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小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
第111話 『Melody started/始まりを迎えた終焉』



ラン・ミキ・スゥ『しゅごしゅごー♪』

ラン「ドキッとスタートドキたまタイムー♪ さて、本日のお話はー?」

ミキ「ついに動き出した事件。そして鳴り響く終焉を知らせる音色」

スゥ「そしてあの二人が、よりにもよってあの日に正面衝突ですぅ」





(立ち上がる画面に映るのは夜景を観ている二人と力をぶつけ合う二人。そして砕ける王冠)





ラン「なんだか異常事態が起こりまくりなドキたま/じゃんぷ、今日もさっそくいってみよー。せーの」

ラン・ミキ・スゥ『じゃんぷっ!!』




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



あたしはその、唯世くんと二人で・・・・・・えっと、帰る途中だったりします。

でも今日は色々大変だった。唯世くんのあたしへの呼び方が変わっている事をツッコまれたりするしさ。

あとはその、あの事か。昨日あたしが寝ちゃっていたような時間に一つ事件が起こった。





それでそれはどうも、あの予言に絡む事っぽいんだ。










「・・・・・・フェイトさんと恭文が結婚したのはめでたいのに、そんな日に妙な事が起こるなんて」

「ホントだね」





今日のガーディアン会議でなぎひことリズムから、昨日の夜にどう考えても予言絡みっぽい事が起こったのを聞いた。

それでシルビィさんとナナちゃんにティアナさんとリースまでそれを見て・・・・・・でも、どうなってるんだろ。

ヴァイオリンのピチカート・・・・・・だっけ? そういう奏法が響いてたって言うけど、イクトは家に居て寝てたじゃん。



まぁその時間あたしも寝ちゃってたけどさ。でもアイツ体調悪くて動けないんだし、何かするとか無理だって。





「これだと二人の入籍パーティーは事件解決後かな。本当はすぐにでもお祝いしたいのに」

「ん、そうなっちゃうね」



なんというか、結婚記念日にそういう事が起こるのがあの二人らしいというかなんというか。

よし、もうひと踏ん張りして全部解決しちゃおうっと。具体的には・・・・・・イクトの事とか。



「もしも」



唯世くんが小さく呟いて・・・・・・怖いくらいに真剣な顔をしていた。

それを見て何を考えているかすぐに分かった。



「もしも本当にそんな事をしているなら・・・・・・僕は」



夕方の街の中を歩きながら、あたしは何を言っていいのか分からなくなってしまう。

唯世くんは・・・・・・というか、イクトと何があったんだろう。というかあの、ちょっと怖いかも。



「あ、それと」



唯世くんは軽く息を吐いてからあたしの方を笑顔で見る。



「なにかな?」



その落差が微妙に怖くて、やっぱり分からなくて・・・・・・それでもあたしは普通を装って聞いた。



「あむちゃん、好きだよ」



すると急に爆弾が投下された。・・・・・・はいっ!? いやいや、なんでいきなり・・・・・・あ、まさか。



「えっと・・・・・・もしかしなくても今日の分でしょうか」

「うん」










なんかすっごい笑顔で言い切ったしっ! あぁ、恥ずかしいけど・・・・・・幸せー!!





もう唯世くんの事怖いなんてありえないしっ! 唯世くんは唯世くんじゃんっ!!




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



11月の9日・・・・・・学校から帰り着いてフェイトとただいまのキスとおかえりのキスをしていると、インターホンが鳴った。





玄関先に居た僕とフェイトがすぐにドアを開けると、目の前であの子が仁王立ちで立っていた。










「・・・・・・歌唄? え、どうしたのよ。こんな時間に」

「恭文、アンタこれから明日まで私と付き合いなさい」

「へ?」

「いいから付き合いなさい。フェイトさん、恭文明日まで借りるから」



いきなり過ぎて意味が分からない。まずなんでそういう事になるのかが本当に分からない。

なので当然のように、僕もフェイトも困惑した顔を見せるしかないわけですよ。



「あの、歌唄? 何かあったのかな。私達に分かるように・・・・・・まさかイースターが」

「違うわよ。ただ恭文の事を借りたいだけだから、安心して。あと、服はすぐに着替えて。
さすがに制服姿とかダメだから。せっかくのデートにそれはないでしょ。それでその後は私の家でお泊りだから」

『デート・・・・・・お泊りっ!?』

「ほら、早くして。あ、それなりにおしゃれはしてよ? 私が一緒に歩いてて恥ずかしくないレベルでいいから」

『いや、だから待ってっ! どうしてそうなるのかがさっぱり・・・・・・って、殺し屋の目はやめてー!!』




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



もしも・・・・・・もしも本当に月詠幾斗がこんな事をしているとする。だったら僕は自分を変えなきゃいけない。

八神さんやマクガーレン長官、それにフェイトさんに出された宿題の答えがやっと分かりかけてきた。

今までの僕がとても狭い世界に居て、その世界を誰かに押しつけていたのに・・・・・・本当にようやくだよ。





確かに僕はまだスタートラインにも立っていなかった。

毒を飲む覚悟をする前に、強い王様になる前にやるべき事があった。

だけどまだ踏ん切りがつかない弱い自分が居る。





過去の痛みとそれから発生する憤りを理由に、また同じ間違いを繰り返そうとしている。

その行動が僕だけじゃなくて、日奈森さんのように月詠幾斗・・・・・・ううん、違う。

イクト兄さんを信じたいと思っている人達を傷つける事と知っているのに。





・・・・・・ここは、蒼凪君を見習おうかな。今の僕は多分意気地なしなだけだと思うから。










「キセキ」



あむちゃんと分かれてから家路を急ぎつつ、小さな声でキセキに話しかける。

ずっと傍らに居てくれたキセキは僕の方を見た。



「なんだ」

「今日の夜、少し付き合って。・・・・・・真実を確かめる」



それだけ言うと、キセキは全部分かったらしくてすぐに頷いてくれた。



「だが唯世」

「うん、分かってる」



自然とかばんの持ち手を掴む左手の力が強くなるのは、僕がまだ弱いせい。弱いから・・・・・・僕は引きずる。

もう答えは出ているのに逃げようとする自分が居るのにイライラして、つい表情が険しくなってしまう。



「憎しみに、嫌悪感に、過去に負けちゃだめなんだ。そんな事で今から目を背けてはだめなんだ」

「その通りだ。そんな事ではお前は一生王になどなれない。
王は、その姿勢を命がけで家臣に示すものだ。・・・・・・ようやくだな」

「うん。本当にようやくで・・・・・・それで、やっとだ」










まだまだ迷ってばかりで、戸惑ってばかりで・・・・・・だけど答えは少しずつ見えてきた。

色んな人達に叱られたり背中を押されたり諭されたりしながら、やっと弱い自分と向き合えたのかも知れない。

でも、まだ足りない。自分の中の弱さを、未来を壊す感情を変えるには僕にはまだ勇気が足りない。





だからまずは動かなきゃ。動いて、今一体何が起こっているかをちゃんと知るんだ。





今イクト兄さんに何が起こっているのか知らなかったら、僕は・・・・・・何も変えられない。




















All kids have an egg in my soul



Heart Egg・・・・・・The invisible I want my






『とまとシリーズ』×『しゅごキャラ』 クロス小説


とある魔導師と古き鉄とドキドキな夢のたまご/じゃんぷっ!!!


第111話 『Melody started/始まりを迎えた終焉』




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



恭文とリインにフェイト達とガーディアンの面々が頑張ってくれたおかげで、なぞたま事件は終わりを告げた。

主犯格だったルル・ド・モルセール・山本とその兄のヘイ、そして二人のしゅごキャラや家族にとってもいい形で決着をつけられたそうだ。

この一件では非常に厳しい戦いが続いたわけだが、そこに関しては本当に・・・・・・本当に僕も安堵していた。





だが、オチがついてしまった。それは決着後、二人が教えてくれたイースターの最新の内情だ。





そのために僕は自分の執務室で、頭を痛めつつ関係者各位と会議だ。










『・・・・・・そこの辺りは恭文とフェイトちゃんからも聞いとるよ。
デスレーベル作戦・・・・・・しかも星名専務主導っちゅう事は』

『おそらくはこれが本命と言ったところね。でも、詳細はその二人にも一切知らされていなかった』

『星名専務は蒼凪達に計画を気づかれないために、モルセール兄妹を囮にしていたとしか思えないですね。
そしてなぞたまが聖夜市で初めて出現してから、約2ヶ月。もしかしたらこの計画は既に』

『実行段階に移っとるんかも知れませんなぁ』





なお、メンバーは既に察していると思うが・・・・・・僕とはやてと騎士カリムとマクガーレン長官だ。

まさか本気でGPOメンバーと協力体勢を結べると思わなかったぞ。ここは恭文に本当に感謝だ。

母さん、やはり母さんの考えは間違っていたようです。アイツが『大人』だったら、こうはならなかった。



アイツはどう足掻いても孤独にはなりようがないようです。

そうなるにしては、アイツの周りはいくらなんでも騒がし過ぎる。

なんというか、僕はこの話を聞いた時嬉しかったですよ。





『クロノ君、聖夜市の方は大量にこころのたまごを抜かれとる人が出て来とるんやろ?』

「耳が速いな。さすがにビックリだぞ」



ガーディアンの藤咲なぎひこ君が、たまたま見かけたらしい。ここはしゅごキャラのリズムの証言もあるから間違いないそうだ。

だがそうすると月詠幾斗の行方は・・・・・・まさか既に向こうに確保されているのか?



