Better than awesome 3 「なら逃げんな。一週間も消息不明ってなんなんだよ、ふざけんな」 槇は不満そうにため息をつくと、こないだみたいに階段の段差にもたれて座った。そしてふて腐れたまま指で隣を指し隣に座れと目で訴えてくる。もしかして、槇が怒ってるのってそれが原因? 「違う、逃げてない、熱出して休んでたんだって」 「休んでたことくらい知ってんだよバカ。一週間熱?しかも次の日から都合よくか?」 あ、疑ってる。なんで?まさか槇を避けるために休んでたとか考えてる?そんな訳ないじゃん、あり得ない。 言われた通り隣に座り、勇気を出して疑惑の目を向けてくる槇に少しだけ近寄ってみた。槇とまたこんな近くで見つめ合えるなんてもう無理だと思ったのに。オレの人生にも一回くらい幸運が舞い降りてくるんじゃないかって期待してしまいそう。散々痛い目にあってきたのに、オレって本当に図太い。 「オレは平気で嘘ついたり出来るけど、槇にだけはそんなことしない」 本当だから。真っ直ぐ見つめて伝えたら、槇は真顔のまま手を伸ばしてきてそっと額にてのひらを当ててきた。殴るどころか、触れてきた手は驚くくらい優しい。 「一週間ってこんなに長かったっけ。心配でどうにかなりそうだったって。次オレが寝込むぞボケ」 槇は苦笑いすると額に置いた手をそっと動かし、熱下がった?と首を傾げた。覗き込んでくる瞳には言葉通り心配の色が浮かんでいた。 ダメだ息出来ない、額が燃えてるみたいにジンジンする、また熱出そう。こんなの槇じゃない、オレが遠くから見ていた槇とは別人だ。大丈夫だと返事をしたいのに口がからからで動かない。まばたきすら出来ず凝視していたら、槇はなにを血迷ったのかオレの肩に額をくっつけ、ぼふっともたれてきた。 「あのタイミングで長期休暇はやめろよ、切られたかと思った。お前あの日放課後もソッコー脱走したし、番号すら知らないままだったし」 あれはバイトだったから仕方なかったんだって。連絡したかったけど、誰かに勝手に聞いたら迷惑かなと思って聞けなかった。 初めて聞く自信なさげな声に胸が締め付けられるのと同時に、嬉しくてぞくぞくた。槇らしくない槇を見られるなんて夢のよう。元気がない声、可愛い。 沸騰しそうなくらい熱くなった頭じゃまともな思考なんて出来るわけない。欲望のまま恐る恐る肩に乗せられた頭にゆっくり触ってみた。初めて自分から槇に触れているんだと思ったら指先が震えた。 「槇、会いたかった。早く来ないと忘れられるかなって心配だった。もし嫌じゃなければ番号教えて」 緊張で声まで震えてきた。だってオレこういうの初めてだから。誰かと深くかかわるのが嫌で感情を見せるのが苦手だったから、どう言えばいいか分からない。なんのひねりもない陳腐な言葉になってしまう。普段の槇ならきっと嘘くさいとバカにして笑っているセリフ。 うつむいたままの槇がどう感じたのかが分からなくて怖い。気持ち悪いと嫌がられないかと不安になりながら短い髪を撫でてみた。硬い。よく見ると耳たぶには大きな穴が開いていて、中学の頃はデカイのをつけていたのかなと想像したら苦しくなる。 今の槇すら知らないことだらけなのに、欲張りなオレは昔の槇まで知りたいと思ってしまう。槇のことなら秒単位でいつどこでなにをしたか知りたい。全部、槇自身が意識していないことも把握したい 。 「そんだけ?」 槇はいきなり顔を上げると髪を触っていたオレの手を握り、前みたいにそっと傷を撫でていく。そして手の甲にある治ったばかりの傷を見つめ、なにを血迷ったのかそこに唇をつけた。チュッという音が光景よりも生々しく行為の意味を伝えてくる。なにしてんの、やばいやばい、ダメだ、無理、しぬ、心臓潰れる。 「まき、っ、なに」 「番号教えるだけ?他は?」 槇は何度もオレのきたない手に唇をつけて優しくキスすると、視線を上げて微笑んだ。なんだよそれ、今自分がどれだけ優しい顔してるか分かってる?オレが一年間見てきた槇はどこに行った?こんなの詐欺だ、狡すぎる。 「槇と、友達になりたい、仲良くなりたい。これからも時々でいいから、二人で会いたい」 「なめたこと言ってんじゃねえよ、友達だと?」 ずいっと顔を近付けてきた槇はまた怒りだした。なんで?舌打ちされ思わずびくっとしてしまうと、整った顔が苦しそうに歪んでいく。 