小説(魔法少女リリカルなのは:二次小説)
Memory37 『想像の翼』
PPSE社の会長室……夜も遅いけど、お仕事を頑張るボクって偉いよねー。……そんな風に自分を褒めないと、正直やってられないけど。
世界大会前だからもう、忙しくて忙しくて。でも今年も設けられると思ったら、またちょっと元気が出てきた。
そんな準備もちょっと止めて、休憩がてらパツキンロングな秘書――ベイカーちゃんに例の件を聞いてみる。
「ベイカーちゃん、『カテドラルガンダム』の行方、まだ掴めないわけ?」
「……申し訳ありません。全力で捜索しているのですが」
「そっかー。ほんとどこにやっちゃったんだろうなぁ、メイジンの座」
カテドラルガンダム――PPSE社内部でも、ごく限られた存在しか知らない、二代目メイジンの遺作。
一度だけ……ソメヤ・ショウキっていう犯罪者とのバトルで使われ、圧倒的性能を発揮している。
そこはガンプラ塾のバトルベースにデータとして残っていた。それをね、最近めちゃくちゃ探してるんだよ。
メイジンが倒れてから、ガンプラ塾の施設解体であれこれ調査して……さっき言ったデータを見つけてさ。
でもどこにもない。メイジンの自宅となっていたガンプラ塾内にも、もちろん関連施設にも。
メイジンの私物も漁ったけどさっぱり。なんとしても手に入れて、三代目メイジンに使わせたいんだけどなぁ。
なおメイジン本人への事情確認も無理。だって未だに面会謝絶で、見舞いにすらいけない状況だもの。
あー、そういやここは三代目も気にしてたっけ。義理堅い性格だし、挨拶って意味もあるけどさ。
「ですが会長、三代目メイジンはビルダーとしても優秀ですし、アラン主任の開発したケンプファーアメイジングもかなりのものです。盤石では」
「甘い! 甘いよベイカーちゃん! 三代目には今大会で、絶対に優勝してもらわないといけないんだしさー!
なのにこの大会、強そうな奴らがぞろぞろ出てきちゃってるじゃないのさ! アイラ・ユルキアイネンとかさぁ!」
「……確かに」
「だから欲しいんだよ、どうしても『メイジンの座』が! 二代目がもう役立たずだけど、その二代目が最後に作ったガンプラだよ!?
しかも性能はバトルデータを見るに歴代ガンプラの中でも最強! それを手にして初めて盤石なんだよ!
……ついでにそんなガンプラを持たせて戦わせれば、変に増長しないで御しやすくもなるでしょ」
「二代目はその辺り、問題行動が多かったですしね」
「でしょ?」
せっかくユウキ・タツヤ以外で、御しやすそうな奴らも揃えたのに……みーんな負けちゃうんだもの。困っちゃうよねー。
メイジンに恩を売り、利用しやすくするのにはちょうどいいんだよねぇ。強くて勝っちゃうわけでしょ? これを使えばさ。
きっと二代目だってそのために作ってくれただろうに……そうだよね? 二代目。
だってアンタ、ガンプラ塾設立時にはもうボロボロだったわけで。じゃなきゃボク、怒っちゃうよ。
そんな最強ガンプラを、PPSE社のために作ってないなんて背任行為もいいとこだもの。
それなら機能停止した時点でおっ死んでくれた方が楽だったよ。ほんと……どこまでいっても使いにくいおじさんだ。
「申し訳ありません。考えが足りませんでした」
「あー、いいっていいって。ベイカーちゃん、他の事でもたくさん頑張ってくれてるしね。むしろ無茶言って申し訳ないーって思ってるよ」
「もったいないお言葉です。……会長、これは推測なのですが」
「なんだい」
「誰かに譲渡した、とは考えられないでしょうか」
ベイカーちゃんに『気にしないように』と笑って手を振ると、そんな言葉が返ってきた。
誰かに譲渡? いや、まぁ二代目メイジンの周辺にないのなら、そう考えるのは妥当。ただ盲点でもあった。
あの二代目だよ? 結局三代目――ユウキ・タツヤとのバトルも、理由はさっぱりだったけど延期状態だし。
まぁまぁ納得できないとこがあるなら、頑固に突き詰めるタイプなんだよねぇ。そんな二代目が全精力を注いだガンプラなわけだよ、カテドラルはさ。
正直それを誰かに渡したって言われても、ピンとくる相手が一人としていないんだよ。三代目……いや、ないか。
「誰かって、誰にさ。三代目じゃあないよね」
「えぇ。三代目――ユウキ・タツヤの事を、後継者として認められないところはあったでしょうし。
例えばカテドラルガンダムとバトルした相手、ソメヤ・ショウキ。やっている事は犯罪ですが、勝利のため手段を選ばないところは重なりますし」
「はぁ? ないない、元塾生襲撃事件で逮捕されてるし、大体ゴーストボーイにフルボッコを受けて再起不能」
そう、ゴーストボーイに……ゴーストボーイだったら? そうだよそうだよ、なんで気づかなかったのか。
もしかしたらカテドラルガンダムについてもなにか知っているかもしれない。つい前のめりになると、ベイカーちゃんが困り気味に頷く。
「実際去年のメイジン決定トーナメントで、彼は二代目メイジンの推薦を受けて参戦しています。
思想と立場的には敵対していた二人ですが、実力を認めていなければあんな真似するはずがありません。
……更に言えば、彼は忍者として『実戦』も経験しているはず。そこに自身と近いところを見いだしたのなら」
「……カテドラルガンダムはゴーストボーイが持っているかもしれない!?」
「更に言えばゴーストボーイは第二ブロックを制覇し、今世界大会に出場予定です」
「そうだよそうだよ! マズいよね、それ! もしそこでカテドラルガンダムが使われちゃったら……!」
「彼は実質、二代目メイジン直々に任命された『次期メイジン』となります」
それがあんまりに衝撃的すぎて、ついムンクの叫び。……カテドラルガンダムは名前が示す通り、メイジンの座そのものだ。
そうしたらメイジンが二人になっちゃうよ。もちろん最強レベルのガンプラで無双し、ゴーストボーイが優勝する可能性だってある。
どうする……どうするどうするどうする! こうなったらゴーストボーイには、なんとしてでも負けてもらわないといけない!
あれは我が社に取り込んだとしても、決して思い通りにならない野良犬だ!
そんな奴がメイジンなんて、二代目の再来じゃないか! いや、それ以上の脅威だよ!
「幸運な事があるとすれば、カテドラルガンダムの存在が公にされていない事ですが……いかが致しましょう」
「どうしようか……! 事を大げさにしたら、三代目メイジンもうるさくなる! PPSE社の株価だって下がっちゃうかも!」
「でしたらこういうのはどうでしょう。彼がカテドラルガンダムを盗んだ事にして、それを理由に出場停止処置。更に返却を求めるというのは」
「おぉ、ベイカーちゃんナイス! それで……ね、もし『正式に譲渡した』って証拠があったらどうなるの?」
つい気になって聞いちゃったよ。でもベイカーちゃんの事だ、きっとなにか手が……ないらしい。だってベイカーちゃん、顔を背けちゃったもの。
「ベイカーちゃんー!? ちょ、なんで顔を背けちゃうの! なんで押し黙っちゃうの!」
「そんな証拠はない……はずです」
「じゃあ駄目だよね! あったらガンプラ塾の二の舞いだよね! ……と、とにかく調査だ!
ゴーストボーイがカテドラルガンダムを持っているという、決定的な証拠を掴むんだよ! 話はそれから!」
「分かりました、では早急に身辺を調べてみます」
「あ、でもバレないようにね! 第一種忍者だよ!? 警察も絡むからね!?」
とにかく証拠を掴んだら、穏便に交渉だよ。所有権を訴え、なんとか返してもらう。大丈夫、手は考えてる。
例えば……元々PPSE社のワークスモデルとして、二代目が制作していたもの。
でも二代目がこちらのあずかり知らぬところで、ゴーストボーイに譲渡してしまった。それは困るからーって感じ?
