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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第138話 『Dream newborn/それぞれの『なりたい自分』の形』



ラン・ミキ・スゥ『しゅごしゅごー♪』

ラン「ドキッとスタートドキたまタイムー♪ さてさて、3年目3クール目の最後は」

ミキ「ちょっとシリアスに4クール目に向けて、このお話の基本に帰るよ」

スゥ「こころのたまごに詰まっているのは、自分が描いた『なりたい自分』と未来への可能性。
それを探す事は大変な事で……手探りで一歩ずつで、たまに失敗しちゃう事もありますぅ」



(立ち上がる画面に映るのは、×の付いたたまごと明るく笑うあの子と……たくさんの×たま達)



ラン「え、これどうなっちゃうのっ!? てゆうかあの子が……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

ミキ「なにがどうなってるかは、やっぱり本編を見てからという事で。それじゃあいってみよー。せーの」

ラン・ミキ・スゥ『じゃんぷっ!』





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



唯世くん達と並んで空を飛びながら、あたしはもうドキドキ。まぁこのボードのおかげだけど、あたしでも空飛べるんだなーってちょっと感動。

ほら、いつもはキャラなりしないとだめじゃない? でもそういうのとは全然違う感覚が嬉しくて……あぁ、マジそうなんだよね。

ミキがね、前にキャラなりやキャラチェンジは、まだ形になっていないあたし自身の可能性の力だって言ってたのを思い出した。



だからあたし自身がその可能性をちょっとずつでも育てていかなきゃいつか消えちゃう――うん、そうなんだよ。

あたし達がキャラなりしてる時はいつも、未来の自分の力を前借りしているのと同じなんだ。

でもそんなのはずっと続かない。未来はいつか今になっていって、その時にそんな自分になれてなかったら簡単に消える。



まぁ特殊能力的なものはちょっとアレだとしても、あたし達はいつかキャラなりしてる自分を追い越さなきゃいけないんだ。



それが出来るように頑張って前に進んで……あたしは自然と、隣を飛ぶ唯世くんの方を見る。





「ねぇ唯世くん」

「なに、あむちゃん」

「……ううん、なんでもない」



イクトが外国に行っちゃう事……多分唯世くんは知ってる。だからわざわざ聞く必要もないなと思って、また視線を前に向ける。

前の方では速度を上げて空を飛び回っているややとなぎひこと、それを追うりまの姿が見えて……あたしはクスリと笑う。



「ねぇあむちゃん、好きだよ」

「ふぇっ!?」



あたしはバランスを崩しそうになるけど、なんとか踏みとどまって……ヤバい、顔めちゃめちゃ赤い。



「え、えっとそれは……今日の分でしょうか」

「ううん、ちょっと違う。……その気持ちに変わりはない。でも……あの時の二人を見て、なんとなく分かっちゃったんだ」

「え?」



胸の奥がチクンと痛み出す。唯世くんがなにを言おうとしているのか分からない。

だって唯世くんの言葉はとても抽象的で……でも、確かになにかが伝わってくる。



「君を好きな気持ちは誰にも負けない。だけど、勝ち負けじゃないんだよね。
僕は君を守れる事が誇らしくて……そこはきっと同じで。だから僕はずっとここに居るよ」



唯世くんは真剣な顔であたしをジッと見ていた。多分、さっきからそうしてくれていた。

ううん、3学期に入ってからずっとだと思う。あたしはきっと、そんな唯世くんから目を背けていた。



「だからあむちゃんは、あむちゃんのやりたいように――あむちゃんの『なりたい自分』でいて」

「……唯世くん」





あたしの『なりたい自分』――それはまだあやふやであいまいで、誰かのたまごを守れるようになりたいっていう大雑把な感じ。

あたしはイクトや恭文に唯世くん達みたいにはっきりとはまだ分からなくて、それを探している最中で……そっか。

イクトも同じなんだよね。今まで向き合えなかったそんな自分を探すためにも旅に出るって言ってたし。だったら、もう大丈夫。



また視線を前に向けて、しっかりバランスを取りながらボードの進行速度を上げて、あたしはみんなを追いかけていく。



あたしは……あたしがイクトに対して伝えなくちゃいけない事は、きっと。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



あむちゃんはきっと、イクト兄さんの事が……胸に走る痛みを僕は、甘んじて受け入れていく。

それでも気持ちは変わらない。僕は僕の世界の王様になって、大切な人達の笑顔を守っていきたい。

その中には当然二人の事も入っていて……というか、さすがにそこを言う権利がないんだよね。



だってチャンスならいくらでもあって、それを全て棒に振り続けていたのは僕自身なんだから。

でも……やっぱりただ負けるのは悔しいかも知れない。僕もボードの速度を上げてあむちゃんを追いかける。

痛みはまだある。迷いもやっぱりある。僕はまだまだ弱くて、自分の世界の王様を続けるのにも苦労している。



だけど、そんな僕だけど……僕は初めて感じる空を飛ぶ感覚に表情をほころばせながら、あむちゃんを追い抜いた。










All kids have an egg in my soul


Heart Egg――The invisible I want my




『とまとシリーズ』×『しゅごキャラ』 クロス小説


とある魔導師と古き鉄とドキドキな夢のたまご/じゃんぷっ!!!


第138話 『Dream newborn/それぞれの『なりたい自分』の形』










◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



――いつもの公園の一角に、ピンク色のワンピースを着たりっかと同い年くらいの女の子が居る。



白い木のベンチに座るその子は虚ろな目をしたまま身じろぎ一つしない。後ろの噴水が響かせる水音も一切気にしない。



りっかはその子の様子を見て、心配そうに顔を覗き込む。





「ねぇ、あなた大丈夫?」



でもりっかの声にその子は答えない。ただ虚ろに、僕達もりっかも……周囲の景色すら見ていない。

それで両手に耳の取れたうさぎのぬいぐるみを抱いている。察するにコレ絡みでたまごに×が付いたとかかな。



「私……だめなの。だめなの」



なんか呟きながら欝になってるこの子はともかく、僕は改めてうさぎの耳を見る。

ぬいぐるみの耳が取れた痕も真新しいし、多分間違いはないと思うけど……この子どうしたんだろ。



「やはりこころのたまごが無くなってるようだな」

「ちょっと遅かったか。ダイチ、×たまの気配は」

「うーん、この近くには感じないな。どっか行っちまったっぽいな」





さて、前回の『デュエルッ!』からどうしてこうなったのかを説明しようと思う。

あの直後にシオン達が×たまの気配を感じて、それでデュエルを中断してここに来た。

うぅ、調整中のドラグニティの出来を試したかったのに。



あ、ちなみにはドラグニティというのは、そういう名称のモンスター群の事なの。

鳥獣族という鳥人モンスターにドラゴン族のチューナーを噛みあわせてシンクロモンスターを多く出すデッキ。

鳥獣族のドラグニティは墓地に落ちたドラゴン族ドラグニティを場に召喚して装備する能力がある。



その中でもファランクスと呼ばれるチューナーは、装備された状態から特殊召喚でモンスターゾーンに出る事が出来る。

このファランクスを主に使って、シンクロモンスターをガシガシ出していくんだ。

まぁ特殊召喚を邪魔されたり、チューナードラグニティを除外されたりしたら弱いデッキなんだけど。



とは言え、それはそれこれはこれ。ガーディアンの仕事を……仕事かぁ。



僕はジッとりっかとひかるを見て、腕を組みながら少し考えてしまう。





「恭文、どうした。真剣な顔してよ」

「いや……ちょっとね」





僕も空海も来年になったらそんなにガーディアンの仕事手伝えない……というか、手伝わないだろうしなぁ。



あんまり先輩がバシバシ顔出してたら、後進の成長の妨げにもなる。そうなんだよね、もうすぐ僕も卒業なんだよ。



卒業したら僕達はここには居ない。だったら……ちょっとだけ冒険してみようかな。





「よし。りっか、ひかる、二人が主導で×たま探してみようか」

「え、あたし達でですかっ!? でもでも、あたし達×たま浄化とか出来ないのにっ!」

「もちろんそこは僕がやる。それで」



驚くりっかや空海は気にせずに、シオンとポテチもぐもぐ中のヒカリの方を見る。

二人は僕の言いたい事が分かったらしく、すぐに頷いてくれる。



「シオンとヒカリもサポートにつける。でも×たまは二人で探して。見つかったら僕達に連絡ね」

「えー! いきなり過ぎますよー! どうしてですかー!」

「いい、二人とも。これは予行演習だよ」

「予行演習?」



りっかは首を傾げたけど、ひかるはすぐに意図に気づいてくれたらしく頷きを返した。



「なるほど。君は来年卒業だしな。僕達だけで×たまに対処する事も考えられると」

「そうだよ。今なら僕達もフォローは出来るし、出来なくなっちゃってから困らないように練習だよ。りっか、納得した?」

「えっと……はい。あの、シオン達借りてもいいんですよね」

「うん。そうじゃないとさすがに見つけられないだろうから。もちろん危なくなったら連絡してくれていい。
それで絶対に無茶はしない事。二人がやる事は、あくまでも×たまを探す事だけ。いい?」