『フェイトちゃんからの聞きたてホヤホヤや。さて、そうなると・・・・・・またみんなに頑張ってもらわなアカンわけや』

「そうなるな」



やっと一山超えてからすぐこれで、本当に申し訳ない。事後にお菓子でも持って慰労でもしようか。

現にロッサはかなりの周期で向こうに行っているらしい。まぁアイツの場合はサボりも込みだろうが。



『でも、今回ばかりはあの子達だけに任せるわけにはいかないわ。マクガーレン長官』

『問題はありません。ナナもシルビィもやる気を出していますから。
二人ももう既に聖夜市の方に居ますし、いつでも動けます』

「助かります。・・・・・・さて、後は何が出てくるかですね」

『まともなカードやない事は確かやな。出来れば大事になる前に止められるとえぇんやけど』



















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「・・・・・・綺麗ね」

「そうだね」



歌唄との誕生日デートは順調に進行中。ラーメンを食べて、プラネタリウムを見て・・・・・・次は展望台に来た。

プラネタリウムがある高層ビルの最上階からは、聖夜市が一望出来るんじゃないかって言うくらいに夜景が広がっていた。



「スケールでは星には負けるかも知れないけど、ネオンも中々だよ」



そんな中で一際目立っているのがイースターの本社ビルというのが非常にアレだけど、それでも夜景は綺麗。

だから歌唄共々手すりに体重を預けながら、言葉少なめに夜の景色を。



「ヒカリさん、このクッキー中々美味しいですねぇ。・・・・・・ボリボリ」

「だろう? 私も恭文から食べさせてもらってからすっかりファンになったんだ。・・・・・・ボリボリ」

「てーかアタシもファンになりそうだわ。歌唄ー、これうちでも買おうぜー? ・・・・・・ボリボリ」

「というかお兄様、これは本当に常備しましょう。私も・・・・・・ボリボリ」



静かに夜景を見てたのに、なんでか後ろでクッキーを音を立てながら楽しく食べるバカ共のおかげで邪魔されました。



「・・・・・・アンタ達うっさいっ! せっかくいい感じなのに邪魔しないでくれるっ!?」

「ホントだよっ! てーかそれ常備は無理っ!!
限定品で注文数も限定・・・・・・って、それどうやって持ち出したっ!?」

「恭文、安心しろ。私が美味しく食べるから」

「おのれふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



あぁもうっ! お姉さんとそっくりだからもうちょい落ち着いたキャラかと思ったら、やっぱりぶっ飛びキャラだしっ!!

しかもなんとなくシオンよりタチ悪そうに感じるのは僕の気のせいっ!? いや、もういいっ! コイツらは無視だっ!!



「・・・・・・歌唄、僕達は僕達で楽しもうか」

「それもそうね。あの四人は見えないものとして扱いましょう。というわけで」



歌唄はそっと身体をくっつけて、僕の腕を取る。というか、腕に抱きついてきた。



「あの、だからコレは」

「いいでしょ、別に。というか、手を繋いだリしてる時点でもう遅いわよ」



・・・・・・確かに。そう言われるとめっちゃ反論出来ない。



「だいたい私は恥ずかしい事をしてるつもりなんてないわ。だから堂々と言うわよ」



歌唄は僕の方を見ながら、デレ状態で嬉しそうに笑って・・・・・・顔を近づけてくる。



「私はアンタと付き合ってて、アンタが大好きで、アンタの彼女で・・・・・・三人目の奥さん候補だってね」

「そ、そう・・・・・・ごめんなさい」

「いや、謝らないでくれる? てゆうか、まだ理性が邪魔してるんだ」



お願い、頬を膨らませないで。すっごい何かが突き刺さってくるの。

でも、アレだよね。僕はその・・・・・・ごめんなさい。



「なら・・・・・・理性が飛ぶような事、しちゃおうか」

「え?」





歌唄は意地悪く笑いつつ、腕に身体を・・・・・・ううん、胸を押しつけてくる。

服の上からでも歌唄の胸の柔らかみが伝わってきて、ちょっとドキドキしてくる。

歌唄は変わらずに意地悪げに僕を見て、笑っている。



それがまぁ、年上としてなんかムカつく・・・・・・でもダメだ。ここで反撃は絶対ダメだ。





「ね、分かる? 私、それなりに胸あるんだ。まぁフェイトさんやディードには負けるけど」

「それは分かる・・・・・・けど」



大体Cとかそれくらいかな。ハグした時とかにも感触や大きさはそれとなく伝わってきてた。

でも当然ながら、直接触ったりとかはない。ほら、ケジメとか色々あるし。



「だめ、逃げないで。・・・・・・やっぱり胸は大きい方がいい?」

「そんな事ない。あの、大きさでは見てないし」

「ならちゃんと証拠を示してよ。私だって何気に不安感じるんだから。
フェイトさんがあんなにスタイルいいと、余計によ」



歌唄はそう言いながら、そっと顔を近づけて来る。でも、僕はさすがにアウトと思って左手で歌唄の唇を止める。

歌唄は恨めしげに僕を見るけど、場所が場所だとは思っていたのかすぐに引いてくれた。



「私はアンタに私を・・・・・・一人の女として求めて欲しい。奪って欲しい。
今日はケーキもプレゼントもいらない。だから私に、恭文・・・・・・アンタをちょうだい」

「でも歌唄、その・・・・・・ケジメが」



僕だってバカじゃない。歌唄がこの後どういう方向で過ごしたいかとかは、まぁまぁ察していける。

でもほら、前に言ってたでしょ? ケジメって大事なんだから。



「忘れた」

「ちょっとちょっとっ!!」

「ごめん、嘘。でも・・・・・・その後にアンタとキスしちゃったから、もう意味なかったりするのよね」



・・・・・・そう言えばっ! 僕もしかしなくてもマジでミスジャッジかましたんじゃっ!!

や、やばい。なんかめっちゃ焦ってきた。めっちゃ焦ってきて妙な汗かいてるかも。



「イクトの事はもちろん心配。それは絶対に嘘じゃないわ。でも、しょうがないじゃない。
それも吹き飛ぶくらいにアンタの事・・・・・・めちゃくちゃ欲しくなっちゃったんだから。好きになっちゃったんだから」

「歌唄」

「だからちゃんと責任取ってよ。今日は、ずっとこのまま。
でも普通に過ごすんじゃない。恋人として、男と女として・・・・・・私と一緒に居て」

「・・・・・・うん」










当然場所が場所だから、キスもなにも出来ない。だから僕は手を繋ぐ。





いつの間にか僕の右手に擦り寄って来ていた歌唄の手を・・・・・・強く握った。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「・・・・・・唯世」

「なにかな」

「恭文やナナ達に頼るという方法もあるが」

「そうだね。というか、多分そっちの方がいいんだろうね」



街をキセキと歩きながら、やっぱり表情が険しくなってしまう。あ、これは月詠幾斗関連じゃない。

まぁその・・・・・・アレなんだよね、自分の行動が非常にバカに見えるのがダメだなーと。



「まぁ半分は気晴らしに近いから、遭遇したらむしろ運が悪かったって感じかな」

「そうか。・・・・・・そろそろ覚悟は決まったか?」

「うん、決まってきてる」



自然と視線を落として思い出すのは、あの時の悲しい記憶。日奈森さんが転校してきた辺りで起こった悲しい事。

もう2年・・・・・・うん、もう2年だ。本当にあっという間だけど、あの時の衝撃はやっぱり薄れていない。



「というか、きっと話す必要があるよ。少なくとも蒼凪君とフェイトさんには」

.