ようはボク達も悪くなくて、ゴーストボーイも悪くない。二代目メイジンが悪かったって話にしちゃうの。
ほら、死人だけじゃなくて病人にも口なしだし? 面会謝絶だからちょうどいいしさー。
あとはお金……お金で、納得してくれるかなぁ。やばい、胃が痛くなってきた。世界大会前に倒れちゃうかも。
魔法少女リリカルなのはVivid・Remix
とある魔導師と彼女の鮮烈な日常
Memory37 『想像の翼』
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
コウサカ・チナ――高倉健さん少女と言うべきあの子は、迷いながらもまず目の前の戦いに集中。
その姿はガンプラ塾時代のわたくしや仲間達を思い出すほどに懸命で、ついつい継続してお節介を焼いていた。
チェルシーにほほ笑ましく見守られたり……い、いいんです。ストライク劉備は気に入りましたから、作りこんでいますし。
そうこうしている間に、大会は明日というところまできた。セイさんと一緒に脇へ控え、レイジさんとチナさんのバトルを見守る。
『――行くぜ!』
女の子走りのベアッガイIII……よくあんな動きができますわね、そこだけは素直に感心しましてよ。
その真正面から迫るは、背部ブースターにより飛行状態のビルドガンダムMk-II。……いい機体ですわ。
ガンダムMk-IIをベースとしながらも、劇中設定の延長線上で十分あり得る機体。
見るだけでガンダムへの作品愛、そして設定理解の深さが窺えます。逆を言えば、だからこそ煮詰まっているのでしょうけど。
……ビルドガンダムMk-IIのライフル二丁がベアッガイIIIを狙い、緑のせん光が走る。しかしその直前にベアッガイIIIは左へ退避。
すれすれではありますけど、決して鈍くはない射撃を回避し、小走りを続ける。それでつい嬉しくて笑ってしまった。
相手の攻撃を『見て』避けるのではなく、『予測して』避ける技術。まだまだ未熟ですけど、ガンプラの外へ感覚を延ばす事はできているようで。
二発のビームを避けた上で、ベアッガイIIIは右のメガ粒子砲を三連射。こちらも相手の動きを予測し、行きそうな場所を狙っていた。
そのまま展開される弾幕の合間を抜け、ビルドガンダムMk-IIは肉薄し右回し蹴り。しかしベアッガイIIIは前転し、それをすれすれで避けた。
上手い……! 体格で言えば二十メートル以上あるベアッガイIII、それをしっかり理解し、関節駆動も最大限活用した回避。
まるでぬいぐるみのようにポンポンはね始めたけど、ベアッガイIIIはすぐに膝立ちで着地。
背後へ――ビルドガンダムMk-IIへ振り返り、左のメガ粒子砲を向けた。しかしそこにはもう敵の姿がない。
すかさず振り返ろうとしたところで、ベアッガイIIIの右首筋にピンクのビームが走る。
……膝立ち状態なベアッガイIIIの後ろを取り、ビルドガンダムMk-IIがサーベルを展開していた。
こちらもやりますわね。蹴りの回転を生かしつつ振り返り、急停止からの加速で相手の上を取りつつ回り込んだ。
≪BATTLE END≫
とにかくそこでバトルは終了。粒子とともに荒野のフィールドも消失し、チナさんが荒く息を吐く。
「OKだ!」
「ありがとう……結局、一回も勝てなかった」
「は? なに言ってんだ、オレの方が強いんだから当たり前だろ」
「レイジー!?」
「だがまぁ、これだけ動けるんなら大抵の奴には負けないさ。アンタはどうだ、セシリア」
「……回避から反撃に移るまで、時間がかかりすぎですわ。それにビルドガンダムMk-IIをできる限り壊さないようにと遠慮していたでしょう、また」
「う……!」
やっぱり。最初の三連射、ビルドガンダムMk-IIの手足を狙っているように見えましたもの。
それで当てて、動けないようにして……そんなところでしょうか。初心者でキラ・ヤマトのまね事は難易度高すぎです。
「あとビルドガンダムMk-IIの回り込みも、レーダーからきちんと確認していれば対処できましてよ。
回避はともかく、攻撃への迷いは看過できるものではありません。マクガバン先生でなくても甘ちゃんと言いたくなりますわ」
「ごめん、なさい」
「……相変わらずボロクソだな」
「あ、あははは……なんか僕にも突き刺さってくるんだけど」
「ですが」
とりあえずはしっかり駄目だし。するとチナさんが恐縮するので、優しく笑っておく。
「以上の事を踏まえて望めば、これまで頑張った分の成果は必ず出せますわ。チナさん、よくここまでついてきましたね」
「……はい! あの、ありがとうございました!」
「委員長、明日はがんばろうね! 僕達も応援に行くから! セシリアさんも」
「当然です。でないと示しが付きませんもの」
「なんだかんだで気になってんだな、お前も」
レイジさんがなにを言っているか、わたくしにはよく分かりません。……この時はまだ、知らなかった。
厳しくは言ってきたものの、チナさんはファイター歴ひと月未満。そこを考えれば驚異的な成長速度だった。
わたくし達のようにどっぷり浸かっているビルドファイターならともかく、一般人であればまだ対処は可能。
もちろん大会用に予備パーツもきっちり用意したし、修復技術もセイさん共々教えている。
だからもしかしたら、優勝も狙えるのでは……そう思っていたのだけど、勘違いだった。
なぜなら今から彼女達が飛び込もうとしている場所は、余りにもカオスな魔窟だったのだから。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
翌日――夏休み直前という事もあって、毎日暑いのなんのって。それでも聖夜市へやってきました。
セシリアさんもチェルシーさんとついてきてくれて、しかもユカリちゃんとアケミちゃんまで応援にきてくれた。
「チナ、頑張ってね!」
「応援してるから!」
「うん、ありがとう!」
「……ところで」
そこでユカリちゃんが小首を傾げながら、セシリアさんとチェルシーさんを……うん、驚くよね。メイドさんだから。
「あの、ガンプラの事を教えてくれた……セシリア・オルコットさん。こちらはそのお付きのチェルシーさん」
「初めまして。チナさんのお友達と伺っています」
「「初めまして! ……あの」」
「あぁ、わたくしは応援にきただけですから。だって出場してしまったら、優勝間違いなしですもの」
「「あぁ、そうですかぁ。チナ……えっと」」
「こういう、人なの」
二人が驚くのも分かるよ。白ワンピースに日よけ帽子を被り、お嬢様風なのにとてもドヤ顔だものね。
でも実際、できちゃうんじゃないかって思うわけで。……レイジくんもだけど、セシリアさんにも一撃与える事すらできなかったから。
だけどその分、いっぱいいろんな事を教えてもらった。戦う人達の気持ち、見ているもの、本当に少しだけ理解できた……気もする。
最初に言ってた事、わたしにも適応される。イオリくんの事も、セシリアさん達の事も背負っているんだ。
正直心臓がドキドキしてる。だけど、嫌な重さじゃない。緊張するけど、心が温かくもなってるんだ。
「それよりもチナさん、セイさん達の姿が」
「あ、はい。まだきてない、みたいで」
「全く……伴侶の晴れ舞台に遅刻するなんて、とんでもない男ですわね」
「だ、だから伴侶じゃなくて! まだクラスメートというか、友達というか」
「チナ、やっぱりイオリ君の事が」
は……! どうして! ユカリちゃん達も呆れた様子でわたしを見てる!
「オルコットさんも気づいていたんですねー」
「分かりやすいですもの。それで不器用すぎてあっちこっち痒くなってしまいます」
「「分かります分かります」」
「なにが!?」
「……あれ、セシリアじゃないのさ! なにやってるの!」
みんなの連帯感が怖くなっていると、脇から恭文さんとフェイトさん、リインちゃん……更に奇麗な人達が続々登場した。
それで、大半が大きいの。それで白髪ショートの人に、アイリちゃん達が抱かれながら目いっぱい甘えていた。
「それにチナも!」
「恭文さん! それにフェイトさんとリインちゃんも! ……あ、そっか。聖夜市に住んでいるって。じゃあ大会に」
「そうそう。もちろん僕じゃなくて、フェイトやうちの同居人達がだけど……え、もしかしなくてもチナとセシリアも?」
「わたしだけ、ですね。セシリアさんはたまたまご縁があって、わたしにガンプラの事を教えてくれて」
「セシリアが!?」
恭文さんが驚き、セシリアさんをガン見。……あれ、セシリアさん、なんだかフリーズしているような。
「ねぇチナ、この人達って」
「あ、紹介するね。イオリくんのお友達で、蒼凪恭文さん。あとはその家族のフェイトさんとリインちゃん」
「あぁ、チナが温泉旅行で一緒したっていう……初めまして! チナのクラスメートで」
「な、なななななななな……なんであなたがここにいますの!」
ユカリちゃんの声を遮って、セシリアさんが顔を真っ赤にしながら指差し。その先にいるのは当然と言うか、恭文さんだった。
……あ、そっか。ガンプラ塾絡みで、バトルした事もあるって言ってたよね。だから知り合いと。
「……ヤスフミ、こっちの子は」
「やすっちがまたフラグを立てたわけか」
「違うよ!? ……セシリアはタツヤと同じ『塾生』なんだよ。僕とも一度バトルした事がある」
「えー! じゃあじゃあ君、タツヤって子と同じくらい強いの!? わぁ、今日の大会すっごく楽しみー!」
「いえ、わたくしはチナさんの付き添いで、大会に出るわけではなくて……それより、質問に答えていませんわよ!」
「さっき言ったじゃないのさ。ここは地元で、うちのみんなも出るーって。でも久しぶりー! あ、イギリス第二ブロック優勝おめでとう!」
「もう……もうもうもうもうー! なんですのこれ! 大会中で劇的な再会を想定していましたのに! こ、こんなの……運命を感じてもらえないではありませんか」
運命? あれ、セシリアさんちょっと悲しげというか、恭文さんを意識してもじもじし始めてる。
今まではしっかりしたお姉さんって感じだったのに。……恭文さんとセシリアさんを見比べ、ある事に気づく。
セシリアさんの目は怒っていなかった。恭文さんに対し憧れというか、もっと……わたしにも覚えのある気持ちを向けている。
あぁそうか。だからチェルシーさんも、ほほ笑ましく見守っているんだ。
それはフェイトさんやリインちゃん、他の人達も気づいたっぽい。
恭文さんは気にした様子もなく、セシリアさんの両手を取ってしっかり握手。
セシリアさんはそれでまたときめきを顔に出し、嬉しそうにしながら握手に返す。
「オルコットさん、お久しぶりです。ところでいつこちらに」
「先々週、ですわね。タツヤさんから話を聞いていたイオリ模型店へ伺ったところ、チナさんやセイさんと関わりまして」
あれ、セシリアさん、あの妖精っぽい子達とも話ができるの? じゃああの子達、わたしの幻覚とかじゃない……だったらなに!?
