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春(ヤナフ+ティバーン)





初めて出会ったのは、これから本格的な寒さの襲い来たる冬の頃。



大陸からは南、温暖な土地柄にあるフェニキスとはいえやはり冬は冷える。
生物の本能か、猛き鷹の民とても活動の若干鈍る季節でもある。
しかし、まだ年若いティバーンは他に比べて活力に満ちていて、あちこちに出向いていた。
そんなときだ。
小さな炎の塊みたいな存在に出会ったのは。

自分とそう変わらない年、いや、自分よりも少し若いだろうか。
いったいどんな暴れ方をしたのか、身体中傷だらけで、まだふわふわと柔らかい翼すら傷んで血が滲んでいるのが見て取れる。
握り締めた拳の傷み具合から見て、周りに沈んだ幾人かの男は、どうやらこの小柄な一人の仕業のようだ。
唖然とした、というのが正しい。
諍いの様子を聞き付けて駆け付けてみれば、立っているのはたったひとり。
すでに片がついているのは明白だが、倒れている男たちの方がよほど大柄で、よもやこんな小さな少年が幾人をも相手に渡り合ったというのか。
しかし、何に一番驚いたのかと言えば、実はそんな事実ではない。
ぎらぎらした、目。

意志の強さか理不尽なものへの怒りかこらえきれない衝動か、燃え盛る炎のような激しさを含んで自分を睨む。

「てめぇもこいつらの仲間か」

迂闊に触れれば噛み付かれる。
そう、考えなくともわかる程度に斬り付けるような殺気。
違うと否定はしたが、言葉ひとつ、なんとでも言える。
全く、誰も信じない目がぎら、とまた自分を睨む。
寒さの中にいきり立つ小さな目、自分はそれに、おそらく興味を引かれたのだ。





二度目は、それから数週間後。
手の付けられない暴れ方をしている奴がいるから手を貸してくれと加勢を頼まれた。
予感はあった。
頭を過ったのは小柄な傷だらけの少年の姿。
いざ、その場に立ってみれば考えた通りで、以前の傷も治りきっていないところにまた更なる傷を作って、しかし燃え立つ目の色は変わらない。
見境無く暴れているとしか思えなかった瞳が、新たに現れた自分をとらえて、一瞬燃え上がる。
たった一度出会っただけのティバーンを認識したとしか思えなかった。
しかし、憎悪のごとき感情をぶつけられるような関わり方をした覚えはない。
前回は、ティバーンが見つめているうちに少年の方がさっさと飛び去っていってしまったからだ。
いったい何なのだろう、この斬り付ける視線の鋭さは。
訳もわからず叩きつけられる感情が、しかし何故か心地よかった。
仲間内でも体格に恵まれ、力でかなうものもない中、剥き出しに敵対心を受けることなどあまりない。
おもしろかったのかもしれない。
体格がすべてを決めるわけではないが、明らかに不利だと思わざるをえない大きさのこの少年が、いったいどれほどのものなのか。
試してみたかったのか。

まるで命をかけんばかりのぶつかりあいをして、やがて倒れたのは少年が先か自分が先か。
仲間たちが息を飲んで見守る中、二人して地面に転がって、初めて言葉を交わした。

「お前、名前は」

ごろりと仰向けに空を見上げて、すぐそこに同じように転がっている相手に声をかけた。

「てめぇが先に名乗れよ」

あくまでも態度を変えない相手に思わず笑ってしまう。

「ティバーン」

「……………ヤナフ」

愛想の欠片もない声がぼそりとそれだけ呟いた。





三度目は、街の中。
あれから二月はたっていただろうか。
ぶらりと市場を覗いていると、向かい側から忘れようもない顔が近づいてくるのを見とめた。
こちらに気付いて途端に歪んだ表情は、しかし以前の刺すような憎悪とは違う。

「よう」

「……………」

ふいと背けた顔、そう、前回は睨み付けるだけだった視線が迷うように泳いで、また逸れる。

「傷は。治ったのか」

自分とやり合ったときの傷はさすがに完治しているようだが、見ればあちこちに別のものとおぼしき大小の傷を拵えている。
なんというか、たとえ死にかけても生き方を変えようとしないであろうことが予想されて、おかしくなる。
一本、何かを貫く生き方は嫌いではない。
たとえどんな生き方であろうとも。

「時間あるか、お前」

「あ?」

「少し付き合え」

不審気な顔を隠しもせずに、じろじろとおかしなものでも見る目。
「話が、したい」

「…………変な奴、お前」





それは春先のこと。
出会いからは数か月、たった三回目。
この日に、ティバーンは一生の片腕を手にしたのだ。







『 春 』
『 春 』



2011.12.7


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あきゅろす。
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