二人には本当に心配をかけてるし面倒もかけてる。だから覚悟を決めつつあるんだ。

あとはあむちゃん達にもだね。ただ改めて考えると僕視点に偏っているから・・・・・・言い方を考える必要はある。

これであむちゃんを傷つけても話す意味がないから。あくまでも事実だけを伝える感じかな。



それで今の僕の気持ちとかも含めて言えば、無駄に動揺させたりする事はないはず。





「例えば僕が歌唄ちゃんと月詠幾斗・・・・・・イクト兄さんと一緒に暮らしてた事とか」

「うむ」



うん、暮らしてたんだ。本当に小さい頃・・・・・・ちょうど二人のお父さんが失踪してからだね。



「イクト兄さんが持っているダンプティ・キーは、元々うちのお父様が持っていた事とか」

「そうだったな。月詠或斗が失踪した直後、お前はあのキーを父上から預かった」

「うん」










二人のお母さんで僕のお父様の友人でもある奏子さんがその心労で入院してしまってから、二人はうちで暮らしていた。

イースターの縁者は誰も二人と関わろうとしなかったしね。だからお父様が引き受ける事にしたんだ。

前にも話しただろうけど、お父様はイクト兄さんと歌唄ちゃんのご両親とは大学時代からの親友だったそうだから。





失踪が発覚した前後にダンプティ・キーもお父様から受け取ったんだ。





本当に大事なものだからってすごく念押しされた上でね。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「いったいどういうつもりなんだっ!!」



お父様に少し用事があって、部屋のふすまを開けかけた途端に声が響いた。

紺色の和服の家着を身に纏うお父様は、畳に座り込んで頭を抱えていた。



「アイツは本当に・・・・・・なんのためにこれを送ってきたんだ。
僕達の友情をこれで終わりにするという事か? いや、それとも」




そこまで言いかけて、お父様が顔を上げて振り向いた。それで少し驚いた顔をしながら、固まっていた僕を見る。



「なんだ、唯世か。・・・・・・こっちへ来なさい」

「は、はい」

「そんなに怯えた顔をするな。というか、悪かったな。驚かせてしまって」

「いえ、大丈夫です」




それで完全に部屋の中に入って、ふすまを締めた上で奥に居るお父様の方にとたとたと歩く。

お父様は僕が近づく間に振り向いて、目の前に来た僕に向かって両手を差し出した。



「これを」



お父様がそう言って僕に差し出してきたのは、クリスタルが埋め込まれた四つ葉のクローバーを模した金色の鍵。

その綺麗さに思わず目を見開いてしまって、僕は軽く息を吐いてしまう。



「お父様、これは」

「とても大事なものだ。唯世、これをお前に託す」

「え? でも大事な物ならお父様が」

「私が持っていても・・・・・・意味がないんだ。だから絶対に無くさないように、ちゃんと大事に持っていてくれ」











結局僕はその鍵・・・・・・ダンプティ・キーを受け取った。正直この時は何があったのかはさっぱり分からなかった。





ただとても大事なものが、とても大事な時間が一つ終わってしまったのだけは分かった。





だって僕にキーを託した時のお父様の表情は、どこか悲しげで寂しそうな表情だったんだから。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



キーを預かってから本当にすぐ・・・・・・うん、本当にすぐだね。二人がうちで暮らすようになったのは。

イクト兄さんのヴァイオリンと歌唄ちゃんの歌に毎日のように触れてていて、小さな頃の僕はそれが大好きだった。

ただお母様は二人を毛嫌いしていた。もちろんそれは今でもだよ。特に毛嫌いしていたのはイクト兄さん。





イクト兄さんがヴァイオリンを弾いていると、凄い勢いで怒るんだ。父親みたいな事をするなーって。

その意味があの時は分からなかったけど、今なら分かる。お母様は疎外感を感じてたんじゃないかと思う。

お父様と月詠或斗さんと奏子さんって、本当に仲が良いらしくてさ。まぁそうじゃなかったらこんな事ないか。





それでその二人の子どもを引き受けたわけでしょ? お母様的にはやっぱり複雑なのかなーと。

特にイクト兄さんはお母様に一般的に言うところの『懐く』ような態度を見せなかったから・・・・・・余計になのかな。

だけどそれでも僕は本当に楽しくて、二人の事が大好きだったんだ。特にイクト兄さん。





イクト兄さんのヴァイオリンは本当に素敵で、聴いているだけで温かい気持ちになったから。





でも・・・・・・そんな時間は突然終わった。それから少しして、イクト兄さんが突然僕の前から姿を消した。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



家から出ようとしていたあの人を僕は追いかける。小さい頃の僕は本当に必死であの人を追いかけていた。





あの人は両手でヴァイオリンを抱えて、僕の方を気にする素振りを見せながらもそのまま駆けていった。





僕は必死に追いかけるけどやっぱり追いつけなくて・・・・・・そのまま派手にコケてその場で動けなくなってしまった。










「・・・・・・おにーたん」




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



しかもその失踪、歌唄ちゃんを残した上でだよ。当然うちは凄まじく大騒ぎで大変だったんだ。

それで大騒ぎはまだ続く。それからさほど経たずに二人の母親である奏子さんは星名専務と再婚した。

歌唄ちゃんも当然だけどうちから居なくなって、イクト兄さんも星名専務のところに戻ったらしい。





僕はあの時どうして置いてけぼりにされたか分からなくて、なんとなく連絡が取り辛かった。

それは歌唄ちゃんに関しても同じ。今思うと、本当にバカだったと反省し切りだよ。

だって今までの話通りなら二人は・・・・・・二人はこの段階からイースターに利用され始めていたんだから。





もしかすると奏子さんと星名専務の結婚も、月詠或斗さん絡みで何か脅迫のような事があったのかも。

もちろん何が出来るわけじゃなかったけど、踏み込む勇気がなかったのは多分事実。

それでもそんな中で日々は過ぎて、僕は聖夜小に入ってガーディアンのKチェアに就任した。





それからしばらくして、決定的な事件が起こった。それが僕がイクト兄さんを嫌悪する最大の原因。

・・・・・・うちにはベティって言う大型犬が居たんだけどね、その子ももう2年前に亡くなってる。

それでうちに居るおばあ様も、実は2年前から体調を崩されて今もずっと床に伏せている。





そうだ、全ては2年前に起きた。それでこの話も全部関係があるんだ。










「それでイクト兄さんが・・・・・・ベティを殺したり、同時におばあ様が倒れたり、ダンプティ・キーを奪った事もだよ」

「そうだ。ただ、落ち着けよ? それで家臣達を動揺させてもマズい。特にあむだ」

「分かってる。そこは本当に・・・・・・本当に気をつける事にする」










ちゃんと話さなきゃいけない。月詠幾斗とそのヴァイオリンは、僕に・・・・・・ううん、違う。

僕達家族にとって不幸を呼ぶ黒猫だったんだって。少なくともあの時お母様は発狂したように叫んでいた。

あなたは不幸を呼ぶ黒猫だと。もう二度とうちの敷居を跨がないでと・・・・・・うん、決定的だった。





アレで僕も完全にプチンって切れてさ。しかもイクト兄さんがエンブリオ探しをしてたから余計にだよ。

向こうはイースターの手先として、僕はガーディアンとして衝突する事があったから自然と嫌悪感が強くなった。

おばあ様とベティを、我が家を不幸にして大事なものを奪った黒猫。それが僕にとっての月詠幾斗。





だから日奈森さんが近づいているととても不快だった。日奈森さんまで不幸にされるんじゃないかって不安だった。

だけどそれじゃあダメだって教えてもらった。そんなのはただの押しつけだって叱られた。

だってそれは過去の事だもの。そして僕一人だけの感情。僕の事に日奈森さん達は基本関係ない。





仮に本当にこの通りだったとしても、それで今から目を背ける理由にはならない。





イクト兄さん、今イクト兄さんに・・・・・・一体何が起きているんですか? もし話せるなら、僕は。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「九十九、この音叉は本当に使えるんだろうな?」

「もちろんです。昨日のテストでも反応はありましたから、遠隔操作は十分可能ですよ。
あ、もう言うまでもないと思いますが最終調整の方も9割方済んでいますので」

「9割? ・・・・・・残りはイクトを確保してからという事か」

「ご理解いただけてありがたいです」





今私が握っているこの音叉は、言うなれば幾斗のコントロールキーだ。

これによってヴァイオリンに込められたエネルギーを操作出来る。

そういう風に元々作られているものだからな。これもヴァイオリンと一緒に製作していたんだ。



だからこんな時間に私はこの狭苦しい研究室に来ているわけだ。





「ただ鳴らせばいいだけだったな」

「えぇ」

「くくく・・・・・・ようやくだな。ようやく我々の手で幾斗の罪滅ぼしが出来る。喜ばしいなぁ、九十九」

「はいー、全くその通りです」




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



ビルから出て、色々話しながらも歌唄のマンションに到着。目的は当然、愛し合うため。

中学生にこんな事していいのかと考えてしまったけど、そこはしっかり避妊をするので許してもらう事にする。

それでやってきた歌唄の部屋は5階の角部屋で、中は2DK程度の適度な間取り。





部屋の中もかなりすっきりしてる感じに見えて、何気に可愛い小物とかも多い。うん、女の子の部屋だね。

えっと、フェイトにはビルを出てから改めて連絡をしてるから問題なし。お泊りもするし心配しちゃうしね。

ただあの、『私やリインは大丈夫だから、したいようにしていいんだよ?』って応援モードなのが辛いのでやめて欲しかった。





だけど戻ったらいっぱいただいまのキスをする事を確約させられて・・・・・・とにかくここは良し。

部屋の中に置いてあるベッドに歌唄共々コートや上着を脱いだ上で腰かけながら、無言になってしまう。

僕はフェイトと平均的な感じでしてるから大丈夫だけど、やっぱり緊張してしまう。





だってフェイト以外の女の子とキス・・・・・・はともかく、エッチするのなんて初めてだし。

それは歌唄も同じ。ううん、歌唄は僕以上に緊張してる。そのせいか、表情が硬い。

歌唄は僕の隣に座りながら、少しだけ僕と距離を取ってる。というか手、部屋の中に入ってから震え始めてる。





やっぱ緊張してるよね。その・・・・・・多分初めてなんだろうし。

もしかしてさっきからやたらとアウトな発言や行動が多かったの、そういうの誤魔化すためとか?