「それでチナのレクチャーか。世界大会前なのに余裕だな……もぐ」
「なぁセシリア、その余裕をヤスフミにも分けてやってくれよ。こいつ、地区予選でフェイトにパーツ壊されまくって、マジ大変でよぉ」
「まぁ……! 話通りのドジっぷりですわね! あなた、恭文さんの妻としてもっとしっかりしたらどうなのですか!」
「ヤスフミ、一体なにを話してたの!? そ、それにヒドいよ! 私はドジじゃないよー! ちょっと……失敗する事もあるけど」
『どこがちょっと!?』
今度はぷりぷりしだした!? でも恭文さんの手を離そうともしないのが、またおかしいというか。
うん、これは間違いない。セシリアさん、恭文さんの事が好きなんだ。ユカリちゃん達も気づいたらしく、チェルシーさんと同じ顔を見せる。
「チナ、もしかしなくてもオルコットさんって」
「なの、かな」
「師弟そろって分かりやすいわけかー」
「なにが!?」
「こらそこ、聴こえてますわよ! わたくしをチナさんと一緒にしないでください!」
「どういう意味ですか、それー!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それなりに広い店内……どんな馬小屋かと思ったら、まぁまぁ大きめのお店ですわね。
それはそれとして、そんな店内で目立つ一団を発見。その中心にいる彼女を見て、ついほくそ笑んでしまう。
来ましたわねチナさん……逃げずに来た事は褒めて差し上げますわ。ですが今日こそ、あなたに勝たせていただきますわよ。
「ミスキャロライン、彼女ですか? あなたがどうしても勝ちたいというのは……げ」
そして脇にいるニルスさんが、チナさんを見て『げ』と……げ? あれ、そんな要素あったかしら。
ニルスさんを見ると、彼は慌てて帽子やサングラスで変装を始める。どうしましたの、あなた。
「ニルスさん?」
「こ、これは気にしない方向で」
「気になりますわよ! この暑い最中、一体その格好はなんですの!」
「……彼女の周りにいる金髪ウェーブの女性、それに小学生くらい見える小柄な男性」
すかさずニルスさんがその二人を指差し。結構な人数はいますけど、誰が誰かはよく分かりました。
「まず女性はイギリス第二ブロック優勝者、セシリア・オルコット。もう一人は日本地区第二ブロック優勝者、蒼凪恭文さんです」
「……どちらも世界大会出場者ですの!? まさか、チナさんもわたくしと同じく……どこでそんなツテを!」
「恭文さんはまだ分かります、ここが地元ですから。ですがセシリア・オルコット嬢は全く分からない……彼女、本当にガンプラ初心者なんですか」
「そのはずですが」
「だとしても油断しない方がいい。僕が教えた通りに、冷静な対処を」
「えぇ、そういたします」
勝利の女神は、そう簡単にほほ笑んでくれない――そういう事ですわね。いいですわ、それでも必ずや勝利してみせましょう! 勝利をわたくしの手に!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
セシリアちゃん……ガンプラ塾のトーナメントで、ヤスフミが戦ったらしい子。
その子は出ないけど、その分チナちゃんにいろいろ教えていたっぽい。でも、負けないんだから。
出入り禁止解除がかかっているんだもの。ヤスフミにも私ができるーってところを見せるんだから。
ガッツポーズで気合いを入れなおしたところで。
『――ただいまより、ガンプラバトル世界大会開催記念、女の子限定ガンプラバトル大会を開催いたします』
早速大会スタート。そ、それで最初から私と……うん、負けないんだから。向かい側にいてキョロキョロしてるチナちゃんに敵意を燃やす。
『一回戦第一試合の出場選手をご紹介します。聖鳳学園中等部一年、コウサカ・チナさん。
使用するガンプラはベアッガイIII(さん)。専業主婦、フェイト・T・蒼凪さん。使用するガンプラはアドバンスド・ヘイズル』
≪――Plaese set your GP-Base≫
ベースから音声が流れたので、慌てて手前のスロットにGPベースを設置。
ベースにPPSEのロゴが入り、更にパイロットネームと機体名が表示される。
≪Beginning【Plavesky particle】dispersal. Field――Forest≫
ベースと足元から粒子が立ち上り、フィールドとコクピットを形成。えっと、森が多めの地上だね。
≪Please set your GUNPLA≫
指示通りベアッガイIIIを置くと、プラフスキー粒子がガンプラに浸透――スキャンされているが如く、下から上へと光が走る。
カメラアイが光り、首が僅かに上がった。粒子が私の前に収束。メインコンソールと操縦用のスフィアとなる。
モニターやコンソール、計器類は淡く青色に輝き、アームレイカー型操縦スフィアは月のような黄色。
コンソールにはガンプラ内部の粒子量も逐一表示され、両側に配置された円系ゲージが忙しなく動く。
両手でスフィアを掴むと、ベース周囲で粒子が物質化。機械的なカタパルトへと変化。
同時に前・左右のメインモニターにカタパルト内の様子が映し出される。……現役局員だった頃を思い出す。
そうだ、やれる。あの時の感覚を思い出して……スイッチを入れ替えて。
≪BATTLE START≫
「フェイト・T・蒼凪――アドバンスド・ヘイズル、行きます!」
スフィアを押し込み、カタパルトを滑りながら空へ飛び出す。背部のシールドブースターもいい感じで加速して……わぁ、凄い。
システムを通しているし、フィールドも作られたミニチュアだけど、本当に空を飛んでいるみたい。
ヤスフミやみんながハマり込むの、改めて分かったかも。えっと、チナちゃんのガンプラは……いた。
真正面から飛び出して、トタトタと歩いてきてる。……早速攻撃と思い、ライフルを構えたところで停止してしまう。
だって、可愛いの。黄色で丸っこくて、ぬいぐるみで。え、あれはガンプラなの? でもリボン、ついてる。
ぬいぐるみ、だよね。ガンプラじゃないよね。敵じゃないよね。というか可愛いのにライフル、向けるの?
む、無理だよー! どうなってるの!? ガンプラじゃないのに動いてるし、こっちにドラえもんみたいな手を向けてきてるしー!
どうしよう、あれはどうすればいいんだろう! そ、そうだ! ぬいぐるみだったらお話しできるかも!
ほら、ぬいぐるみに話しかけて友達になったりするし! そういう事ってあるし、あむだってぬいぐるみの友達がいるし!
というわけで早速話しかけるため接近……できなかった。ぬいぐるみの手からピンク色のビームが走って、それがアドバンスド・ヘイズルに直撃。
胴体部を撃ち抜かれたらしく、一瞬で機体が爆散する。え……えぇぇぇぇぇぇぇぇ! どうしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
≪BATTLE END≫
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あんまりに一瞬な早業――全員があきれ返ってしまった。いや、呆れる事すらできず硬直する。
だってフェイト、全速力で突っ走っただけだもの。全速力で飛び込んでいっただけだもの。アレ、ほんとなに。
「ヤスフミー! ぬいぐるみが、ぬいぐるみが動いてるー! ガンプラじゃないよ、アレー!」
「……フェイト、アレはガンプラだよ。ぬいぐるみっぽいけどガンプラなの」
「えぇ! じゃ、じゃあ私……騙されたんだ!」
「自爆したんだよ! このお馬鹿!」
ほんとどういう事!? つまりあれかな、可愛らしさでぎょっとして……一体どこのニャイアガンダムレオーネだよ!