りっかは両腕でガッツポーズを取りながら、僕の目を見て頷いてくれる。



「分かりましたー。それならなんとか出来るかも。行こう、ひかる」

「あぁ。シオン達も頼むぞ。僕達はしゅごキャラが居ないし、二人が頼りだ」

「任せておけ――もぐ」

「お姉様は放置で問題ありません」



そのまま元気よく駆け出していく二人に手を振って見送り。でもりっか達の背中を見ながら、ショウタロスは困った顔をする。



「おいヤスフミ、あの二人だけで大丈夫なのかよ」

「探すだけなら大丈夫だよ。でも空海、なんか黙りっ放しだったね」

「俺は卒業してるし、現ガーディアンはお前だからな。あんま先輩面も違うだろ。
てゆうか、ただアイツらの報告を待ってるつもりはないんだろ?」

「もちろん」



次期ガーディアンとしてしっかり経験を積ませる事は大事だけど、そのために今虚ろな目で未来を諦めかけているこの子を放置も出来ない。

だから僕達は僕達で、後輩達の成長を邪魔しない程度に現状に対処する必要はあるのよ。



「ショウタロス、ダイチ、僕達も×たま探すよ。この近くには居ないんだよね」

「あぁ。ちょっと走り回らないと危ないかもだな。でもその間この子、どうするんだ」

「俺と空海が残ってようか? ほら、俺達は×たま浄化出来ないしよ」

「大丈夫。それなら」



この時間だと……周囲を見渡すと、こちらに近づいてくる見慣れた二人を見つけた。



「ちょうど良いところに二人居るから。――フェイトー! シャーリー! こっちこっちー!」

「え……ヤスフミっ!? それに空海君もっ!」

「おいおい、なんで二人がここに居るんだよっ! タイミング良過ぎだろっ!」





そんなの簡単。今買い物袋持っている二人は、最近お買い物した後にここで休憩しつつおやつタイムが基本らしい。



フェイトと添い寝しながらお話してる時に教えてもらったから、ちょうど良いタイミングだとすぐに気づけた。



でもなんでだろう。驚きながら僕の方を見る二人が軽く頬を引きつらせて困った笑いを浮かべるのは……まるで僕が悪人みたいだからやめて欲しい。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



桜高軽音部の部室で申し訳なくなりつつもお茶を頂いていると、私の背後にある部室入り口が開いた。



自然とそちらに視線を向けると、手にA4サイズの用紙の束を持った山中先生が入ってきた。私は腰を上げて。





「あー、いいわよ。座ってて」



優しく制されて動きを止めた私の隣に山中先生は腰を降ろし、そこにすかさず紬さんが紅茶とショートケーキを差し出す。



「ありがと」



山中先生は足を組んでから紅茶を一口のみ、大きく息を吐く。それからケーキが乗っている小皿に添えられているフォークを右手で取る。

そのフォークでカットされたケーキの先を少し切って、そのまま突き刺してケーキを口に入れる。



「んー、美味しいー。このオーソドックスな味わいがまたなんともー」



あの、これはいいの? この人先生よね? 先生なのにまるで自宅かなにかのようにくつろいでケーキ食べ始めたんだけど。



「ディードさん、気にしなくていいですよ。先生もこの軽音部もこれがデフォですから」

「だな。というかさわちゃん、食べるならディードちゃんの」

「あ、そうだった」



山中先生は一旦フォークを置いた上で座る時に傍らに放り出した書類の束を改めて持って、私に差し出してくる。



「はいこれ。学校の資料に転入手続きに必要な書類一式。必要なものとかもリストアップしてあるから」

「ありがとうございま……え、書類一式? リストアップ?」

「えぇ。何度もうちに来るのも面倒だろうし、一応ね」



とても良い笑顔の山中先生の行動というか準備の良さに驚きつつも、差し出された資料を両手でしっかりと受け取る。



「あの、ありがとうございます」

「いえいえ。まぁこの学校に転入するかどうかは、またご家族と相談かしら。
あの子達は聖夜学園の方なのよね。だったら同じ学校の方に」

「さわちゃん、それはないっぽいぞー。なんか片想いしてる男の後追うようなのは疑問らしいしー」

「片想……へぇ」



なぜか山中先生は笑みを深くして、身体から黒いオーラを出し始める。それが怖くてつい身体を引いてしまう。



そうよねぇ。若いものねぇ。若いから……それは色々あるわよねぇ。
向こうは共学だし、出会いを求めるならそっちの方がいいわよねぇ。てゆうかそっち絶対よねぇ


「やめてくださいよっ! 新入生候補を威圧してなにするつもりですかっ!?」

でもね、私だって……私だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!



山中先生は、素早くケーキが乗っている小皿を脇にどけた上で机に突っ伏した。それで泣き出して……こ、これは一体。

というかあの、私はここに入ってから戸惑いというかツッコミ所をかなり見つけてるような。これが学園生活なの?



「ディードちゃん、気にしなくていいぞ。さわちゃんはな、心に男絡みで黒い闇を複数抱えているんだ。全く、もうちょっと慣れればいいのに」

「お前が言うな」



呆れた様子でお手上げポーズを取った律さんの後頭部に、澪さんのチョップが炸裂した。

……なんだか不思議な雰囲気だけど、悪いような感じはしない。私は少し表情を崩した。



「あの、お茶とケーキありがとうございます。それじゃあそろそろ」

「えー、もう帰っちゃうのー。寂しいよー」

「唯先輩、引き止めちゃだめですよ。なにか予定あるかもなんですし」

「いえ、練習の邪魔をしてはあれですし」



どうしてかまた場の空気が固まった。それで梓さんと澪さんは私から顔を背けて右手で口元を押さえた。

……そう言えば練習よりお茶会してる事が多いとか言っていたような。あれ、もしかして地雷を踏んだ?



