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It's always darkest before the dawn.
【5】
暗い夜道、隣を歩く哲人の手を握った。


「い、なお?」


「大丈夫だって、誰も居ない。嫌?」


「駅まで人に会わないように歩こう」


嬉しそうに握り返してくる哲人に笑顔で頷き、ぴったりくっついて人気のない道を歩く。今日は久しぶりに二人で出掛けた。飯を食って買い物をして、ずっと二人だけで過ごした。楽しくて幸せで、あっという間に終わってしまった。
白い息を吐きながら夜空を見上げて祈る。駅につくまで誰にも邪魔されず二人でいられますように。
あっという間に二月の終わり、もうあと何日かで三月。いよいよ卒業だ。三月になったら哲人は卒業式を待たずに引っ越す。式には戻って来るらしいけど、明日から当分引っ越し準備で忙しいらしい。


「哲人、こっち向いて」

「ん?」


夜道でいきなりキスされるとは思わなかったか?びっくりしすぎ。


「どうした、今日はなんか、いつにも増して」


「男前?知ってる」


「可愛いって言おうと思ったけどそうそうことにしておく」


楽しそうに笑う哲人が仕返しとばかりに一瞬だけキスしてきた。離れていく唇を追いかけて強引にキスを深めると、暗がりの中哲人が目を見開いた。


「てっちゃん、こっち」

電柱の陰に引っ張りこんで抱きつく。驚く哲人を無視して唇を重ね、目を閉じた。
ごめん。もう二度としないから許して。頼むから誰も邪魔すんな。今だけ、あと少しだけ。哲人の唇、舌、吐息。全部もう一度味わって記憶に刻み付ける。哲人。


「やっぱり可愛いな。どうした?」


「好き。哲人、本当に好き。この先なにがあってもずっと応援してるから。才能があってそれを活かす場所を与えて貰ってるんだから、あとはお前の努力次第だよ。頑張れ」


見つめて伝えると哲人はそれはもう幸せそうに笑って頷き、優しくキスしてくれた。綺麗な笑顔だ。再び手を握って歩き出し、手のひらで大好きな手の感触を確かめる。あったかい。
哲人を説得するのは大変だった。第一志望に行くことは決めてくれたけど、どうしても遠距離恋愛は不安だ、苦しいと切ない顔で言うから、堪らず俺は嘘をついた。大好きな奴を騙すなんて最低だ、許してもらえないだろうけど仕方ない。子供な俺にはそれしか思いつかなかった。







「また連絡する」


「おー気をつけて。哲人、ばいばい」


駅のホームで逆方向に別れた。振り返らず足早に角を曲がり、震える手で携帯を取り出す。あらかじめ作っておいたメールを、挫けそうだったから文章を見直さずに送信した。痛みだした胸を叱咤しながらホームを通りすぎて来た道を戻り、哲人に見つかる前に駅を出た。


哲人はどうやらメールに気付いていないのだろう。気付いたらきっとすぐに連絡してくるはずだ。返事は電話だろうなと予想してあてもなくぶらぶら歩いていたら、人気のない小さな公園を発見した。
ベンチに腰をおろして息を吐くと、全身が鉛のように重くなった。自分が送ってしまったメールの内容を思い出し頭を抱える。胸の痛みは酷くなるばかりで、今すぐメールを取り消したいと心が必死にわめいている。きつく目を閉じて我慢していたら、ポケットの中で携帯が震えた。


「はい」


「今のはなんだ」


途中で電車を降りたのか、どこかのホームに居るようだった。怖い声。


「ごめん。メールでこんな話するのは狡いよな」

「黙れ。今どこに居る」

キレてる哲人は去年告白された時以来だ。怒りで声が震えている。予想通りの反応。
さあ、何回も練習しただろ。最後までやり通せ。大丈夫、哲人のためだ、大丈夫。こいつは強い男だ。


「――別れよう」


電話の向こうで哲人が息をのむのが分かった。
言ってしまった。ついにこの日がきてしまった。さっき最後にキスをして確かめたのにもう恋しい。
長い沈黙の後、哲人は小さな声で笑った。


「こんな電話で、たった一言で終わらせるのか」

「顔見て言ったらお前泣くでしょ。そういうの重いから。とにかく俺もう無理だわ」


なんの未練もないような声で言わなきゃいけないのに、大好きすぎて無理だ。あれだけシミュレーションしたのに出来ない。演技でも冷めたフリなんて出来る訳がない。だから穏やかに伝えた。心の中で哲人を想いながら、これはお前のためなんだと何度も繰り返す。
誰よりも大切にするって誓ったのに、その哲人を俺はズタズタに傷付ける。


