだ。
いつか、
それまで、もう少しの間だけ、この手に甘えていようと思う。
そうして、ウルキの手を包む手のひらを、ぎゅうと握り返した。
今日の書き出し/締めの一文 【 空全部抱きしめる勢いで両手を広げてみる 】 http://shindanmaker.com/237660 より
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