「えー、大丈夫だよー。練習とかしてないしー」

「唯、そこは胸張って言うとこじゃないだろ。あたしだってさすがに自重するぞ」

「あ、それなら」



唯さんは表情をほころばせ、机の上の私の手を両手で掴む。それに驚いていると、唯さんが笑みを深くした。



「ディードちゃんも練習しようよ」

「……え?」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「×たまどこー!? こっちの水は甘いぞー!」

「りっか、それはほたるを呼ぶ時の声だ」



全力疾走するりっかにぜーぜー言いながらもついて行く。だが……もう限界だ。そろそろツッコもう。



「りっか」

「ほらほら、ひかるも急いでっ! ×たま探さなきゃっ!」

「そうか。ではなぜ君は僕はともかく……シオンとヒカリを置いていくのだろうな」



現在、僕達四人の隊列は前からりっか・僕・シオンとヒカリとなっている。

りっかが張り切るがあまり二人を追い抜くからこうなった。それに気づいたりっかは、地面を滑りながら急停止。



「あ、ごめんー。つい」

「君は本当にもう少し落ち着いた方が良いな。集中力は買うが、周囲を置いていき過ぎだ。……シオン、ヒカリ」

「一之宮さん、柊さんの暴走もまんざら悪癖というわけではないかも知れませんよ」





気になる事を言いながら、シオン達が前方200メートルほどのところを見る。そこには……小学校か。

聖夜市の中には聖夜小以外にも学校はいくつか存在し、あれはそのうちの一つの公立校だな。

その肯定で黒い風が吹き荒れていて……僕達は慌てて校門の近くへ急行。そこから校庭を見て、息を飲んだ。



あの耳が取れたぬいぐるみと同デザインの黒い巨大ななにかが、校庭を闊歩していた。

ボタンの形をした目で校庭に倒れている生徒や職員達を睨みつけ、ぎざぎざな刺繍で作られた口から風が吹き出している。

大きさは大体2メートル前後で、一歩歩く度にずしずしと足音を響かせていた。





「なんだアレは。……×たまの能力?」

「そのようだが、少し違うぞ」



ヒカリは持っていたポテチを一口で食べ切ると、険しい表情で倒れている人達に視線を向ける。



「全員……やる気を奪われている」

「やる気?」



確かに聴こえる呻き声のほとんどが『どうせだめ』とか『無駄無駄』とか『疲れた』とか……無気力なそれを連想させるものばかりだが。



「ようは精神攻撃という事か。それで他の×たまが発生したりは」

「時間が経てばおそらくそれに繋がるかと。こうなると……お兄様の出番ですかね。ここは一旦下がりましょう」

「そうだな。まずは」

「ねぇ」



僕が恭文に連絡しようとすると、りっかが校庭に踏み込んで巨大なぬいぐるみに近づいていく。



「りっか、下がれっ! 危険だっ!」

「これ」



りっかはそう言ってどこからともなく取り出したあの耳の取れたぬいぐるみを……いつの間に持って来たんだ。

それを見るとぬいぐるみの動きた止まり、一歩後ずさった。改めてぬいぐるみのの傍らを見ると、左肩の上に黒いたまごが浮かんでいた。



「やっぱりあなたがあの子のたまごなんだね。さ、早く戻ろう?」

『ムリ』

「大丈夫だよー。こんなのパパーっと直しちゃえばいいし。簡単簡単」



りっかが安心させるように笑顔でそう言うと、×たまの身体が震えた。



「あ、そういうお直し得意な先輩が居るんだー。だからその人に頼っちゃえばいいんだよ」

『……ムリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!』





×たまが胸が痛くなるようななにかがこもった叫びを上げると、周囲の地面から黒い光が溢れてくる。



まるで糸のように細いそれは、突然現れた巨大な針に絡みついて慌ただしく動いていく。



そうしてあのぬいぐるみと同じ形のぬいぐるみがもう二体現れて、りっかに詰め寄って来た。





「え、なに? あの、落ち着いてー。ぬいぐるみは直せるんだよ? だったら」

『ムリムリムリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!』



僕は慌てて携帯端末を仕舞ってりっかを掴まえて逃げようとするが、その前にぬいぐるみ達は大きく跳躍。

りっかに向かって飛び込み、それぞれが右足を突き出して蹴りを……だめだ。間に合わない。



「このバカが」





その声と共にりっかの前に巨大な壁が現れ、三体のぬいぐるみの蹴りを受け止める。

そのまま砕けてしまいそうに見えたが、厚さ10センチ程度の壁はびくともしない。

続けてその壁から三つの拳が生まれ、壁から生えるように突き出されたそれらはぬいぐるみの胴体を穿つ。



ぬいぐるみは大きく吹き飛ばされながら地面に重い音を響かせながら落ちて転げていく。

それから壁と突出された拳は一瞬で粒子に還って地面に落ち、それと同時にりっかの前のマントをなびかせながらひとつの影が現れる。

……やはり君か。地面や物質に干渉するこの手の能力は君の得意技だしな。





「恭文先輩っ!」

「りっか、無茶しないようにって言ったでしょうが。なんで引かなかったの」



声を弾ませたりっかの表情が、恭文の厳しい言葉で一気に強張る。



「で、でもあの子このぬいぐるみの事で×付いたんだろうし……直るって言えば大丈夫かなって思って」

「全然大丈夫じゃないでしょうが。逆上させて状況悪くして……今の、確実に死んでたよ?」

≪なのなの。無茶しちゃいけない状況を見極める事も勉強の内なの。そんなんじゃまだまだなの≫

「……うぅ、ごめんなさい」





謝るりっかの方は見ずに恭文が左手の指を鳴らすとその姿がぬいぐるみと共に消え、後には僕達と倒れた人達の姿だけが残る。



それで隣には、いつの間にか空海の姿があった。僕と下がるりっかの肩を叩いて空海は、右手でサムズアップした。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「さすがにりっか達に見学させる余裕があるか分かんないからね。ちょっと閉じ込めさせてもらった」



ぬいぐるみ達は幾何学色の空を慌てた様子で見上げながらも身体を起こし、視線を僕へと落とす。



「さて……なんでこういう事するのかね。事情があるなら聞くけど」



一気に抜いて一刀両断ってのも考えたけど、あのぬいぐるみと同じ形のものを出しているのが妙に気になる。

それでここは警戒を解かずに、場合によっては離脱する事も考えていく。さて、どうくる?



『ムリ……ムリムリムリッ!』

頑張ってムダ。だって……私、すぐ諦めちゃう



ぬいぐるみの傍らに浮かぶ×たまの横に、あの子の姿が浮かぶ。そして×たまを黒い輝きが包む。

それを見ているとこう……急激に力が強まっていくのが分かった。



ヴァイオリンも習字もピアノも……全部本当にやりたかったのに、大好きだったのに……すぐ諦めちゃう。大好きなミィちゃんの耳が取れても同じ



りっかがいつの間にか持って来ていたあのぬいぐるみの事だとすぐに分かった。てゆうか、あれしか思いつかないし。



自分で直そうとしても、うまく出来なくて……やっぱり諦めちゃった。
こんな私が嫌い。なんでもすぐに諦めちゃう――こんな私なんか。こんな私なんか


「そう」





そりゃありっかの説得じゃあ逆上するわ。あの子がぬいぐるみが直らない事に絶望して×が付いたんじゃない。

ぬいぐるみを直せない――直す事を諦めてしまった自分に嫌気が差して自分のたまごに×を付けたのよ。

だから結果的に誰かにぬいぐるみを直してもらっても意味がないのよ。それだとあの子が諦めた結果は変わらない。



でもあの子は諦めてしまって……僕は呼吸を整え、慎重に次の言葉を選んでいく。





「だったら」



×たまの輝きがどんどん強くなり、それに反応するかのようにぬいぐるみ達も黒いオーラを出し始める。



頑張っても無駄っ! 頑張っても私はまた諦めて……!

「頑張るの、やめちゃおうか」



僕の言葉でまたこちらへ踏み込もうとしていたぬいぐるみが動きを止めて、×たまの身体を包んでいた光が急激に霧散していく。

そんな×たまの傍らに浮かぶ半透明なあの子は、僕の方を呆けた顔で見る。



……え?

「頑張って頑張って疲れちゃったら、休憩して……また頑張りたくなったら頑張ればいい。
急ぐ必要はないでしょ。あのぬいぐるみも、時間をかけて直せばいい。
続ける事は大事だけど、なんのために続けたいかを忘れて頑張る事に意味なんてないよ」

なんのために……わた、私



あの子が瞳を震わせるとそれに反応したかのようにぬいぐるみ達がその身を光の粒子に変えて、幾何学色の空に黒色の粒子が昇っていく。



「というわけで、ちょっと痛いかもだけど」



その様子を見ながら腰を落とし、今守りたいものの形をしっかりと見据えながら鉄輝を打ち上げた。



「我慢してね」



一度だけ呼吸を整えてから地面を蹴り、マントをなびかせながら一気にあのたまごへ突撃。



「鉄輝……一閃っ!」



抜き放たれた蒼い閃光は右薙に打ち込まれ、たまごの×を――諦めを両断する。



「――瞬(またたき)」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



唯さんに薦められるがままにケーキと紅茶を早々に頂いて、現在私……ギターを担いでいます。

いや、正確にはギターにつけられているショルダーベルトを首と肩に通して、ギターを担いで楽器を持ったみなさんの中心に居る。

この状況の変化が今ひとつ分からなくて、私は首を傾げながら左横を見る。



唯さんと同じくギター担当な梓さんは困ったように笑いながら頷き……いや、その頷きは今はいらない。



試しに右横の澪さんを見ると……いや、その両手を合わせての『すまない』ってポーズはいらない。これはなに?