戻ってきたフェイトにはデコピンし、次の試合に注目。――次の試合はまたまた森林地帯。
構築されたフィールドの中、きらめくナイトガンダムが高台に立つ。そこでファイター、及び脇にいるニルスへ注目する。
「お、おいやすっち……あのナイトガンダム」
「気づいた?」
「あぁ!」
ダーグは興奮気味に頷き、マントをはためかせる騎士に目を輝かせる。
「表面のメッキ処理、シールに頼らない塗装技術――確かLEGEND BB版、マントはプラ製だよな!」
「それも布に変えている。作り込みだけなら大会中トップクラスかも。確かあの子、矢島キャロラインだったよね。……あ」
「矢島……ヤジマ商事かよ! おいヤスフミ!」
間違いない、ニルスの仕込みだ。スポンサーは無茶を仰るってわけ?
そこでニルスが僕の視線に気づく。そうして困り気味に小さくお辞儀してきた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
次はキャロちゃんの試合。そうしたらキャロちゃんの出した、ナイトガンダムっていうのが凄い……みたい。
セシリアさんとチェルシーさんが、目をぱちくりさせてたもの。
「あの、キャロちゃんのガンプラはそんなに凄いんですか」
「凄いなんてものではありませんわ。チナさんのお話通り初心者だとするなら、異常な出来栄えです。まぁそれも……セコンドが原因でしょうけど」
「セコンド?」
そう言えばキャロちゃんの後ろに、黒人の男の子が控えてる。ベースに近づく時も一緒だったし、あの子の事かな。
「彼はニルス・ニールセン――アメリカ地区予選で、暴れ牛グレコを倒した少年。世界大会出場者ですわ」
「あの子が!? で、でもわたしやイオリくんと同い年くらいなのに!」
「チナ様、失礼ですがそのセイ様も世界大会出場者ですよ?」
チェルシーさんに補足されて、ハッとする。あ、そっか。ガンプラバトルに年齢って、関係ないんだ。
じゃああの子もイオリくんみたいに、ガンプラが大好きな子なの? 世界って、広いかも。
「ただニルス・ニールセンに関しては、セイさんとは全く違う天才ですわね。
既に大学へ飛び級し、粒子学に関する博士号を三つも取得している【アーリージーニアス】ですもの。
……恐らくは粒子学の観点から、プラフスキー粒子を科学的に解析。それをガンプラ作りに応用しているのでしょうけど」
「す、凄い子なんですね」
「オープントーナメントだからこそ、時折天才的な子が現れるんです。それに矢島キャロライン――そちらも思い出しましたわ。
ニルス・ニールセンの個人スポンサーとして、日本のヤジマ商事が名乗りを上げていたはずです」
「あ、キャロちゃんの実家。でも、スポンサーって」
なんだろう、ガンプラバトルって遊びなんだよね。スポンサーって、その人にお金を出すって事で……そんなのが本当に必要なの?
イオリくんだってそんなのないし、それはおかしいんじゃ。するとセシリアさんが大きくため息を吐いた。
「呆れた。あなたは本当に、ガンプラのみならず大会周辺の知識もさっぱりですのね。
……世界大会で上位入賞、果ては優勝するというのは、それだけで大きな宣伝効果があるんです。
現にセイさんだって、イオリ模型店というスポンサーがいるではありませんか」
「え、待ってください! それはおかしいです! イオリくんは個人的に出場しているだけで、お金なんてもらっていません!」
「どこがおかしいんですの? セイさんが主に使っている作業場、資材や機材、バトル練習用のバトルベース……それは店のものではありませんか」
「で、でもそれはお店で、実家だから」
「例え実家であろうと、スポンサーによる環境支援と大差ありません。それともあなた、それらが天から降ってきたと?」
ほ、本気で呆れられてる……! こういう時のセシリアさん、半端なく容赦がない。
でもセシリアさんの言う事はぐうの音も出ないほどの正論で、つい呼吸が止まる。……天から降ってくるわけがない。
あれを全部イオリくんがお小遣いで揃えたかどうかも分からないし、もしそうじゃないところが一つでもあれば、それは経営者権限になるわけで。
それを許すという事は、イオリくんのガンプラ作りをお店がサポートしているわけで。
ガンプラバトルって、なんだろう。普通に遊んで、大会があって……だけじゃないのかな。
それをおかしいって思っちゃうわたしは、やっぱりズレてるのかな。あの子との距離がどんどん開いていく感じがして、少し怖くなる。
「……もう少し世界大会や周辺の事について、知っておいた方がいいですわよ。
でないとセイさんのサポートをするのも、そのために空気を読む事すらできません。いいですわね」
「……はい」
「とにかく今重要なのは、彼女が実力あるファイターに教授を受けたであろう事。
チナさん、彼女の戦い方をよく見ていなさい。教えた事は覚えていますわね」
「は、はい」
そうだ、そこも教わってる。トーナメントだから相手の戦い方をちゃんと見て、対策を考えろって。
一回戦はともかく、二回戦以降はそういう研究もちゃんとできなきゃ、簡単には勝てないって言われた。
遊びなのに、ちゃんと遊んでいないような……そういう違和感はさておき、キャロちゃんの試合に集中する。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「くくくくく……チナさん、見ているかしら! これこそがわたくしの優美で雄大、勇猛果敢なナイトガンダムですわ!」
さぁ、どんな相手がこようと負けるつもりはありませんわ! ニルスさんの手ほどきを受け、わたくしの手で作り上げたガンプラ!
これで必ずあなたに勝利するため……ちなみにニルスさん、最初に『自分が作れば』とも言った。
しかしそれは断った。わたくしがスポンサーの娘だから、気遣った事もあるのだろうけど……それでは意味がない!
わたくしの力で! わたくしの努力で勝利する事が大事なのですもの! ……そこで敵機反応。
さぁなにが来るかと思ってたら、いきなりアラーム。更に赤黒い粒子砲撃が遠く――空の彼方から煌きながら発射された。
「い……!」
慌てて崖から飛び降り右に退避すると、次の瞬間崖は粒子砲撃に飲まれ、塵となる。その爆発に煽られながらも着地し、シールドを構えた。
「なんですの、今のは!」
『……いい反応です。そうでなくてはつまらない』
モニターに現れたのは、曲線主体な……ウイングガンダムゼロ? でもこれ、色が違いますわね。
しかもバックパックのウイングバインダーも、形状が変わっている感じ。いや、それはさしたる問題じゃない。
大事なのは各部のクリアパーツから、赤黒い炎が絶え間なく生まれている事。あれは、なに……!
『さぁいきましょう、ガンダムルシフェリオン・ゼロ』
もう一発砲撃が放たれ、慌てて回避行動を取る。それをすれすれで避けると、炎の化身がこちらへ加速する。
接近戦……望むところですわ! シールドからサーベルを抜き放ち、一気にルシフェリオン・ゼロに立ち向かう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それは、あんまりに圧倒的な戦いだった。キャロちゃんのナイトガンダムに対し、燃えているガンダムは接近し右薙の斬り抜け。
それでサーベルを持った、右腕を両断する。ううん、キャロちゃんはきっちり防御した。
でも相手のビームサーベルもぼーぼー燃えていて、その炎の斬撃で剣ごと断ち切られちゃう。
あとはその、バスターライフルだっけ? そういうのでドガーンと……嘘。本当に、あっという間に勝負がついちゃった……!
キャロちゃん、途中でケンタウロスみたいになって、攻撃を避けようとしてたのに。
セシリアさんを思わず見上げると、想定していなかったようでまたあ然としていた。あのシュテルって人、すっごく強いみたい。
「ありがとうございます、いいバトルでした」
「そ、そんなぁ……わたくしの、ナイトガンダムがぁ」
「ミスキャロライン!?」
キャロちゃんはショックを受け、崩れ落ちてしまった。慌てて駆け寄ろうとしたら、セシリアさんに左肩を掴まれる。
慌てて振り返ると、セシリアさんは少し厳しい表情で首を振った。駄目って、事みたい。
「やめておきなさい。今あなたが言葉をかけたら、彼女はひどく傷つきますわよ」
「でも、勝負が」
「ついたではありませんか。あなたは一回戦を勝ち抜き、彼女は負けた。なお相手が強かったからとか、そう考えているでしょうけど」
「えぇ!?」
……考えが読まれた!? わ、わたしってやっぱり分かりやすいのかな! でも……うん、そうだよ。
あんなに強い相手とぶつかっちゃったんだし、わたしだったらもっとたやすく負けていただろうし。
それでわたしが勝ったなんておかしくて、納得できなくて。そう伝えるのも駄目なのかなって、思ってた。
「もう一度言います、そんな慰めをかければ彼女はひどく傷つきますわよ。
勝負を申し込んだのも、場をセッティングしたのも彼女。立つ瀬がないですもの」
「でも」
「そして勝者はいつでも胸を張り、前を見ていなければなりません。
……だから今度は、あなたからバトルを申し込みなさい。今回の事と関係なく」
「……あ」
そっか。それなら……受けてくれるかなとか、そういう不安はある。それでも今言葉をかけて、傷つけるよりは。
そう考えて、セシリアさんには力いっぱい頷いた。それでまた、二回戦に集中する。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
凄いナイトガンダムを見た……と思ったら、瞬殺されたでござる。そしてシュテルはこっちにVサイン。
レヴィは目をキラキラさせるけど、僕とダーグ、ティアナ達はあ然ぼう然。なに、あの性能……!