もうちょい言うと強がりだよ。・・・・・・あり得る。歌唄の勝気な性格からするとありえる。





僕にそういうので不安になって緊張して弱気になりそうな自分を見られたくなくて、キャラ作ってたんだよ。

しょうがないので僕は、近くに置いてあったテレビのリモコンを手に取って・・・・・・ポチリと。

突然に点いたテレビはテレ朝系で、ちょうど相棒やってた。というか、もう9時超えてるんだよね。





あ、そう言えば今度映画やるんだよなぁ。よし、絶対見に行こうっと。










「・・・・・・エッチって、テレビ見ながらするものなの?」



歌唄が首を傾げながら僕の方を見る。でも、いつもに比べるとやっぱり表情が硬い。



「いや、普通はしない。でもほら、部屋入ったばっかだし少し休もうよ。というか、緊張してるでしょ」

「してないわよ」

「してる。だって手が震えてたし」



歌唄は少しそっぽを向いて、頬を膨らませる。それが可愛くて・・・・・・僕は歌唄をそのまま抱きしめた。

歌唄は身体を強く震わせるけど、それでもそのまま抵抗せずに受け入れてくれる。僕は優しく、歌唄の頭を撫でる。



「無理、しなくていいんだよ? 僕は大丈夫だから」

「・・・・・・無理、してない。ただこういう時、どうしたらいいか迷ってるだけ」

「そっか」



強がってるところも可愛いとか思ってしまうのは、何気にこう・・・・・・新鮮だなぁ。

あ、でもフェイトにもこういうのはあるな。負けず嫌いなところを見ると可愛く・・・・・・ダメダメ、今は歌唄に集中。



「おかしいわよね。さっきまで避妊しなくていいとか散々言いまくってたのに」

「そんな事ないよ。・・・・・・こういうの、凄く繊細な部分があるから」





言葉を続けながらも右手で歌唄の頭を優しく・・・・・・優しく撫でる。

歌唄は僕の胸元に顔を埋めるようにして、強く抱きついてくる。

・・・・・・フェイトも初めての時は凄く緊張して怖かったって言ってたしなぁ。



ただアレですよ、フェイトと僕はその・・・・・・付き合いも8年とかでかなり長かったでしょ?

そのせいである程度安心感みたいなものがあって、そのためにってところはある。

だけど歌唄はやっぱりまだ15歳の女の子で、ついこの間まで片想いしてた相手も居た。



その上僕との付き合いもまだ浅くて・・・・・・今日じゃなくてもいいよね。

歌唄がこの状態だと、無理にしちゃったら本当に歌唄の身体傷つける事になりかねないもの。

うし、この方針で行こうっと。これからいくらでも時間は・・・・・・時間を作って導き出す。





「あのさ、歌唄」

「今日はやめようとか言わないでよ。大丈夫、大丈夫だから」



こちらの考えを見抜いたように、歌唄は小さく・・・・・・だけど鋭い声でそう言った。

それでも歌唄は僅かに震えていて、身体に力もいっぱい入ってる。だけど、僕から絶対に離れない。



「じゃあ、このまま・・・・・・いいの?」





歌唄は僕の胸元に顔を埋めながら、強く頷いた。それからゆっくりと顔を上げて瞳を閉じる。

僕も瞳を閉じて、そのまま歌唄と唇を重ねた。・・・・・・数秒のキスの後、僕達は唇を離した。

歌唄と僕は吐息がかかるくらいの至近距離で瞳を開けて見つめ合って・・・・・・もう一度キス。



今度は少しだけついばむようにしてからまた唇を離す。歌唄の身体は、さっきよりも力が抜けていた。





「でもその前に、シャワー・・・・・・浴びて来ていいかな」

「ん、いいよ。・・・・・・あ、でもその後に僕もお風呂もらっていいかな? まだ入ってなかったし」

「分かった。じゃあお湯は残しておくわね」



















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



まぁアレだよ。なんというか・・・・・・帰宅時に家に灯りが点っているというのは幸せな事なんだよね。

それで家が片づいているのも気分がいいものだと最近知ったんだ。でも一つ疑問がある。

別に僕はうちの同居人となったこの子のマスターになるために修理を頑張ってたわけじゃないんだけどなぁ。





とは言え、ここで蒼凪君達を襲われても困るわけだよ。そこの辺りをコンビニで買った肉じゃが食べながら考えてしまう。










「・・・・・・まぁいきなり『君は自由だー』って言われても困るのは分かるんだけどさぁ」

『そう言ってもらえると助かる。実はイースターに戻る事も考慮に入れていたんだが』

「それはやめた方がいいね。我が身が可愛いなら絶対に」



言いながらも、テーブルの上でお肉を一口。・・・・・・やっぱパサパサしてるなぁ。



『だろうな。星名専務はおそらく私を廃棄しようとする。最悪捨て駒だろうか』

「正解。でもそうすると、君は出来る事が色々限られちゃってるんだよねぇ。
蒼凪君達への攻撃も・・・・・・明確に止めてないのによく守ってくれるよね?」



大きめなじゃがいもを口に入れて咀嚼しつつ、僕は右側で立ち続けているあの子を見る。

なんだかんだでなぞたま事件が解決している間に修理は完了。この子はうちの執事みたいになってるよ。



『こういう時、人間なら『恩義』というものを言葉にするのだろうな。つまりはそういう事だ。
仮にも助けてもらった以上、それなりの配慮はするべきだと判断した』



拾ってから今日に至るまでの間に、この子はこう・・・・・・会話の幅が広がったように感じる。

だから僕も普通に納得しつつ、じゃがいもを飲み込んだ。



「そう。それはまぁ助かるけど・・・・・・でもそうなると困っちゃったねぇ。
僕は君のマスターになるつもりはないし、命令するつもりもない」



部屋の掃除関係も全部この子が自主的にやっているから、僕がマスターになったとかじゃない。

というかね、実は結構困ってたりはするんだ。それやっちゃうのも教職としてはだめかなーとか考えてさ。



『そしてイースターに戻れない。当然だが外においそれと出る事も出来ない』

「イースターの連中もそうだけど、蒼凪君達も君を見つけたらどういう対処するか分からないしね。
でもこのままってのも正直だめだろうしなぁ。・・・・・・うーん、そうだなぁ」

『なんだ』

「まずは蒼凪君と決着つけちゃおうか」



僕の言葉にあの子が驚いたように目を見開く。ただ僕は、表情を変えずに頷いた。



「ただ戦うという方向じゃなくて・・・・・・対話という形で」










この子には蒼凪君の戦闘における思考・動作パターンが組み込まれている。

逆を言えば、この子には確かに蒼凪君という人間の意志というか行動理念が刻まれているんだよ。

これはあくまでも僕の想像なんだけど、そこがこの子が表現豊かになった原因だと思う。





ほら、あの子色んな意味で自由でしょ? だからそういう発想の繋がりとかが元々発展しやすいのかなーと。

どちらにしても、この子とガーディアンとの決着をつけさせる事はきっと必要。なのでこの子の可能性に期待する事にした。

うん、この子には可能性があるよ。自分の意志で・・・・・・理念で動く事も出来る。決して人形じゃない。





だって人形だったら僕の命令も無しで家の事をやってくれるわけがないんだから。





・・・・・・人間になったピノキオは、きっとすぐには幸せになれない。なら、まずは色んな事を試していかなきゃ。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