「うーん、結構様になってるわねぇ。それにぃ」



目の前の青い長椅子に座った先生が妖しく笑い、両手をわなわなとさせる。



「ディードちゃんはおっぱいも大きいから、色々似合っちゃうかもー♪」

「さわ子先生やめてくださいっ! それセクハラですからっ! というか、この子まだうちの生徒じゃないんですからっ!」

「……メイド服とかならまだ」

「そこOK出しちゃだめですからっ! ほんとに着せられ……えぇっ! もしかして経験者っ!?」

「えぇ。恭文さんがメイドが好きなので」



なのでたまに以前頂いたメイド服を着る時がある。もちろん家の中限定だけど……結構楽しいから、コスプレに耐性はある。

でもなぜいきなりそんな話をするのだろう。あと先生はどうしてウェンディと同じ手の動きを……私の胸に興味がある?



「あの子、うちの弟より年下なのに……道踏み外してるなぁ。まぁそこはいいか。それで唯、どうすんだ」

「……そうですよねっ! なんでかみなさんと演奏するような形になってますけど、無理ですよっ!」

「ディードちゃん……可愛いかも」



後ろで聴こえる紬さんの呟きは無視で唯さんの方を見ると、唯さんはニコニコしながら私の後ろに来た。



「うんとね、体験入部だよー。ディードちゃん、ギターとかってやった事ある?」

「いえ、楽器の類は全く。でもあの、どうして」

「だってディードちゃん、興味あるんだよねー」



ニコニコしながらそう言われて、ドキっとしてしまう。確かに……この人の言う通りだ。

音楽演奏なんてした事ないから、あの学園祭を見てからどういうものなのかと興味があった。



「だからギー太をちょっと貸すから、やってみよー。まず左手をネック……あ、この太い木の棒だね」

「唯、その説明はなんかもう台なしだぞ」

「いいのー。だって専門用語満載だとディードちゃん分からなくなっちゃうし」



唯さんは私の下ろされた左手を取り、優しくその木の棒――ネックに当ててくれる。



「右手はピックを持って、ここに」



右手も同じようにしてくれて、その上でピック――プラスチックで角が丸い三角形の板を持たせてくれる。



「それじゃあドレミファソラシドからやってみよっかー。えっとね、ドは三絃を押さえるの。
一番下の弦から数えて三つ目だよー。位置は……ここ」



唯さんの指に導かれるるがままに、人差し指で指定された弦を押さえる。



「そうしたら押さえたところと同じ弦をピックで弾くの」

「こう、でしょうか」



加減が分からないので弦を切らない程度に優しく弾くと、ギターに繋いであるアンプから確かに私の知っている『ド』の音が出た。



「おー、出た出た。ディードちゃん初めてなのに上手……ディードちゃん?」





なんだろう、ドキドキする。音が響いた瞬間に、胸が強く高鳴った。でもこの感情には覚えがある。

これは……あぁ、そうだ。これは自分で料理が出来るようになった時と同じ感動だ。

卵が割れなかったけど自然に破れるようになって、それで食材を切ったりも出来るようになって……それと似てる。



私の手で戦ったりする以外のなにかが出来た事が嬉しくて、幸せで……胸が高鳴ってるんだ。





「楽しいでしょー」



唯さんの声にハッとしながら、どこか呆けていた意識が一気に現実に引き戻される。



「ちょっと音鳴らすだけでもドキドキしちゃう。わたしもね、同じだったんだー」

「え?」

「唯ちゃん、3年前に軽音部に入る前はディードちゃんと同じく、音楽未経験者だったの」



紬さんの補足で『同じ』だという事の一つは……でもそれだけじゃないのは今の唯さんの笑顔でなんとなく分かった。



「わたし、高校に入るまではずーっとボーっと生きてたの。部活なんてした事なくて、なにかを頑張った事もなくて。
でもね、ちょっと勘違いとかもあったけど軽音部に入って、やっと見つけたんだ-。
わたしにもやりたい事が出来て、なにかを頑張ってやっていく事が楽しいんだって分かってすっごく嬉しかったの」

「やりたい事――なにかを頑張ってやっていく事」

「そうだよ。だからディードちゃんも……あー、ここは桜高や軽音部に入ろうねとかじゃないんだー。
どこでもいいけど学校に入ったら、きっとそういう事に出会えるよ。それでもっともっとドキドキする」





ドキドキ――あぁ、そうだ。ただ恭文さんの後を追いかけるだけじゃだめだと迷っていた理由が、ようやく分かった気がする。

うまくは言えないけど、私にはそれだけでは埋まらないものがある。埋められないものがある。

それがきっとこのドキドキ。私自身の心の中の衝動というか……そういう『こうしたい』と思う事を探していく気持ち。



きっとその積み重ねが、私の中から生まれたあのたまごを――私の『なりたい自分』を大事に育てる事になる。

それでそのドキドキが全部恭文さんを通してしか感じられないのは、きっとだめな事なんだ。

私の世界は恭文さんだけじゃない。もちろん恭文さんもとても大きな要素ではあるけど、それだけじゃない。



それだけになってしまっては、過去となにも変わらないんだ。それは罪の繰り返しになってしまう。



だからそれだけにならないなにかを探す道が私には必要で……ずっと感じていた胸の支えが取れた感じがして、自然と微笑んでいた。





「それなら一つ、出会ったかも知れません。あの、もう少し練習させてもらっても……ご迷惑でなければ」

「うん、大丈夫だよー。みんなもそれでいいかな」

「別にいいぞー。これも新入生勧誘の一環と思えば」

「ありだよな。じゃあディードちゃん、焦らずちょっとずつやってみようか」

「はい。ありがとうございます」





傾いた陽の光が差し込み始めた部屋の中で、私はこの優しくて穏やかな人達に支えられながらドキドキに触れていく。



今まで触れてすらいなかった可能性に出会えて私は、キャラじゃないかも知れないけど……明るく笑い続けた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



