蛇(ヤナフ+ウルキ+ティバーン)
フェニキス国内の視察のため、三人で森を飛んでいた時のことだ。
しばらく羽を休めようという王の提案で、手頃な木の枝に降り立って、それぞれ辺りを見回したり腰かけて体をほぐしていたりしたのだが、あ、というヤナフの声に、ちょうど隣にいたウルキが顔を向ける。
視界に入ったのは、枝の付け根を覗き込むようにしたヤナフの背中。
小さく身を屈めていったい何を見ているのか。
「蛇、なんか変わった色だな」
蛇、と聞いて、嫌なイメージが思い浮かぶ。
随分昔、そう、嫌なイメージだ。
ヤナフ、と声をかけようとして、肩に手を伸ばす。
が、少し遅かった。
「っ、てっ……!」
ヤナフが身を竦めた。
小さく上げた声が痛みを含んでいて、肩を掴んで覗き込むと、左手首をぎゅうと抑えている。
「…………噛まれた、」
ばつが悪そうに苦笑いをして見上げてくるヤナフの向こうに、するすると幹を滑り下りていく白っぽい蛇の姿が見えた。
「おい、大丈夫か?」
大抵の蛇には毒があると思った方がいい。
牙の傍に毒を含んだ腺があり、噛むと同時にその毒が出される。
体の中に入ると命を落とすような猛毒をもつものもある、という。
少し前方の木に休んでいた王が、声を聞きつけて慌てた素振りを見せたのはその為だ。
ばさりと翼をはためかせて、こちらにやってくる。
ヤナフの腕を掴んで、腰布を引き裂いたのを巻き付ける。
毒が入った場合、体内に回らないように血の巡りを止めなければならない。
正しい処置だ。
が、
「………あの種類には、強い毒はありません」
「何?」
「少々、腫れるかもしれませんが……」
「………そうなのか?」
王が首を傾げてヤナフに問いを投げかけて、そんなこと俺が知るか、と、返すヤナフも首を傾げた。
王の手からそのヤナフの腕を引き取って、とりあえず止血はきちんとする。
そして、傷口に顔を寄せる。
少しでも毒を吸い出せば、多少なりとも腫れの程度が抑えられる。
吸って、吐き出す。
何回かそれを繰り返すうちに血は出なくなり、ならば、あとは城に戻ってきちんと手当てをすればいい。
と、顔を上げると、ヤナフが目を瞬いてウルキを見ていた。
ヤナフの手をとって処置を始めたウルキの手際の良さに、どうやら驚いていたらしい。
ようやく放した腕をさすって、不思議そうに尋ねてきた。
「なんでお前、蛇の種類なんて知ってんだ?」
王が隣で頷いているのは、同じ疑問をもったからだろう。
あのまま放っておけば王が同じ処置をしただろうことは間違いない。
いくら致死性がなくとも、王にそんなことをさせる訳にはいかない、
処置法を知っていて本当によかったと内心で息を吐く。
「蛇なんて、詳しかったか?」
ウルキの内心など知る由もないヤナフは、しきりに首を傾げるばかり。
そして、さすっていた自分の左手を見て、うわ、腫れてきた、などと顔を顰めている。
今度は本当に、溜め息を吐いた。
「……お前が、」
「俺?」
「……………いや、いい」
ヤナフと王が顔を合わせて疑問符を飛ばしたが、ウルキは構わず翼を広げた。
「……早く城に戻って処置を。ますます腫れてくる」
げ、と嫌そうな声を出したヤナフを、横からひょいと王が抱え上げた。
「わ、わ!? 何すんだ!」
「毒が回るといかんだろう。自分で動かない方がいい、……んだろう?」
最後はウルキに向けての言葉だったから、こくりと頷いた。
それは確かにそうなのだが、そんなことを王にさせる訳には、と言う前に王はさっさと飛び始めてしまった。
降ろせ自分で飛べると矢のような抗議と暴れる体をものともせずに。
随分昔、あの時もそういえばそうだった。
その時ヤナフが噛まれたのはもっと危険の高い毒をもつ蛇で、近くにいた者にそれを指摘されて泡を食って処置をした。
半分死にかけたというのに、他人の手を借りることをよしとしないヤナフは、ウルキが抱えて運ぼうとすると暴れに暴れて、毒が回るから大人しくしていろと珍しく声を荒げたウルキに目を白黒させたのだけは胸がすく思いだったが。
この手のかかる相棒が同じ失敗を仕出かさないとは限らない。
それ以来、ウルキは様々な知識を入れるようにした。
主に、怪我の処置や、応急的な手当ての方法など。
……本人は、まったく覚えていないようだが。
いまだ王の肩に担がれてばたばたと暴れているヤナフに、溜め息。
さて、あの時のように怒鳴りつけでもすれば、手のかかりすぎる相棒の動きは止まるだろうか。
目を白黒させて。
………それはそれで、見物、か。
ウルキは声をかけるべく、王の後を追って翼をはためかせた。
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