本当に・・・・・・本当にただの気晴らしというか、気持ちを固めるための散歩に近かった。

だから正直出会えるとは思っていなかった。それもこんな繁華街の近くの公園でだよ。

そこにあの人は居た。紫のファーが付いた黒色のコートを羽織りながらただヴァイオリンを弾いていた。





その両手は白い手袋で、ブーツもロングパンツも黒色。それでもネコミミが変わらないのがなんというか。

でも、雰囲気がおかしかった。まずその周囲には30・・・・・・いや、もっと大量の×たま達。

泣いているようなヴァイオリンの音色に引き寄せられて、×たま達はそこに居た。





それでやっぱりネコミミ姿のあの人の姿もおかしい。僕はあんなキャラなり、全く見た事がない。

ヨルとのキャラなりじゃない? もしかしてシュライヤ王子の時のように・・・・・・そうだ、その可能性はある。

あの虚ろで生気を感じさせない目を見ていたら、その可能性は全く否定出来なかった。





何気に冷静な自分の思考に感謝しつつ僕はキセキとキャラなりしてから一歩ずつあの人に近づく。

本当に・・・・・・どういう事なんだ、コレは。なんで、なんでこんな事になった。

もしシュライヤ王子の時のように正気を無くしているならまだいい。なぞたまにされた子達みたいに勘違いしてるならまだいい。





だけどもし本気で自分の意志でこんな事をやっているのなら、さすがに許せないのかも知れない。

例えイースターから脅迫を受けていたとしても、これが良い事なわけがない。

・・・・・・そうだ、信じられるかどうかはまだ分からない。僕はやっぱりこの人が好きになれないかも知れない。





過去の事もそうだけど、イースターと組んでやって来た事を考えたらどうしても腹が立ってしまう。










【唯世】

「分かってる」





でもだから知りたいと思った。だから知らなきゃいけないと思った。

もしかしたらあむちゃんは僕が知らないあの人の事を知っているだけかも知れない。

ただ僕が目を伏せているだけで、僕が勘違いをしていただけなのかも知れない。



だから今を知りたい。結果的に変わらなかったとしても、それでもいい。



・・・・・・このまま憎み続けるよりはずっとマシだ。だから僕は声をあげる。





「・・・・・・イクト兄さんっ!!」





それはきっと、蒼凪君もあむちゃんも誰も居なかったから出せた言葉。

昔の僕の・・・・・・イクト兄さんへの呼び方。イクト兄さんは紫色に輝くヴァイオリンを弾くのをやめる。

僕達の間を大体20段程度の傾斜の緩い階段が挟んでいる。イクト兄さんはその上側に居た。



それで虚ろな目で僕を軽く見下ろした。近くの噴水の水音が僅かに響く中、沈黙が訪れる。



イクト兄さんは何も答えない。だからまた、僕から踏み込んでいく。





「何を、しているんですか。・・・・・・歌唄ちゃんも、あむちゃんもみんな心配してる。帰りましょう」





もしかしたら僕は、昔に戻っているところを見られたくなくて一人を選んだのかも知れない。

だから落ち着いて話が出来る。みんなを理由にしないで立ち向かっていける。

だけどイクト兄さんは何も答えずにヴァイオリンと弓を下げる。そしてそれらが光に包まれた。



紫色の光は一つに重なり、巨大な銀色の大鎌へと形を変える。それに思わず目を見開いてしまった。





「・・・・・・ヴァイオリンが、変化した?」

【く、なんだアレは。唯世、気をつけ】



キセキが言いかけた言葉が止まった。だって・・・・・・あの人が目の前に来ていたんだから。

一気に駆け抜けて、土煙を上げながら階段を降りて僕の目の前に居た。



【な・・・・・!!】

「速いっ!?」



蒼凪君やフェイトさんの本気の高速移動と同等・・・・・・下手をするとそれ以上? 

僕とキセキが驚いているその間に、冷酷なまでに鎌が左薙に鋭く振るわれる。



「・・・・・・ホーリークラウンッ!!」




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



夜、唐突に目が覚めた。それでたまごの中から軽く顔を出した。というか、眠りが浅い。

なんだろ、寝る前に描いてたヨルの絵が今ひとつピンと来る出来じゃなかったから気になってるのかも。

ボクはたまごのなかから出て、軽く伸び。あー、でも寒い。やっぱ続き描くの明日にしようかな。





だけどこう、何か閃いた感じがずるので今ひとつ諦められずに・・・・・・アレレ?

暗い部屋の中を軽く目をこすりながら見渡すと、一つ違和感がある。えっと、まずランとミキは居る。

ヨルも部屋の中に居る。というか、肉球印の黒いたまごの中でいびきかいてる。





あむちゃんもお布団の中に居る。でも、床にも布団の中にもあの秘密の居候の姿が居ない。










「・・・・・・イクトどこだろ。おトイレかな」










一瞬不安になったけど、ヨルのいびきのおかげでその考えが吹き飛ぶ。

まぁヨルを残してまた失踪するとは思えないから、多分トイレだね。あ、でも一応念のために周囲の気配を探る。

・・・・・・うん、怪しい気配はない。ヴァイオリンのケースもあるし、妙な事にはなってないか。





というか、ボクももう寝ようっと。あれだ、ヨルのいびき聴いてたらイメージ吹き飛んじゃったし。





なのでボクはもう一度あくびをしながら、自分のたまごの中に戻って・・・・・・そのまますぐに寝ちゃった。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「・・・・・・ホーリークラウンッ!!」