「……ディアーチェ、なにあれ」
「お前が忙しくしている間に、シュテルが改修したルシフェリオンだ。我も最近まで知らなかったがな」
「シュテル、すっかりガンプラにハマっていて。もちろん私達もなんですけど」
「旦那様の秘密兵器を引っ張りだすため、相当強化したっぽいわよ? いやー、妻の一人としてはプレッシャーねー」
「誰が妻だ!」
軽く肘打ちし、キリエにはツッコミ。す、凄いけど……自由か! ニルスが、ニルスが面白い顔でフリーズしてるし!
うん、そりゃそうだよね! ホビーショップの大会で出るレベルじゃないもの! 他の出場者も仰天してるし!
というか店内が驚いてるし! ……なんか歓声が響きだしたけど、他に対処しようがないからだし!
「ねぇアンタ」
ティアナとシャーリーが困り気味に僕の肩をツツいてくる。でもやめてよ、ほんとやめてよ。フェイトも涙目で腕を掴んで揺らしてくるしさ。
「これ、なんかマズくない? シュテルもアレで、ディアーチェ達やキリエ達もいて……だと」
「だ、大丈夫。続けば問題だから。続かなかったらまだなんとか、今日だけならなんとか」
「問題の本質から逃げてるわよ、それ!」
でも逃げるしかなかった。もしかしたらちょーっと止めておくべきだったのかもしれない。
結果ここからは……なんと言いましょうか。身内だらけなゲーム大会となるわけで。
アミタとキリエの姉妹対決、ディアーチェ&ユーリとシュテルの家臣対決など、見どころはかなりあった。
そしてキリエとレヴィのインファイター対決とかさ。でもこれ、この場でやる必要……よし、考えるのはやめた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今日は委員長の大事なバトル……なのに! なのになのになのにー! 僕達、慌てて聖夜市へ向かい、信号待ちしていました。
「レイジェ……! なんで遅刻してくるのさ!」
「悪かったって」
「委員長のバトルが終わってたらどうするんだよ!」
「大丈夫だろ。あれだけ動かせるようになったんだ。そんじょそこらのヤツに負けるはずねぇって」
信号が青になって走りだすと、携帯に着信……あ、恭文さんからだ。そうだそうだ、恭文さんも見に来てるんだっけ。
それで最初に連絡してくれた時、『早めにこいやボケが』とお叱りを……! もちろんセシリアさんからも叱られました。
セシリアさん、委員長にはかなりキツめだけど、その実優しい気遣いを見え隠れさせている。
委員長が不安げだとか、キャロちゃんさんの事はサポートしてあげて……とか言われまして。
セシリアさんも委員長の一生懸命で優しいところ、気に入ってくれているようで安心していた。
……って、そこはいいか。既にお店は見えていたけど、慌てて電話に出る。
「はいもしもし、本当にごめんなさい! もうすぐ着きますので! というか目の前ですので!」
『……だったら急いだ方がいいよ、もうすぐ終わる』
「え……は、はい!」
やば、なんか冷静だ! すっごく怒ってるかも! 電話を終えて店内へ飛び込み、大会会場へ。……すると。
「委員長、勝ち残ってる!」
「ほら、言った通りだ……ろ」
レイジはそこで息を飲んだ。――水色のデスサイズヘルがベアッガイIIIの斬撃を避け、一瞬で背後に回り込む。
戦場はグランドキャニオンっぽい場所で、岩肌の上でベアッガイIIIは前転。唐竹に振るった腕の勢いも生かしつつ、その場から退避する。
いや、しようとした。でもその前に水色のビームサイズが袈裟・逆袈裟に振るわれ、リボンストライカーを両断。
そうして生まれた爆発に煽られ、ベアッガイIIIは岩肌を転がり数メートルの距離を取る。
なんとか起き上がり、ベアッガイIIIは両手からサーベルを再展開し乱撃。いや、向こうの斬り抜けをそれで防御した。
それでベアッガイIIIにまた一つ傷が増える。致命傷はないっぽいけど、丸っこくて可愛いボディはあっちこっち焼き切れていた。
な、なにあれ……委員長の反応も、ベアッガイIIIの動きも決して悪くないのに。……いや、答えならある。
「あれは、デスサイズヘル・スプライト! 恭文さんが地区予選一回戦で戦ったガンプラじゃないか! 操縦者は」
慌ててファイターを確認すると、そこにいたのは得意げな。
「フェイトさん!?」
「マジかよ、あのボケボケ母ちゃんが!?」
「ち、違うの。他人の空似で……よく言われるんだけど」
あれ、右横にフェイトさんがいた! というか恭文さん達もいた!
「というかレイジくん、ボケボケってヒドいよ! 私、お母さんになってからしっかりしてきてるのにー!」
「フェイト、静かに。……おのれら、後でちゃんと謝りなよ。セシリアも怒髪天を突く勢いだったから」
「その方が、よさそうだな。いつからこの状態なんだ」
「ほんの三十秒ほど前から。よく耐えているけど、レヴィとの技量、更にガンプラの性能も差がありすぎる」
「当然だ。レヴィは力のマテリアル――そう簡単には崩れんよ、たとえガンプラバトルであろうとな」
「いあーえー♪」
「あーえー♪」
アイリちゃんと恭介君を抱いている、白髪ショートのお姉さんはちょっと中二病かもしてない。
でも強いのは確かだ。やっぱり今年の世界大会は一味違う……いや、地区予選で負けた人ではあるんだけど、出場者的にさ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
なんですの、あのガンプラ……! 恭文さんの身内ですから、やっぱりただ者ではありませんでしたわ!
準決勝まで勝ち残れたのを幸運と取るべきか……って、指導者がそんな弱気でどうしますの!
チナさんはまだ諦めてなどいない! 救いがあるとすれば、相手が近接戦闘に特化している事!
速度とパワーを除けば、アウトレンジから一方的にやられる心配はない! 勝機は……勝機は必ずあるはず!
「お嬢様、やはりチナ様の事が可愛いんですね」
「んな……! いきなりなんですの、チェルシー!」
「だって手に汗握っておられますもの」
そう言われて、両拳を見てしまう。あ、確かに……これではこう、プロレスの応援みたいですわ。
振り上げていた拳は、一度せき払いしてから自然に下ろす。こう、優雅にしていなくては……もう! チェルシーも笑わないでください!
『つ、強い……!』
『当然! このデスサイズヘル・スプライトは、世界大会を目指してるガンプラだもの!
そしてこのボクと同じように強くて速くてカッコいい! 君のクマッガイさんも悪くはないけど』
『ベアッガイIIIです』
『そろそろクッマクマにしてやるぞ! クマッガイさん!』
『ベアッガイIIIですー!』
デスサイズヘル・スプライトはふわりと浮かび上がり、また肉薄。
『トランザム!』
トラ……! マズい! 水色のボディが真紅に染まり、その速さが倍増する。迎撃のメガ粒子砲は残滓を捉えるばかりで、スプライトを捉えられない。
『赤く、なった!? なにこれ!』
「お嬢様」
「トランザムについては教えていませんわ!」
トランザム――ガンダム00に出てきた、貯蔵粒子を全解放する事で発動するブースト機能。
ただし時間制限があり、使い切ると機体性能が極端に低下するのですけど。あれは三倍……とまでいかなくても、かなりの速度域ですね。
実質四方八方から襲ってくる斬撃。ベアッガイIIIはその巨体をフレキシブルに動かし、飛び跳ねたりしゃがんだりでなんとか避けていく。
チナさんの集中力がここで上がっている。いや、それだけではなく目も慣れたと言うべきか。
荒ぶる嵐の斬撃達によって、傷こそ増えていくけど致命傷は……そう、その調子ですわ!