結界を解除した上で改めて公園の方に戻ると、あの子の隣に居たフェイトとシャーリーがこっちに気づいて視線を向けてくる。



あの子はというと……あー、ちょうどたまごが戻ったところか。胸元に白いこころのたまごが吸い込まれた。



……なお、学校の生徒や先生達は僕が浄化を完了したのと同時に復活したらしい。うん、いつもの事だよね。





「えっと、お姉さん達は」

「あ、その……あなた大丈夫? 意識が朦朧としてる感じだったから」

「何度呼びかけても返事がないし、救急車呼ぼうとしてたところで……そうですよね、フェイトさん」

「うんうん」



フェイトが必死に頷くと、その子は首を傾げながらも一応納得したらしい。これで問題ナッシングって感じかな。

あとはりっかの――りっかの持っているぬいぐるみを返そうと思ったら、その子の胸元からまたたまごが現れた。



「おー、やっさんー。こんなとこに居たかー。いや、探したよー。ロイヤルガーデン行ったらみんな居ないしさー」





なんか空気の読めない声が後ろから聴こえてくるけど、そこは気にせずに僕はあの子の胸元から出てきたたまごを見る。

そのたまごは上半分が赤に近いピンクで、下は白。たまごの中心に縦に並ぶ形で三つのボタンの柄が描かれている。

それはどう見ても明らかに普通のこころのたまごじゃなかった。あれは、しゅごたまだ。



しゅごたまに見慣れたギザギザのひび割れが走り、粒子化しながら開くとその中から金色ツインテールの女の子が出てきた。



その子はピンクの半袖上下を身に纏っていて、ツインテールはふわふわで髪の量多めで先がカールしていた。





「こらこら、アンタ達私無視で……わっ! アレしゅごキャラだよねっ!」

「しゅごキャラ生まれちゃった……って、おばさん誰ですか?」

「あ?」

「ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! なんでいきなり怖い顔するのー!?」

「あぁもうおのれらうるさいっ! ちょっと静かにしててっ!」



なんでかこっちに来てるヒロさんと怯えるりっかを一喝してから、改めてあの子の方を見る。

あの子はこちらの喧騒とか一切無視で、ただまっすぐに自分のしゅごキャラの事を見ていた。



「あなたは」

「わたしはぁ、あなたの『なりたい自分』。しゅごキャラ・ミィ、のんびり……のーんびり頑張る子だよぉ。よろしくね、由佳ちゃん」



少しのんびりとした喋り方をするその子の名前は……僕は自然とりっかの手の中のぬいぐるみを見る。



「ミィ?」

「そう、由佳ちゃんのうさぎとおんなじ名前」



自分の目の前にあるものがなにか分からなくて、信じられない様子のあの子は息を飲む。



「……その声、ミィちゃんを直してた時に聴こえた」

「うん」



それで僕は、この子がどういう自分になりたいのかが大体分かった。

多分この子は……だからぬいぐるみを直してる時に、しゅごキャラの声が聴こえたんだよ。



「でも、また諦めちゃった」



手元に残ったちぎれた耳を強く握り締め、あの子は俯く。



「だいじょうぶ」



そんなあの子にしゅごキャラは微笑みながら近づき、その右肩に乗る。



「これからはわたしも一緒だから。焦る事ないよ。時間をかけて、ゆっくりゆっくり……のーんびり、最後までやれる子になろう?」





きっと今あのしゅごキャラがあの子に対して言った事が、全てなんだと思う。

あの子は好きな事を、本当にやりたかった事を途中で諦めてしまう自分が嫌だった。

だから変わりたくて、あの子は自分に足りないものを――『やりたい事を最後までやれるキャラ』を描いた。



あむが『素直な自分』の形を、唯世が『王様』の形を、そして僕が『勇気』の形を描いたように同じように。うん、あの子は僕達と同じだ。

それであの子がこころの中で生まれて、でも結局諦めてしまって……それが本当に辛くて、自分のこころに×を付けた。

もしかしたらぬいぐるみが×たまの力として発現したのは、大事なぬいぐるみを最後まで直したいと思った気持ちの表れなのかも。



きっとそれにあの子も気づいてる。……優しく吹く風の中で髪を揺らしながらあの子は目を開いて、表情をほころばせる。





「わたしはこれからもぉ、ずーっと由佳ちゃんと一緒だよぉ」

「……うん」





ゆっくりとミィが左手を伸ばすと、あの子は右手をあげて人差し指を伸ばす。それで優しく……二人は握手。

その手が離れると、ミィはたまごに包まれてあの子の胸元に波紋を立てながら吸い込まれていった。

あの子が自分の胸元に両手を当てて嬉しそうに微笑む様子を見ながら、怯えたりっかの背中を左手で押す。



するとりっかは僕の方を目を見開きながら見上げてくるけど、それでも言いたい事は分かったらしくすぐに足を進める。



それで優しく微笑みながら、自分が持ったままだったぬいぐるみをあの子に差し出した。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



あの子は破けたままのぬいぐるみを両手で持って、付き添っててくれたフェイト達にお礼を言った上で夕焼けの中とたとたと家路に着いた。



一応フェイトが裁縫セットを携帯していたので直そうかとも言ったけど……答えはご想像の通りだよ。





「――で、ヒロさんはなんでここに居るんですか」

「あ、そうですよっ! 私本当にビックリしたんですからっ!」

「いや、カレントボードの調子とか気になってさ。あとはバナナ羊羹買いに来た」

≪姉御、すっかりあれ気に入ってるんだよなぁ≫



あー、それでか。てーかバナナ羊羹がメインだな。うん、絶対にそうだわ。だって既に手に袋持ってるし。



「先輩、この人先輩達の知り合いなんですか?」

「知り合いもなにも、昼間話した恭文の姉弟子でデュエルディスク作ったのがこの人だぞ?」

「えー! あれ作ったのおば……じゃなかった。お姉さんなんですかー!
あのあの、さっきりっかも遊んですっごく楽しかったですー! ありがとうございますー!」



りっかはヒロさんに頭を下げてから、ハッとした顔で背筋を伸ばす。



「あ、自己紹介遅れました。あたし柊りっか、聖夜小の2年生です。
つい最近転校してきたばかりで、ガーディアン見習いです。こっちが」

「僕は既に面識がある」

「あ、そうなんだ」

「柊りっかちゃんかぁ。私はヒロリス・クロスフォード、よろしくね。でもアレ、気に入ってくれたか」



ヒロさんは基本的に面倒見が良い方なので、りっかの方を見ながら表情を緩めて左手を伸ばし、りっかの頭を撫でた。



「暇つぶしで適当に作ったので楽しんでもらえたならこっちも嬉しいよ。あと……さっきなに言いかけた?」

「いえ、なにもっ!」



あぁ、りっかがすっかりヒロさんにしつけられて……この人、何気に最強なんだなぁ。

さて、それじゃあそろそろ……瞳から涙を零しているフェイトにツッコんでいこうと思う。



「フェイト、どうしたの?」

「だって……なんだか感動しちゃって。たまごからしゅごキャラが生まれるとこって、やっぱりいいよね」

「あー、それでか。うん、それは僕も分かる」



右手でハンカチを取り出して、フェイトの涙を拭ってあげる。それからあの子が帰って行った方を見る。



「だから誰かのたまごに×が付いてたら、助けたいって思うんだよね。
夢も人が本当の意味で生きていくのには、必要なものだから」

「うん、そうだね」





フェイトの右手が大きなお腹に触れるのは、きっと当然の事なんだと思う。というか、僕も優しくフェイトのお腹に触れる。



――その後、あむ達に連絡を入れたらまた一悶着あったけどそこはスルーでいこう。



主にどうしてあむ達の方に連絡しなかったのかとか? でもね、それはしょうがないのよ。気晴らしパーになるし。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ヒロリスさんが来ていたのにはびっくりだったけど、あたし達は合流後に感想をヒロリスさん達に直接伝えた。

もう楽しかったっていうのと……こけても衝撃がないのは嬉しいんだけど最初は慣れなかった事とか。

ヒロリスさんは『貴重なデータが取れたよー』と言って、お礼としてバナナ羊羹……でもあんなに買ってどうするつもりなんだろう。



少し暗くなった道を一人家路に着くあたしはそこが疑問で、ラン達共々首を傾げる。





「でもヒロリスさん、お店のバナナ羊羹全部買い占めちゃったのかなー」

「20本近くありましたしねぇ」

「でもあれ、美味しいのかしら」

「クセはあるけどボクは好きかな。前にあむちゃんのママが買って来てくれた事あるし。ね、あむちゃん」

「あー、うん。あたしも好きだよ? でも濃厚だから確かにクセはある」



現にパパが一口食べて首傾げてたからなぁ。なんか噂だと男性と女性とで評価が分かれるとか。あの時のパパの顔を思い出して、クスリと笑っちゃう。



「ねぇあむちゃん」

「なに、ダイヤ」

「少し、吹っ切れたかしら」

「……ん」



足を進めながら、改めて両手の中のバナナ羊羹を大事に持ち直して……あたしはダイヤの問いかけに曖昧な笑いを返す。



「なんかね、ちょっと怖かったんだ。イースターの事が終わって、もうすぐ小学校も卒業じゃん?
それでみんなそれぞれにやりたい事とか決めてってさ。なんかあたしだけ置いてけぼり食らってた感じがしてたの。
でもイクトは……イクトとあの遊園地だけは違うんだって、どっかでずっと思ってた」