加速の勢いも込みな斬撃を受け止めつつ、僕は両足を踏ん張る。でもまだこれじゃあ足りない。



「ホイールッ!!」





ホーリークラウンは僕から見て渦を巻くように反時計回りに回転。それが鎌の軌道を逸らす。

イクト兄さんはそのまま鎌を振り切って、そのまま斬り抜けていた。

蒼凪君との訓練の成果ゆえか、咄嗟にガードが間に合った。というか、ほぼ反射的。



蒼凪君が言っていた先読みというか、そういう感覚がちょっとは身についてきているのかも。ここは感謝だ。

重く鋭い一撃をホーリークラウンは鋭い刃によって斬り裂かれて、金色の粒子を撒き散らす。

でも鎌が斬ったのはあくまでも表面。いつも通りの堅牢さを発揮して、しっかりと耐えてくれた。



鎌を振り抜き、斬り抜けたイクト兄さんは滑るように僕の後方に停止。

こちらが振り返るより早くUターンして、大きく上に飛び上がった。

先ほどと同じように反射的に振り返りつつも後ろに下がり、斬撃を避けようとする。



次の瞬間、大鎌が落下の勢いも加算された上で逆袈裟に振り下ろされた。

そして鋭い痛みが身体に走る。僕の右肩から左脇腹にかけて、鎌での斬撃が入っていた。

そのために黄色がかった服が一直線に斬り裂かれて、僅かに血が流れる。



あくまでも斬ったのは皮一枚という感じで、これは致命傷じゃない。だけど・・・・・・寒気が走った。





【唯世っ!!】

「だい・・・・・・じょうぶ」





あの鎌は僕の服だけじゃなくて地面のコンクリすらもバターのように斬り裂いていた。

普通に食らったら、死ぬ。そんな予感を感じつつも鎌の動きを目で追うと、刃が素早く持ち上がる。

今度は斬撃ではなく、右手だけで保持した鎌を身体を反時計回りに捻りながらも突き出した。



そうやって刃の外側を僕に向かって叩きつけてきた。いわゆる刺突の構え。咄嗟にロッドを縦に構える。

それでその首を真正面から斬り裂こうと言わんばかりの刺突の衝撃に従って、大きく後ろに跳んだ。

大体10メートル位下がって安全確実に着地。ロッドを改めて構えようとしたらイクト兄さんはもう目の前にいた。



鎌を突き出しながらも身体を捻って跳躍したのか、僕に向かって背中を向けていた。

そのまま左足での後ろ回し蹴りが打ち込まれる。ホーリークラウン・・・・・・いや、間に合わない。

また後ろに下がりながら僕は左腕をかざして、それを盾にして蹴りを受けた。



肘から手首までの肉で蹴りを受けた事で、腕が潰されるんじゃないかと思うような痛みが走る。

僕は受けるのと同時に後ろに跳んで、その蹴りの勢いを殺した。ただ、また吹き飛ばされて地面を転がってしまう。

受身を取りつつイクト兄さんを見ると、僕に向かってとっくに踏み込みつつ鎌を左切上に振るっていた。



側転でそれを回避してから、後ろにまた下がりつつロッドの先に光を灯す。

とにかく接近戦は不利だ。それに左腕も・・・・・・さっきのでうまく動かない。

ここはなんとかして捕縛する。最悪距離を離していかないと。





「ホーリー」



空中に居る状態で、僕はロッドを左薙に振るう。



「クラウンッ!!」





僕の腕の軌道に合わせて、金色の光がまるでカーテンのように放たれる。その間に僕は着地。

イクト兄さんは躊躇い無くそれを鎌で唐竹に一刀両断して、僕にあの虚ろな目を見せる。

でもその目を軽く見開いた。・・・・・・僕イクト兄さんがこちらの攻撃を迎撃している間に次のアクションを起こしている。



ロッドを突き出して、もう一度ホーリークラウンを発動。金色の太い縄をイクト兄さんに向かって発射していた。

ジガンのワイヤーや蒼凪君とフェイトさんが使うバインド魔法を見て思いついたんだ。

これは縄に接触したものをそのまま包み込んで、動きを拘束する応用技。こういうのも僕のキャラなりの持ち味だから。



だけどイクト兄さんはそれでも冷静に頭を下げて縄を回避しようとした。



だからロッドを勢いよく振り下ろす。金色の縄は地面に叩きつけられ、鈍い衝撃音が辺りに響く。





【ふ、一直線にしか飛ばないとは】





キセキの言葉が止まったのは、縄がイクト兄さんを捉えていないから。というか、イクト兄さんの姿が消えた。

それでイクト兄さんが居た位置には、コンクリ作りのはずの地面が砕けた痕が残っていた。

ちょうどあの足のサイズはイクト兄さんの足くらいで・・・・・・とてつもなく嫌な予感を感じた。



それに従って反射的に・・・・・・思考をせずに出していたホーリークラウンの縄を消し去った。

縄は全て金色の粒子となる。それが立ち昇るのも見る事なく次のアクションに以降。

身体を反時計回りに捻って下がりつつもロッドを突き出して、ホーリークラウンを再び展開。



それからすぐに僕に襲ってきたのは、明確過ぎる程に鋭い衝撃。

そしてそれを防ごうと抗う意志を示すように撒き散らされる金色の粒子。

当然ながら今僕の目の前に居るのは・・・・・・イクト兄さん。



あの状態から一気に僕の左サイドに回り込んで、逆袈裟に刃を打ち込んでいた。

銀色の刃がホーリークラウンとせめぎ合い、金色の火花を散らす。

僕は両足を踏ん張って・・・・・・なんとか耐える。くそ、ホイールを使う余裕がなかった。





【な・・・・・・アレを避けるだとっ!?】

「キセキ、落ち着いてっ!!」





例えば蒼凪君なら僕の行動の先読みで回避出来る。フェイトさんも高速機動で多分回避出来る。

ランスターさんも普通に射撃とかで迎撃しそうだし、そう考えると避けられた事自体にはそこまで驚きはない。

現にいつものイクト兄さんのブラックリンクスだって素早いんだ。なにより僕は攻撃関係さっぱりだし。



だけどこれは・・・・・・ブラックリンクスとは全然違う。なんなんだ、このキャラなりは。

ただ速いだけじゃない。鋭く、重く、的確にこちらに対して殺しにかかっている。

それでも基本無表情で虚ろな瞳をして何も言わないのが余計に怖く感じる。いや、それでも揺らぐな。



僕は真実を確かめると決めたんだ。だったら過去に引っ張られて生み出される敵意になんて負けるな。





「・・・・・・月詠幾斗、答えろっ!!」



噴き上がる敵意に負けないように、僕はフルネームでもう一度声をかける。冷静に・・・・・・冷静にだ。

僕は結局守る事しか、声をかける事しか出来ない。でも今はそれが大事なんだ。だから諦めるな。



「この際あなたと僕の事はどうでもいいっ! あぁ、そんなのはどうでもいいっ!!
そんなの今の事にはなんの関係もないっ! ただ・・・・・・ただあむちゃんを」



見えた答えを、貫き続けろ。両足を踏ん張って、ありったけで意地を張り通せ。



「あむちゃんを裏切るなっ! あむちゃんはあなたの事を信じたいんだっ!!」



何も諦めるな。僕は・・・・・・憎しみに負けていた自分の世界を、変えたいんだ。

でも何もしなかったら何も変わらない。だから手を伸ばせ。声をあげろ。絶対に・・・・・・諦めるな。



「歌唄ちゃんを、これ以上泣かせるなっ! 歌唄ちゃんはあなたの帰りをずっと待ってるんだっ!!」



例え今、あの死神のような鎌の刃が突き立てられようとしてもそれは変えない。変えてたまるか。

僕はあむちゃんにも歌唄ちゃんにも泣いて欲しくない。それでもう、傷つけたくないんだ。



「それで二人を・・・・・・二人をこれ以上悲しませるなっ! 二人とも、あなたの事が大好きなんだっ!!」





至近距離で必死に声をかけても、イクト兄さんは無表情。さすがにこれはおかしいんじゃないかと思い始める。

イクト兄さんは素早く刃を一度引いて、頭上で時計回りに一回転させた。

その回転の間に銀色の鎌の刃が黒い光に包まれる。それを見て瞬間的に寒気が走った。



例えるなら、蒼凪君の鉄輝一閃でホーリークラウンが斬り裂かれる直前の感覚に似ている。

その感覚を感じたのと同時に、僕の身体は動いていた。同時にイクト兄さんの攻撃も打ち込まれる。

そして僕が大きく左に跳ぶのと同時に、刃は唐竹に振り下ろされた。



鎌が振り下ろされた瞬間、黒い斬撃が空間を斬り裂いた。

黒い光は斬撃波となって鎌から放たれてホーリークラウンを地面ごと真っ二つに斬り裂いた。

僕は地面に倒れ転がりながらもイクト兄さんから大きく離れる。



結果、15メートルほど距離を取って素早く起き上がった。

そして右から突如大きな破砕音が響く。そちらを見ると、公園の噴水が丸々真っ二つに斬り裂かれていた。

噴水から出た水を受け止めていた池も、当然そのオブジェも両断された。



そこから水が勢い良く漏れ出して、水音も辺りに響き渡っている。



その斬撃の後からまるで湯気か何かのように立ち昇る黒い光を見て、僕は寒気が走った。





【な・・・・・・なんという威力だ】





もしアレを食らっていたらどうなるかはもう言うまでもない。それでまた噴き出す怒りが強くなってしまう。

・・・・・・だめだ、落ち着け。怒り任せに戦ってどうにかなる相手じゃない。こういう時こそ冷静にだ。

でもどうする? あれじゃあ僕の守りは・・・・・・迷っている間にイクト兄さんはこちらに踏み込んできた。



今度は身体反を時計回りに一回転させつつも飛び込んで、袈裟に斬撃を放とうとしている。



当然ながら黒い光を鎌に宿した状態。それでさっきのアレを思い出して寒気が強くなった。





【唯世、マズいぞっ!!】



僕は覚悟を決めて、踏み込みつつホーリークラウンを発動。



「・・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」





ただし防御のためではなく、金色の光はロッドの先に一点集中で宿す。

密度的にはさっきのシールドより硬いイメージで・・・・・・よし。

その上で突撃して、イクト兄さんに向かってロッドで刺突を打ち込んだ。



コレは蒼凪君直伝、不利な時にはあえて相手の領域に乗り込み隙を狙う兵法。

一気に僕達の距離は零になって・・・・・・次の瞬間、金と黒の閃光が衝突し交差した。

交差した瞬間、衝撃と甲高い何かが砕けるような音が衝突箇所を視点に響く。



次に右足に鋭い痛みが走った。それだけじゃなくてロッドの王冠が派手に砕け散る。

金色のホーリークラウンの粒子と赤と金の王冠の破片達がばら撒かれる中を、僕は突っ切る。

そしてバランスを崩して、派手に前のめりに倒れながら地面を滑った。



大体2メートル程度滑ったところで動きが止まった。右足を見ると・・・・・・よかった、まだちゃんとある。

切断こそされてないし傷も浅い感じだけど、ふくらはぎの外側から血が出ていた。

黄色がかった服に滲む血からイクト兄さんの方に視線を移すと、イクト兄さんはこちらを見ていた。



やっぱり無表情な顔で、手傷一つ無くて・・・・・・いや、右の二の腕に傷を一つ負っている。

アレで多少は攻撃を止められたのかな。それで致命傷は避けられたとか。

でも、そこを気にしてる場合じゃないか。このままじゃ次は間違いなく致命傷を打ち込まれる。




ならもうひと踏ん張り・・・・・・するんだ。もうこの勝負は、僕の負けだ。





【唯世、しっかりしろっ! まだ来るぞっ!!】

「分かって・・・・・・る」





王冠が砕けたロッドの先に意識を集中。僕は軽く左に振り上げる。



その間にロッドの先に金色の光が球体状に溜まった。



イクト兄さんは体勢を下げて踏み込もうとしている。でも・・・・・・遅い。






「ホーリー、クラウン」



向こうがこちらに接近する前に、その球体状に形成したホーリークラウンを自分の目の前の地面に叩きつけた。



「スモーク」





次の瞬間、球が弾けて金色の粒子が僕の周りに溢れるように生まれた。

よし、これでイクト兄さんからは僕の姿は見えないはず。

これはバーストと同じくホーリークラウンの応用技。ようするに煙幕なんだ。



・・・・・・僕はそれからすぐに立ち上がる。ちょっとフラつきこそしたけど、立ち上がる事自体は問題なく出来た。



傷自体も運良く浅かったみたい。うまくは動かないけど、引きずる程度ならなんとかって感じだよ。





「キセキ、撤退するよ」

【あぁ。・・・・・・唯世】

「お願い、言わないで。本当に・・・・・・本当に分かってるから」










その後、追撃される事もなく僕はなんとか家に帰り着いた。なお、傷の治療は一人でやった。

幸いな事にどれもこれも浅い傷だったから、軽い消毒だけでなんとかなった。

というかね、訓練始めた頃に蒼凪君からファーストエイドキットを使った応急処置を教わってたんだ。





自分で治療が出来ると楽だからーっていって教えてくれて・・・・・・なんでもやっておくもんだよ。

でも悔しい。何も・・・・・・何も出来なかった。ただただ圧倒され続けてしまうだけだった。

蒼凪君と一緒に訓練してなかったら、多分殺されてもおかしくなかった。でも、もっと悔しい事がある。





それは言葉が通じなかった事。覚悟を決めてもまだ足りなくて、どこかでウジウジしてる自分を見つけた事。





こんなのじゃ、こんな事じゃダメだって分かってるはずなのに・・・・・・僕は情けない。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