すれすれではあるけど右薙の斬り抜けを避け、すかさず背後へ飛んだ蹴りを左腕で防御。
すぐさまサーベルを展開させ、逆袈裟の斬撃をサーベルで受け止め捌く。機体性能でも、技術でも完全に劣っているのに。
それでなぜ対処できるか――それはチナさんが今、スプライトとラッセルさんの戦いを通し、より成長しているから。
確かに彼女は不器用で、戦う人間と言うにも中途半端。それにしては常識が足を引っ張っていますし。
しかし一途で、勤勉で、負けず嫌い。なによりこうと決めたら恐れて止まらない。それが生み出す頑固さは誰かさんを思わせる。
この中で一番大事なのは負けず嫌いですわ。それは敗北や失敗から逃げず、リベンジしていく気概にあふれるという事。
だからベアッガイIIIも応えていた。今彼女はベアッガイIIIとリンクし、スプライトの猛攻をギリギリで凌いでいる。これなら。
「……委員長、頑張って!」
セイさんの声……到着した事は喜ばしいけど、空気を読まない若さにはいら立ってしまう。
彼女は左を――声のした方を見てしまった。愛しい伴侶だから、気にしていた人の来訪だから、彼女はその喜びを優先してしまった。
『……イオリくん!』
『間抜けがぁ!』
今は喜ぶ場ではない、戦うべき時なのに。スプライトが右薙の斬り抜け――ベアッガイIIIはとっさサーベルで防御。
でも間に合わない。先ほどまで見せていた同調は途切れ、サーベルは発生基部から両断。
ベアッガイIIIは両手を中程から抉られる形になり、派手な爆発が起こる。ああもう、本当に度し難いですわ!
「チナ様!」
「……もう、無理ですわ」
一度途切れた集中を戻すのがどれだけ大変か、わたくしにはよく分かる。そんな暇を与えてくれる様子じゃない。
チナさんが集中力を高め、学習していたように、ラッセルさんもまた同じように強くなっていた。
だからこそスプライトは急停止から反転――振り返るベアッガイIIIの腹へ。
『これでおしまいだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
もう一度右薙の斬り抜け――赤く染まったビームサイズは、ベアッガイIIIの土手っ腹をたやすく貫き、抉り切る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
委員長の様子が見てられなくて、つい応援を……そうしたら委員長は振り向き、一気に劣勢。
恭文さんとレイジにすかさずげんこつを食らい、自分がなにをやったのか理解。血の気が引いてももう遅い。
委員長のマニューバは一気に精彩さを欠いて、メイン武装である両手のメガ粒子砲を破壊される。
ああなったらもうサーベルは出せない。口内のビーム砲も無理……そんな状況で、ビームサイズがベアッガイIIIの腹を貫く。
奇麗に塗られた装甲は、これまで入れられた傷を広げながらも砕け、そのまま胴体部は断ち切られる……はずだった。
なのに突然腹から青い光があふれ出し、スプライトのビームサイズが弾かれる。いや、スプライト自体もその波動に押されて吹き飛んだ。
『な……!』
「なんだと!」
スプライトはすぐに身を翻し、地上に着地。嘘、今のなに……委員長のベアッガイIIIは、リボンストライカー以外はベアッガイIIのまま。
武装の追加だってしてないし、あんな機能はないはず。意味が分からなくて、声を上げたディアーチェさん達と驚くばかり。
いや、もちろん一番驚いているのはスプライト――レヴィさんって人なんだけど。でもすぐ冷静さを取り戻し、再突撃。
『よく分かんないけど、腹が駄目なら!』
そしてまた赤のせん光が走り、その中で逆袈裟の斬り抜け。ベアッガイIIIの左腕が両断される。
回避行動を取ったから、なんとか本体は無事だけど……下腕からはじけ飛んだ腕が宙を舞う。
そしてその中から、どういうわけかピンク色のもふもふふわふわなものが出てきた。
それは地面に触れると、クッションのように弾んで下腕パーツをもう一度飛ばす。あれ、もしかして……綿ぁ!?
『わ、わ……綿だとぉ!』
「お、おいセイ! ありゃなんだ! 綿だよな、あれ!」
「うん! なんで、どうして!」
ベアッガイIIIは体勢を整え、乙女ポーズで辺りをキョロキョロ。その姿に思わず場の空気が停止する。
……あれ、そういえば初めてベアッガイIIIを触らせてもらった時、妙な違和感があったような。
そうだよ……どうして今まで気づかなかったんだ! 動かした時や重さへの違和感、綿がたっぷり詰まってたからだ!
『君、なんだそれは! ガンプラだろ! 綿ってなんだぁ!』
『え、だってベアッガイIIIは、可愛いぬいぐるみからロボットになったって設定ですから』
『どういう設定!?』
レヴィさんだけじゃなく、会場全員の声だった。……ちょ、委員長がきょとんとしてる! なにがおかしいのか分かってない!
「……なるほど」
えぇ! 恭文さんが感心してる! 納得してる! これアリなの!? アリなのかな!
「ヤスフミ、どういう事!? 綿だよね、プラモじゃないよ! というかぬいぐるみだよ!」
「フェイト、セイもよく見てみなよ。今切られた下腕部の綿……焦げたり溶けた様子が全くない」
恭文さんに言われて、改めて確認してみる。……あ、ほんとだ! ビームサーベルなのは基本溶断する兵器!
プラフスキー粒子でもそこは変わらないから、ある程度のダメージは入るはずなのに! 一体どうして!
そこでもう一度注目してみて、更におかしいものを見つける。綿にこう、薄く青い輝きがまとわりついているんだ。
あれは、プラフスキー粒子の輝き!? でも綿だよね、プラスチックじゃ……あ。
「合成綿の場合、ポリエステルで作られる事が多い。対してプラスチックはスチレンが一般的。
でも合成樹脂の類と定義するなら、ポリエステルも十分プラスチックの領域だ。つまり、あれも『ガンプラの一部』となる」
「そうか、あの綿はベアッガイIIIのフレームであり、そこにプラフスキー粒子が浸透しているんだ! 凄いよ、委員長!」
「じゃあやすっち、さっきビームサイズを押し返したのは」
「浸透した粒子が吹き出したせいだろうね。さっきまでレヴィについてこられたのは、そのせいでベアッガイIIIの性能が上がっていたから」
「なんつうぶっ飛んだ能力だよ!」
「それはちょっと違うよ、ダーグ」
恭文さんは首を振って、とても楽しげに――憧れすら感じさせる表情で、ボロボロのベアッガイIIIを見ていた。
瞳が星みたいに煌めいて、つい息を飲む。でも、そうだ。そんな瞳になってしまう気持ち、僕にもよく分かる。
「自由に考え、楽しんで作ったその気持ちに、ベアッガイIIIが応えた。自由な発想だよ、これは」
「……あぁ、そうだな。俺達も見習わんといかんなぁ」
本当に、とんでもない。でもどうして……委員長はガンプラの事もそうだし、ガンダムの事もまだまだ勉強中なのに。
……あれ、なんだろう。僕は今、委員長の設定をおかしいと感じた。本当におかしいのかと、胸の中が熱くなってる。
ガンプラを作る上だと、劇中設定や世界観も大事。でも自由さだってあるのは、SDガンダムが証明しているじゃないのさ。
騎士だったり、武者だったり……三国志の英雄だったりで、一個のキャラクターとしてもデザインされ、存在もしている。
もちろんベアッガイだってそんなガンプラだ。クマッガイという元があり、間口を広げるキャラクターとしても発展していった。
そう、自由だった。なにか、なにかが見えてきて、今まで砕けそうになかった壁に亀裂が入っていた。
そうだ、セシリアさんのバトルから見え隠れしていたのはこれだったんだ……! 僕はガンダムの設定や世界観に捕らわれすぎていた!
ガンプラはおもちゃで、遊びで、だからこそいろんな楽しみ方があって!
ああもう、本当になにをやってたんだろう、僕は! 家が模型店で、そんな楽しみ方を伝えていくのも仕事なのに!
『むむむ……驚かされたけど、綿が斬れるってのは今証明された!』
「……あ、そうなのです! 恭文さん!」
「更に言えば今ので『フレーム』も傷ついたし、これまでと同じ出力ってわけにはいかない。劣勢は未だ変わらずだ」
『やっぱりクッマクマにしてやるぞ、クマッガイさん!』
『だからベアッガイIIIですー!』
スプライトがまたまた加速――そうだ、もうどうしようもないじゃないか! 武装もないし、トランザムもまだまだ継続中!