空を見上げると、今日もこの街は星が綺麗に見える。それで月も……あ、今日は満月か。



「いつもあたしの事分かってくれて、見守ってくれて、メリーゴーランドみたいにぐるぐる回っても同じ景色で居てくれるってさ。
……だけど同じなんて、ないんだ。イクトもあたし達も、どんどん変わってく。
イクトはそんな中で、自分の『こう変わりたい』って気持ちを追いかけてくんだ。だから」

「だからイクトの事、ちゃんとお見送りするのかなー」

「うん。今は……そうしたいなって。でもどんな風にそれを言えばいいのか、まだ分かんない」





あたし達は変わっていく。そんな中で自分が変えたいって思う通りに変わっていく事はきっと出来る。



その中であたしはいつかアンタ達とも……続く言葉を飲み込みながら首を横に振り、歩速を上げていく。



このバナナ羊羹はヒロリスさんに感謝しつつ、食後のデザートとしてみんなで食べようっと。まぁパパはきっと渋い顔するだろうけど。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



今日はお泊りすると言い出したヒロさんも連れた上で家に戻ったけど、僕は僕でまだガーディアンのお仕事が残っている。



ヒロさんも交えてティアナとリインと訓練して、フェイトと一緒に夕飯とお風呂を頂いた後で自室に戻ってから、唯世の携帯に連絡。



今日の遊びの中で分かったりっかの事とかを報告しておくのよ。ほら、唯世はそこで不安が強いしさ。





「――というわけで、思わぬ収穫がいくつもあったよ。まずりっかの物事への集中力はかなりのレベル」

『その集中力があったから、遊戯王のプレイングもかなり勉強してる感じだった?』

「うん。今までだとりっかの集中力は悪い方向に働きがちだったけど……ほら、よそ見しやすいとか、短絡的な行動に出やすいとかさ」

『そう、だね』



電話の向こうの唯世が苦笑い気味なのは、このひと月足らずでそういう現場をよく見てるからだと思う。



「だからりっかの集中力の方向をコントロールする相方が居れば、業務に関わる上での不安は少ないと思うの。
りっかの欠点は集中力が高まれば凄いのに、興味があっちいったりこっちいったりしてその方向が中々定まらない事だから」

『なるほど。じゃあ柊さんの興味を引くというか、集中力を向けるコツみたいなのを掴めばいいのかな。
まぁその、僕達はもうすぐ卒業しちゃうからここは……リインさんや結木さんが』

「……その二人だと不安が強いんだよねぇ。ややは普段は赤ちゃんキャラ通してるし、リインも最近」



視線が自然と部屋の外――リインの部屋の方に向くのは、しょうがないと思う。



「ややに引っ張られて来てるから。まぁ僕としては歳相応になってくれてありがたいんだけど」

『あははは……それはコメントしにくいなぁ。あ、じゃあ一之宮君はどうかな。
年も近いし、ガーディアンの仕事も積極的……ううん、ガーディアンの仕事だけじゃないか。
今まで知らなかった事を知っていこうとしている。あの二人、案外良いコンビになるかも』

「二人で行動している姿は様になっていると思うし、そうなるかもね。唯世、これでだいぶ不安も和らいだでしょ」

『そうだね。結木さんとリインさんだけに任せる事になるよりは……あとは理事長次第だけど』





不安も大きかった卒業後の事もなんとかなりそうで――というか、そこを不安に思ってた唯世の気持ちが安定して一安心。

今日遊んだのはちょっと強引かなとも思ったけど、一応は成功だね。二人とも気晴らしは出来たっぽいし。

ただ……これもやっぱり気休めというか、ちょっとした応急処置なんだよなぁ。嫌でも猫男がこの街を出る時期は近づく。



それも本当に早いうちにだよ。1ヶ月持ったら……今後に不安を覚えていると、部屋をノックする音が聴こえた。





「はい」



それに反応して立ち上がろうとした僕をフェイトが右手で制して、ドアの方へ声をかける。



「恭文さん、フェイトお嬢様。すみません、遅くなりました」

「あ、ディードおかえり。随分遅かったけど……なにかあった?」

「トラブルはなかったので、大丈夫です。あの、あとで少しお話が」



今日は学校見学に行ってたそうだし、その辺りの絡みかなと思ってフェイトと顔を見合わせ……僕は頷く。



「うん、分かった。今こっちもお話中だし……ディードが夕飯食べてからかな。今準備するから」

「そこはシャーリーさんがやってくれているので。それではまたあとで」



部屋の外から足音が響き、気配が遠ざかっていく。電話中な僕の代わりに対応してくれたフェイトにお礼を言った上で、電話に戻る。



「唯世、ごめんね。電話の途中に」

『ううん、大丈夫。今の声ディードさんだよね。もしかしてなにか用事?』

「かも知れない。いやね、ディード今日桜高の方に行ってたらしいのよ」

『……あ、学校の見学だね。でも聖夜学園じゃないんだ。てっきり蒼凪君と同じクラスに入ると思ってたんだけど』

「よく分かったね。当初はそう言い出してたよ」



電話の向こうで唯世が硬直しているのがよーく分かった。でもそれも仕方ない。

だってディード、外見年齢だけなら10代後半だし。僕も初めて聞いた時は衝撃的だった。



『そ、それはまた……あ、じゃあこの辺りの話はまた明日で』

「分かった。なんか気を使わせちゃってごめんね」

『大丈夫だよ。それじゃあまた明日。あと、頑張ってね』

「よし、その慰めの言葉の意味について教えて欲しいなぁ。小一時間ほと問い詰めてあげるから」



そう言いつつも僕も『また明日』と返して、電話を終了。改めて隣のフェイトを見る。



「ディード、ちょっと声が真剣だったよね」

「うん。ようやく進路の事、決まってきた感じかな。でも、ホント変化の兆しが多いよね。
月詠幾斗君の事もそうだけど、ヤスフミとあむ達の卒業とか……もちろんディードの事も」



フェイトは右手でお腹を撫でながら、表情を緩める。変化の中には……やっぱりこの子達の事もあるしなぁ。



「春も近いしね。まぁ一つずつ向き合って解決していこうか。あ、フェイトも出来る範囲で無理せず手伝ってくれると嬉しいかも」

「ん、もちろん手伝うよ。それじゃあ早速」

「ディードの方だね」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



というわけで、それから少ししてディードが夕飯を食べてからお話開始。まぁ夜も遅いので簡単な感じでね。



ディードからまたまたあの軽音部のみんなにお世話になった事や、学校の方も見学させてもらった事を教えてもらった。



それを話すディードは本当に目をキラキラさせていて、その様子を見てお兄さんとしては一応安心。





「――それで私、あの学校に通ってみたいんです。あの、学費の方は魔導師の仕事の方もちょくちょくしていってなんとか」

「そこは大丈夫だよ? クロノの計らいでディードも一応私の補佐官扱いになってて、お給料は出てるんだから。ほら、説明したよね」

「そう言えば……そうでしたね」



真向かいに膝を崩しながら座るディードは右手で口元を押さえて、明るく笑う。

たった一日で笑い方が少し変わったのを感じて、嬉しいのと同時に驚いてもしまった。



「じゃあ早速転入手続きの方を取って……でもディード、本当にいいの? ほら、僕と同じクラスになりたいって言ってたのに」

≪あなた、何気に楽しみにしてたでしょ。それで夕焼けの教室でディードさんといやらしく逢瀬を≫

「そんなのは楽しみにしてないからっ! というか、お願いだからそういう事言わないでー!」

「いいんです」



ディードは笑顔のままそう言い切って、僕の方を見る。



「確かに恭文さんの事は好きで、もっと近づきたいとは思いますけど」



ストレートにそう言われて顔が赤くなってしまうのは、許して欲しい。あとフェイトが……あぁ、この抱擁は嬉しいけどなにか怖い。

ディードはそんな僕達を見ながらもまた笑って、どこからともなくあのたまごを取り出し胸元で抱き締める。



「でもそれだけが私の全てじゃないし、してはいけないから。だから……これでいいんです。
この中に詰まっている私の未来の可能性は、恭文さんを追いかけるだけではないから」

