◆NoveL 遠い地で(アズジェロ) 遠い処に来てしまったなぁ。 ぽつんと降り立った地で、僕はひとりごちた。 辺りを見回せば、緑の丘。 南の向こうには遠く幾重にも山の影。 はじめてといえばはじめての場所なのだけれど、まったく覚えのない景色ばかりというわけでもない。 所々に見える、記憶の中とシンクロする風景の輪郭は、自分のいた世界と確かに繋がりをもっていることを証明している。 ここは、自分達のまだ生まれる前の世界。 疲弊しきった未来とは違って、様々な問題も抱えてはいるのだろうが、生命力に満ちた世界だと思った。 太陽が明るい。 なんてきれいなんだろう。 照らされる葉も枝も土さえ、きらきら輝いているみたいだ。 かざした手のひらの隙間からのぞく太陽は、世界の全部を照らしてもまた足らないくらいに明るい。 希望や生きる道を示すのだと知っていたのは書物や昔語りの中でだけ。 僕の見た太陽はとても沈んで曇っていたから、本当の意味での太陽を見るのは初めて、ということになるのかもしれない。 鳥の声。 行き交う小鳥はまるで遊んでいるように翔んではくるりとその場に廻り、枝から枝へと、最後には空へと忙しく翔んでいく。 自由なんだ、それを感じる。 灰色の空を横切るのさえ憚られるほどに闇に支配された世界では、軽やかな囀りなんて聞いたことがあっただろうか。 鳥って、こんなに可愛らしい声で鳴くんだね。 花の香り。 たくさんたくさん咲いて、まだ踏み躙られてもいない。 雨でも降ったのだろうか、花びらの所々にぽつぽつと膨らんだ雫が乗っていて、風が揺らすと弾かれるように地面へと降りる。 生きている色だと思った。 誰かに愛でられるための色だと思った。 この小さなひとつひとつを愛でるひとがいて、誰かの心をほわりと癒してる。 たくましく、ひっそりとここに咲き続ける。 たったそれだけのことが、どれだけ尊いか、僕は知ってる。 目を閉じる。 自分の生きたのではない世界へとたったひとりで降り立ったというのに、不安がわかない。 不思議だな。 身を寄せあってなんとかやってきた、何よりも心強かった仲間の姿がここにはひとつもないのに。 親を亡くして、お互いしがみつくみたいにしてしか生きてこられなかった僕たちなのに。 こんなところにひとり、 でも、恐怖はないんだ。 だって、どこかにいるんだろう? ルキナ、一番平和を願っていた君は、きっと一番早くにこちらについたんじゃないかな。 願いの強さが運命を変えるのなら、それはルキナが一番だって、みんな知ってるよ。 もしかしたら君は、もう未来を変えるためにひとりでも動きだしているのかもしれない。 走りだしているのかもしれない。 早く僕も追い付かなくちゃ、ね。 他のみんなも、無事だろうか。 それぞれ心配なところはあるけれど、うん。 それを言ったら、お前が一番心配だって、ブレディだったら言うところかな。 うん。 みんなも、きっと無事だ。 そうだろう? そうでなくちゃ、こんなに遠くまで来た意味がないんだ。 ねえ、そうだろう? ねえ、ジェローム。 無事でいるよね。 離れても君を感じられるなんていう、都合のいい特殊能力は僕にはないよ。 でも、無事でいるよね。 願いの強さが力をもつならば、それだけは僕は誰にも負けない。 君は無事。 僕と出会うまでは、絶対に。 出会ってからは僕が守ればいい。 だから、もう一度出会ったら、僕のことは君が守って。 ねえ、ジェローム、 こんなに遠くまで来てしまったけれど、僕の心は相変わらず君のことばかり、考えているんだよ。 はやく、君に会いたい。
2012.7.27 アズジェロにぴったりの花はハマユウ(どこか遠くへ)です。 http://shindanmaker.com/151727 より |