応援で声を上げる事もできず、ベアッガイIIIが砕けるところを見るしかないのか。
そう思っている間に、滑るような速度でスプライトが真正面から突撃。……するとベアッガイIIIの口が開いた。
それが単なる口内ビーム砲であれば、スプライトは避けられていた。実際回避行動は取っていたもの。
でも放射状に放たれた『それ』は、青い輝きに包まれた綿。それも余りに勢い良く吹き出すので、トランザム状態でも回避不可。
一瞬でスプライトへ綿は絡まり、更にその勢いで細身な機体をはじき飛ばし、近くの崖へと叩きつける。
なお機体に損傷などはなかった。だって綿が丸まって、完全にスプライトを包み込んでいたから。
『な、なにこれ! 外れろ……動かないー!』
『……綿を、詰め込みすぎてたみたいです』
『う、動けー! スプライト! トランザムだぞ、すっごく速くて強いんだぞ!』
そしてベアッガイIIIはどしどしと近づき、綿の塊となったスプライトを傷ついた両手でホールド。
『ちょ、ちょっと待とう! もう少しだけ待ってくれ! これを今すぐ外すから!』
『……わたしはこう教わりました。勝利のタイミングは』
その上で大きく振りかぶり、ボーリングの如く投てき。
『絶対逃しちゃ駄目だって!』
『いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
綿は転がり、崖を駆け上がり、そのまま空へと飛び出す。その勢いのままフィールドの外へ出て、バウンドしながら床に落ちた。
≪BATTLE END≫
『そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
嘘……勝っちゃった! 偶然もあっただろうけど、あんな強いファイターに!
まるで自分の事みたいに嬉しくて、レイジと一緒に委員長へ駆け寄る。そして、全力のハイタッチ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして決勝戦が終わり、大会終了――予備パーツを作っていたので、委員長は万全の体制で臨んだ。
なお相手はシュテルさんのガンダムルシフェリオン・ゼロ。もう、恐ろしい戦いぶりだった。
さっきのアレでライバル認定されたようで、猛攻が……! 結果委員長の手には、準優勝の銀色トロフィーが握られた。
夕方――恭文さん達も総出で僕達のお見送りをしてくれた。なおセシリアさんにはめちゃくちゃ、叱られています。
遅刻した事もそうだけど、委員長の邪魔をしたのも含めて……だから僕、現在正座です。
「――全く、そんな調子だからファイターの技量が上がらないんですのよ! 応援に遅刻しただけでなく、チナさんの邪魔をするなんて!」
「あの……わたしは気にしてませんし、イオリくんが応援してくれて嬉しかったですし」
「そういう問題ではありません! それとチナさん、あなたも追加講習ですから! あの状況で集中力を乱すなんてあり得ませんもの!」
「ご、ごめんなさいー!」
そして委員長も叱られていた。さすがに正座はアレなので、ベンチに座ってるけど。そして恭文さん達の視線が厳しい……!
「まぁまぁセシリア、そこはレイジの遅刻も含めて、僕からも言っておくし」
「オレもかよ!」
「当たり前でしょうが。とにかく人目もあるからその辺で」
「……そうですわね。あとは追加講習でみっちりしごきましょう。セイさん、あなたもですから」
「「はい、覚悟しています……!」」
「マジで、オレもかよ!」
当たり前らしいよ? というかレイジが遅刻したのも悪いんだし……三人で、仲良く地獄を楽しむしかない。
よし、もう金輪際絶対遅刻なんてしない。例えブラック企業と言われても、一時間前到着を基本としよう。
「……ただ、準優勝まで勝ち抜けたのはよくやりましたわ」
「あ……はい! ありがとうございます! イオリくん、レイジくんも!」
「ま、当然だな」
「えぇ、礼には及びません。それに言いましたでしょう? 頑張った分の成果は出せると」
らしいなー。セシリアさんは当然という様子で髪をかき上げ、更に金色のザクトロフィー――優勝者なシュテルさんを見やる。
「彼女を打ち破るには、まだ努力が足りないですけど」
「チナ、またバトルをしましょう。あなたのベアッガイIIIにはとても感銘を受けました」
「は、はい。えっと、わたしでいいんでしょうか。もっと強い人達もいましたし」
「あなたがいいです」
「……チナとやら、覚悟しておくといい。シュテルはバトルマニアだからな、眠れなくなるほどに追い立てられるぞ」
「それは嫌です! というか怖すぎます!」
ほんとだよ! しかも本人、否定しないんだけど! くすくす笑い出してるんだけど!
「というかボクもだ! 次はボクも負けないからな! 必ずクッマクマにしてやるぞ! そのクマッガイさん!」
「ベアッガイIIIですー!」
「そうそう、レヴィも負けず嫌いだからな。まぁ大変だけど頑張れ」
「わ、私だってリベンジするから! そうだ、私も綿を詰め込んで」
『そういう事じゃないから!』
駄目だ、フェイトさんはちょっとボケが強すぎる! ツッコんでもガッツポーズしてるし! アイリちゃん達がとても不安げだしー!
「くぅぅぅぅぅぅ! これぞバトルで生まれた友情ですね! まさに熱血……じゃあ私もチナさんと」
「お姉ちゃん、空気を読んで。チナが戸惑ってるじゃないのよ」
「あははは……でも委員長、お礼を言うのは僕だよ」
「イオリくんが? わたし、なにもしてないのに」
「委員長のベアッガイIIIを見て思った、ガンプラはどんな自由な発想で作ってもいいんだって。
僕はガンダムの設定や世界観に捕らわれすぎていたって、分かったんだ。……本当にありがとう、委員長」
笑顔も一緒に送ると、委員長は少し恥ずかしげに頷いて、そのまま俯いちゃう。気持ちは伝わったようで嬉しくて、つい胸が温かくなる。
……そうだ、伝わるだけじゃ足りない。この気持ちのまま、僕も自分の発想を形にしなきゃ。
立ち上がり、慌てて駅へと走りだす。もういても立ってもいられない……きっと、きっと今ならできる!
「僕、店に戻る! レイジ、委員長の事お願い!」
「はぁ!? お願いってなんだよ!」
「見えたんだ! 僕だけのガンプラが!」
「おい、ちょっと待てよ、セイー!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
結局レイジくんも追いかけていって……セシリアさんは呆れながらため息。でも止める事もなく、その背中を見送った。
わたしも、同じ。イオリくん、煮詰まっていた時と違う。やりたい事、形にしたい事でいっぱい……なんだか楽しそうだった。
そんな背中を見て恭文さんも、ダーグさん達も安心した様子。みんな、イオリくんの事を心配してくれていたのかな。
恭文さんとも一緒に暮らしていたそうだから……わたしだけじゃ、なかったんだよね。そんな事も分かってなかったんだ、わたし。
「もう大丈夫ですわね。ゴール地点はきっちり見えたようですから」
「だね。さてチナ」
「……もう、大丈夫です。今のイオリくんを見て、今日のために頑張ってきて、本当の意味で分かりました」
恭文さんが聞きたい事ももう分かる。あの笑顔で、あの星みたいに輝く瞳を見て、本当の意味で理解できた。
わたし自身も戦う事で、イオリくんがどうして頑張るのか、ちゃんと受け止められた……と思うから。
大丈夫だと立ち上がり笑うと、二人とも安心してくれる。追加講習は怖いけど、その場で解散。
またまたわたしはリムジンで送られ帰宅。なお、父さん達やユウ君はもう慣れた。たまたまきていたフミナちゃんはぎょっとしてたけど。
それで準優勝の報告――結果セシリアさん達へのお礼も兼ねて、閉店後にパーティー。いっぱいのごちそうに囲まれ、つい気恥ずかしくなる。
それでセシリアさんもニコニコしながらエビフライやステーキ、ハンバーグを食べまくる。い、意外と食べ盛り。
「あぁ、なんて美味しいんでしょう! これでビールが飲めないのは残念ですわ!」
「あははは、すみません。娘の恩人ですから、サービスしたいところなんですが」
「いえ、それですと逆にご迷惑をおかけしますし、お気持ちだけで十分です。というか、理解してくれるだけでも嬉しいんです」
そう言ってセシリアさんはチェルシーさんと一緒に、仰天するわたしとママ、ユウ君を見やった。
「普通はこうなりますし」
「チナ……というかママとユウマもか。イギリスではセシリアさんくらいの年だと、もうお酒を飲んでいいんだよ」
「あ、法律が違うんだね」
「その通りですわ。自宅に限りであれば、飲酒は五歳から許されます。公共の場だと食事も込みで注文可能なのは、十六歳からですわね」
『五歳!?』
「驚くだろう? でも国が違えば常識もってやつさ」
し、知らなかった。じゃあセシリアさん、もしかして……どうやら事実らしく、自慢げに胸を張った。
ただ日本だとまた違うから、飲酒などは控えている感じなんだね。お父さんに迷惑って言ってたし、節度あるお付き合いはできてるみたい。
「ですがオルコットさん、チナは手のかかる生徒だったんじゃ。初心者でしたし」
「確かに……勝負師としては甘いところも多いですし、まだまだガンプラバトルの世界についても知識が乏しいです。
ガンプラ塾であれば即刻筆頭教師に目をつけられ、ビシバシしごかれる事でしょう」
あははは、相変わらず厳しい。ママも目をぱちくりさせるけど、いつもの調子なので苦笑い。
「……でもチナさんはガンプラバトルに限らず、物事を成すのに必要な勤勉さ――それを持っている子です」
だけどそこで初めて……ううん、初めてじゃない。いつもみたいに優しく、力強くわたしの事を褒めて、それでいいんだと励ましてくれる。
厳しく叱られても、咎められても、セシリアさんはいつもわたしを応援してくれてた。それを改めて感じて、つい涙が浮かぶ。
「わたくし自身ガンプラ塾でスパルタを受けてきたものですから、さほど優しく教えてはいません。
でも懸命についてきてくれて、学ぶところがとても多かったです。……チナさん、ありがとうございます。
世界大会前にあなたと出会えてよかったし、とても楽しかったですわ」
「本当にそうですよね。お嬢様、毎日毎日チナさんの強化メニューを考えて、とても楽しげにしていて」
「チェルシー!? もう、そういう事はバラさなくてもいいんですー!」
「セシリアさん……! あの、こちらこそありがとうございます!」
「チナ、よかったな」
「うん!」
涙を払い、改めて笑顔でお辞儀。それからセシリアさんにお尺……まぁその、麦茶だけど。
お酒は、ね? 遠慮してもらってるけど。……でもそこで店内の電話が出る。立ち上がりかけたお父さんを。
「あ、わたしが出るよ」
さっと制して、店内カウンター近くの受話器を取る。
「はい、香坂です」
『チナちゃん……どうなってるのぉー!』
あ、イオリくんのお母さんだ。というかどうして泣きそうな声に。
『セイったらますますガンプラ作りにのめり込んじゃってるのよ! それは駄目だって言っても、この間の事を持ち出して一蹴してくるしー!