「いくら俺がソッチ寄りの大学行くからって毎週会いに行くなんて無理だって。金も続かねーし、第一お前それどころじゃないだろ」

俺は哲人が行く大学から車で二時間の距離にある大学を受験する。哲人のためだけじゃなく行きたいと思っていた学部があったから。
そこなら地元よりずっと近くなるから、車を買えば会いに行ける。すぐには無理だけど頑張って金貯めて車買うから。そう言って哲人を騙した。心の中で違う未来を考えながら。
哲人は長い沈黙の後消えそうな声で呟いた。


「会いに来なくていい。四年間会えなくてもいい、だから、頼むからそんなこと言うな。それだけは、やめてくれ……頼む」


どれほど深く傷付けているか、顔を見なくても分かった。決勝で負けても最後まで弱音を吐かなかったこいつが、こんな弱々しい声を出す。たかが俺のために。
だからダメなんだ、こいつは恋愛、野球、勉強をバランスよくこなせるほど器用じゃない。いずれどれかが破綻する。まずは勉強、そしていつか、恋愛か野球。


「もう無理だって言っただろ、伊尚が居ないなら、全部いらない。俺がどれだけ好きか知ってて、今さらなんでこんなこと……っ、伊尚、好きだ、伊尚」


きっと周りには人がたくさん居る。なのにこいつは人目をはばからず俺を繋ぎ止めようと切ない声で愛を囁く。声は震えていて、多分泣きそうな顔している。
哲人は真っ直ぐすぎる。男を好きなことだって卑屈にならず真正面から向き合うし、プライドにこだわらずありのままの自分を見せる。そこが堪らなく好きだけど、今はその一生懸命さが辛い。


「哲人、恋愛で飯は食えないよ。そんなんじゃ、俺らいつか共倒れする」

正論なはずなのにいざ口にしたらなんとも薄っぺらく聞こえた。心が急に寒々しくなり、足元がぐらつく。
共倒れしないように俺が頑張ればいいんじゃないか、哲人が野球をやめたらきっとうまくいく。俺は哲人しか無理なのになんで手離さなくちゃいけない。好きなら一緒に居ればいいんじゃないの。


「分かってるよそんなこと。だから行くんだろ、ずっと一緒に居たいから、俺には野球しかないから、これで将来の選択肢を増やすしかないから、伊尚のために頑張るんだよ。俺だってちゃんと考えてる」


お前、そんなこと考えてたの。俺のためにとか言い切っちゃうのがお前らしいよ。
込み上げてくる後悔と罪悪感が視界をぼやけさせる。なにか言わなければいけないのに喉が詰まって言葉が出てこない。


「こんな簡単に捨てるなら、あの時なんで好きだって言った、なんで信じろって言ったんだ。いつかこうなるって分かってた」


だんだん冷たくなっていく声。投げ掛けられた言葉がグサグサと心臓に刺さる。
今さらなにを言っても無駄なので反論せずに黙っていたら、電話の向こうで哲人は笑った。


「想像してた通りの別れ際だ。伊尚は冷静なまま簡単に俺を捨てて、俺だけがみっともなくすがる。こんなことしても無駄なのに、最後まで諦めきれない」


そんなこと想像してたの、なんでそんな悲しいことしてたんだ。いつも隣に居たはずなのに知らないことばかりだ。哲人はずっと一人でいつか来る終わりを考えていたのか。


「さっきあんなに優しくキスしてくれたのに、あの時はもうとっくに俺を捨ててたんだな。っ、酷い奴」


ギシギシと心臓が潰れていく音が聞こえそうだ。頬を流れ落ちる涙を拭う気にもならず、真っ暗な空を見上げた。高三でこの大恋愛はきっつい。


「伊尚、好きだ」


「悪い、もう無理だよ」

「俺の気持ちが重いなら変わる、もっと適当な付き合いでいい、だから」


「てっちゃん、さよならは最後の思い出なんだからスマートにしろってー!次会った時気まずいじゃん」


茶化して涙声を誤魔化すと、案の定思い込み被害妄想野郎は俺が完璧に冷めていると思ったらしい。はっと冷めた声で笑いすべてを終わらせた。


「もう会わないから問題ない。思い出なんていらない、伊尚が居ないならそんなものなんの意味もない。二度と関わらないでくれ」


ぷつりと切れた電話を見つめて謝る。電話なんかで別れるの一番嫌いだよね、こんな別れ方しか出来なくてごめん、顔見て別れを切り出せるほど俺は強くない。ごめん、傷付けてごめん。


「縁切られちゃったよ」

哲人らしいな、真っ直ぐで融通がきかなくて、白か黒かをはっきりさせる。好きだからもう会わない。友達にも戻らない。分かったよ、さよならだ、二度と会わない。きっともう学校にも来ないだろう、卒業式も戻って来ない気がする。これが本当の最後だ。
あーあ、こんなに大好きなのにセックスすらせずに終わった。結局あの身体に触れなかった。あの手で触ってもらいたかった。
涙を止める気力すらなくてひたすら泣いた。見知らぬ公園で俺は大切な恋愛を自ら終わらせた。

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あきゅろす。
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