・・・・・・朝、目が覚めると隣がとっても温かい。それでなんとなしに自分の右を見てみる。





あたしと一緒に布団の中に入っている男の子を見て、なんというかちょっと安心。










「・・・・・・おはよ」



そう呟いてから、布団の中で頭を抱えて唸りまくってしまう。



「この状況に慣れてきてるって・・・・・・マズい。マジでマズい」










それで上半身だけ起こして改めて寝ているイクトの方を見た。・・・・・・アレ?





イクトの右腕に切り傷みたいなのがある。というか、服がそれで破けてるし。コレなにかな。




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



私の目を覚ましたのは、何かが焼けるような音のせい。重たい瞼を開けると・・・・・・あれ、恭文居ない。

私ずっと恭文の腕の中で話したり、キスしたりしてたのに。私はゆっくりと身体を起こした。

いつの間にか暖房が入れられていたのか、肌寒い感覚はない。そこは救いでもあり、残念でもある。





だってアイツと布団の中で温め合った空気とか余韻とか、全部パーになっちゃいそうだもの。

それでも私は布団から身体を出す。目覚めたばっかのせいで、身体が少し重い。

近くにかけてあったカーディガンを羽織って、私は音のする方へ・・・・・・あ、こっちキッチンの方だ。





ベッドのある部屋のドアを開けると、そこでパジャマ姿で鍋とにらめっこしてる恭文が居た。

ドアを潜ると・・・・・・これ、昨日スーパーで買ったベーコンかな。なんか良い匂いがしてる。

私の家、フライパンないのよね。あっても使わないから、もっぱら鍋でインスタントラーメンとかを作る程度。





でも鍋はそれだけじゃない。もう一つの鍋を火にかけて、何かコトコトと煮込んでる。アレ、コンソメかな。

昨日恭文が買ってたから、それくらいはまぁ・・・・・・うん、なんとか分かるわ。

それの匂いも混じっているおかげで、まだ完全に目覚めてなかった頭が一気に冴えてくる。





恭文は二つの鍋の様子を見ながら、慣れた手つきでサラダ作ってくれてる。

レタスちぎって皿に盛ってるもの。これもすぐに分かった。

でも誰かに朝朝食を作ってもらうなんて何年ぶりだろ。ついそのまま恭文の様子を見てた。





恭文は私に気づいていない様子でサラダから手を離して、一つの鍋の中に昨日買った卵を二つ入れて。










「まだ寝てていいよ。出来上がるのもうちょいかかるし」



・・・・・・普通に気づいてるってどういう事よ。つい表情がブスっとしたものになった。



「何時から気づいてたの?」

「歌唄が起きた辺りから。僕こういうの得意だし」

「私、アンタがたまに超能力者の類かと思う時があるわ」



ゆっくりと足を進めて恭文に近づいていく。恭文は卵を入れた鍋に蓋を乗せた。

私は恭文の顔を両手で取って、無理矢理向かせる。当然のように私は顔を近づけた。



「ね、おはようのキス・・・・・・して欲しいな。というかしよ?」

「あの、待って。ベーコンエッグが」

「だめ、待たないー」



そんな事を言うので右手を離して、電気コンロのスイッチを押して二つの鍋の火を止める。

それで改めて・・・・・・恭文の唇にまた自分の唇を重ねる。まずは優しく、ちょっとだけ。すぐに唇を離した。



「おはよ」



恭文の唇は女の子みたいに柔らかくて甘い味がする。触れるとほんのり温かくて・・・・・・ドキドキする。

フェイトさん、恭文とは基本毎日キスしてるのよね。なんというか羨ましい。



「おはよ。・・・・・・全く、強引なんだから」

「いいじゃない。フェイトさんに負けないくらい、アンタとキスしたいんだから」





でも・・・・・・あぁ、そうだな。ホントに相性とかそういうのがあるのかも。私達はそこが良い方みたい。

昨日だってあんなにいっぱいしたのに、また次が欲しくなる。それはきっと恭文も同じ。

反応を見てたり感じたりして、そこは確信してる。私だけじゃなくて恭文も良くなってくれてる。



私とのキスやハグを楽しんで、また欲しくなってくれて・・・・・・正直コレは予想外だったけど、かなり嬉しいかも。

だって好きな男に喜んでもらえないのは、嫌だもの。でも、今はここでおしまいかな。

私はもう一度恭文と優しく唇を重ねる。今度はさっきよりほんのちょっとだけ長めにして、すぐに離れた。



恭文は顔を赤くして少し蕩けた目で・・・・・・年上なのに、こういうところを見ると凄く可愛く感じる。





「じゃあ、お言葉に甘えてもうちょっとだけ横になってるわね」



私は恭文から離れつつ、ベーコンと卵の入った鍋の方を見る。



「本当はこのままもっと・・・・・・もっといっぱい欲しいけど、そのためにベーコンエッグがアウトになっても困るもの」





一応知識的にベーコンエッグ作ってるのはなんとなく分かった。それで結構楽しみだったりする。



・・・・・・え、それならキスするな? 調理の邪魔をするな?



全く、何言ってるのよ。好きな男とキスしたくなったんだからしょうがないじゃない。





「そうしてくれると助かる。まぁコレは僕が食べるから良いけど」

「あら、私が食べるわよ。キスの分の対価としてはちょうどいいでしょ?」




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



歌唄が部屋に戻る前にもう一度ディープ目にキスをしてから、僕は調理再開。





それで端末のメールチェックしてくれてたアルトにちょっと話しかけてみた。










「アルト、メール新しいの来てた?」

≪来てましたね。なお、唯世さんからです。件名が緊急連絡って書かれてましたけど≫

「緊急連絡?」




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



イクトが来てから、もう1週間ってとこなんだよね。マズい、これは非常にマズい。

ヨルとあたしの説得は全然芳しくない。かなり話してるんだけど、イクトは全部スルーしてる。

ただ体調が戻らなくて、動けないからあたしのところに居るだけだとも言える。





こうなるともう恭文達の力を借りた方がいいかも知れない。というか、これ以上はもう無理だって。





あたし、見失うな。日和見っちゃいそうになるけど勘違いするな。あたしが今優先するべきはイクトの。










「・・・・・・日奈森さん、おはよう」



通学路である坂を歩きながらアレコレ考えていると、後ろから声がかかった。

そちらを振り向くと唯世くんで・・・・・・アレ、なんかおかしい。



「あ、ごめん。あの・・・・・・あむちゃん」



少し申し訳なさそうにそう言った唯世くんを見て、ようやく何がおかしかったかを理解した。

おかしかったのはここだった。あたしの事『日奈森さん』呼びに戻ってたんだよね。



「あははは、今までずっと『日奈森さん』だったから、まだ慣れてないみたいで」

「あ、ううん。というかそりゃ仕方ないって。あ、そう言えばメール来てたけど会議内容ってなに?」

「それはロイヤルガーデンでだね。まぁその・・・・・・少しね」










それで自然とあたし達は肩を並べてまた歩き出した。幸せな気持ちになりつつ改めて唯世くんを見る。

唯世くんはいつものように優しい表情で歩いていく。それでまた一つ気づいた。

唯世くん、あたしより身長が高くなってる。初めて話した時はあたしの方が高かったのにさ。



本当に1〜2センチ程度って感じなんだけど、そのちょっとの差でまたドキドキして・・・・・・男の子なんだなぁ。

まぁそうだよね、基本恭文みたいなのが珍しいんだっけ。それでなんとなしに唯世くんの全身を見る。

唯世くんの変化、まだあるのかなぁと思って見たんだけどなんだかおかしい。具体的には普段無いものがある。





まず右足に包帯が巻かれているのに気づいた。あと首の辺りにもそれっぽいのが見えた。





それで開いている左腕かな。それであたしは少し首を傾げてしまう。・・・・・・唯世くんも怪我?




















◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



現在は11月の10日。歌唄の家を出て少ししてから、フェイトに連絡。





この辺りは今日の予定の報告と・・・・・・あと一つ。





フェイト、お泊りの内容を何も言わないけど気にしてた様子なので、まぁ全部話した。










「・・・・・・とっても楽しかった。歌唄もそうだけど、エルとイルもやたらと喜んでてさ」



電話の向こうから、フェイトのクスリと笑う声が聴こえた。それでその、ちょっと一安心かな。



『そうなんだ。というかあの、ごめんね。私ヤスフミに気を使わせてたかな』

「ううん、大丈夫。だってほら、気遣うのは当然じゃない? フェイトは僕の奥さんで、大好きな女の子だし」

『・・・・・・ありがと。私も大好きだよ、あなた』



すっかり陽の上がった街を歩きながら、電話越しにフェイトと気持ちを通じ合わせて・・・・・・幸せだなぁ。嬉しいなぁ。



『でもヤスフミ、それならそれで歌唄ともう一日過ごしても良かったのに。学校の方へは私から連絡しておくし』

「・・・・・・フェイト、もしかして唯世から連絡来てない?」

『え?』





フェイトが本気で分からないと言いたげな声を出すので、僕は少し迷ったけど・・・・・・ちゃんと話す事にした。

まぁさ、僕も歌唄の体調がアレだと思ったから今日一日は一緒に居てもいいかなとか思ってたのよ。

だけど朝一番で唯世から来たメールで、事情が思いっきり変わってしまった。そうしてる余裕は0になったのよ。



どうやら唯世はフェイトにはメールを送ってなかったっぽいね。・・・・・・やっぱまだ戸惑いがあるのかなぁ。





「実は朝一番で、唯世からメールが来たんだよ。今日学校で授業前に会議したいってさ。
でも僕、歌唄の家で朝食作ってたから参加は無理だしさ。唯世に返信して用件だけ教えてもらったの」

『・・・・・・それで?』

「単刀直入に言うけど、用件は月詠幾斗の事だった」



電話の向こうでフェイトが、軽く息を飲む音が聴こえた。

でも残念ながらそれは早い。問題はその内容なのよ。



「唯世、昨日の夜に一人で街を見回りしてたらしくて」

『もしかして先日の一件絡み?』

「うん。また同じ事が起きるんじゃないかって警戒してたみたい」



まぁまた一人で行動してた事はいいよ。歌唄とラブラブしてた僕には言う権利ないしさ。



「それで唯世はキセキと一緒に、ヴァイオリンの音色でこころのたまごを抜き出してた奴を見つけた。
ただそれ・・・・・・見た事のないキャラなりをした月詠幾斗だったらしいんだよ」





こちらの言葉には一切答えず、ただヴァイオリンを弾いてたまごを抜き出し続けていた。

それでようやく反応したと思ったら、紫色のヴァイオリンを大鎌に変えて襲って来た。

しかもそのキャラなりが相当強いらしくて、唯世も手傷負わされてやっとの事で逃げ出せたとか。



ヴァイオリン・・・・・・音・・・・・・旋律によって抜き出されるたまご達・・・・・・鍵はマジで出てきたっぽい。





『えぇっ!? つ、つまりそれって・・・・・・ヤスフミっ!!』

「うん」



だから歌唄にメールの内容を見られないようにするのにちょっと気を使った。

歌唄がこの話を知ったら、どんな顔するかは・・・・・・想像に難くない。



「月詠幾斗、今はイースターの連中のところに居るよ。どういう扱いを受けているかは別としてね」

『それで話を聞く限り、予言の事が・・・・・・現実になろうとしている』

「そういう事だろうね」










どうやら楽しい平和でのんびりとした時間は、もうおしまいらしい。ついに最終決戦勃発だよ。





僕は電話の向こうで表情を険しくしているであろうフェイトの事や、あの子の事も考えつつ空を見上げる。





空は本当に・・・・・・本当に残酷だと思えるくらいに真っ青で、綺麗に輝いていた。



















(第112話へ続く)




















あとがき



恭文「というわけで、ついに登場した正体不明のキャラなり。
その能力の高さと異常さは今回のお話だけでも感じ取れると思います」

シルビィ「今回は歌唄ちゃんの誕生日記念小説の裏話という事で、そこの辺りのお話も絡めてでしたがいかがでしたでしょうか。
本日のあとがきのお相手はあのキャラなりについてすごい問い詰めていきたいと思ったシルビア・ニムロッドと」

恭文「まぁそうだろうなと思う蒼凪恭文の二人でお送りしたいと思います」

シルビィ「じゃあ一つ質問だけど・・・・・・ヤスフミ、あのキャラなりはなにっ!?
だって描写されてる様子じゃ、ヨルとのキャラなりじゃないのよねっ!!」

恭文「そうなるね。だって猫男と唯世がバトってた時、ヨルはのんきにも寝てたんだから」





(・・・・・・疲れてたんだろうなぁ。色々あったし)





恭文「まずあの正体不明なキャラなりについて軽く整理してみようか」

シルビィ「そうね。そこは大事だわ。まず」





・ヨルと行うキャラなり(ブラックリンクス)とは全く違うもの。

・ヴァイオリンを弾く事によって×たまを抜き出す能力がある。

・基本戦闘方法は、ヴァイオリンが変化した大鎌での近接戦闘。
そして本気になれば唯世のホーリークラウンくらいは真っ二つに出来る程に能力が高い。





シルビィ「大体こんなところね。それで唯世君も怪我して大負けで・・・・・・その間に歌唄ちゃんとヤスフミはエッチしてたと」

恭文「してないよっ!? てゆうか、ここは記念小説通りなんだからっ!!」

シルビィ「そうね。でも色々描写が削られているせいでそうなったとしか思えないわよ」





(狙いました)





恭文「まぁ実際は記念小説通りで、本当に何もなかったんだけどね。
今回はそこの裏で何が起きてたのかーって言う説明もあったからこういう形になっただけで」

シルビィ「それは分かるけど・・・・・・でもコレだとあれよ? ヤスフミは歌唄ちゃんといっぱいエッチしたわけよ。
それで相性も抜群で、歌唄ちゃんもきっと初めてなのにヤスフミといっぱいしたくなるくらいに燃え上がって」

恭文「・・・・・・石原にケンカ売ってるね」

シルビィ「そうね、そこは否定出来ないわ」





(いや、あの条例は(ピー)で障子を突き破る程度なら問題無しって条例だから)





恭文「そういうのじゃないからアレっ! てーかそれ石原都知事が作家時代に書いてた話じゃないのさっ!!」

シルビィ「そうなのっ!? ・・・・・・またチャレンジャーなもの書くわね」

恭文「まぁそこの辺りのせいで条例出しても説得力ないけどね。だって過去の発言や行動と食い違ってるもの。
・・・・・・とにかくおかしい事だらけな現状だけど、僕達ガーディアン側は何も分からないまま事態が進みます」

シルビィ「そこの辺りはまた次回にって感じよね。うぅ、でも幾斗君どうしちゃったのかしら」

恭文「どうしたんだろうね。というわけで、本日はここまで。お相手は蒼凪恭文と」

シルビィ「シルビア・ニムロッドでした。それじゃあみんな、SEE YOU AGAIN♪」










(なお、これでほぼ原作通りだから恐ろしい。もしくはおそロシア。
本日のED:栗林みな実『STRAIGHT JET』)




















クロノ『・・・・・・恭文、フェイトもそれは間違いないんだな?』

恭文「唯世は僕より猫男の事知ってますしね。多分正解ですよ」

フェイト『私からも唯世君にメールで確認・・・・・・というか、リインから連絡もらったから』

メルビナ『く、敵に先手を取られたという事か。このままだと被害はどんどん拡大するぞ。
シルビィ・・・・・・ナナ、お前らも一体何をやっているんだ。現地調査は念入りにと言ったはずだが』

ナナ『そう言われても困るわよ。念入りにした上でこれなんですもの。
というか、おかしいのよ。あの弦の音以外は特別な反応もほぼ0だったし』

メルビナ『0? だが×たまが出てくるとそういう気配が感じ取れるのではないのか』

ナナ『それでも限界距離はあるって事。唯世が月詠幾斗と遭遇した公園もギリそっちだもの。
ううん、例え掴めても素早く逃げられちゃったら一昨日と同じ事になる。意味がないの』

クロノ『なんにしても、向こうの動きが掴めないという事か。だがどうしてそうなるんだ?
以前の偽エンブリオの時もなぞたまの時も、そういう異常があった場合すぐに分かったというのに』

フェイト『そうなんだよね。月詠幾斗君がその・・・・・・シュライヤ王子みたいに洗脳されたとする。
それなら普通に分からないはずないんだよ。今まではしゅごキャラのみんなも気づいてたから』

恭文「だけどナナ同様にヒカリもシオンも、歌唄のとこに居たエルとイルも何も掴めなかった。
・・・・・・僕達と同じような普通のキャラなり? でも、それなら猫男は何とキャラなりしたのさ」










(おしまい)






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あきゅろす。
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