もう私の言う事なんて全然聞いてくれないのよ! せっかくチナちゃんのおかげで、思いっきり気分転換できてたのに!』
「……それでいいと思います」
『え!?』
「悩んでるんじゃなくて、出口が見えたのなら……あとは進むだけです」
『ど、どういう事!?』
「きっとイオリ君は、素敵なガンプラを作ると思います」
好きなだけじゃ、楽しいだけじゃ、大切ななにかと向き合えない――でも大切だから、諦めずに手を伸ばす。
大好きなのは変わらないから、苦しい事も引っくるめて前に進む。そうやってイオリくんはずっと戦っていた。
でもわたしはそれが分からなかった。イオリくんはガンプラが好きで、一生懸命頑張っていて、だからもう十分。
そんなに頑張らなくても大丈夫、きっとなんとかなる……そんなズレた言葉を贈っていたって、ようやく分かったの。
それは違うんだ。イオリくんは大好きなものと向き合うため、そのために飛ぼうとしていたから。
そうして戦っている人達を見て、その軌跡を知って、わたし自身もちょっとだけ踏み込んで……得られたかけがえのない答え。
わたしも、イオリくんに向き合えたのかな。ううん、これからだ。イオリくんが飛ぶなら、私も飛ばないと。
パニック気味なお母さんは納得させ、また食卓へ戻る。……世界大会まで、あと二週間! 応援の準備、もうそろそろ終わらせなきゃ!
(Memory38へ続く)
あとがき
恭文「というわけでVivid編第38話です。お相手は蒼凪恭文と」
フェイト「フェイト・T・蒼凪です。……ヤスフミ、ベアッガイIIIがー! というか対戦カードがー!」
恭文「身内のゲーム大会で突っ走るから。そして原作より強化されたベアッガイIII」
(綿について調べたらこうなった)
恭文「とにかくこれでスクライド的なあの必殺技が生まれるわけで。そうだよね、武器に頼ってはいけないよね」
フェイト「どういう事!?」
恭文「そしてルシフェリオン・ゼロなどは読者アイディアからになります。アイディア、ありがとうございました」
(ありがとうございました)
恭文「それじゃあ次回からは世界大会だよ。もちろんセイ渾身の新ガンプラも登場するし」
フェイト「ここからがいよいよ本番……だね。でもヤスフミ、アドバンスド・ヘイズルがー!」
恭文「だから予備知識は必要だって言ったでしょうが。ベアッガイIII、IIと外観はほぼ同じだから普通勘違いしないって」
フェイト「う、うぅ……次は頑張るよ。綿を詰め込んで」
恭文「……言っとくけどアドバンスド・ヘイズルだとちと無茶があるから」
フェイト「ふぇ!?」
(勉強は大事です。
本日のED:BLUE ENCOUNT『もっと光を』)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
セイの奴はあれから集中に集中を重ね、大体五日で新作ガンプラを形にした。なお追加講習は……きつかったとだけ言っておく。
結局セシリアは毎日顔を出してくるし、ママさんもまぁまぁ不満そうだったがセイには勝てない。
そりゃそうだよなー。デバカメ目的でも委員長をけしかけたわけだしよ。そしてセイはしばらくの間ママさんを許すつもりがないようだ。
ママさんは日々涙目だが、それはまぁいいだろう。問題は……セイから説明を受けつつ、でき上がったガンプラの戦闘シミュレーションをやった結果。
「……レイジ君!?」
「レイジ君、しっかりするんだ!」
バトルルームから出た直後、廊下に倒れちまった事だった。冷や汗と興奮、感動で動悸も定まらない。
ママさんとラルのおっさんに抱え起こされ、なんとか意識は保つ。それでも半笑いなのは、セイがやってくれたおかげだろう。
「一体どうしたのよ! そうだ、セイは」
「そっとしておいてやってくれ。ありゃ、しばらく起きない」
「えぇ! ああもう、こうならないようにチナちゃんへお願いしてたのに! あの子が邪魔するからー!」
「リン子さん、そういう事を言うとまたセイ君にどやされますぞ」
「う……で、でも母親としては、やっぱりチナちゃんとの仲を応援したいというか。それを邪魔されるのは好ましくないというか」
「そうやって言い訳するから、セイだって許せないんですよ」
「ぐぅ!」
どうやら自覚はあるらしく、ママさんは苦しげに唸って敗北のポーズ。壁に手をつきやがった。
というか後ろからの不意打ちだったせいもあるか。……いつの間にか店にきていたらしいヤスフミが、ママさんの背後を取っていた。
「……って、恭文君!?」
「これはまた、どうしたんだね」
「セシリアに呼び出されたんで、ついでに。……そうそうリン子さん、チナとセイがガンプラ作っているの、こっそり覗いていたそうですね」
「う!」
「そういうプライバシー侵害の積み重ねがあったから、セイにウザがられてるって自覚した方がいいですよ? 親子関係が崩壊する前に」
「わ、私のやった事ってそういうレベルなの!?」
「えぇ。というかセイが相談してきましたから。そういうのは警察でなんとかできないかと」
「セイー!? ……後で、セイにちゃんと謝るわ」
うわぁ、そりゃホントにキレてるなぁ。ラルのおっさんも困り気味にため息吐いちまったしよ。
でも妙に詳しくて語気が強いと思ったら、セイから相談されていたせいとは。ありゃ相当キレてるな。
「そうしてあげてください。まぁ僕なら絶対に許しませんけど」
「そんなー!」
「何度生まれ変わろうと許さず追い込み続けますけど」
「し、死んでも許されないと! そういうレベルなの!? 私、そういうレベルなの!?」
「だって楽しんでましたよね」
「……はい」
「セイが菩薩のように優しい事を祈りましょうか。じゃあ僕はこれで……あ、一応セイとレイジに差し入れ持ってきたんで」
そう言って風呂敷包みを傷心なママさんに渡し、アイツはそそくさと踵を返す。
「すまねぇな、セイには後でオレから伝えておく。……あー、それとセシリアに会うなら」
「完成したって話だけはしておくよ。きっと心配してるだろうし」
「頼む」
オレも今日一日は動けそうもないからなぁ。だからおっさんに抱えられながら、ヤスフミとしゅごキャラ達が去っていくのを見送るしかなかった。
「しかしとんでもないな。セイ君の作った世界大会用ガンプラは、君のようなニュータイプでも辛いのか」
「安心しろ、大会までには手足みたいに使いこなしてやるよ。……とんでもないのは確かだが、必ずやり遂げる。今度はオレの番だからな」
セイは魂を削り、ありったけの更なる底を引き出してくれた。オレなら使いこなせると信じて、限界を突き抜けた。
だから笑いながら、バトルルームの壁にもたれかかり、ぐったりしているアイツに誓う。
……オレも限界を超えてやろうじゃねぇか。そうして世界中に見せつけてやろうぜ、オレ達が一番強いってよ。
(おしまい)
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