◆NoveL 花飾り(+ヒース、ジャファニノ) 天気が好い。 だから風に当たろうと思った。 空を飛ぶのもよいけれど、たまには草の中にでも寝転がってじっと見上げているのもいいかもしれない。草と日なたの匂いに囲まれて、うたた寝するのもいいだろう。 手頃な場所を探してぶらりと歩いていくと、やがて二つの人影が目に入る。一つは肩口の緑の髪を風に揺らして何事かに熱中している様子の少女。 何だろう。 手元に必死の視線を落として、何やら作業をしているようだ。その向かい側、もう一つの人影のこちらに後ろ向きに座り込んでいる背中で紫銀の髪が揺れている。 「ラガルト?」 何をしているのかと声をかけると、正面に位置する少女がまず顔を上げた。 「あ、ヒースさんだ!」 満面の笑顔が眩しい。次いで、残る一人が振り返る。 「よお」 肩越しに見上げてくる顔に近づいていく。二人とも、何か熱心に取り組んでいる様子だったが、いったい何をしているのか。 二人の手元をひょいと覗き込む。 そこには摘み取った一山の花。 そして。 「あんたって器用だなぁ」 思わず感心した声をあげたヒースに、うんうんとニノが嬉しそうに頷いている。二人の手元には、作りかけの花輪飾りがそれぞれ置かれていた。ラガルトの方は、花も茎も葉も整えられていて確かに見事なものである。 「ラガルトおじさんは何でもできちゃうもんね!」 何やら誇らしげな少女の手が、ラガルトよりは幾分不器用に花飾りを作っている。ところどころ、茎が飛び出ていたりするのはご愛嬌だ。 「ヒースも混ざるか?」 「…遠慮しておく」 ラガルトと違って細かい作業はあまり得意ではない。そもそも、花飾りなどという少女めいたものを拵えるのは気恥ずかしい。 第一、作ったところで処分に困るではないか。大の男が、大の男に花輪飾りを習うというもの、ちょっとどうだろう。 「そりゃ残念」 ちっとも残念ではない顔で、ラガルトはけろりと返した。 茎を巻いて織り込むように次々と花を足していく。その手元が手早く動くのを、ヒースは引き続き感心して眺めていた。 何でもできるとニノは言ったが、こんなものの作り方までよく知っているものだと思う。 「はい一丁あがり」 そうこうしている間に完成させてしまったラガルトは、飾りを置いてニノの手元を覗き込む。 「ニノ、どうだ?」 「んっと…もう少し…」 眉を寄せるほど必死になっている姿が微笑ましい。どうやら作り方を教えていたらしいラガルトも、この少女を前にするときは格段に態度が変わるように思える。空気が和むというか、瞳の優しさが増すというか。 …形見のようなものだと、そう言っていた。 よほど大切なのだろう。 今も、軟化した薄い瞳が少女を見守っている。 その少女は、花をとってはくるりと茎を巻く。ゆっくりゆっくり、しかし徐々に長さを増やしていく飾りを、ラガルトは飽きることなく見つめている。 ヒースは、そんなラガルトをぼんやり見つめていた。 「できたぁ!」 少女が声高に歓声を上げて、ラガルトは笑って少女の頭を撫でる。 「上手くできたじゃないか」 「うん。おじさんありがとう!」 いつにも増して全開の笑顔でラガルトに飛びついている。ヒースまで釣られて微笑んでしまった。 いい子だと思う。ラガルトでなくても大切にするだろう。 「あ」 そのニノが、ラガルトの肩越しに目を留めて小さく声をあげた。少女の視線につられてラガルトも体を捻る。ニノが見ているのは、先ほどヒースがやってきた方向である。 遠くの人影を目に留めて、それが誰かと気付いたときにはもう、少女は体を起こしていた。 「あたし行くね。おじさんありがとう!」 「ああ」 ひら、と片手をあげて返したラガルトににこりと微笑んで、ニノは勢いよく踵を返す。 「ジャファル!」 駆けて行く少女をに気づいたのか、歩みをこちらに向けた男はほんの少し目元を緩めているように見えた。滅多に表情を動かさない男だが、彼もまた、ニノの前だけで特別なのだろう。 やれやれと、頭に手をやりながらラガルトが笑った。 「敵わないねえ死神さんには」 「…悔しいのか?」 「さあ。どうかな」 ヒースに肩を竦めて見せ、またニノに視線を戻す。 「これ!きれいでしょ」 「…花、か」 「おじさんに作り方教えてもらったの」 きれいでしょと、もう一度繰り返したニノの手元を、ジャファルはしばし無言で見つめていた。 「ジャファル、ちょっとしゃがんで」 言われるままに片膝をついた男の首に伸ばされたニノの手。両手で大事そうに持った花飾りが揺れている。 意図を察したジャファルはやんわりとニノの手を制止した。 「ジャファル?」 止められて、不思議そうな顔のニノ。 その手からそっと花輪をとって、しばし見つめる。そして、ふわりと風が舞い降りるように優しく、ニノの首にかけた。きょとんとしたニノに視線を合わせて。 「お前の方が似合う」 「……やるなあジャファルの奴」 真っ赤になりながら嬉しそうに微笑んでいるニノを見やって、呆れとも感嘆ともつかない声音が呟いた。 「あれって」 「ん?」 「天然だよな…?」 首を傾げたヒースの疑問は最もだ。感情を知らない、持たない存在だったほんの少し前までからすると、意識してやっているとは考えがたいが。 「さあ、どうかな」 はは、と笑ったラガルトが何やら思いついたように指を鳴らした。 「ヒースも欲しいか?花かざり」 ひらひらと自作の花輪を手に持って、茶化すような笑みを浮かべている。ジャファルと同じことをラガルトがする、ということだろうか。 ヒースは憮然と返す。 「そういうのは女相手にやれよ」 さすがにあんな風に首にかけられても、ちょっと嬉しくない。 そう考えてから、ふと思いつく。 ……茶化されっぱなしは面白くない。 たまには、ヒースだって。 ひょいと手を伸ばす。ラガルトは花飾りをつまみ上げられて、目を瞬いた。 見事に整った飾りをヒースは両手で広げるように持つ。薄くほんのり赤みがかった白い花が、風に揺れた。 「やっぱり欲しくなったのか?」 「違う」 …たまには、ヒースだって。 次の言葉を発する前に、思い切り笑顔を浮かべる。 「あんたの方が、きっと似合う」 先ほどの光景を再現するかのように、飾りをかける。 ふいを突かれて瞬いた瞳が、負けたと苦笑を浮かべるまでにそうはかからなかった。 「そりゃどうも」 「どういたしまして」 そして顔を見合わせて二人、笑いあった。 2008.8.23 Reup |