「……そっか。ディード、なにか掴んだ? やっぱり朝とは感じが違うし」

「ちょっとだけ……えぇ、本当にちょっとだけですね」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



恭文さんとフェイトお嬢様とのお話し合いは無事に終了。私はお風呂を頂いてから早めに床に入った。

胸の中には不安と期待が入り交じっていて……これは、恭文さんのところに行きたいと決めた時に感じたものと同じかも。

どういう形であれ自分で道を選んだんだと実感して、自然と表情が緩んで……枕元に置いてあるあの子を見る。



まだたまごの中で鼓動を刻み続ける私の『なりたい自分』はどんな形なんだろう。そう考えると不安と期待が強くなる。



強くなってドキドキして……早めに床に入ったというのに私はこの日、色々な事を考えて中々寝つけなかった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ベッドに寝っ転がってうちの子達を見上げながら、あたしはずーっと考え中。



あの時生まれたあの子のたまごの輝きを思い出しながら、ドキドキドキドキ……うぅ、苦しいけど楽しいなぁ。



でもあたしの『なりたい自分』ってなんだろう。そういうのが分からないと生まれてこないんだよね。





「なりたい自分なりたい自分なりたい自分――うーん」



ごろごろごろごろしながらあれこれ考えて、いっぱい考えて……うーんうーん。



『ムリ?』

『ムリムリー』

『ムリー』

「うー、無理じゃないよ。あたしだって」



あれ、ちょっと待って。あたしは動きを止めて天井をじーっと見る。あたし今なに言いかけた?

『なりたい自分』……あたしがなりたいもの。あたしがこうなりたいって思う人……あ。



「そっかっ!」





あたしは一気に起き上がって、嬉しくて納得で両手でガッツポーズを取る。うんうん、これならいけるよー。



よし、早速あたしはあたしの『なりたい自分』になるためにチャレンジだー! おー!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「おはよっ!」





そして翌日――りっかが放課後なのにそんな事を言いながらロイヤルガーデンにやって来た。

ただその、おかしい。りっかが制服着崩してるのよ。いつもは半袖まくり程度なのに、ネクタイとかも緩めに締めてる。

……いや、これは正確じゃない。もう正直に言うけど、りっかの今の制服の着方はある女の子とよく似てる。



てゆうか、そのままなんだよ。そのある女の子はそれが今ひとつ信じられないらしく、右手を震わせながらりっかを指差す。





「あの、りっか……アンタそれ」

「バカじゃん? そんなの見れば分かるじゃん。……じゃんじゃん」

「いやいや、質問に答えて無いよねッ! てゆうかそれ、あたしだしっ!」



そう、りっかの制服の菊寿司……もとい、着崩し方はあむそのままだった。いきなりな事であむは仰天している。

いや、それは他のみんなも同じ。りまが怪訝そうにりっかを見ているし、ややとリインは……いや、この二人はいいか。



「りっか、それはどうしたんだ」

「そう、だよね。いきなり過ぎるし、キャラ違うし」

「バカじゃん? あたし気づいただけだし。あたしはあむ先輩みたいになりたいって分かっただけだし。バカじゃん?」

「りっか、アンタなんかキャラ設定おかしいからっ! あたしそんなに『バカじゃん』って言って……ないよね」

「あむ、不安なのは分かるけど僕に聞かないで。僕はそこでは『イエス』って言うしかないし」



あむが頭抱えたところでりっかは両手でガッツポーズを取って、背中で炎を燃やす。



「そうっ! あたしの『なりたい自分』はあむ先輩じゃんっ! だからあむ先輩になるんじゃんっ!
あむ先輩みたいに×たま浄化してカッコ良いキャラにならなきゃだめじゃんっ!」

「いや、だからどうしてっ!? りっかちゃん、あむちゃんになりたいって気持ちが今ひとつ分からないんだけどっ!」

「バカじゃんっ!? そんなの昨日しゅごキャラ生まれるの見たからだしっ!」

「うんうん、あむちーそのままだよねー。いい再現度だよー」

「そんなわけないからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! あたしここまでバカじゃないしっ!」



おーいっ! なんかこの子方向オンチ属性ついちゃってるよっ!? 主に努力の方向オンチだよっ!

てゆうかあれからこれへは絶対繋がらないと思うんだけどっ! コイツ昨日なに見てたってのよっ!



「ややちゃん、そこツッコむとこですよっ! 誉めちゃだめですっ!」



さすがのリインもりっかのキャラのおかしさに気づいたらしく、慌てて修正を加えようとする。



「りっかちゃん、それなんか違うですよ? あむさんみたいになりたいって、外見だけ真似ても意味ないのです」

「そうだよ。さすがにあむちゃんそのままは……ね、りっかちゃんはあむちゃんのどういうところに憧れたの?」

「バカじゃん? てゆうか、もういいじゃん」

「え、僕達の話全無視っ!?」



りっかはそこで踵を返し、ロイヤルガーデンの外を目指して歩いていく。



「あたしはあたしの道を進むだけじゃん。あたしは颯爽と歩いていくだけじゃん」

「りっか、マジやめてー! ……てゆうか、その格好と不安定なキャラのままロイヤルガーデン出ようとしないでー! アンタどこ行くのっ!?」



そのまま入り口を出たりっかをあむが追いかけて……僕達は呆然としながらもここに残された。そんな中、ひかるとりまが静かにお茶を飲む。



「どうやら来年のガーディアンは僕が引っ張っていく事になりそうだな」

「そうみたいね。りっかはもうだめだわ」

「既に未来を諦めてるっ!? 二人とも、言いたい事は分かるけど希望を捨てちゃだめだよっ! まだなんとかなる……はず」

「そうか。ならそれを」



ひかるは静かにそう言って、りっかの様子を見て崩れ落ちている唯世の方を見る。



「唯世に言うといい。きっとなんの慰めにもならないだろうがな」

「もう、だめかも。なんかもう……来年でガーディアンやっぱり崩壊かも」

「唯世落ち着けっ! ほら、大丈夫だからっ! りっかはちょっと方向オンチなだけだからっ! ちょっとバカなだけだからっ!」

「方向オンチ過ぎるわよ。あれ、どうやって修正するの?」





あー、そこが問題だよね。てゆうか、あむに憧れてるようなフシはあるなぁと思ってたけどここまでか。

でもね、あれは違うと思うんだ。というかなんだろ、デジャブを感じるんだけど。……あ、それも当然か。

なぞたま事件当時にあむとフェイト共々関わった、歌唄のファンの女の子と似ているんだ。



あの子も『ほしな歌唄』になりたいって思って、そういう感情からくる迷いをルルに利用された。



だったらりっかも……まぁ安易に否定するんじゃなくて、りっかの話聞いてからかな。多分本人は真剣に考えてるんだろうし。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「バ、バ、バカじゃんー♪ バババババカじゃんー♪ そうさあたしはちびあむだー♪」