「お前友達にこんなことさせんのかよ。なんなんだよお前、なんですぐ逃げる?それが紘の本心か」 また名前を呼ばれて嬉しいはずなのに、槇がイラついているから苦しいし不安。さっきから初めて見る姿ばかりだ。不安そうな槇なんて見たことがない。 「こないだは、理由も名前もない微妙な関係も楽しいんじゃないかと思った。男が二人ネチネチしてたら気持ち悪いし。案の定お前は大事なことはなんにも言葉にしないまま消えたからそれでいいかと思った。そういう勝手に諦めてるような引いた態度も可愛かったし」 槇は苦しげに吐き捨てると、オレの手を乱暴に引っ張りまた唇をつける。胸が本当にちぎれそう。痛くて痛くて逃げてしまいたいくらいなのに、槇が優しくキスするから逃げられなくて痛みはもっと酷くなる。これが恋愛感情なら、こんな強烈な感情知りたくなかった。 「けどな、この一週間で分かった。一回話しただけでハマってんのに、こんなままじゃオレが無理。お前が遠慮してるだけなのかオレへの気持ちがその程度のもんなのかが分かんねえの。見分ける余裕ないんだよ、オレが本気になってるから」 はっと渇いた笑いを漏らして槇はうつむいた。オレの手はきつく握られたまま。これ、本当に現実?槇のお得意の本気のふりした罠?よくこういうことして悪どい女を泣かせてるんじゃねーの。演技なら早く見破らないと信じたくなってしまう。 「お前が前からオレを好きだったって予想、オレの妄想?半泣きになるくらい好きなんじゃねえの、なあ、言えよ。オレが好きなんだろ」 絶対見られないと思っていた、槇が誰かに恋焦がれる姿。ずっと見てみたかった、槇が本気で誰かに恋したらどんな顔をするのか。どんな言葉で相手を口説き、どんな風に触るのか。その相手を自分で想像したことはない。出来るわけがなかった。 信じられない。だってオレの人生はこんな展開にはならはいはず。きっとすぐになにかの手違いとかでキャンセル扱いになる。槇は女が好きなはずだし、こんなうまい話、絶対落とし穴があるって。 「泣くほど、槇のためならなんでも出来るくらい、死ぬほど好き。一年の時からずっと見てた。でも理由とか名前は本当に要らないし、友達がいい」 オレの人生にはたくさんのモノが欠落している。なにも持っていないしむしろ借金を背負っている。毎日バイトばかりだから遊ぶ時間なんてまったくないし、なにもしてあげられない。槇とは生きる世界が違う。こんなオレじゃ迷惑しかかけない。今でも金を借りてしまっているのに、こんなオレが槇を大事に出来るわけがないんだよ、悲しいことに。 「オレの片思いにさせて。毎日好きって言うから、槇は毎日オレを振って。いつか居なくなるから欲しくない」 勢いだけじゃ乗り越えられない壁がある。ろくに会えもしない関係なんて槇はきっとすぐ嫌になる。今は物珍しくて新鮮なだけだ。捨てられるのが分かっているのに手を伸ばせるほどオレは強くない。 なにも持っていないからこそ、きっとオレは槇に依存する。誰よりも求めて、槇が重くて窒息してしまうくらい気持ちを押し付けてしまう。そしていつか、槇が居なきゃ息が出来なくなる。それが怖い。どんどん冷たくなっていく顔を見つめて返事を待つ。多分軽蔑された。槇はこういう逃げの姿勢は嫌いだから、情けない男だって冷めたかもしれない。槇は自力で人生を切り開こうとしない奴は嫌いなはずだ、ごめん。 「それ、お前の手口?」 妙なことを言ったと思ったら槇はいきなり乱暴に抱き締めてきた。きつく腕をまわしてくると、数センチの距離で見つめてくる。うわ、なに、近すぎる、 「相当可愛いけど、オレが納得すると思ってんのか。なめすぎ」 にこりと笑い、槇はそっと唇に触れててきた。あ、と思った時にはもう唇は離れていき、一瞬だけのキスは終わった。 「もっと?それとも“友達”だからもうしない?紘、どっち」 楽しげに笑う槇は何故か上機嫌で、惚けるオレを見て目を細める。まるでオレが可愛くて仕方ないみたいな顔しないで。くそ、また泣きそ。 ダメだ、槇だけは無理、こんなに大好きなんだよ、そこらの好きと一緒にされちゃ困るんだよ。この甘い極上の誘惑に流されたら、将来泣くのはオレだ。別れが辛くなるだけなのに、全部分かっているのにもう一度キスして欲しくてたまらない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |