JUNK BOX
愛しいと彼が笑う
 

※骸助ける替わりに綱吉が残るんだけど、そのことを骸は知らない



「むくろ」

外へ通じるという扉をくぐった所で、唐突に後ろから声をかけられた。いつも何気なく呼ぶような、そんな普通の声で。
綱吉は普段から骸の名前を呼ぶのが好きだった。その時々の感情を込めて、まるでそれが宝物であるかのように、大切に呼ぶ。

そんな、彼の声。

骸は思わず立ち止まった。何も変わりはない、いつもの彼だ。うるさいくらいにつきまとってくる、いつもの彼と同じはずだ。
先程までだってそうだった。迎えに来たと言う彼を骸が邪見にし、それでも彼はにこにこと笑いながら、骸のそばにひっついてきた。

同じだ。何処にも可笑しな所などないはずだ。 ――なのに、

唐突に焦りを覚えたのは何故か。

不自然なざわめきが心を揺すぶる。
骸は前を向いたまま、慎重に口を開いた。

「何ですか。時間がないと行ったのは君でしょう。無駄口を叩いてないで、君は他の用事とやらを済ませにいったらどうですか?」

綱吉にはまだ、このよく分からない世界でやらやなければならないことがあるらしい。
難儀なことだ。しかし手伝おうとは思わなかった。この扉へ導いてくれたことには感謝すれど、そこまでしてやる義理はない。

「それとも何か言いたいことでも?だったら早く」
「むくろ」

遮るように彼はまた名前を呼んだ。しかし二回目のそれはどこか祈るような響きが込められていて。


「幸せになれよ」


ただ、優しかった。

言われた瞬間、骸は目を見開いた。
いつもの綱吉の声のはずなのに、あのへらっとした笑顔を浮かべる姿だって容易に想像出来るのに。その声はどうしようもなく消えそうなのだ。
反射的に骸は後ろを振り返った。
今振り返らなければいけないと、自分の中の何かが言っている。

彼を。
彼も、連れていかなくては。

そんな気がして。

しかし、それに反して扉は閉まり始める。
向こうからの光がどんん少なくなって、全てはスローモーションのように。
隙間から綱吉の姿が見える。やはり彼は笑っていた。どんどん彼が見えなくなる。
伸ばした手は扉には届かない。

彼と目が合う。それは一瞬の交わり。
彼がさらに淡く、笑った気がした。

バタン。
大きな音をたてて、扉が閉まった。
手を伸ばしたまま、骸は唖然とそれを見つめる。

ほんとうに。
ほんとうに、最後、彼は笑っていだろうか。

その問いに答えてくれる者は、誰もいなかった。


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