あー、もうようやく『なりたい自分』が見つかってご機嫌だよー。楽しくなりながらもあたしは校内をてくてく歩いて行く。

これならあたしのたまごもすぐ生まれてくるよねー。だってあたし、あむ先輩みたいになりたいし。

だってカッコ良いし、優しいし、×たま浄化する時もなんかこう……キラキラしてるしー。やっぱりあむ先輩だよねー。



でも恭文先輩は……うーん、悪くないし嫌いじゃないんだけど、なんか違うの。だって先輩、たまに怖い時があるし。

×たま浄化してる時とかに怒ったりするんだよ? あたしそういうのよく分かんない。

だって×が付いて苦しんでいる子を助けるはずなのに、その子に怒ったりするのはやっぱり可哀想だよー。



だからあむ先輩なんだー。あむ先輩はそういうのないし……うん、あたしはあむ先輩みたいになりたい。



他の先輩も素敵だけど、あむ先輩はその中で一番カッコ良いもん。だからこれで。





「あ、りっかちゃん」



ニコニコしながら歩いていると、前から声がかけられた。……あー、同じクラスの子だー。

黒髪ツインテールの子と、ショートでメガネで席の近い子達。あたしはその子達の方にとたとたと小走りで近づく。



「ガーディアンのお仕事はもう終わったの?」

「なら一緒に帰ろうよー。美味しいたい焼き屋さんがあるんだけど」

「バカじゃん? 買い食いとかしたらだめじゃん」

「「……はぁ?」」



二人が怪訝そうにこちらを見ながら首を傾げて……あ、驚いてるんだねー。



「えっとりっかちゃん、どうしたのかな」

「どうしたもこうしたもないじゃん。あたしはいつも通りじゃん」

「いやいや、明らかに……あれ、その格好って」



二人があたしの方をじーっと見て、納得してくれたらしくて両手で拍手を打った。



「あー、日奈森先輩だ」

「そうじゃん。あたしはそういうキャラじゃん」

「……りっかちゃん、それ変だよ」



なにかがあたしの胸に突き刺さったけど、あたしは気にせずにそんな言葉を鼻で笑い飛ばす。



「そ、そんな事ないじゃん。あたしカッコ良いじゃん」

「いや、格好はともかく口調とかキャラも……りっかちゃんとは違うよ」

「そうだね。なんか無理してるみたいで、凄く違和感がある。全然似合ってないし」

「……え?」





二人は真剣な顔で頷いて……あたしは目の前が一気に真っ暗になった。



変――変――あたしが変? で、でもこれがあたしの『なりたい自分』なのに……あれ?





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



もうショックとかショックじゃないとか……ごめん、ワケ分かんない。あたしは気づいたら家のベッドで寝転がってた。

どうやって帰ったのかとかもほんとさっぱりで、ただベッドに寝転がってて……うちの子達はそんなあたしを心配そうに見てる。

でもなんの返事が出来ないし、力抜けちゃって全然動けない。てゆうかもう、悲しくて涙出てくる。



あんな風に言われるなんて思わなかった。だってあたし……一生懸命考えたのに。





「あたしと違うってなにかな。違和感ってなにかな。あれがあたしの『なりたい自分』なのに」



あむ先輩みたいになりたくて、あむ先輩みたいにかっこ良くなりたくて……そう考えたのに。

なのになのに……あたしはイライラしちゃって、ベッドの上でじたばたしちゃう。



「あぁもう、いらいらするー! じゃあ『なりたい自分』ってなにかなっ! 夢や可能性ってなにかなっ!」

『ムリっ!? ……ムリムリー!』

『ムリっ! ムリムリムリー!』



うちの子達が驚いて離れても、心配そうに声をかけてくれてもそんなの無視でとにかくじたばたじたばた。



「あたしっぽいってなにっ!? あたしって一体なにっ! もう分かんないよー!」





部屋の中で思いっ切り叫んだ瞬間、胸の中でなにかが弾けたような感じがした。



あたしは動きを止めてベッドにボスンってまた寝転がっちゃう。それで自然と胸元の方を見た。



そうしたらあたしの胸が水面みたいに揺れて、そこから白くてキラキラしてるたまごが出てきた。





「……あたしのたまご?」





なんかクラクラしてくるけど手を伸ばしてみる……あれ、やっぱり力が入らない。

お腹すっごく空いてるみたいに力が……あたしのたまごのはずなのに、手が届かない。

あたしが戸惑ってる間にあたしのたまごの輝きが、黒いものになっていく。



次の瞬間にそのたまごは、他のみんなと同じ黒くて白い×の付いたたまごに……嘘。



あたしは力の出ない身体を無理矢理に起こして、そのたまごをジッと見る。





「うそ、あたしのたまごに……なんで」



手を伸ばしてたまごを掴もうとするけど、その前にあの子はあたしから遠ざかって他の子に混じっちゃった。

混じって……あれ、ちょっと待って。嘘、だよね。だってさっきまでちゃんと見てたのに。なのにあたし……やだ、涙出てくる。



「分かんない。さっきまでちゃんと見てたはずなのに、あたし……あたしのたまご、どれっ!?」





ここにあるのはうちの子達――×たま達だけ。その中にあたしのこころのたまごがある。でもあたし、どれが自分のたまごか分からない。



どんなに考えてもどんなにたまご達を見てもどれがあたしのたまごか分からなくて……あたしはまた泣いちゃった。





(第139話へ続く)






















あとがき



恭文「というわけで……デュエル期待してたみんな、ごめんね。でもそろそろこの話やらないと尺足りないって気づいちゃったの」

フェイト「ま、まぁそこは番外編とかでやろうか。同人版の書き下ろしとか」

恭文「そうする。……というわけで、本日のお話はアニメしゅごキャラの第115話『なりたいあたし!』。
そして第122話の『どきっ! たまごに×がついちゃった?』から構成しています。
本日のお相手は……ひかるの宝玉獣デッキは絶対エグいと思う蒼凪恭文と」

フェイト「メインはハネクリボーデッキで、サブはエレキデッキなフェイト・T・蒼凪です。……でもヤスフミ、りっかちゃんが」

恭文「方向オンチ過ぎるよね。そういう事じゃないんだけど……しかもどれが自分のたまごか分からなくなるって」



(ちなみにアニメだと×が付いても普通に学校行って普通に話せてました。……柊りっか、今更だけど恐ろしい)



フェイト「まぁりっかちゃんの事はあれとして……ディードも進路が決まった感じだね」

恭文「そしてあむと唯世も……そうなると当面の問題はやっぱりっかか。ひかるは何気にちゃんと人生勉強積み重ねてるし」

フェイト「そこはかなり安心だよね。元々勉強家だからなのかな。……あ、そう言えば同人版は」

恭文「えっとね、同人版の電王クロスは……上下巻になりそうです」



(いや、なんかそういう形かなと。ちなみに価格は幕間と同じくらいです)



恭文「下巻の方はともかく上巻の書き下ろしがまだ迷ってて……未来メンバーの話とかのリクエストもあったんですよ。
でもそれをフルにやると説明だけで終わるしさぁ。新規の人が話についてけるかも不安だし。
あとHP版の事後話はネタバレになるから出せないし、特別書き下ろしそのものが難しいというワケ分かんない状況が」

フェイト「なら幸太郎が電王になった時の話は」

恭文「それも同じ感じなのよ。てゆうか、プロットが全く思いつかない。
まぁここはまた考えてくけど……あとは本編の書き下ろし分が多くて、そっち手が回らないかも」

フェイト「本編の中でも多数なんだよね」

恭文「うん。とりあえず戦闘シーンは序盤以外は全部新規。その上で今の電王の設定に合わせてる。
なので展開はHP版をご覧になった方々も違いを楽しめるかなぁとは。あとHP版には無い要素もあるし」



(具体的にはあのキャラが……あぁ、これ以上は言えない。でも同人版、何気に新規箇所が多いなぁ)



フェイト「とにかくそこもお楽しみにって感じかな。あー、どうなるんだろ」

恭文「とりあえずあれだ。あのキャラには頑張ってもらわないと。……というわけで、本日はここまで。
次回からはいよいよ3年目の4クール目。ここからは密度濃くなっていく予定です。お相手は蒼凪恭文と」

フェイト「フェイト・T・蒼凪でした。それではみんな、またね」





(……登場人物絞って、未来メンバーの一部だけしか出ないならまだ。
本日のED:175R『夢で逢えたなら』)










キャス狐「ご主人様、私も出たいですー。私もご主人様にハグしたいですー」

恭文「ごめん、需要ないから」

キャス狐「ありますからっ! とまとは今、狐で良妻な私を求めてるんですからー!」

ちびアイルー「狐、エンジンかかってるにゃー。でもでも旦那さん、ぼくも出たいにゃ」

ミロカロス「私もです」

アブソル「お父さん、私も」

恭文「そこの三人はどうやって出るのっ!? ほら、ポケモンとちびアイルーなのにっ! あと抱きつく意味が分かんないっ!」




(おしまい)




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