お話 原作寄り
力の使い方について(ザンツナ)
場所を変えて特訓するぞ☆と無理矢理連れて来られたイタリア修行の最終日。
やっと訪れた楽しい観光の最中、どこぞのマフィアが奇襲を仕掛けてきた。それだけでも大分ツイてないのに、リボーン達とは散り散りになり、途中スッ転んだせいで死ぬ気丸もどこかへ吹っ飛ぶ始末だ。その上、敵に追われた綱吉を路地裏に引っ張り込んだのが目の前の男――ザンザスだったものだから、綱吉は色々な意味で気を失いかけた。
本人曰く、通りかかったついでの気まぐれだそうだが、正直、マフィアに襲われるよりも、この男と遭遇する方が圧倒的に怖い。だって一拍後に銃を向けられる可能性だってゼロではないし。
戦々恐々しながら状況を伝え終えると、男は暫く考え込み、不意に自身の懐へ手を伸ばした。
「ッ」
銃か。それとも刃物か。
一瞬後の血みどろの自分を想像して、思わず一歩後退る。
「チッ、手持ちが無ぇ」
「!」
男が懐から出したのは、片手に収まる程の小型の拳銃。殺傷能力は低そうだが、当たれば普通に痛いだろうし、当たり所が悪ければ普通に死ぬだろう。
銃口を向けられた瞬間に男に飛びついて金的を――と身構えていたが、予想に反して、向けられたのは銃口ではなく、拳銃のグリップだった。
「いいか、てめーはコレを使え。使い方は分かるな?」
「――――、え?」
思わず呆気にとられ、ポカンと男を見つめる。数秒視線が絡むが、反応のない綱吉に苛ついたのか、ザンザスの視線が段々険を帯びていく。
我に返ったのと、拳銃が小さな放物線を描いたのは同時だった。
「うわっ」
「トロトロしてんじゃねぇ」
当然のように投げ渡されたソレを慌ててキャッチする。
手の中に飛び込んできた、黒々とした光沢を放つ鉄の塊。大きさ自体は片手で足りる程なのに、何故かズシリと掌に食い込む。見た目以上に重く感じるのは、この無機質さの裏に生々しい血臭を感じるからだろうか。
綱吉は小さな凶器をジッと見下ろし、目の前の男に気づかれないように静かに奥歯を噛み締めた。
「……ただの日本の中学生に、拳銃の使い方なんて分かるわけ無いだろ」
「あ?」
ザンザスは片眉をひょいと上げ、怪訝そうな顔をした。
「あの死神が家庭教師なんだろうが」
「リボーンは、こういうモノの使い方をオレに教えたりしないよ」
まだ、と心の中で呟く。
しかし目の前の男には十分に伝わったのだろう。うんざりとした溜息が返る。
「甘やかされてんな」
「……」
呆れた口調に、自然と唇が横一文字に引き結ばれた。
分かっているのだ。正しく甘やかされていることは。これが、何だかんだ生徒に甘い所がある先生が用意した、純然たる猶予であることも理解している。
だがしかし。
(理解したって、心で納得できるわけじゃない)
人を傷つける凶器も、大きすぎる力も、綱吉の手には余る。綱吉はただ、周りにいる身近で大切な人達と、ささやかに、平和に暮らしていきたいだけだ。
「オレには必要ない」
「武器がなくて逃げ回ってたんだろうが」
「それが無くたって……!」
「何とかできんのか?自力で死ぬ気にもなれねぇ奴が」
「……!」
ハッと嘲笑を浮かべる男に反論しようと口を開きかけ――しかし、言葉は苦々しく喉の奥に消えていった。
ザンザスの言うことは正しい。
余程追い詰められた状況でなければ、綱吉の意思だけで死ぬ気になるのは未だ難しい。どうしてもきっかけが必要なのだ。思わず黙り込むと、また溜息が降ってきた。
「カスみてーなご都合平和主義だ、反吐が出る」
「……」
「……まあ、何を言っても変わりゃしないだろうがな」
「え?」
咄嗟に顔を上げる。その声色には、気のせいでなければ微かな許容が含まれていた。
それは一体どういう意味か。尋ねる前に、手に持っていた拳銃を男が再び奪い取る。
「だが今はそうも言ってられねぇ。持ってるだけじゃ願掛けにもならねーんだ、見てろ」
ザンザスはそう言うと、片手でグリップを持ち、手際良く安全装置を外す。再び元に戻すと、やってみろ、と綱吉に押し付けた。
しぶしぶ同じようにやってみせる。
軽く頷かれ、そのまま持っていろ、とホルダーを渡される。
「怖いか」
「……何が」
カチャカチャと、ベルトの金属が擦れる音に、男の低い声が交じる。
「力を持つことが」
「……よく、分かんないよ」
別に力が欲しいから強くなったわけじゃない。ただ、皆を守りたかっただけだ。
「オレは……家族とか友達とか、周りの皆を守れたらそれでいいんだ」
「……ハッ、でけー口を叩きやがる」
ザンザスはどこか面白がるような口調で、喉奥から低い笑いをこぼした。そんな様子に、馬鹿にされていると感じた綱吉は険の籠もった視線を向ける。
「どうせ甘いって言いたいんだろ」
「違ぇ。大きく出たもんだ、と感心したんだぜ?」
「へ?」
また意味の分からないことを言う。
きょとんと瞬く十四歳に、闇に溶け込んだ男は不敵な笑みを向けた。
「周りの人間を傷つけず、怪我もさせずに守る。そんな芸当が出来るのは、世界最強クラスの奴だけだ」
「世界、最強って……」
「もっと簡単に言ってやろうか?――力が無きゃ、てめぇのカスみてーな平和主義も守れねぇって言ってんだ、ドカス」
「――、」
言われた言葉が、衝撃を伴って胸の奥に入り込む。
「怖ぇから、使わねぇから、使いたくねぇからと遠ざけるのはドカスのすることだ。ソレで人を殺したくねーと抜かすなら、避けるんじゃなくて知り尽くして制御しろ」
「……」
「死ぬ気も同じだ。そうすりゃ、力も武器も自分の手足と変わらない。意思に反するものでもない」
「自分の、手足と」
そうだ。その感覚を、綱吉はもうずっと前から知っている。数々の修行、戦いの中で得てきた己の力、相棒。最初は怖さもあったけれど、知れば知るほど募ったのは、恐怖ではなく――。
「あの死神にしてもそうだ。てめぇの家庭教師は、無暗矢鱈に人を撃つか?」
「……違う」
リボーンのショットは強力だ。だけどそれは、無差別に人の命を奪うものじゃない。彼の弾は、正確無比に標的を貫く。そう、彼が撃つと決めたモノを。
己の力に対する自信と信頼が、常にその弾道の行き先を決めていた。
そしてそれは、きっと綱吉にも言える事なのだ。
「……自分、次第ってこと?」
恐る恐る、浮かんだ言葉をポツリと呟く。すると、聞き逃してしまいそうなほど小さな吐息が男の唇からフッと漏れて。
「せいぜい上手く使え」
「ッいたぁ!?」
直後、強烈なデコピンがお見舞いされた。
「〜〜ッ」
「手本を見せてやる、来い」
「だ、ちょっ……待ってよ!」
喧噪が響く通りへ出て行こうとする男の背中を、綱吉は慌てて追いかけた。
――見間違いかもしれない微かな笑みに、心が逸るのを感じながら。
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