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矢(ヤナフ+シノン)





戦況はどうやら小康状態、辺りの敵はやられるか退却したかで、ひと段落したようだ。
背中を確認すれば、手持ちの矢をだいぶ消費して、残りが心許なくなっている。
一度補給に戻ったほうがいいかと踵を返そうとしたところに、頭上から羽音がした。
ばさりと巨大な鷹が舞い降りて、着地と同時にその姿がぶれる。

「………っ、ぷはっ、」

化身を解くとなぜ人型になれるのか、そもそもなぜ化身などという不可解な現象が起こるのかはわからない。
何度見ても、自分には起こりえない現象には慣れない。
しかし、化身を解いた姿が見知った顔であれば、昔程には警戒心もなくなった。
別に好んで自ら見知るようになったわけではないが、普段のなりの時にはいたって自分達と変わらないのだ、このラグズという種族は。
笑いもすれば皮肉も言う。
単純で、簡単に怒り、突っ掛かる。
個体によって差はあるものの、それは人間でいうところの個性の範疇で片付けられる程度。
それがわかって以来、自分の理解の域でものを考えることをやめた。
単に違う生き物であるから、いくら不思議があろうとも仕方がないのだ、と思うことにした。

「なんだお前、俺の華麗な化身姿に見惚れたか」

ただ、物珍しさで見ていただけだというのに、こんなことを面の皮厚く言う生き物に、そもそも不可解ゆえの畏敬を抱くなど馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

「あぁ?」

限界来て化身解いたくせに何が華麗だ、と返せば、うるせぇ俺はデリケートなんだと意味のわからない返答が返る。

「年長者を労れ若造」

「敬うに値するもんなら言われなくとも労ってやろうじゃねえか」

こんな軽妙なやりとりをするものに、いったいどうして畏敬の念などもてようものか。

「可愛くねえな!」

「大の男捕まえて可愛いもくそもあるか! お前いい加減その認識改めねぇと射ち落とすぞ!」

こんなやりとりはもう何回繰り返されたかわからない。
いい加減慣習化しすぎて、しつこいほどだ。
面倒くさくなって半ば勢いだけ、もちろん本気ではなかったのだが、

「おい、それこっち向けんな、物騒なやつだな」

構えた弓矢に結構なレベルで嫌な顔をしたから、やはり鳥の仲間であるこの若造りの年寄りは、弓矢が苦手なのだろう。
いや、苦手とは言わないのか。
弱点。
空の覇者とも言える鷹の民にも、弱みはあるのだと思えば、天の公平性にほくそ笑みたくなる。
さすがに鷹王ともなれば恐れるものもないようだが。
先の戦いで、鳥翼の弱点である矢からの攻撃をものともせず空を統べる姿を思い出して、舌打ちをする。
それを、いかにも誇らしげに見つめていたこの男にも。
うちの王がこの世で一番強いのだと信じて疑わないその顔で、戦闘から戻る王を迎えて隣に並ぶ姿があまりにも当たり前の光景、といった態だった。
鷹王を仰ぎ見るときの真直ぐな視線が、シノンを苛立たせる。
なぜこんなにも苛立つのか、自分でもわからないまま腹いせに構えた弓を下ろさない。





知らねえよ、お前らの絆なんて、
知らねえよ、そんな顔、





引き絞る。
キリリと唸る弓弦に、意識を乗せる。
限界まで引いた矢に、全神経を集中すれば、もう、目の前の獲物しか見えない。
この矢は確実に射抜く。
狙いを外すことはない。

「ちょ、おま、冗談でもやめろって!」

「動くな」

短く言い放てば、ヤナフが硬直するのがわかった。
この距離では、よけるのは到底無理だろう。
精々ビビればいい、と口元で笑う。
鷹王に向けるような顔は、自分には向かない。
ならば、もっと別の顔を見せればいい。
キリキリと引き絞る。
そして放たれる矢は、ヤナフの頬の僅かばかり横を鋭く通り抜けた。
びくりと震えた体が思わず目を閉じたが、背後の敵兵の呻きと倒れ伏す音によって、やっと力を抜いた。

「………言えよ」

「気付けよ」

化身を解かねばならない時というのは、相当に体力を消耗しているらしい。
集中力が落ちていたのは事実だろうが、あれでやられてはあまりにお粗末だ。
それこそ、ご自慢の王様に会わせる顔もないだろうに。

「気付けよ、あの程度。油断しすぎだろうが」

「……いや、お前がいるから大丈夫かと思って。油断した。でも現に大丈夫だったろ?」

シノンのいる前で、自軍の兵が弓にやられるなどありえない。
誰より弓の腕には自負がある。
誰より速く、標的を射抜く自信も。
敵方の弓兵に出し抜かれるなど、プライドが許さない。
けれど、まさかそれをこの男に言われるなんて。

「助かった」

やっぱりお前の腕、確かだな、と、ひどく素直な顔が誇らしげだ。

「……んだ、その顔」

なぜヤナフがそんな顔をするのだ、シノンにかかわることで。
まるで鷹王を誇るときのように、
そんな顔、で、

「俺が面倒見てる奴が立派になったら、鼻が高いだろうが」

「は……ぁ!? 誰が面倒見たって!?」

そっくり返ったヤナフが、自信たっぷりに笑った。
右手の親指を立てて自分を指す。
「俺」

いっそ無邪気ともいえるその仕草に、ひどく脱力を覚える。
こんな奴の表情ごときに、一瞬でも浮き沈みしたなど、自分自身を呪いたくなった。

「馬鹿馬鹿しい…………」

今度こそ、踵を返して本隊へと向かう。
待て、だの、置いてくな、だの言いながらついてくるヤナフが辛うじて追い掛けてこられるペースを保ちながら、手のかかりすぎる年長者に溜め息をついた。
ほんの少し、胸に温かいものを灯しながら。







『 矢 』
『 矢 』



2011.12.24


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